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落語家  4代目 桂三木助 さん死去

2001年(平成13年)1月3日 死去 享年43歳

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落語家  4代目 桂三木助 さん死去

落語家の 4代目 桂 三木助(かつら みきすけ)さんが2001年(平成13年)1月3日午後1時25分ごろ、東京都北区田端の自宅ベランダで首をつっているのが発見された。病院に救急搬送されたが、既に意識不明の重体で 午後2時5分に死亡が確認された。43歳だった。

警視庁滝野川署は自殺とみて動機などを調べている。昨年11月ごろからそううつ状態が激しくなり、意味不明の言葉を口走るなどしていたという。

人物 / 略歴

4代目桂 三木助(かつら みきすけ、1957年3月29日 ~ 2001年1月3日)

東京都北区田端出身。本名は小林 盛夫(こばやし もりお)※ 師匠である五代目小さんの本名と同姓同名。 落語家。

父は落語家3代目桂三木助。甥は2代目桂三木男。落語協会所属。

◆ 略 歴

立教高等学校(現:立教新座高等学校)、立教大学経済学部卒業。

◇ 1977年4月 - 人間国宝5代目柳家小さんに入門。前座名は柳家小太郎。
◇ 1981年5月 - 二つ目昇進。柳家小きんに改名。
◇ 1984年 - NHK新人落語コンクール優秀賞受賞。
◇ 1985年9月 - 真打昇進、4代目桂三木助襲名。
◇ 1997年 - 芸術祭演芸部門優秀賞受賞。
◇ 2001年1月3日 - 自殺。享年43。

◆ 出生から入門まで

父・3代目桂三木助の晩年に出生。唯一の男児となった。

父とは3歳で死別し、以降は母と1つ年上の姉たちのもとで育つ。

大学在学中に落語家になることを決意。父はすでに亡くなっていたので、小さんへの入門となった。

◆ 前座時代

新入り落語家である前座は、師匠宅における労働(家事・掃除など)の義務があり、当然それは早朝から深夜に及ぶものである。

しかし、三木助はようやく昼過ぎに師匠宅に車で乗り付けるという重役出勤ぶりで、それもただ「出勤」しただけで、労働らしきものは全く行わなかった。師匠小さんも特に注意せず、野放しにさせた。

◆ 二つ目時代

御曹司、一流大学出身、寄席に外車で乗り付け、隣に女性をはべらせる・・・というイメージを隠さずにむしろ強調し、「落語界のシティーボーイ」とキャッチフレーズもついた。春風亭小朝と共に次世代のホープとして注目された。

二つ目になってから3年後、1984年(昭和59年)度のNHK新人落語コンクールに出演。『湯屋番』を演じ、優秀賞を受賞する。

◆ 桂三木助襲名後

翌年に26人抜きで真打に昇進して4代目桂三木助を襲名した後は、タレントとしての仕事をほぼなくし、落語家の仕事を中心にした。

その理由として、胃の摘出によって体力的に衰えを自覚したことにあることを、東京かわら版のインタビューで述べている。1993年(平成5年)の秋に入院した三木助は、重度の胃潰瘍のために胃の4分の3を摘出する手術を行った。

翌年の1994年には春風亭小朝、林家こぶ平、春風亭昇太らとともに江戸落語の若手発掘・自身も含めた中堅世代のスキルアップのために、数々の寄席や落語関連のイベントで奔走することとなる。

同年の9月には「三木助ひとり会スペシャル」という昼夜の独演会を開催し、昼の部には立川志の輔と昇太、夜の部には桂小米朝と立川談志を招くなど、主役である自分が食われかねないゲストとも共演した。

1997年(平成9年)には演芸部門優秀賞を受賞した。

◆ 狂い出した歯車

最初に芸術祭に参加を申し込んだのは1996年だが、公演の前々日に事故にあって怪我をしたために公演を中止した。その際にマスコミが取り上げ、注目の的になった。

この件に関しては、真相が明らかにされることはなかった。

それ以降、三木助は奇行が目立つようになり、寄席も遅刻し、無断で欠席するようになった。たとえ寄席に出ても楽屋でも身だしなみにこだわらなくなり、寄席を出てから10時間近くも夜の街を徘徊した末に駅でコートを脱ぎ捨て、足を腫らして病院に運び込まれることもあった。

かねてから「三木助」の名に重圧を感じており、うつ病にかかっていたなどの憶測が流れたが、このような言動の背景には、胃の手術によって体に変調が表れやすくなったことや、長年の付き合いのあった友人に裏切られて金銭問題を抱えたことがある。

◆ 突然の死

2001年1月2日に開催された5代目小さんの誕生パーティを無断で欠席した三木助だったが、その翌日に自宅で首を吊っている姿が発見された。

病院に救急搬送されたが 午後2時5分に死亡が確認された。享年43歳。

特記事項

十八番ネタは「死ぬなら今」。

弟子に三遊亭司(当時:桂六久助)がいたが、三木助没後は三遊亭歌司門下に移籍している。

遺書には「か 自分でも整理がつかないと同時に私の力のなさを痛感する」と書かれており、文字はかなり乱れていたという。冒頭の「か」の意味は明らかにされていない。

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