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作曲家  古賀政男 さん死去

1978年(昭和53年)7月25日 死去 享年73歳

古賀政男写真  

作曲家  古賀政男 さん死去

昭和の歌謡界に多大なる影響を与えた国民的な作曲家 古賀 政男(こが まさお)さんが1978年(昭和53年)7月25日午後1時15分、死去した。73歳だった。

数々の流行歌を生み出しその作品は5000曲ともいわれ流行歌王と称された。日本歌謡史に多大なる足跡を残した国民的な作曲家として、没後の8月4日、国民栄誉賞を追贈された。そのほかの栄典は従四位、勲三等、瑞宝章、紫綬褒章。

人物 / 略歴

古賀 政男(こが まさお、1904年11月18日 ~ 1978年7月25日)

福岡県三潴郡田口村(現:大川市)に生まれる。本名は古賀正夫。作曲家、ギタリスト。

少年時代に弦楽器に目覚め、青年期はマンドリン、ギターのクラシック音楽を研鑽。大正琴を愛した。

国民栄誉賞受賞者。栄典は従四位、勲三等、瑞宝章、紫綬褒章。

◆ 略 歴

明治大学卒業。

1904年(明治37年)に福岡県三潴郡田口村(現・大川市)に生まれる。

7歳で父が死亡、田口村を離れ、朝鮮に渡り感情起伏の激しい少年時代をすごした。従兄弟から大正琴をもらったのもこの頃である。

初めてマンドリンを手にしたのは中学三年(京城善隣商業学校)のときで、一番仲のよかった兄からマンドリンを送られた。

◆ 青年期

1923年(大正12年)に東京の駿河台にある明治大学に入学し、明治大学マンドリン倶楽部の創設に参画した。

1928年(昭和3年)夏には自殺を図るが未遂に終わる。蔵王の夕暮れを見て「影を慕いて」の詩が浮かんだと言われている。

1929年(昭和4年)6月、明大マンドリン倶楽部の定期演奏会で『影を慕いて』(ワルツ・ギター合奏)を発表。

1930年(昭和5年)秋には『影を慕いて』をビクターで佐藤千夜子の歌唱によって吹込む。この時は、まだマンドリン・ギター演奏家「古賀正男」だった。

◆ 作曲家としての誕生 / 活動

大学卒業後の1931年、日本コロムビア専属となった。

この時、東京音楽学校在籍時の藤山一郎と出会ったことが古賀政男の人生を大きく変えることになった。

藤山一郎の歌唱表現が古賀政男の才能を開花させたのである。『酒は涙か溜息か』、『丘を越えて』、『影を慕いて』の3曲がSPレコードで発売され、以降多くのヒット曲を世に出した。

1934年、コロムビアからテイチクに移籍したが、ビクターから迎えた藤山一郎、ディック・ミネ、楠木繁夫、美ち奴などを擁し、『緑の地平線』『二人は若い』『東京ラプソディ』『あゝそれなのに』『青い背広で』『人生の並木路』などの作品はヒット曲となった。

◆ 戦後の活動

戦後の1948年(昭和23年)に近江俊郎が吹込んだ『湯の町エレジー』がヒット。同年には「古賀ギター歌謡協会」(後の古賀ギター学院)を設立した。

1960年代には過去に自らの前で「悲しき竹笛」を歌った、美空ひばりの歌の作曲を手がけた。1965年(昭和40年)発表の『柔』は第7回日本レコード大賞を受賞し、翌1966年(昭和41年)発表の『悲しい酒』もヒット曲となった。

作曲活動の傍らで1959年(昭和34年)には日本作曲家協会を創設。初代会長となった。

1978年(昭和53年)7月25日午後1時15分、死去した。享年73歳。

特記事項

クラシックの正統派歌手 藤山一郎から、演歌の女王 美空ひばりまで、その作品は5000曲とも言われている。

没後の8月4日、国民栄誉賞が追贈された。

◆ 古賀政男 / 主な作品

◇ 丘を越えて(1931年) 歌:藤山一郎
◇ 酒は涙か溜息か(1931年) 歌:藤山一郎
◇ 私此頃憂鬱よ(1931年) 歌:淡谷のり子
◇ 影を慕いて(1932年) 歌:藤山一郎
◇ 強くなってね(1933年) 歌:渡辺光子
◇ サーカスの唄(1933年) 歌:松平晃
◇ ほんとにそうなら(1933年) 歌:赤坂小梅
◇ 夕べ仄かに(1935年) 歌:松島詩子
◇ 緑の地平線(1935年) 歌:楠木繁夫
◇ 東京ラプソディ(1936年) 歌:藤山一郎
◇ 男の純情(1936年) 歌:藤山一郎
◇ 女の階級(1936年) 歌:楠木繁夫
◇ ああそれなのに(1936年) 歌:美ち奴
◇ うちの女房にゃ髭がある(1936年) 歌:杉狂児・美ち奴
◇ 青い背広で(1937年) 歌:藤山一郎
◇ 人生の並木路(1937年) 歌:ディック・ミネ
◇ のばせばのびる(1937年) 歌:楠木繁夫
◇ 青春日記(1937年) 歌:藤山一郎
◇ 人生劇場(1938年、1959年) 歌:楠木繁夫(1938年版)、村田英雄(1959年版)
◇ 誰か故郷を想わざる(1940年) 歌:霧島昇
◇ なつかしの歌声(1940年) 歌:藤山一郎・二葉あき子
◇ 新妻鏡(1940年、1965年) 歌:霧島昇・二葉あき子(1940年)、島倉千代子(1965年)
◇ 紫紺の歌(明治大学第一応援歌)(1941年) 歌:霧島昇
◇ 紅い睡蓮 (東寶映画「熱砂の誓ひ」主題歌)(1941年) 詩:西條八十 歌:李香蘭
◇ そうだその意気(国民総意の歌)(1941年) 歌:霧島昇・松原操・李香蘭
◇ 南の花嫁さん(1942年) 歌:高峰三枝子
◇ 月夜船(1944年、1949年) 歌:波平暁男(1944年)、近江俊郎(1949年)
◇ 旅役者の唄(1946年) 歌:霧島昇
◇ 麗人の歌(1946年) 歌:霧島昇
◇ 悲しき竹笛(1946年) 歌:近江俊郎・奈良光枝
◇ 恋の曼珠沙華(1948年) 歌:二葉あき子
◇ 湯の町エレジー(1948年) 歌:近江俊郎
◇ 雨の夜汽車(1948年) 歌:奈良光枝
◇ シベリヤ・エレジー(1948年) 歌:伊藤久男
◇ 三百六十五夜(1948年) 歌:霧島昇・松原操
◇ 港の恋唄(1949年) 歌:鶴田六郎
◇ 希望に燃えて(1949年) 歌:伊藤久男・霧島昇・近江俊郎・二葉あき子・奈良光枝・高倉敏
◇ 赤い靴のタンゴ(1950年) 歌:奈良光枝
◇ トンコ節(1951年) 歌:久保幸江・加藤雅夫
◇ 月が出た出た(1951年) 歌:霧島昇・久保幸江
◇ ゲイシャ・ワルツ(1952年) 歌:神楽坂はん子
◇ 白虎隊(1952年) 歌:霧島昇
◇ こんなベッピン見たことない(1953年) 歌:神楽坂はん子
◇ 見ないで頂戴お月さま(1953年) 歌:神楽坂はん子
◇ りんどう峠(1955年) 歌:島倉千代子
◇ 江戸の闇太郎(1957年) 歌:美空ひばり
◇ 青春サイクリング(1957年) 歌:小坂一也
◇ 永遠に答えず(1957年) 歌:島倉千代子
◇ 無法松の一生(1958年) 歌:村田英雄
◇ 思い出さん今日は(1958年) 歌:島倉千代子
◇ 銀座地階の女(1959年) 歌:コロムビア・ローズ(初代)
◇ 花散る下田(1960年) 歌:島倉千代子
◇ 東京五輪音頭(1963年) 歌:三波春夫、他
◇ 柔(1964年) 歌:美空ひばり
◇ ウソツキ鴎(1964年) 歌:小林幸子
◇ お島千太郎(1965年) 歌:美空ひばり
◇ 柔の男(1965年) 歌:美空ひばり
◇ 悲しい酒(1966年) 歌:美空ひばり
◇ 世界平和音頭(1968年) 歌:都はるみ
◇ 浜昼顔(1974年) 歌:五木ひろし

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