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喜劇俳優、落語家  柳家金語楼 さん死去

1972年(昭和47年)10月22日 死去 享年71歳

柳家金語楼写真 

喜劇俳優、落語家  柳家金語楼 さん死去

落語家で喜劇俳優の 柳家 金語楼(やなぎや きんごろう)さんが1972年(昭和47年)10月22日午後11時47分、胃がんのため東京都新宿区の慶應義塾大学病院で死去した。71歳だった。

ニ代目三遊亭金馬一座で天才少年落語家としてデビュー。戦前、戦後を通し数多くの喜劇映画でも主演を務め 吉本の五大スターと称された。また、禿頭を売り物にし、エノケン・ロッパと並ぶ三大喜劇人として知られた。体調を崩し入院検査の結果、胃がんが見つかり すでに肝臓や腰椎にまで転移していた。

人物 / 略歴

初代柳家 金語楼(やなぎや きんごろう 1901年2月28日 ~ 1972年10月22日)

東京都出身。本名は山下敬太郎(やました けいたろう)。喜劇俳優、落語家、落語作家、脚本家(筆名:有崎勉)、発明家、陶芸家。

落語家時代の出囃子は『琉球節』。

禿頭を売り物にし、エノケン・ロッパと並ぶ三大喜劇人として知られた。

◆ 略 歴 / 落語家 / 年譜

◇ 1901年 - 落語家であり東京の芝の葉茶屋「山下園」を営んでいた三遊亭金勝の子として生まれる。
◇ 1931年 - 三遊亭金翁を名乗る。
◇ 1907年 - 2代目三遊亭金馬一座で天才少年落語家としてデビュー。三遊亭金登喜(きんとき)を名乗る。
◇ 1913年 - 三遊亭小金馬を襲名し二つ目昇進。
◇ 1920年6月 - 3代目柳家小さん門下に移り、柳家金三で真打昇進。
◇ 1921年 - 軍隊に入隊(朝鮮龍山に駐屯の第20師団歩兵第72連隊)。紫斑病に侵され頭髪が抜け落ちる。
◇ 1922年 - 除隊。新作の「噺家の兵隊」で売り出す。兄弟子初代柳家三語楼門下に移籍。
◇ 1924年6月 - 初代柳家金語楼となる。
◇ 1930年 - 6代目春風亭柳橋等と日本芸術協会(現在の落語芸術協会)を結成。
◇ 1942年 - 警視庁に落語家の鑑札返上。(噺家廃業)

◆ 喜劇俳優 / 年譜

◇ 1928年 - 曾我廼家五九郎に勧められ、五九郎劇『二等兵』に出演。
◇ 1938年 - 吉本興業に所属。吉本と大阪朝日新聞主催の慰問団「わらわし隊」に参加。
◇ 1940年 - 金語楼劇団旗揚げ。
◇ 1953年 - NHKテレビ『ジェスチャー』出演。
◇ 1954年 - 日本喜劇人協会結成。副会長就任。
◇ 1956年 - ラジオ東京テレビ『おトラさん』放送開始。当たり役となる。
◇ 1968年 - 日本喜劇人協会会長就任。

1972年(昭和47年)10月22日午後11時47分、胃がんのため東京都新宿区の慶應義塾大学病院で死去した。享年71歳。

◆ その他 / エピソード

芸名の柳家金語楼は元より、自分の顔まで商標登録していた。

前掲の2代目三遊亭金馬一座は、落語家のみの一座というわけでなく、芸を売るというより見世物小屋としての色彩が強かった。

その中に凄惨な事件の被害者として知られた芸者妻吉がいた。明治38年中川万次郎が発狂し愛人芸者6人を日本刀で斬りつけた「堀江六人斬り」で、両腕を切断されながらもただ一人生き残った。金馬に請われて旅回りの芸人となっていた。

戦前は吉本興業(東京吉本)に所属し、横山エンタツ・花菱アチャコ・柳家三亀松・川田義雄と共に吉本の五大スターと称された。

戦前に吉本が東宝と提携して製作した数多くの喜劇映画でも主演を務めており、現在でもビデオ等で見ることが出来る。

発明家としても著名。学童が体育の授業時に被る「赤白帽」や、爪楊枝の頭に折り取り用の切り込みを設け箸置きのようにして使うアイデアを実用新案登録し、莫大な副収入を得た。

特記事項

実子には、嫡子としてテレビ朝日で「大正テレビ寄席」のディレクターから大学講師に転じた、山下武がいる。また、愛人(事実上の妻)の子としてロカビリー歌手の山下敬二郎と 女優で声優の有崎由見子がいる。

◆ 柳家金語楼 / 主な出演映画(1950年以降)

◇ なやまし五人男(1950年、新東宝、監督:小杉勇)
◇ 戦後派親父(1950年、新東宝、監督:斎藤寅次郎)※主演
◇ バナナ娘(1950年、新東宝=青柳プロダクション、監督:志村敏夫)
◇ アマカラ珍道中(1950年、青柳プロダクション=新東宝、監督:中川信夫)※主演
◇ 海を渡る千万長者(1951年、松竹京都、監督:斎藤寅次郎)
◇ 初恋トンコ娘(1951年、松竹大船、監督:斎藤寅次郎)※主演
◇ 東京河童まつり(1951年、新東宝、監督:斎藤寅次郎)※主演
◇ 大当りパチンコ娘(1952年、新東宝、監督:斎藤寅次郎)※主演
◇ 娘初恋ヤットン節(1952年、大映東京、監督:佐伯幸三)※主演
◇ 花嫁花婿チャンバラ節(1952年、大映東京、監督:佐伯幸三)
◇ 娘十九はまだ純情よ(1952年、新東宝、監督:毛利正樹)
◇ アチャコ青春手帖 大阪篇(1952年、吉本プロダクション、監督:野村浩将)
◇ 名探偵アジャパー氏(1953年、新東宝、監督:佐伯幸三)
◇ 初笑い寛永御前試合(1953年、新東宝、監督:斎藤寅次郎)
◇ 初笑い底抜け旅日記(1955年、東宝、監督:青柳信雄)
◇ 金語楼のお巡りさん(1956年、新東宝、監督:青柳信雄)※ 主演
◇ おトラさん(1957年、東京映画、監督:小田基義)※ 主演
◇ 爆笑・水戸黄門漫遊記(1959年、東宝、監督:斎藤寅次郎)※主演
◇ 誰よりも金を愛す(1961年、新東宝、監督:斎藤寅次郎)
◇ 香港クレージー作戦(1963年、東宝、監督:杉江敏男)社長役

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