追悼の森 =林家三平さん死去=

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落語家  林家三平(初代) 死去

1980年(昭和55年)9月20日 死去 享年54歳

林家三平写真  

落語家  林家三平(初代) 死去

昭和の爆笑王の異名を取った落語家の 初代 林家 三平(はやしや さんぺい)さんが1980年(昭和55年)9月20日、肝臓がんのため死去した。54歳だった。

1958年(昭和33年)10月、初代 林家三平として真打ちに昇進した。その後、三平の名を一枚看板までに大きくし 生涯初代林家三平の名を貫いた。1979年(昭和54年)正月に脳溢血で倒れ 一週間の昏睡の後、右半身麻痺、言語障害が後遺症が残るも克服し、10月には奇跡の復帰を果たしていた。

人物 / 略歴

初代林家 三平(はやしや さんぺい、1925年11月30日 ~ 1980年9月20日)

東京市下谷区(現:東京都台東区)根岸出身。本名は海老名 泰一郎(えびな やすいちろう。 旧名:栄三郎(えいざぶろう)。 落語家。

出囃子は「祭囃子」。東宝名人会専属7代目林家正蔵の実子で長男。社団法人落語協会理事。

長女は海老名美どり(俳優峰竜太の妻)。次女は泰葉。長男は9代目林家正蔵(前名:林家こぶ平)。次男は二代目を継いだ。
妻は海老名香葉子(教育再生会議委員)。義兄は釣竿職人の中根喜三郎(妻 香葉子の兄)。孫は下嶋兄(海老名美どりの息子)。

◆ 略 歴 / 年譜

1925年11月30日 - 7代目柳家小三治(後の7代目林家正蔵)(海老名竹三郎)の長男として東京根岸に生まれる。
1943年 - 明治大学付属明治中学校・高等学校(旧制では中学)を卒業 。
1945年3月 - 本土決戦部隊として陸軍に徴兵される
1945年10月 - 敗戦により兵長として復員
1945年 - 復員後、本名を海老名泰一郎(やすいちろう)に改名。初舞台は松竹演芸場での通行人役
1946年2月 - 東宝専属である父正蔵に入門し東宝名人会の前座となる。父の前座名柳家三平を貰い、芸名を林家三平と名づけられる。
1946年4月 - 父親の独演会で初高座。
1947年 秋 - 東宝名人会において二つ目に昇進。
1949年10月20日 - 父正蔵死去。芸界の孤児となる。
1949年 - 父の弟子だった4代目月の家圓鏡(後の7代目橘家圓蔵)門下に移る。新師匠圓蔵が所属する落語協会で改めて前座からやり直す。
1950年4月22日 - 5代目柳家小さん襲名トラブルの余波で、正蔵の名跡を貸して欲しいという騒動が起きた。
1951年3月 - 二つ目昇進。(古今東西落語家辞典では、この時圓蔵に入門とあるがそれは誤りと思われる)
1952年 - 香葉子と結婚。仲人は3代目三遊亭金馬(東宝の父正蔵の同僚で、香葉子の育ての親)。
1952年 - 病気で一か月の入院生活
1952年 - 父正蔵から相続した土地を半分手放す。
1953年2月14日 - 第一子・美どり生まれる。
1954年 - 文化放送「浪曲学校」司会。
1955年 - 出口一雄により、KRテレビ(現:TBS)『新人落語会』の司会者に抜擢される。三平大ブームが巻き起こる。
1957年10月 - 中席、上野鈴本演芸場で、2代目三遊亭歌奴(現3代目三遊亭圓歌)と共に、二つ目身分のままでトリを取る。
1958年10月 - 真打昇進(初代林家三平として)。口上は大師匠8代目桂文楽が務める。生涯初代林家三平の名を貫く。
1961年1月17日 - 第二子泰葉生まれる。
1962年12月1日 - 9代目林家正蔵(泰孝)生まれる。
1965年 - 日本テレビ「踊って歌って大合戦」司会。
1967年 - 日本テレビ「笑点」師弟大喜利、鶴亀大喜利、演芸コーナーに出演。私生活では家を新築。
1968年 - 落語協会(6代目三遊亭圓生会長)理事就任。終世、同職に。
1970年12月11日 - 二代目(泰助)が、末っ子として生まれる。
1975年 - 1976年、フジテレビ「三平・美どりのドキドキ生放送」娘・美どりと司会。
1978年5月 - 落語協会分裂騒動。師匠圓蔵が新団体参加を表明する。圓蔵の落語協会脱会撤回の説得に成功する。
1979年正月 - 脳溢血で倒れ東京逓信病院に入院。
1979年10月 - 一週間の昏睡の後、右半身が麻痺し、言語障害が生じたがリハビリを重ね、10月に奇跡の復帰。
1980年9月7日 - 上野鈴本演芸場が最後の高座になった。
1980年(昭和55年)9月20日、肝臓がんのため死去した。享年54歳。法名は志道院釋誠泰。

◆ その他 / エピソード

弟子入りした長男の泰孝は、古典の稽古をつけてもらった際、噺を上手くできない度にゲンコツを喰らっていたという。これを見ていた次男の泰助が、「兄ちゃんはゲンコツばかり受けて、こぶばっかりだね」と言ったため、泰孝は「林家こぶ平」と名付けられてしまう。

特記事項

テレビ時代の申し子と謳われた三平は、テレビが生んだ最初のお笑いブームの火付け役かつ中心的存在であり、また「爆笑王」の盛名をほしいままにした。

時事ネタを中心に、「よし子さん」「どうもすいません」「こうやったら笑って下さい(と額にゲンコツをかざす)」「身体だけは大事にして下さい」「もう大変なんすから」「ゆうべ寝ないで考えたんすから」などの数々のギャグと仕種で一気にたたみかける爆笑落語で人気を博した。

◆ 林家三平 / 出演CM

◇ トクホン
◇ セメダイン
◇ 二木の菓子 二木ゴルフ
◇ 渡辺製菓(後にカネボウハリス(現:クラシエフーズ)に吸収合併)
◇ 「渡辺しるこの素」

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