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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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愛川欽也写真

★ 愛川 欽也 さん2015年(平成27年)4月15日 没 / 享年80歳詳細ページ

「キンキン」の愛称で親しまれ、「11PM」、「なるほど!ザ・ワールド」、「出没!アド街ック天国」など、テレビの人気バラエティー番組で長く司会を務めた。また、俳優としても映画「トラック野郎」シリーズなどに出演し人気を博した。タレントの妻うつみ宮土理さんと、おしどり夫婦としても知られた。

相澤秀禎死去

★ 相澤 秀禎 さん2013年(平成25年)5月23日 没 / 享年83歳詳細ページ

大手芸能事務所「サンミュージック」の創業者で多くのタレントをスカウトし 育成、デビューさせた。桜田、松田、早見、岡田、酒井などが所属し、「女性アイドルと言えばサンミュージック」の評価を得ていた。すい臓がんのため東京都新宿区内の病院で死去した。

アイ高野写真

★ アイ 高野 さん2006年 (平成18年) 4月1日 没 / 享年55歳詳細ページ

1966年(昭和41年)に「ザ・カーナビーツ」を結成し、ドラム兼ヴォーカルとして活躍した。16歳で「好きさ 好きさ 好きさ」が120万枚の大ヒット飛ばし、グループサウンズ界のアイドル的存在になった。心不全のため東京都足立区内の病院で死去した。

相田みつを写真

★ 相田 みつを さん1991年 (平成3年) 12月17日 没 / 享年67歳詳細ページ

心に響く言葉や自由な書風で知られ「書の詩人」「いのちの詩人」と称された。平易な言葉を独特の書体で書く作風を確立した。1984年(昭和59年)には詩集「にんげんだもの」を出版、ミリオンセラーとなり広く知られた。脳内出血ため死去した。

青江三奈写真

★ 青江 三奈 さん2000年 (平成12年) 7月2日 没 / 享年59歳詳細ページ

1966年(昭和41年)、ヒット曲「恍惚のブルース」でメジャーデビュー。以後、ブルース演歌で一時代を築いた。森進一と並んで「ため息路線」と呼ばれ、「伊勢佐木町ブルース」の冒頭部分は特に有名であった。すい臓がんのため東京都内の病院で死去した。

青木雄二写真

★ 青木 雄二 さん2003年 (平成15年) 9月5日 没 / 享年58歳詳細ページ

金融界の裏側を描いた「ナニワ金融道」(週刊モーニング連載)で漫画家として45歳でデビューした。単行本は一千万部を突破し、遅咲きの漫画家として注目を浴びた。肺がんのため神戸市中央区の市立中央市民病院で死去した。

青島幸男写真

★ 青島 幸男 さん2006年 (平成18年) 12月20日 没 / 享年74歳詳細ページ

直木賞作家で東京都知事や参議院議員を歴任し、「超マルチタレント」と呼ばれた。ドラマ「いじわるばあさん」では主演を演じ国民的キャラクターとしても広く親しまれた。血液がんの一種である骨髄異形成症候群のため東京都江東区内の病院で死去した。

青葉笙子写真

★ 青葉 笙子 さん2012年 (平成24年) 2月28日 没 / 享93歳詳細ページ

1936年(昭和11年)に歌謡コンクールに優勝し、「月の枯尾花」で歌手デビューを果たした。人気歌手の上原敏とデュエットした「鴛鴦(おしどり)道中」が大ヒットし、スター歌手の仲間入りを果たした。肺炎のため山梨県大月市内の病院で死去した。

青山孝史写真

★ 青山 孝史 さん2009年 (平成21年) 1月28日 没 / 享年57歳詳細ページ

970年代を代表する男性アイドルグループ「フォーリーブス」のメンバーとして活躍した。「ター坊」の愛称で親しまれ、2002年(平成14年)には「フォーリーブス」を再結成し話題になった。2008年10月に肝がんの告知を受けたが、以降もステージに立ち続けていた。

赤木圭一郎写真

★ 赤木 圭一郎 さん1961年 (昭和36年) 2月21日 没 / 享年21歳詳細ページ

アクション俳優として、小林旭、石原裕次郎に続く「第三の男」と呼ばれ注目を浴びた。日活撮影所で撮影中の昼休憩時、ゴーカートを試乗中に鉄扉に激突し緊急搬送されていた。一時は意識が戻ったものの、前頭骨亀裂骨折に伴う硬膜下出血のため死去した。

赤坂小梅写真

★ 赤坂 小梅 さん1992年 (平成4年) 1月17日 没 / 享年85歳詳細ページ

戦前、戦後にかけて 市丸、小唄勝太郎、藤本二三吉と並び称される芸者歌手として人気を博した。1933年(昭和8年)3月に古賀政男作曲の「ほんsとにそうなら」でデビュー。その後、「そんなお方があったなら」などもヒットし歌手としての不動の地位を築いた。

赤瀬川原平写真

★ 赤瀬川 原平 さん2014年 (平成26年) 10月26日 没 / 享年77歳詳細ページ

前衛美術の旗手として頭角を現し、純文学作家として尾辻克彦(おつじ かつひこ)の筆名で小説を執筆、1981年(昭和56年)に「父が消えた」で第84回芥川賞を受賞。エッセーでも1998年(平成10年)の「老人力」でベストセラーになり、「老人力」は同年の流行語大賞を受賞するなど幅広く活躍した。

赤瀬川隼写真

★ 赤瀬川 隼 さん2015年(平成27年)1月26日 没 / 享年83歳詳細ページ

銀行勤務などを経て、1983年(昭和58年)に短編集「球は転々宇宙間」で吉川英治文学新人賞を受賞し作家デビュー。1995年(平成7年)、トレードされたプロ野球選手などを描いた「白球残映」でに第113回直木賞を受賞。そのほか、「一塁手の生還」など野球を題材にした小説や随筆を数多く執筆した。

赤塚不二夫写真

★ 赤塚 不二夫 さん2008年 (平成20年) 8月2日 没 / 享年72歳詳細ページ

「天才バカボン」や「おそ松くん」などの人気漫画で広く親しまれた。1962年(昭和37年)に「ひみつのアッコちゃん」や「おそ松くん」などのヒットで一躍人気の漫画家となった。2004年から脳内出血などの疾患のため、意識不明のまま 植物状態にあったという。

暁照雄写真

★ 暁 照雄 さん2015年(平成27年)5月29日 没 / 享年78歳詳細ページ

本名は浜田登志夫。1958年(昭和33年)に四代目宮川左近、松島一夫、高島和夫と共に「宮川左近ショウ」を結成し、第7回上方漫才大賞を受賞するなど注目を集めた。宮川左近の病死に伴い、1987年(昭和62年)に弟子の光夫とコンビを結成。2008年には文化庁芸術祭賞大衆演芸部門大賞を受賞。

阿川弘之写真

★ 阿川 弘之 さん2015年(平成27年)8月3日 没 / 享年94歳詳細ページ

真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官の人間像を描いた「山本五十六」をはじめ「米内光政」、「井上成美」の海軍提督三部作は、海軍提督の人間的実像に迫り、伝記小説に新境地を開いた。また、旅の醍醐味を綴った「南蛮阿房列車」など、随筆にも定評がある。1999年に文化勲章を受けた。

秋山庄太郎写真

★ 秋山 庄太郎 さん2003年 (平成15年) 1月16日 没 / 享年81歳詳細ページ

健康的な女性ポートレートは大衆に注目され女性写真の第一人者として知られた。風景や人物、花なども精力的に撮影し、特に花の写真は晩年のライフワークのひとつとなった。東京 銀座で開催された「林忠彦賞」の審査中に脳梗塞で倒れ救急搬送された。

芥川也寸志写真

★ 芥川 也寸志 さん1989年(平成元年)1月31日 没 / 享年63歳詳細ページ

作曲家で指揮者としても知られ、快活で力強い作風で戦後の日本音楽界をリードした。映画音楽や放送音楽のほか、学校の校歌や団体、企業等のCMソングや社歌も多く手がけた。肺がんのため東京都中央区の国立がんセンターで死去した。

阿久悠写真

★ 阿久 悠 さん2007年 (平成19年) 8月1日 没 / 享年70歳詳細ページ

ヒット曲「北の宿から」や「UFO」など、昭和の歌謡曲黄金期を代表する作詞家として活躍した。20世紀を代表する作詞家の一人として人気を誇り、1999年(平成11年)春に紫綬褒章を受章した。尿管がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

浅川マキ写真

★ 浅川 マキ さん2010年 (平成22年) 1月17日 没 / 享年67歳詳細ページ

当時「アングラ」と呼ばれる前衛的表現の担い手として団塊の世代を中心に支持を集めた。「かもめ」など 渇いたブルースの歌唱は絶賛を受け、ステージを主体に音楽活動を行っていた。ライブ公演先のホテルで倒れ急性心不全で死去した。

朝倉摂写真

★ 朝倉 摂 さん2014年 (平成26年) 3月27日 没 / 享年91歳詳細ページ

新劇から歌舞伎、オペラや映画の美術まで多方面で舞台美術を手がけた。演出家の蜷川幸雄の舞台や、三代目市川猿之助(現:猿翁)のスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」や、パリでのオペラ公演など、その舞台美術は国内外で高く評価された。2006年(平成18年)、文化功労者に選出された。

浅田匡子写真

★ 浅田 匡子 さん2011年 (平成23年) 12月09日 没 / 享年48歳詳細ページ

女子フィギュアスケートの浅田真央、舞さん姉妹の母親として注目を集めた。真央は、カナダで開催中のグランプリファイナルから母親の病状悪化を理由に帰国の途に就いていた。今年夏から病状が悪化し入退院を繰り返していた。肝硬変のため死去した。

芦田伸介写真

★ 芦田 伸介 さん1999年 (平成11年) 1月9日 没 / 享年81歳詳細ページ

驚異的な視聴率を記録したテレビドラマ「七人の刑事」など、その抑えた演技は爆発的な人気を誇った。1958年(昭和33年)に交通事故で重傷を負い、顔面に傷を受け失語症にもなるが再起を果たした。昨年末に体調を崩し入院治療を続けていた。

芦田均写真

★ 芦田 均 さん1959年 (昭和34年) 6月20日 没 / 享年71歳詳細ページ

1948年 (昭和23年) 3月10日、片山内閣の崩壊後、禅譲の形で第47代内閣総理大臣に就任した。しかし、西尾献金問題や昭和電工事件などで、7ヶ月余りの短命内閣に終わった。弱体内閣ではあったが、中小企業庁設置法など多くの重要法案が制定された。

芦野宏写真

★ 芦野 宏 さん2012年 (平成24年) 2月4日 没 / 享年87歳詳細ページ

日本のシャンソンブームを担った歌手として広く親しまれた。「ミラボー橋」や「幸福を売る男」など 甘い歌声で人気を集め、その美声は「ビロード」と表現された。1990年(平成2年)に紫綬褒章を受賞した。間質性肺炎のため東京都内の病院で死去した。

芦屋雁之助写真

★ 芦屋 雁之助 さん2004年 (平成16年) 4月7日 没 / 享年72歳詳細ページ

テレビドラマ「裸の大将放浪記」シリーズの主役、山下清役などで親しまれ広く知られた。歌手としても、1984年(昭和59年)に発売された「娘よ」は150万枚を超える大ヒットとなった。うっ血性心不全のため京都市上京区内の京都第二赤十字病院で死去した。

阿修羅 原写真

★ 阿修羅 原 さん2015年(平成27年)4月28日 没 / 享年68歳詳細ページ

本名は原 進(はら すすむ)。ラグビー日本代表として活躍。1976年には日本人として史上初めて世界選抜メンバーに選出された。その後、1977年、国際プロレスにスカウトされ入門。全日本プロレスに移籍後、天龍源一郎とユニット「天龍同盟」を結成。タッグ「龍原砲」は、全日本で一時代を築いた。

東けんじ写真

★ 東 けんじ さん1999年 (平成11年) 6月24日 没 / 享年76歳詳細ページ

宮城けんじと漫才コンビ「Wけんじ」を結成。ロイド眼鏡を掛け、とぼけた味わいの漫才で人気を博した。「やんなっ!」や「バカだなぁ~」などの流行ギャグで、東京を代表する漫才師として活躍した。肝不全のため東京都文京区内の日本医科大付属病院で死去した。

東千代之介写真

★ 東 千代之介 さん2000年 (平成12年) 11月9日 没 / 享年74歳詳細ページ

端麗な容姿と日本舞踊で鍛えたしなやかな身のこなしで人気スターとなり一世を風靡した。映画「笛吹童子」や「里見八犬伝」などで活躍し、東映時代劇の黄金時代を築き支えた。左心不全、慢性腎不全のため死去した。

東八郎写真

★ 東 八郎 さん1988年 (昭和63年) 7月6日 没 / 享年52歳詳細ページ

「明治製菓」や「ヨード卵光」のCMで親しまれ、志村けん主演「バカ殿様」の家老役でも注目を集めた。結婚披露宴で歌われる定番曲「娘へのバラード」などの歌唱でも広く知られた。自宅で脳溢血のため突然倒れ緊急搬送されていた。

阿知波信介写真

★ 阿知波 信介 さん2007年 (平成19年) 5月6日 没 / 享年67歳詳細ページ

女優の多岐川裕美の元夫で、「ウルトラセブン」のソガ隊員役などで知られた。1997年(平成9年)に多岐川裕美と離婚後も、所属事務所の副社長と所属女優という関係が続いていた。鹿児島県霧島市の犬飼滝で遺体で発見された。状況から自殺と断定された。

渥美清写真

★ 渥美 清 さん1996年 (平成8年) 8月4日 没 / 享年68歳詳細ページ

「フーテンの寅さん」こと「車寅次郎」役などで国民的な人気を集め、「寅さん」の愛称で親しまれた。「寅さん」シリーズは正月映画には欠かせない長寿映画となり全国区の人気を誇った。転移性肺がんのため東京都文京区内の順天堂医院で死去した。

阿藤快写真

★ 阿藤 快 さん2015年(平成27年)11月14日 没 / 享年69歳詳細ページ

大学卒業後、劇団俳優座舞台部に加入、1970年(昭和45年)に舞台「はんらん狂騒曲」でデビュー。1988年からのフジテレビ系ドラマ「教師びんびん物語」シリーズにレギュラー出演し、お茶の間の幅広い人気を得た。また、旅番組や、グルメ番組、バラエティーでも活躍。軽快なトークが人気だった。

安倍晋太郎写真

★ 安倍 晋太郎 さん1991年 (平成3年) 5月15日 没 / 享年67歳詳細ページ

衆議院議員11期を務め、外相など要職をを歴任した。竹下登、宮沢喜一と共に「安竹宮」と呼ばれ、自由民主党の一角を担う有力政治家の一人であった。膵臓癌(すいぞうがん)のため東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院で死去した。

安部公房写真

★ 安部 公房 さん1993年 (平成5年) 1月22日 没 / 享年68歳詳細ページ

1951年(昭和26年)に著書「壁 - S・カルマ氏の犯罪」で第25回芥川賞を受賞した。作品群は海外でも高く評価された。晩年はノーベル文学賞の候補と目されていた。執筆中に脳内出血で倒れ入院、一時退院したがその後、急性心不全のため死去した。

安部俊幸写真

★ 安部 俊幸 さん2014年 (平成26年) 9月7日 没 / 享年64歳詳細ページ

1971年(昭和46年)、ロックバンド「チューリップ」に参加し、「魔法の黄色い靴」でプロデビュー。その後、「心の旅」や「虹とスニーカーの頃」などのヒット曲で注目を集めた。1985年(昭和60年)、チューリップを脱退したが、その後、再結成に参加し、2013年7月の福岡公演が最後のステージとなった。

天田昭次死去

★ 天田 昭次 さん2013年(平成25年)6月26日 没 / 享年85歳詳細ページ

刀剣作家として、「自家製鉄」を用いて鎌倉時代の鍛法(たんぽう)伝承に努め、刀づくりに一生涯をかけた。1997年(平成9年)、重要無形文化財保持者(人間 国宝)という最高名誉を極めた。肺炎のため新潟県新発田市の県立新発田病院で死去した。

天地茂写真

★ 天地 茂 さん1985年(昭和60年)7月27日 没 / 享年54歳詳細ページ

ニヒルな渋さを漂わせた個性派俳優として知られ、ハードボイルドの代表的スターの一人であった。美輪明宏主演の舞台「黒蜥蜴」で明智小五郎役を好演し個性派俳優の地位を確立した。クモ膜下出血のため東京都渋谷区の日赤医療センターにて死去した。

天野祐吉写真

★ 天野 祐吉 さん2013年(平成25年)10月20日 没 / 享年80歳詳細ページ

コラムニストとして切れ味鋭い社会時評で知られ、また、テレビのコメンテーターとしても活躍した。雑誌「広告批評」で元編集長を務め広告批評の先駆けとして 広く社会問題について発言してきた。間質性肺炎のため東京都目黒区内の病院で死去した。

天本英世写真

★ 天本 英世 さん2003年 (平成15年) 3月23日 没 / 享年77歳詳細ページ

個性派の俳優としてテレビ、映画などでインテリジェンス溢れる脇役として活躍した。フジテレビ系「たけし・逸見の平成教育委員会」にレギュラー生徒として長年にわたり出演した。急性肺炎のため福岡県北九州市若松区内の病院で死去した。

荒井注写真

★ 荒井 注 さん2000年 (平成12年) 2月9日 没 / 享年71歳詳細ページ

1964年(昭和39年)、いかりや長介のスカウトを受け「ザ・ドリフターズ」に参加し注目された。代表的なギャグ「何だ、バカヤロウ!」や「何見てんだよ!」などが流行語となった。静岡県伊東市の自宅で入浴中に倒れ、肝不全のため死去した。

荒川博写真

★ 荒川 博 さん2016年(平成28年)12月4日 没 / 享年86歳詳細ページ

早実から早大に進学、六大学リーグでは通算81試合に出場した。1953年に毎日(現ロッテ)へ入団、同年にオールスター戦に出場するなど9年間、現役生活を送った。現役引退後、巨人の打撃コーチを務め、王のほか、黒江、末次などを育てた。その後、1974年から76年途中までヤクルト監督を務めた。

嵐寛寿郎写真

★ 嵐 寛寿郎 さん1980年 (昭和55年) 10月21日 没 / 享年76歳詳細ページ

「天狗のおじさん」として知られ、また、「あらかん」の愛称で広く親しまれた。生涯の出演映画は約500本にのぼり、映画界の大衆ヒーローとして活躍した。同年夏に脳血栓で倒れ、京都市西京区内の自宅で療養生活を送っていた。

荒勢永英写真

★ 元関脇 荒勢 永英2008年(平成20年)8月11日 没 / 享年59歳詳細ページ

大相撲の元関脇で、現役時代は得意技のがぶり寄りと トレードマークのもみあげで注目を浴びた。1981年(昭和56年)秋場所後に引退し、年寄「間垣」を襲名。その後、タレントとして活躍した。同年4月に脳梗塞で倒れ実家のある高知県で療養していた。

新珠三千代写真

★ 新珠 三千代 さん2001年 (平成13年) 3月17日 没 / 享年71歳詳細ページ

宝塚歌劇団33期生として可憐な美貌と歌唱力で娘役トップスターとして注目を集めた。宝塚退団後は、善人から悪女までを多彩に演じ分け看板スターとして活躍した。腰椎椎間板ヘルニアの手術の際、心臓疾患から心不全を起こし死去した。

有川博写真

★ 有川 博 さん2011年 (平成23年) 10月16日 没 / 享年70歳詳細ページ

「必殺仕事人」シリーズ、「水戸黄門」シリーズなど時代劇を中心に人気を誇った。彫りの深い二枚目俳優としてメロドラマのヒロインの相手役などでも好演した。急性呼吸不全のため入院先の東京都狛江市内の病院で死去した。

有島一郎写真

★ 有島 一郎 さん1987年 (昭和62年) 7月20日 没 / 享年71歳詳細ページ

戦後、「若き日の血は燃えて」で映画デビュー。コミカルな脇役として注目された。東宝映画 「社長」シリーズや「若大将」シリーズなどで広く知られる存在となった。1966年(昭和41年)に「暖春」でアジア映画祭最優秀助演男優賞を受賞。心不全のため死去した。

有吉佐和子写真

★ 有吉 佐和子 さん1984年 (昭和59年) 8月30日 没 / 享年53歳詳細ページ

歴史や古典芸能、現代の社会問題まで多くのベストセラー作品を発表し話題となった。「恍惚(こうこつ)の人」や「合汚染」など話題作を次々と発表し大きな反響を呼んだ。未明に急性心不全のため東京都杉並区内の自宅で死去した。

淡路恵子写真

★ 淡路 恵子 さん2014年 (平成26年) 1月11日 没 / 享年80歳詳細ページ

多くの映画やドラマなどに出演、近年にはバラエティ番組で毒舌キャラとしても活躍した。1949年(昭和24年)に黒沢明監督の「野良犬」で映画デビュー。東宝の「駅前シリーズ」や「社長シリーズ」では、艶っぽい演技で色と欲を表現し注目を集めた。食道がんのため東京都内の病院で死去した。

淡島千景写真

★ 淡島 千景 さん2012年 (平成24年) 2月16日 没 / 享年87歳詳細ページ

宝塚歌劇団28期生として、在籍時は娘役スターとして注目を集めた。その後、戦後の日本映画の黄金期を支え、ドラマや舞台で長年にわたり活躍を続けた。1988年(昭和63年)に紫綬褒章を受賞。すい臓がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

淡谷のり子写真

★ 淡谷 のり子 さん1999年 (平成11年) 9月22日 没 / 享年92歳詳細ページ

日本のシャンソン界の先駆者であり「別れのブルース」などの代表曲からブルースの女王と呼ばれた。歌番組の名物審査員として仏頂面で酷評を下す姿が話題になった。数年前に脳梗塞で倒れ一線を退いていた。老衰のため東京都内の自宅で死去した。

安西郷子写真

★ 安西 郷子 さん2002年 (平成14年) 12月28日 没 / 享年68歳詳細ページ

戦後、エキゾチックな美貌で人気を集めた。その後、俳優の三橋達也と結婚し芸能界を引退した。大阪松竹歌劇団退団後に新東宝から映画デビューし、メインヒロインなどの役で活躍した。肝不全のため入院先の東京都渋谷区内の病院で死去した。

安西マリア写真

★ 安西 マリア さん2014年 (平成26年) 3月15日 没 / 享年60歳詳細ページ

19歳だった1973年(昭和48年)、「涙の太陽」で歌手デビュー。ドイツ人の血を引くエキゾチックな顔立と小麦色の肌、彫りの深いルックスで注目を集めた。先月、2月20日午後8時30分ごろ、自宅で心臓に痛みを訴え東京都内の病院に救急搬送され、集中治療室(ICU)で治療を受けていた。

安西水丸写真

★ 安西 水丸 さん2014年 (平成26年) 3月19日 没 / 享年71歳詳細ページ

大学卒業後、広告代理店を経て、イラストレーターとして独立。イラストのほか、作家活動や翻訳など幅広い分野で活躍した。都会的で柔らかなタッチの作風で注目された。また、小説家の村上春樹さんと親交が深いことでも知られ、共著を数多く発表し、村上春樹作品の挿絵も担当した。

安藤昇写真

★ 安藤 昇 さん2015年(平成27年)12月16日 没 / 享年89歳詳細ページ

少年時代は少年院に収容されるなど荒れた生活を送った。戦後、特攻隊から復員後、28歳で「安藤組」を結成。1965年(昭和40年)に俳優に転身し、映画「血と掟」でデビューした。精悍(せいかん)なマスクに、左ほおに本物の刀傷がある元ヤクザの迫力もあり、たちまち人気俳優になった。

E・H・エリック写真

★ E・H・エリック2000年 (平成12年) 8月17日 没 / 享年71歳詳細ページ

大きな耳を動かすおかしな外国人タレントとして、司会やCMでも注目を浴びた。日本人の父と、デンマーク人を母に持ち、実弟は俳優の岡田眞澄である。パーキンソン病を患い療養生活を送っていた。米ハワイ・マウイ島の自宅で死去した。

飯島愛写真

★ 飯島 愛 さん2008年 (平成20年) 12月24日 没 / 享年36歳詳細ページ

元AV女優として知られ、セクシータレントとしてマルチな活躍を見せ注目を集めた。2000年(平成12年)に半自伝的な小説「プラトニック・セックス」がベストセラーとなった。東京都内のマンション自室で死亡しているのが発見された。死因は肺炎と判明。

飯島夏樹写真

★ 飯島 夏樹 さん2005年 (平成17年) 3月1日 没 / 享年38歳詳細ページ

日本人で唯一、8年連続ワールドカップに出場したプロのウインドサーファーとして知られた。癌の罹患を公表し、末期のがん患者を題材にした小説「天国で君に逢えたら」を発表し話題になった。肝臓がんのため米ハワイ州ホノルルの自宅で死去した。

飯野賢治写真

★ 飯野 賢治 さん2013年 (平成25年) 2月20日 没 / 享年42歳詳細ページ

1995年(平成7年)、代表作のゲームソフト「Dの食卓」を発表。発売以降、ラジオやテレビなどに引っ張りだことなり、時代の寵児としてゲーム業界のみならず、多方面で注目を集めた。2000年~2004年までは朝日新聞家庭面で、10代のための人生相談「ティーンズメール」の回答者を務めた。

五十嵐喜芳写真

★ 五十嵐 喜芳 さん2011年 (平成23年) 9月23日 没 / 享年83歳詳細ページ

日本を代表するテノール歌手として知られ日本オペラ界の発展に尽力した。藤原歌劇団の第三代総監督や昭和音楽大学長などを歴任した。1991年(平成3年 )に紫綬褒章を受賞した。急性心筋梗塞のため東京都内の自宅で死去した。

五十嵐広三死去

★ 五十嵐 広三 さん2013年 (平成25年) 5月7日 没 / 享年87歳詳細ページ

1980年(昭和55年)、衆議院議員総選挙に日本社会党より出馬し初当選を果たした。衆議院議員(5期)、建設大臣(第59代)、村山連立内閣の官房長官などを歴任した。1996年(平成8年)に政界を引退。肺炎のため札幌市内の病院で死去した。

五十嵐丈吉死去

★ 五十嵐 丈吉 さん2013年(平成25年)7月23日 没 / 享年111歳詳細ページ

111歳178日、日本国内の最高齢の男性であった。1902年(明治35年)1月26日、新潟県三条市に6人兄弟の長男として生まれた。2013年6月12日、存命中の日本の男性最高齢と認定された。認定地点で、子供4人、孫11人、曾孫22人、玄孫1人がいた。

いかりや長介写真

★ いかりや長介 さん2004年 (平成16年) 3月20日 没 / 享年72歳詳細ページ

「ザ・ドリフターズ」のリーダーとしてまた、個性派俳優としても爆発的な人気を誇った。1969年(昭和44年)スタートのテレビ番組「8時だヨ!全員集合」は国民的人気番組となった。原発不明頚部(けいぶ)リンパ節がんのため東京都港区内の病院で死去した。

池内淳子写真

★ 池内 淳子 さん2010年 (平成22年) 9月26日 没 / 享年76歳詳細ページ

テレビドラマ、映画に数多く出演し舞台でも幅広く活躍した。テレビドラマ「女と味噌汁」シリーズは毎回高視聴率を誇り代表作となった。2002年(平成14年)に紫綬褒章を受章。2007年4月に体調を崩し、肺腺がんが発見され抗がん剤治療を続けていた。

池田駿介写真

★ 池田 駿介 さん2010年 (平成22年) 6月11日 没 / 享年69歳詳細ページ

1971年(昭和46年)に「帰ってきたウルトラマン」で南猛隊員を好演し人気を博した。特撮テレビ番組「キカイダー01」の主人公イチロー役などで主役に抜擢され注目を集めた。2009年2月に胃がんの手術を受け、その後、抗がん剤治療を続けていた。

池田勇人写真

★ 池田 勇人 さん1965年 (昭和40年) 8月13日 没 / 享年65歳詳細ページ

1949年(昭和24年)、第24回衆議院議員総選挙に出馬し初当選を果たす。1960年(昭和35年)7月19日、第1次池田内閣が発足し、第58代内閣総理大臣に就任した。1964年9月に喉頭がんが見つかり、同年10月25日に退陣を表明した。

池田満寿夫写真

★ 池田 満寿夫 さん1997年 (平成9年) 3月8日 没 / 享年63歳詳細ページ

多彩な分野で活躍し、官能的な作風も多く「エロスの作家」とも評され注目を集めた。版画家として最高権威のヴェネツイア・ビエンナーレ展の国際大賞を受賞した。1977年(昭和52年)には「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞。急性心不全のため死去した。

池波正太郎写真

★ 池波 正太郎 さん1990年(平成2年)5月3日 没 / 享年67歳詳細ページ

「鬼平犯科帳」や「剣客商売」など、戦国、江戸時代を舞台にした時代小説を次々に発表した。1960年(昭和35年)に「オール讀物」6月号に発表した「錯乱」により第43回直木賞を受賞した。急性白血病のため東京都千代田区の三井記念病院で死去した。

池部良写真

★ 池部 良 さん2010年 (平成22年) 10月08日 没 / 享年92歳詳細ページ

映画「青い山脈」などの文芸路線や都会派映画には欠かせない二枚目スターとして活躍した。東映仁侠映画「昭和残侠伝」シリーズでは、高倉健と共演し人気を博した。日本映画俳優協会理事長を務めた。敗血症のため東京都内の病院で死去した。

井沢八郎写真

★ 井沢 八郎 さん2007年 (平成29年) 1月17日 没 / 享年69歳詳細ページ

1964年(昭和39年)、高度経済成長期に東北地方から集団就職で上京する若者たちの心情を歌った「あゝ上野駅」は爆発的なヒットを飛ばし、終戦後の日本の世相を反映する代表曲となった。食道がんのため東京都台東区の永寿総合病院で死去した。

石井光三写真

★ 石井 光三 さん2015年(平成27年)1月6日 没 / 享年83歳詳細ページ

1977年(昭和52年)に芸能事務所「石井光三オフィス」を設立し「コント赤信号」や磯野貴理子さんらを育てた。また、「オレたちひょうきん族」や「ルックルックこんにちは」などのテレビ番組に自ら出演し注目を集めた。2012年ごろに肝内胆管がんと診断され、在宅医療を受けて闘病を続けていたという。

石井好子写真

★ 石井 好子 さん2010年 (平成22年) 7月17日 没 / 享年87歳詳細ページ

戦後間もなく ジャズ歌手としてデビューし、日本のシャンソンブームをけん引した。1987年(昭和62年)に紫綬褒章を受賞。1992年(平成4年)にはフランス政府から芸術文化勲章コマンドールを授与された。肝不全のため東京都港区内の病院で死去した。

石岡瑛子写真

★ 石岡 瑛子 さん2012年 (平成24年) 1月21日 没 / 享年72歳詳細ページ

アートデザイナーとして米アカデミー賞衣装デザイン賞の受賞など国際的に活躍した。2002年(平成14年)に紫綬褒章を受章。 2008年の北京オリンピック開会式では衣装デザインを担当した。膵臓癌(すいぞうがん)のため東京都内で死去した。

石川進写真

★ 石川 進 さん2012年 (平成24年) 10月29日 没 / 享年79歳詳細ページ

「キューピーちゃん」の愛称で親しまれた。1958年(昭和33年)に「ダニー飯田とパラダイスキング」に参加し、ボーカルとして人気を呼んだ。1966年(昭和41年)には「オバケのQ太郎」の歌でレコード大賞童謡賞を受賞した。胃がん、肺気腫のため死去した。

石坂まさを死去

★ 石坂 まさを さん2013年(平成25年)3月9日 没 / 享年71歳詳細ページ

1970年(昭和45年)、28歳の時、歌手の藤圭子さんの「 圭子の夢は夜ひらく」を作詞し、ミリオンセラーとなり話題となった。その後、人生をテーマとした作詞活動に情熱を注ぎ 演歌の世界でヒットを連発した。肺炎のため東京都内の病院で死去した。

石坂洋次郎写真

★ 石坂 洋次郎 さん1986年 (昭和61年) 10月07日 没 / 享年86歳詳細ページ

代表作「青い山脈」をはじめ、青春文学の巨匠の一人として広く知られた。「青い山脈」をはじめ「若い人」や「陽のあたる坂道」「あいつと私」など 数多くの石坂文学は次々と映画化された。老衰(硬膜下出血)のため静岡県伊東市の自宅で死去した。

石津謙介写真

★ 石津 謙介 さん2005年 (平成17年) 5月24日 没 / 享年93歳詳細ページ

「VAN」の創始者で、アイビールックを世に出した服飾評論家として知られた。VANブランドは日本版アイビールックとして1960年代に若者のファッション文化に改革をもたらした。肺炎のため東京都青梅市内の病院で死去。生前の故人の遺志により献体された。

石田太郎写真

★ 石田 太郎 さん2013年 (平成25年) 9月21日 没 / 享年69歳詳細ページ

NHKの朝ドラや大河ドラマの常連俳優として知られた。米ドラマ「新・刑事コロンボ」では ピーター・フォーク演じる主人公の吹き替えを担当し注目を集めた。また、浄土真宗本願寺派の僧侶でもあり、石川県金沢市乗敬寺の住職も務めた。心筋梗塞のため相模原市内の病院で死去した。

石立鉄男写真

★ 石立 鉄男 さん2007年 (平成19年) 6月01日 没 / 享年64歳詳細ページ

俳優としてテレビドラマ「おくさまは18歳」や「パパと呼ばないで」などで好演した。数年前から同居中の女性が、自宅の部屋に入ると、既に息をしていなかったという。その後、静岡県熱海市内の病院で死亡が確認された。死因は急性動脈りゅうとされた。

石ノ森章太郎写真

★ 石ノ森 章太郎 さん1998年 (平成10年) 1月28日 没 / 享年60歳詳細ページ

SF漫画から学習漫画まで幅広い分野で作品を量産し「漫画の王様」と称された。代表作は「サイボーグ009」や「佐武と市捕物控」「マンガ日本経済入門」など多数。仮面ライダーシリーズを始め特撮作品の原作者としても活躍した。リンパ腫による心不全ため死去した。

石橋湛山写真

★ 石橋 湛山 さん1973年 (昭和48年) 4月25日 没 / 享年88歳詳細ページ

1956年(昭和31年)12月23日、第55代内閣総理大臣に指名された。しかし、在任2ヵ月弱で脳梗塞を発症し退陣を余儀なくされた。首相在任期間は65日であった。国会で一度も演説や答弁をしないまま退任した唯一の首相となった。

石原裕次郎写真

★ 石原 裕次郎 さん1987年 (昭和62年) 7月17日 没 / 享年52歳詳細ページ

兄の石原慎太郎の芥川賞受賞作「太陽の季節」の映画化の端役として映画デビュー。その後、歌手、俳優として注目を浴び、昭和を代表するスターの一人となった。1981年(昭和56年)に解離性大動脈瘤で闘病生活を送り、1984年には肝臓がんが発覚していた。

石本美由起写真

★ 石本 美由起 さん2009年 (平成21年) 5月26日 没 / 享年85歳詳細ページ

作詞家として「憧れのハワイ航路」や「悲しい酒」など約4000曲を世に送り出した。人気歌手の代表作を多く手掛け、作曲家船村徹さんとの名コンビでも知られた。1983年には「矢切の渡し」、1984年には「長良川艶歌」で日本レコード大賞を受賞した。

石森達幸死去

★ 石森 達幸 さん2013年(平成25年)6月5日 没 / 享年81歳詳細ページ

声優として人気アニメ「ワンピース」のセンゴク役などで知られた。テレビアニメ草創期から活躍し 生涯現役を貫き多くのファンに親しまれた。センゴク役のほか、「ミスター味っ子」や「キン肉マン」など多くの作品に出演。心不全のため死去した。

泉大助写真

★ 泉 大助 さん2012年 (平成24年) 2月28日 没 / 享年84歳詳細ページ

クイズ番組「ズバリ!当てましょう」の司会を10年以上にわたり務め人気を博した。松下電器産業(現:パナソニック)のCMにも長年出演し、家電CMの顔とも呼ばれた。晩年まで活動を続けたが 肝臓がんのため東京都清瀬市内の病院で死去した。

いずみたく写真

★ いずみ たく さん1992年 (平成4年) 5月11日 没 / 享年62歳詳細ページ

歌謡曲やフォークソングのほか、幅広いジャンルの作曲家として知られ、作品総数は15.000曲にのぼった。1969年(昭和44年)には佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」が第11回日本レコード大賞を受賞した。肝不全のため死去した。

井田哲史写真

★ 井田 哲史 さん2010年 (平成22年) 6月16日 没 / 享年36歳詳細ページ

1997年(平成9年)のNHK大河ドラマ「毛利元就」に萬屋吉之亮の芸名で出演した。女優の淡路恵子さんの四男で、故 萬屋錦之介さん(1997年死去)との間に生まれた。東京都新宿区の自宅アパートで首をつった状態で発見された。自殺とみられる。

伊丹十三写真

★ 伊丹 十三 さん1997年 (平成9年) 12月20日 没 / 享年64歳詳細ページ

監督デビュー作品「葬式」で映画監督として話題を集めた。その後、映画監督として「タンポポや」や「マルサの女」などを通じ「伊丹映画」というブランドを築いた。伊丹プロのある八階マンション下で遺体で発見された。飛び降り自殺とされている。

市川右太衛門写真

★ 市川 右太衛門 さん1999年 (平成11年) 9月16日 没 / 享年92歳詳細ページ

戦前、戦後を通じ、時代劇映画スターとして活躍し、出演総数は320本にのぼった。晩年は舞台を中心に活躍し、80歳を過ぎてもなお主役を張り続けた。次男は俳優の北大路欣也さん。1年前から老人保健施設に夫妻で入居していた。老衰のため死去した。

市川治写真

★ 市川 治 さん2009年 (平成21年) 1月2日 没 / 享年72歳詳細ページ

声優として アニメの草創期の第1次声優ブームの牽引役を担った。ゲーム「スーパーロボット大戦シリーズ」の常連声優の一人でもあった。特に長浜忠夫の作品では、敵方の「美形キャラクター」を好演した。心不全のため東京都町田市鶴川の自宅で死去した。

市川崑写真

★ 市川 崑 さん2008年 (平成20年) 2月13日 没 / 享年92歳詳細ページ

映画監督として昭和の日本映画界をリードした。ドキュメンタリー「東京オリンピック」でカンヌ国際映画祭で国際批評家賞などを受賞した。1982年(昭和57年)に紫綬褒章を受賞。肺炎のため東京都内の病院で死去した。没後、正四位 旭日重光章を授与された。

市川昭介写真

★ 市川 昭介 さん2006年 (平成18年) 9月26日 没 / 享年73歳詳細ページ

作曲家として「アンコ椿は恋の花」などのヒット曲で知られ、音楽番組の審査員などでも親しまれた。1961年(昭和36年)に島倉千代子さんが歌った「恋しているんだもん」で作曲家デビュー。肝不全のため入院先の東京都渋谷区内の病院で死去した。

市川団十郎写真

★ 市川 団十郎 さん2013年 (平成25年) 2月3日 没 / 享年66歳詳細ページ

白血病と闘いながら歌舞伎界を代表する俳優として活躍した。十一代目団十郎の長男として生まれ、おおらかな芸風と独特の愛嬌で多くのファンに愛された。円熟期を迎えて歌舞伎界の柱として期待されていたが、晩年に白血病を発症し治療を続けていた。

市川春代写真

★ 市川 春代 さん2004年 (平成16年) 11月18日 没 / 享年91歳詳細ページ

戦前のサイレント映画時代から活躍し、戦後も長く現役女優として映画界を支えた。10代前半で映画界入りし、1937年(昭和12年)の石坂洋次郎原作の「若い人」での演技は名高い。老衰のため入院先の神奈川県鎌倉市の病院で死去した。

市川房枝写真

★ 市川 房枝 さん1981年 (昭和56年) 2月11日 没 / 享年87歳詳細ページ

戦前、戦後にわたって日本の婦人参政権運動(婦人運動)を主導した。1980年(昭和55年)の参院選挙では、87歳の高齢にして全国区でトップ当選を果たした。戦後、日本婦人有権者同盟を組織し、女性の地位向上に献身した。心筋梗塞のため死去した。

市川森一写真

★ 市川 森一 さん2011年 (平成23年) 12月10日 没 / 享年70歳詳細ページ

大河ドラマ「黄金の日々」や「ウルトラマン」などの人気ドラマの脚本を多く手掛けた。脚本作りでは新約聖書や神話などに由来する怪獣や、設定を多用したことでも知られた。自身の長編小説が原作の「蝶々さん」が遺作となった。肺がんのため死去した。

市川雷蔵写真

★ 市川 雷蔵 さん1969年 (昭和44年) 7月17日 没 / 享年37歳詳細ページ

俳優の勝新太郎と共に大映の二枚看板として「カツライス」と呼ばれ、トップスターとして活躍した。得意の技は円月殺法、ニヒルで孤独の剣士、眠狂四郎を演じ人気を博した。 1968年6月、撮影中に腸からの出血に見舞われ、その後、直腸癌が判明していた。

市丸写真

★ 市 丸 さん1997年(平成9年)2月17日 没 / 享年90歳詳細ページ

天賦の美貌と美声を買われ、芸者から転じ「花嫁東京」で歌手デビューを果たした。「天竜下れば」や「ちゃっきり節」「三味線ブギ」などのヒットで小唄調歌謡曲ブームを起こした。66年間の歌手生活で吹き込んだ曲は、のべ1700曲にのぼる。

逸見晴恵写真

★ 逸見 晴恵 さん2010年 (平成22年) 10月21日 没 / 享年61歳詳細ページ

1993年(平成5年)に死去したアナウンサー逸見政孝さんの妻で、エッセイストとして知られた。1994年(平成6年)に子宮頸がんの治療の過程で骨髄異形成症候群の罹患を告げられていた。血液細胞の癌(がん)の一つとされ、その後、入退院を繰り返していた。

逸見政孝写真

★ 逸見 政孝 さん1993年 (平成5年) 12月25日 没 / 享年48歳詳細ページ

フリーアナウンサーとして「いっつみい」の愛称で呼ばれ人気を博した。フジテレビ退社後、フリーアナウンサーとなり多数の人気番組の司会などで高い人気を誇った。スキルス性胃がんにより、癌罹患の告白記者会見から、わずか3か月半後に死去した。

伊藤エミ写真

★ 伊藤 エミ さん2012年 (平成24年) 6月15日 没 / 享年71歳詳細ページ

一卵性双生児の妹、ユミさんと「ザ・ピーナッツ」を結成し、「可愛い花」でデビュー。「恋のバカンス」や「恋のフーガ」など多くのヒット曲で知られた。1975年(昭和50年)に引退し、歌手の沢田研二さんと結婚したが1987年に離婚した。死因など詳細は非公表。

伊藤菊雄写真

★ 伊藤 菊雄 さん2015年(平成27年)8月15日 没 / 享年79歳詳細ページ

近大野球部助監督を経て1961年(昭和36年)に巨人入りし、関西担当スカウトとして活躍。39年間にわたってスカウトを務めた。西本聖、駒田徳広、吉村禎章、川相昌弘、そして桑田真澄らを獲得、辣腕(らつわん)として球界に名をはせた。

伊藤隆大写真

★ 伊藤 隆大 さん2009年 (平成21年) 3月08日 没 / 享年21歳詳細ページ

俳優の伊藤淳史さんの実弟で、映画 「容疑者Xの献身」などに出演し注目を集めた。神奈川県相模湖畔に停められた乗用車の中で遺体で発見された。車内には練炭が置かれ、家族や友人に宛てた複数の遺書が見つかったという。

伊藤久男写真

★ 伊藤 久男 さん1983年 (昭和58年) 4月25日 没 / 享年72歳詳細ページ

戦時中に多くの名唱を残し、終戦後も様々なジャンルでヒットを飛ばし人気を集めた。戦時歌謡のレコーディングも多く、中でも「露営歌」は大ヒットを記録した。1978年(昭和53年)には紫綬褒章を受章。没後、勲四等旭日小綬章を追贈された。

伊東正義写真

★ 伊東 正義 さん1994年 (平成6年) 5月20日 没 / 享年80歳詳細ページ

1963年(昭和38年)、第30回衆議院議員総選挙に出馬し初当選を果たした。以後、9期を務めた。第2次大平内閣では初入閣ながら内閣官房長官に就任。 1980年に大平首相の急逝に伴い、臨時代理を務めた。肺炎のため東京都内の自宅で死去した。

糸川英夫写真

★ 糸川 英夫 さん1999年 (平成11年) 2月21日 没 / 享年86歳詳細ページ

日本のロケット研究開発をリードし「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」と称された。東京大学にAVSA(航空及び超音速空気力学)研究班を組織し、本格的に日本のロケット研究をスタートさせた。多発性脳梗塞のため長野県丸子町内の病院で死去した。

稲尾和久写真

★ 稲尾 和久 さん2007年 (平成19年) 11月13日 没 / 享年70歳詳細ページ

プロ野球 元西鉄ライオン ズ(現:西武)のエースで監督も務め、野球評論家として活躍した。1958年(昭和33年)の日本シリーズ、対巨人戦では投手として奇跡の逆転日本一の主役を演じ、「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれ親しまれた。悪性腫瘍のため死去した。

稲葉真弓写真

★ 稲葉 真弓 さん2014年 (平成26年) 8月30日 没 / 享年64歳詳細ページ

「半島へ」や「エンドレス・ワルツ」などの作品で知られた。ジャズサックス奏者・阿部薫と女優で作家の鈴木いづみの壮絶な恋を描いた「エンドレス・ワルツ」は1992年に女流文学賞を受賞。その後、若松孝二監督、町田康主演で映画化された。また、今年、2014年に紫綬褒章を受けた。

井上梅次写真

★ 井上 梅次 さん2010年 (平成22年) 2月11日 没 / 享年76歳詳細ページ

映画監督として日活アクション路線の中心的役割を担い活躍した。石原裕次郎をスターに押し上げた映画「鷲と鷹」、「嵐を呼ぶ男」の監督としても知られた。妻は女優の月丘夢路さん。脳出血のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

井上ひさし写真

★ 井上 ひさし さん2010年 (平成22年) 4月10日 没 / 享年75歳詳細ページ

「ひょっこりひょうたん島」や「吉里吉里人」などの戯曲や小説を世に送り出した。第14代日本ペンクラブ会長や日本劇作家協会理事などを歴任した。2009年(平成21年)10月に肺がんが見つかり、病と闘いながらも新作執筆への意欲を見せていたという。

井上靖写真

★ 井上 靖 さん1991年 (平成3年) 1月29日 没 / 享年83歳詳細ページ

詩情豊かな作風で広く愛され、多くの作品が映画、ドラマ、舞台化された。1949年(昭和24年)に「闘牛」で第22回芥川賞を受賞。1976年(昭和51年)には文化勲章を受章した。晩年に食道がんが見つかり、その後、肺がんも判明。闘病中も執筆を続けていた。

井上良写真

★ 井上 良 さん2009年 (平成21年) 3月24日 没 / 享年72歳詳細ページ

タレントの早見優さんの実父でジャズ歌手として知られていた。米軍クラブでジャズ歌手として活動の後、ホテルのショーなどを中心に活躍した。今年2月に胆嚢癌(たんのうがん)の診断を受け、末期の病状だったことから抗がん剤治療などは行わなかったという。

伊福部昭写真

★ 伊福部 昭 さん2006年 (平成18年) 2月8日 没 / 享年91歳詳細ページ

数多くのオーケストラ曲のほか、映画音楽「ゴジラ」の作曲でも知られる作曲界の重鎮であった。1954年、律動感と重量感のある「ゴジラ」の楽曲は多く人々の注目を集めた。作った映画音楽は300を超える。多臓器不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

今いくよ写真

★ 今 いくよ さん2015年(平成27年)5月28日 没 / 享年67歳詳細ページ

本名は里谷正子(さとや まさこ)。高校の同級生だったくるよさんと1970年代にコンビを組み、1984年には上方漫才大賞を受賞するなど、本格女流漫才師として漫才ブームをけん引してきた。去年9月に胃がんが判明して治療に専念。その後、くるよさんと共に復帰会見を行い元気な姿を見せていた。

今井雅之写真

★ 今井 雅之 さん2015年(平成27年)5月28日 没 / 享年54歳詳細ページ

高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。しかし、俳優になるため退職。1986年に法政大卒業後、奈良橋陽子演出の舞台「MONKEY」で演劇デビューを果たした。その後、映画やテレビドラマなどで活躍。特攻隊を題材にした主演舞台「THE WINDS OF GOD」では原作、脚本も手掛けた。

今村昌平写真

★ 今村 昌平 さん2006年 (平成18年) 5月30日 没 / 享年79歳詳細ページ

映画監督として「楢山節考」、「うなぎ」でカンヌ国際映画祭 最高賞を2度にわたり獲得した。多くの後継者を輩出した現在の日本映画学校を開校し、校長を務めた。転移性肝腫瘍のため東京都内の病院で死去した。没後、旭日小綬章を授与された。

忌野清志郎写真

★ 忌野 清志郎 さん2009年 (平成21年) 5月2日 没 / 享年58歳詳細ページ

「愛し合ってるかーい!」などの決めセリフで注目され人気を博した。2006年7月13日、喉頭癌を公表し音楽活動を休止したが、2008年2月に日本武道館で「忌野清志郎 完全復活祭」を開催した。2008年7月に癌の転移を発表し、再び活動を休止していた。

伊良部秀輝写真

★ 伊良部 秀輝 さん2011年 (平成23年) 7月27日 没 / 享年42歳詳細ページ

プロ野球のロッテ、阪神、米大リーグ・ヤンキースなどで投手として活躍した。1998年(平成10年)にワールドシリーズを制覇し、アジア人選手で初のチャンピオンリングを獲得した。米ロサンゼルス近郊の自宅で遺体で発見された。首を吊っての自殺とされている。

入川保則写真

★ 入川 保則 さん2011年(平成23年) 12月24日 没 / 享年72歳詳細ページ

学生時代から俳優活動を開始し、関西演劇界を背負って立つ俳優として期待を集めた。2010年7月に直腸がんが見つかり、余命宣告を受けたが延命治療を拒否していた。遺作として取組んだ主演映画「ビター・コーヒーライフ」の試写会出席が最後の姿となった。

岩井半四郎写真

★ 岩井 半四郎 さん2011年 (平成23年) 12月25日 没 / 享年84歳詳細ページ

歌舞伎俳優で舞踊家としても知られ、舞台のほか、テレビドラマや映画でも活躍した。芸能界進出の親族が多く、女優の岩井友見、仁科亜季子、仁科幸子は娘である。1997年(平成9年)以降は体調不良で舞台から遠ざかっていた。多臓器不全のため死去した。

いわさきちひろ写真

★ いわさき ちひろ さん1974年(昭和49年)8月8日 没 / 享年55歳詳細ページ

「子どもの幸せと平和」をテーマとした作品を描き続けた。代表作に「おふろでちゃぷちゃぷ」や「あめのひのおるすばん」などがある。1973年(昭和48年)に「ことりのくるひ」でボロー ニャ国際児童図書展グラフィック賞を受賞。原発性肝臓癌のため死去した。

岩田聡写真

★ 岩田 聡 さん2015年(平成27年)7月11日 没 / 享年55歳詳細ページ

東京工業大情報工学科卒業後、ゲームソフト制作会社HAL研究所に入社。2000年に当時の故山内溥社長に誘われ任天堂に入社。2002年5月、42歳の若さで社長に就任。ゲーム機「ニンテンドーDS」や「Wii」などを世に送り出し、任天堂の成長を牽引した。昨年6月に胆管腫瘍の手術を受けていた。

岩谷時子写真

★ 岩谷 時子 さん2013年(平成25年)10月25日 没 / 享年97歳詳細ページ

「君といつまでも」や「恋のバカンス」など、昭和を代表する数多くのヒット曲の作詞を手がけた。1300曲以上の作品を手がけ、越路吹雪の「愛の讃歌」や「サン・トワ・マミー」などの訳詞でも知られた。肺炎のため東京都内の病院で死去した。

岩田安生写真

★ 岩田 安生 さん2009年 (平成21年) 10月24日 没 / 享年67歳詳細ページ

声優、俳優として活躍し、アニメ「サザエさん」の伊佐坂先生役の声で知られた。東京演劇アンサンブルに所属し舞台で活躍したほか、声優としても注目を集めた。肺がんのため入院先の東京都武蔵野市内の病院で死去した。

岩見隆夫写真

★ 岩見 隆夫 さん2014年 (平成26年) 1月18日 没 / 享年78歳詳細ページ

京都大法学部卒業後、毎日新聞社に入社。政治部副部長、論説委員、サンデー毎日編集長、特別編集委員などを歴任した。歯に衣(きぬ)着せぬ政治論評と、テレビでは分かりやすい政治解説で注目を集めた。昨年6月、自ら末期の肝癌であることを公表。緊急手術を受けていた。

植木等写真

★ 植木 等 さん2007年 (平成19年) 3月27日 没 / 享年80歳詳細ページ

日本を代表するコメディアンとして、数々のヒットギャグやヒット曲を放った。1962年(昭和37年)の出演映画を契機に「無責任男」をキャッチフレーズに一世を風靡した。肺気腫による呼吸不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

上田馬之助写真

★ 上田 馬之助 さん2011年 (平成23年) 12月21日 没 / 享年71歳詳細ページ

竹刀などの凶器を使った反則技を繰り出し、金髪の悪役レスラーとして人気を博した。頭髪をまだらな金髪に染めた姿から「まだら狼」や「金狼」の異名で呼ばれた。1996年(平成8年)に交通事故に遭い下半身が不自由であった。呼吸不全のため死去した。

上原謙写真

★ 上原 謙 さん1991年 (平成3年) 11月23日 没 / 享年82歳詳細ページ

戦前、戦後の日本映画界を代表する天下の二枚目スターとして注目を集めた。1975年(昭和50年)には28歳年下の大林雅美さんと再婚し、マスコミをにぎわせた。長男、加山雄三さんの自宅の浴室で急性心不全のため倒れ救急搬送された。

上原美優写真

★ 上原 美優 さん2011年 (平成23年) 5月12日 没 / 享年24歳詳細ページ

底抜けに明るい「大家族貧乏アイドル」として、バラエティー番組を中心に活躍し注目を集めた。東京都内の自宅マンションで首をつって死亡しているのが発見された。鹿児島県種子島出身。解読不明のなぐり書きのようなメモが残されていた。

植村直己写真

★ 植村 直己 さん1984年 (昭和59年) 2月13日 没 / 享年43歳詳細ページ

登山家、冒険家として、北極点単独行に成功するなど世界的な名声と評価を獲得した。マッキンリー世界初の厳冬期単独登頂を果たし、翌日の交信以降に消息不明となった。最後に消息が確認された2月13日が命日とされた。没後、国民栄誉賞を授与された。

ウガンダ・トラ写真

★ ウガンダ・トラ さん2008年 (平成20年) 5月31日 没 / 享年55歳詳細ページ

コミックバンド「ビジーフォー」の元メンバーで 巨漢キャラタレントの先駆けとして活躍した。10年程前に脳梗塞を患い、その後も糖尿病などの治療を続けながら活動していた。同月10日朝方、「足元がふらつく」と訴えて救急搬送された。急性呼吸不全のため死去した。

氏家斉一郎写真

★ 氏家 斉一郎 さん2011年 (平成23年) 3月28日 没 / 享年84歳詳細ページ

日本テレビ会長、日本民間放送連盟会長などを歴任し、放送界で強い指導力を発揮した。「放送倫理・番組向上機構」の設立、地上デジタル放送の推進などに尽力した。2010年に旭日大綬章を受章。多臓器不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

内山田洋写真

★ 内山田 洋 さん2006年 (平成18年) 11月3日 没 / 享年70歳詳細ページ

1967年(昭和42年)、「内山田洋とクール・ファイブ」を結成し、リーダーとして活躍した。1968年に前川清をメンバーに加え発表した「長崎は今日も雨だった」が大ヒットとなった。肺がんのため神奈川県横浜市内の昭和大藤が丘病院で死去した。

宇津井健写真

★ 宇津井 健 さん2014年 (平成26年) 3月14日 没 / 享年82歳詳細ページ

1953年(昭和28年)、映画「思春の泉」の主役に抜擢されデビューを飾った。1965年(昭和40年)から約7年続いた主演ドラマ「ザ・ガードマン」(TBS系)が大ヒット。その後、「赤い迷路」や「赤い疑惑」など一連の赤いシリーズでは、歌手の山口百恵さんと共演し、理想の父親像を演じて話題を呼んだ。

内海賢ニ死去

★ 内海 賢ニ さん2013年(平成25年)6月13日 没 / 享年75歳詳細ページ

アニメ「北斗の拳」のラオウや「魔法使いサリー」のパパの声で親しまれた。近年では「鋼の錬金術師」のアレックス・ルイ・アームストロング役や「HUNTER×HUNTER」「ドラゴンボール」などの人気作品で力強く放つ数々の名台詞でファンの心をつかんできた。

海原小浜写真

★ 海原 小浜 さん2015年(平成27年)12月24日 没 / 享年91歳詳細ページ

4歳の頃から月の家桃子として舞台を踏む。1943年(昭和18年)に叔母の海原お浜(1994年死去)とコンビを結成。巧みな話術で女性しゃべくり漫才の草分け的存在として人気を集めた。1967年に第2回上方漫才大賞、1975年に上方お笑い大賞を受賞。後に続く女性コンビに大きな影響を与えた。

海原しおり写真

★ 海原 しおり さん2014年(平成26年)1月3日 没 / 享年58歳詳細ページ

本名は網谷しおり(あみたに)。1978年(昭和53年)、海原さおりさんとコンビを結成し、海原小浜さんに入門、「海原さおり・しおり」のコンビ名で活動を始めた。アイドル的な人気を博し、1981年に上方漫才大賞を受賞。脳腫瘍(のうしゅよう)のため大阪府豊中市の協和会千里中央病院で死去した。

宇野重吉写真

★ 宇野 重吉 さん1988年 (昭和63年) 1月09日 没 / 享年73歳詳細ページ

戦前から戦後にかけて長く演劇界をリードしてきた。1950年(昭和25年)に劇団民藝を創設。大河ドラマ「赤穂浪士」の蜘蛛の陣十郎役で人気を博した。晩年は癌と闘い、胃の大半、左肺の半分を失いながらも地方公演を続けていた。

宇野宗佑写真

★ 宇野 宗佑 さん1998年 (平成10年) 5月19日 没 / 享年75歳詳細ページ

1989年(平成元年)6月3日、竹下登首相の辞任に伴い第75代内閣総理大臣に就任した。総理在任期間はわずか69日間、日本政治史上4番目の短命内閣に終わった。肺がんのため死去した。怖がりの本人には病名は知らされなかったという。

宇野千代写真

★ 宇野 千代 さん1996年 (平成8年) 6月10日 没 / 享年98歳詳細ページ

長編小説「色ざんげ」や「おはん」などで知られる文壇最長老の作家であった。85歳で新聞連載した自伝小説「生きて行く私」は、百万部のベストセラーとなった。きものデザイナーとしても知られた。急性肺炎のため入院先の虎の門病院で死去した。

生方恵一写真

★ 生方 恵一 さん2014年 (平成26年) 12月15日 没 / 享年81歳詳細ページ

1956年(昭和31年)にNHKに入局。「NHK歌謡ホール」や「ひるのプレゼント」などの司会を務め、温かな人柄と軽妙な語り口で人気を博した。第32・33・35回のNHK紅白歌合戦総合司会も担当した。NHKを退職後、フリーアナウンサーとして活躍の傍ら、講演や執筆活動も積極的に行っていた。

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★ 梅本 洋一 さん2013年 (平成25年) 3月12日 没 / 享年60歳詳細ページ

フランスの映画雑誌の日本版「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」の編集代表を務め、主にフランスのヌーヴェルバーグ界隈の映画の批評評論家として知られた。著書に「映画のたのしみ」や「フランソワ・トリュフォー」(責任編集)などがある。横浜国立大学教授(映画論、フランス演劇史)を務める。

浦辺粂子写真

★ 浦辺 粂子 さん1989年 (平成元年) 10月26日 没 / 享年87歳詳細ページ

「名脇役」として親しまれ、バラエティ番組などで「おばあちゃんアイドル」として注目を集めた。成瀬巳喜男、小津安二郎、黒澤明といった名匠の作品にも多数出演している。自宅で料理中に和服に引火し、全身に大火傷を負い救急搬送された。

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