2015年(平成27年)著名人訃報情報

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Record of the memory. (想い出の記録)

平成27年、亡くなられた方々の 在りし日の面影を偲んで。。。
謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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海原小浜写真

★ 海原 小浜 さん2015年(平成27年)12月24日 没 / 享年91歳詳細ページ

4歳の頃から月の家桃子として舞台を踏む。1943年(昭和18年)に叔母の海原お浜(1994年死去)とコンビを結成。巧みな話術で女性しゃべくり漫才の草分け的存在として人気を集めた。1967年に第2回上方漫才大賞、1975年に上方お笑い大賞を受賞。後に続く女性コンビに大きな影響を与えた。

国本武春写真

★ 国本 武春 さん2015年(平成27年)12月24日 没 / 享年55歳詳細ページ

演劇の専門学校を卒業後、東家幸楽に弟子入りし、1981年(昭和56年)浪曲師に。赤穂義士伝などを得意とした。従来の浪曲のスタイルにとらわれず、三味線弾き語りのシンガー・ソングライターとしても活動。リズム感いっぱいの演奏に合わせたパワフルな歌声で人気を集めた。

山根伸介写真

★ 山根 伸介 さん2015年(平成27年)11月14日 没 / 享年78歳詳細ページ

1963年(昭和38年)、南方英二(2010年2月没)、伊吹太郎の三人で、お笑いグループ「チャンバラトリオ」を結成。時代劇風のチャンバラを主題としたコントで笑いを取り、ハリセンでボケ役の顔や頭をたたくハリセンチョップで一世を風靡(ふうび)。舞台だけでなく、多くのテレビ番組でも親しまれた。

阿藤快写真

★ 阿藤 快 さん2015年(平成27年)11月14日 没 / 享年69歳詳細ページ

大学卒業後、劇団俳優座舞台部に加入、1970年(昭和45年)に舞台「はんらん狂騒曲」でデビュー。1988年からのフジテレビ系ドラマ「教師びんびん物語」シリーズにレギュラー出演し、お茶の間の幅広い人気を得た。また、旅番組や、グルメ番組、バラエティーでも活躍。軽快なトークが人気だった。

宝井馬琴写真

★ 宝井 馬琴 さん2015年(平成27年)9月25日 没 / 享年80歳詳細ページ

1959年に五代目 宝井馬琴に入門。1987年(昭和62年)に六代目 馬琴を襲名。合戦の様子を描写する「軍談物」を得意とし、重厚で切れ味の鋭い「修羅場読み」で知られた。一方、映像や英語を使う新作などにも取り組み、講談の普及に尽力、講談協会会長も務めた。2008年に旭日小綬章を受章。

安藤昇写真

★ 安藤 昇 さん2015年(平成27年)12月16日 没 / 享年89歳詳細ページ

少年時代は少年院に収容されるなど荒れた生活を送った。戦後、特攻隊から復員後、28歳で「安藤組」を結成。1965年(昭和40年)に俳優に転身し、映画「血と掟」でデビューした。精悍(せいかん)なマスクに、左ほおに本物の刀傷がある元ヤクザの迫力もあり、たちまち人気俳優になった。

野坂昭如写真

★ 野坂 昭如 さん2015年(平成27年)12月9日 没 / 享年85歳詳細ページ

早稲田大学在学中にCMソングの歌詞やテレビの台本などを書き始め、1963年に「おもちゃのチャチャチャ」で日本レコード大賞童謡賞を受賞。1968年(昭和43年)、「火垂るの墓」などで第58回 直木賞を受賞。みずから「焼跡闇市派」を自称し、本業の作家以外にも、幅広い分野で活躍し話題を集めた。

平良とみ写真

★ 平良 とみ さん2015年(平成27年)12月6日 没 / 享年87歳詳細ページ

沖縄県那覇市出身。劇団「ときわ座」などを経て、1982年(昭和57年)に夫の俳優 平良進と劇団綾船を結成。沖縄芝居を中心に活動する一方、2001年(平成13年)に出演したNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」で演じた「おばぁ」役で全国的な人気を得た。2014年に旭日双光章を受章した。

杉本章子写真

★ 杉本 章子 さん2015年(平成27年)12月4日 没 / 享年62歳詳細ページ

福岡県八女市生まれ。1980年(昭和55年)、「男の軌跡」で作家デビュー。1989年(平成元年)、江戸から明治に生きた絵師 小林清親の半生を描いた「東京新大橋雨中図」で九州在住の女性作家としては初の直木賞を受賞した。今年刊行した「起き姫 口入れ屋のおんな」が最後の著作になった。

水木しげる写真

★ 水木 しげる さん2015年(平成27年)11月30日 没 / 享年93歳詳細ページ

鳥取県出身。高等小学校卒業後、画家を目指して、大阪で働きながら学ぶ。1943年(昭和18年)、ニューギニア戦線に出征、爆撃を受け左腕を失う。1958年に貸本漫画家としてデビュー。「悪魔くん」や「ゲゲゲの鬼太郎」などの漫画が大ヒットし、妖怪ブームが巻き起こるなど人気を集めた。

白川澄子写真

★ 白川 澄子 さん2015年(平成27年)11月25日 没 / 享年80歳詳細ページ

東京都出身。1969年のフジテレビ系アニメ「サザエさん」放送開始当初からカツオの友達「中島くん」役を担当。テレビ朝日系の「ドラえもん」でも、優等生「出木杉(できすぎ)」の声を2005年まで務めた。ほかに「巨人の星」、「ひみつのアッコちゃん」、「オバケのQ太郎」などにも出演した。

北の海理事長写真

★ 北の海 理事長2015年(平成27年)11月20日 没 / 享年62歳詳細ページ

1966年(昭和41年)に13歳で三保ケ関部屋に入門、1974年(昭和49年)の名古屋場所後に、現在も破られていない史上最年少の21歳2か月の若さで横綱に昇進した。全盛期には「憎らしいほど強い横綱」と呼ばれ、引退後も約10年間にわたり日本相撲協会理事長として角界を支えてきた。

加藤治子写真

★ 加藤 治子 さん2015年(平成27年)11月2日 没 / 享年92歳詳細ページ

1939年(昭和14年)、松竹少女歌劇学校を経て、東宝映画入り。1964年に森繁久弥さんと共演したテレビドラマ「七人の孫」から、着物姿の母親役がハマリ役となった。森光子さんや山岡久乃さんらと並び「日本のお母さん像」として親しまれた。2002年(平成14年)に勲四等宝冠章を受章。

佐木隆三写真

★ 佐木 隆三 さん2015年(平成27年)10月31日 没 / 享年78歳詳細ページ

本名は小先良三(こさき りょうぞう)。朝鮮半島生まれ。1976年(昭和51年)、実際の連続殺人事件をテーマにした「復讐するは我にあり」で直木賞を受賞した。2006年から12年まで北九州市立文学館の初代館長を務め、自分史文学賞の創設など、地域の文化振興にも尽くした。

盛田幸妃写真

★ 盛田 幸妃 さん2015年(平成27年)10月16日 没 / 享年45歳詳細ページ

北海道茅部郡鹿部町出身。1987年(昭和62年)、ドラフト1位で大洋(現:DeNA)に入団。1992年には最優秀防御率を獲得した。1997年に近鉄に移籍。1998年9月に脳腫瘍の手術を受け、2001年6月13日にダイエー戦で1082日ぶりに勝利を挙げ、同年カムバック賞を受賞。「奇跡のリリーバー」と呼ばれた。

熊倉一雄写真

★ 熊倉 一雄 さん2015年(平成27年)10月12日 没 / 享年88歳詳細ページ

東京都出身。1956年(昭和31年)に劇団テアトル・エコーに参加。日本TV「ヒッチコック劇場」でヒッチコックの声を担当。これが当たり役となり、1964年にはNHK「ひょっこりひょうたん島」で海賊トラヒゲの声優を務めた。1996年にはアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌を歌い、キングレコードヒット賞も受賞。

橘家圓蔵写真

★ 橘家 圓蔵 さん2015年(平成27年)10月7日 没 / 享年81歳詳細ページ

本名は大山武雄。1952年(昭和27年)に七代目橘家圓蔵に入門。1965年に真打ちに昇進して五代目の月の家圓鏡(えんきょう)を襲名。1982年(昭和57年)に八代目円蔵を襲名した。高座だけでなくテレビやラジオ、焼き肉のたれのコマーシャルなどで活躍。「ヨイショの圓鏡」と呼ばれ人気を博した。

川島なお美写真

★ 川島 なお美 さん2015年(平成27年)9月24日 没 / 享年54歳詳細ページ

2013年(平成25年)、映画「チャイ・コイ」で主演を務め、完熟ボディを披露。映画公開の翌月の2014年1月に、肝内胆管がんの腹腔鏡手術を受けていた。今年7月に「金曜日のスマたちへ」に出演。腫瘍を完全に切除することに成功したと語っていた。夫はパティシエの鎧塚俊彦さん。

福島菊次郎写真

★ 福島 菊次郎 さん2015年(平成27年)9月24日 没 / 享年94歳詳細ページ

軍隊生活を経て、戦争孤児を撮影して救援物資集めの写真展を開いたのを契機に写真の道へ。広島の被爆者家庭を取材した写真集「ピカドン ある原爆被災者の記録」などで知られ、日本写真批評家協会賞特別賞を受賞。福島第一原子力発電所事故を機に、再び活発に活動を続けていた。

中村勝広写真

★ 中村 勝広 さん2015年(平成27年)9月23日 没 / 享年66歳詳細ページ

早大を経て1972年(昭和47年)にドラフト2位で阪神に入団。1982年(昭和57年)まで主に二塁手として活躍した。1990年から1995年シーズン途中まで監督を務めた。その後、オリックスでGM、監督として指揮を執った。2012年9月に阪神にGMとして復帰した。東京ドームでの巨人戦で上京中だった。

岸朝子写真

★ 岸 朝子 さん2015年(平成27年)9月22日 没 / 享年91歳詳細ページ

女子栄養学園(現:女子栄養大学)卒業。月刊誌「栄養と料理」の編集長を務めた。有名人の食事紹介や食べ歩きなどの企画を打ち出すなど、料理記者の草分け的存在だった。1993年(平成5年)に始まった人気番組「料理の鉄人」で審査員として活躍。「おいしゅうございます」の名文句で親しまれた。

松原徹写真

★ 松原 徹 さん2015年(平成27年)9月20日 没 / 享年58歳詳細ページ

1981年、管理部職員としてロッテオリオンズに入社。1軍マネジャーを務めた。2000年(平成12年)、日本プロ野球選手会事務局長就任後は、2004年の球界再編問題などに東奔西走した。最近は抗がん剤治療を受けるなど体調を崩し、今年12月3日の選手会総会で事務局長の職を辞する予定だったという。

黒木奈々写真

★ 黒木 奈々 さん2015年(平成27年)9月19日 没 / 享年32歳詳細ページ

TBSニュースバードキャスターオーディションに合格。『ドクター月尾 地球の方程式』の2代目の聞き手役を務めた。2014年3月31日に『国際報道2014』のメインキャスターに就任。2014年7月27日、レストランで倒れ、検査の結果9月10日に胃がんを患っていることを公表し治療を続けていた。

塩川正十郎写真

★ 塩川 正十郎 さん2015年(平成27年)9月19日 没 / 享年93歳詳細ページ

大阪府布施市(現:東大阪市)助役から、1967年(昭和42年)の衆院選で旧大阪4区から出馬して初当選。鈴木内閣で運輸大臣に就任し初入閣。衆院当選11回。2003年11月の衆院選に出馬せず政界を引退した。威勢のいい関西弁と独特のとぼけたキャラクターから「塩じい」の愛称で親しまれた。

庄司永建写真

★ 庄司 永建 さん2015年(平成27年)9月15日 没 / 享年92歳詳細ページ

山形県出身。民衆芸術劇場附属養成所を経て、劇団民藝から俳優デビュー。味わい深い脇役として映画にも数多く出演し、1960年代は日活を中心に社会派映画から青春映画まで、様々な作品で活躍した。晩年は俳優業以外にも山形の民話の語り部として、故郷で毎年民話を伝承していた。

宝生あやこ写真

★ 宝生 あやこ さん2015年(平成27年)9月8日 没 / 享年97歳詳細ページ

1953年(昭和28年)、夫で劇作家八田尚之氏と劇団「手織座(ており)」を結成。1964年の八田氏の死後、劇団代表を務めた。主な出演作に、舞台「楢山節考」、映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」、NHK連続テレビ小説「春よ、来い」など、テレビや映画でも活躍。幅広い芸風で知られた。

原節子写真

★ 原 節子 さん2015年(平成27年)9月5日 没 / 享年95歳詳細ページ

1935年(昭和10年)に映画デビュー。戦後には、黒沢明監督、今井正監督など名匠の作品に出演、彫りの深い美貌と、はつらつとした明るさで人気女優の地位を確立した。特に小津安二郎監督「晩春」「東京物語」などの名作で、知的で優しい成熟した女性像を演じ、名実ともにトップ女優になった。

小林陽太郎写真

★ 小林 陽太郎 さん2015年(平成27年)9月5日 没 / 享年82歳詳細ページ

慶應義塾大卒。1958年(昭和33年)、現:富士フイルムホールディングスに入社。その後、富士ゼロックスに転じ、1978年、44歳で社長に就任。1999年には経済同友会の代表幹事となり、「企業の社会に対する責任」という理念を唱えた。財界随一の国際派としても知られ、日米財界人会議の議長を務めた。

北見マキ写真

★ 北見 マキ さん2015年(平成27年)8月23日 没 / 享年74歳詳細ページ

本名は吉田省丘(よしだ しょうく)。北海道虻田郡豊浦町出身。西洋のマジックから日本古来の伝統奇術まで幅広いレパートリーを得意とし、国内外で活躍。日本奇術協会会長も務めた。1993年(平成5年)に文化庁芸術祭賞を受賞した。弟子に北見伸(山上兄弟の父)がいる。

三上満写真

★ 三上 満 さん2015年(平成27年)8月21日 没 / 享年83歳詳細ページ

東京大学教育学部を卒業後、東京都文京区や葛飾区の中学校で社会科の教諭を務めた。当時の非行少年に対する教育姿勢は、俳優武田鉄矢が「金八先生」で演じた中学教師・坂本金八のモデルになった。全日本教職員組合(全教)委員長や全労連議長を歴任。

柳原良平写真

★ 柳原 良平 さん2015年(平成27年)8月17日 没 / 享年84歳詳細ページ

京都市立美術大(現:京都市立芸術大)卒業後、寿屋(現:サントリー)に入社。同社のPR誌「洋酒天国」で表紙のデザインなどを担当した。1958年(昭和33年)に生み出した「アンクルトリス」は、新聞広告やテレビコマーシャルで人気を呼んだ。船舶の愛好家としても知られた。

伊藤菊雄写真

★ 伊藤 菊雄 さん2015年(平成27年)8月15日 没 / 享年79歳詳細ページ

近大野球部助監督を経て1961年(昭和36年)に巨人入りし、関西担当スカウトとして活躍。39年間にわたってスカウトを務めた。西本聖、駒田徳広、吉村禎章、川相昌弘、そして桑田真澄らを獲得、辣腕(らつわん)として球界に名をはせた。

花紀京写真

★ 花紀 京 さん2015年(平成27年)8月5日 没 / 享年78歳詳細ページ

横山エンタツの二男として生まれた。1962(昭和37年)、吉本興業に入社。以来、吉本新喜劇の舞台で活躍し、原哲男や岡八朗らとの掛け合いや、ひょうひょうとした演技で幅広く人気を集め、吉本新喜劇の黄金時代を築いた。鼻の先を赤くし、ニット帽にニッカーボッカー、腹巻き姿がトレードマーク。

阿川弘之写真

★ 阿川 弘之 さん2015年(平成27年)8月3日 没 / 享年94歳詳細ページ

真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官の人間像を描いた「山本五十六」をはじめ「米内光政」、「井上成美」の海軍提督三部作は、海軍提督の人間的実像に迫り、伝記小説に新境地を開いた。また、旅の醍醐味を綴った「南蛮阿房列車」など、随筆にも定評がある。1999年に文化勲章を受けた。

加藤武写真

★ 加藤 武 さん2015年(平成27年)7月31日 没 / 享年86歳詳細ページ

東京都出身。早稲田大学英文科卒業後、英語教員を経て文学座入り。個性的な名脇役として知られ、黒沢明監督の「悪い奴ほどよく眠る」「天国と地獄」、市川崑監督の「犬神家の一族」など、存在感ある演技で映画や舞台、ドラマと幅広く活躍し人気を集めた。

川崎敬三写真

★ 川崎 敬三 さん2015年(平成27年)7月21日 没 / 享年82歳詳細ページ

本名は陶山恵司(すやま やすじ)。1954年(昭和29年)、大映に入社し、映画デビュー。二枚目スターとして人気を博した。テレビでも江利チエミ主演の「サザエさん」でマスオ役を演じ、とぼけた三枚目役が当たり人気を集めた。その後、ワイドショー「アフタヌーンショー」の司会者としても親しまれた。

岩田聡写真

★ 岩田 聡 さん2015年(平成27年)7月11日 没 / 享年55歳詳細ページ

東京工業大情報工学科卒業後、ゲームソフト制作会社HAL研究所に入社。2000年に当時の故山内溥社長に誘われ任天堂に入社。2002年5月、42歳の若さで社長に就任。ゲーム機「ニンテンドーDS」や「Wii」などを世に送り出し、任天堂の成長を牽引した。昨年6月に胆管腫瘍の手術を受けていた。

南部陽一郎写真

★ 南部 陽一郎 さん2015年(平成27年)7月5日 没 / 享年94歳詳細ページ

素粒子物理学の基礎となる新たな理論を世界に先駆けて次々と発表。「自発的対称性の破れ」という現象から、素粒子の対称性(均一性)が失われる理論を構築。2008年(平成20年)、この功績によりノーベル物理学賞を受賞した。今年5月に体調を崩し、大阪市内の病院で入院治療を受けていた。

百井盛写真

★ 百井 盛 さん2015年(平成27年)7月5日 没 / 享年112歳詳細ページ

福島県出身。約60年前から現在のさいたま市に在住。1903(明治36年)年2月5日生まれ。東京大学農学部卒業後、高等学校化学教諭として赴任。その後、現:福島県立塙工業高校、埼玉県立与野高校の校長を務めた。2014年8月20日、世界最高齢者男性としてギネス世界記録に認定された。

音羽山親方写真

★ 音羽山 親方2015年(平成27年)6月20日 没 / 享年43歳詳細ページ

青森県三沢市出身。本名は浪岡貞博(なみおか ただひろ)。1987年(昭和62年)春場所で初土俵。豪快な相撲で、1994年(平成6年)の春場所大関に昇進。同部屋の元横綱 貴乃花や若乃花らと共に大相撲人気を盛り上げた。2004年に現役を引退し、貴乃花部屋で後進の指導に当たっていた。

たてかべ和也写真

★ たてかべ 和也 さん2015年(平成27年)6月18日 没 / 享年80歳詳細ページ

日本大学芸術学部卒業後、声優の仕事を始めた。テレビ朝日系「ドラえもん」では、ジャイアンの声を26年間担当してきたが、2005年3月をもって降板。ほかに、「ど根性ガエル」の「五利良イモ太郎」や、「ヤッターマン」の「トンズラー」など、個性的などこか憎めない演技で人気を博した。

高橋治写真

★ 高橋 治 さん2015年(平成27年)6月13日 没 / 享年86歳詳細ページ

1984年(昭和59年)、釣師の世界を描いた「秘伝」で第90回直木賞を受賞。また、富山県の伝統行事、「おわら風の盆」を舞台に、男女の恋をテーマにした小説「風の盆恋歌」が話題となるなど、幅広いテーマの作品で注目を集めた。石川県に「白山麓僻村塾」を開くなど行動派の作家としても知られた。

町村信孝写真

★ 町村 信孝 さん2015年(平成27年)6月1日 没 / 享年70歳詳細ページ

東大経済学部卒業後、通産省(現:経済産業省)に入省。1983年(昭和58年)の衆院選で初当選した。政策通として頭角を現し、外相、官房長官などを歴任。2014年12月に第75代衆院議長に就任したが、今年4月中旬に軽い脳梗塞と診断され、20日に議長を辞任して療養を続けていた。

小泉博写真

★ 小泉 博 さん2015年(平成27年)5月31日 没 / 享年88歳詳細ページ

慶應義塾大学卒業後、NHKに第20期アナウンサーとして入局。その後、俳優に転身し、江利チエミさん主演の「サザエさん」シリーズでマスオ役を務めたほか、数多くの映画作品に出演。テレビでは「クイズ・グランプリ」の司会のほか、特撮番組や時代劇などでも活躍した。

暁照雄写真

★ 暁 照雄 さん2015年(平成27年)5月29日 没 / 享年78歳詳細ページ

本名は浜田登志夫。1958年(昭和33年)に四代目宮川左近、松島一夫、高島和夫と共に「宮川左近ショウ」を結成し、第7回上方漫才大賞を受賞するなど注目を集めた。宮川左近の病死に伴い、1987年(昭和62年)に弟子の光夫とコンビを結成。2008年には文化庁芸術祭賞大衆演芸部門大賞を受賞。

今いくよ写真

★ 今 いくよ さん2015年(平成27年)5月28日 没 / 享年67歳詳細ページ

本名は里谷正子(さとや まさこ)。高校の同級生だったくるよさんと1970年代にコンビを組み、1984年には上方漫才大賞を受賞するなど、本格女流漫才師として漫才ブームをけん引してきた。去年9月に胃がんが判明して治療に専念。その後、くるよさんと共に復帰会見を行い元気な姿を見せていた。

今井雅之写真

★ 今井 雅之 さん2015年(平成27年)5月28日 没 / 享年54歳詳細ページ

高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。しかし、俳優になるため退職。1986年に法政大卒業後、奈良橋陽子演出の舞台「MONKEY」で演劇デビューを果たした。その後、映画やテレビドラマなどで活躍。特攻隊を題材にした主演舞台「THE WINDS OF GOD」では原作、脚本も手掛けた。

車谷長吉写真

★ 車谷 長吉 さん2015年(平成27年)5月17日 没 / 享年69歳詳細ページ

17日朝、自宅で倒れているのを、妻で詩人の高橋順子さんが発見、病院に搬送された。慶大卒業後、広告代理店や出版社に勤務する傍ら、私小説を執筆。1993年、「鹽壺の匙」で三島由紀夫賞を受賞。1998年(平成10年)に「赤目四十八瀧心中未遂」で第119回直木賞を受賞。

滝田裕介写真

★ 滝田 裕介 さん2015年(平成27年)5月3日 没 / 享年84歳詳細ページ

1953年(昭和28年)に俳優座に入団し、俳優としてデビュー。1958年(昭和33年)から放送された、警視庁詰めの新聞記者たちの活躍を描いた、NHKのテレビドラマ「事件記者」の「伊那ちゃん」役で人気を集めた。その後、舞台を中心に活動する一方、味のある性格俳優として人気を博した。

柳生真吾写真

★ 柳生 真吾 さん2015年(平成27年)5月2日 没 / 享年47歳詳細ページ

玉川大学農学部卒業。2000年(平成12年)から8年間、NHK「趣味の園芸」のキャスターを務め、若い世代にも園芸の魅力を伝えた。八ケ岳の麓にレストラン併設のアートギャラリー「八ケ岳倶楽部」を開設して園芸家として活動していた。30代後半にがんを患い、治療と並行して仕事を続けていた。

阿修羅 原写真

★ 阿修羅 原 さん2015年(平成27年)4月28日 没 / 享年68歳詳細ページ

本名は原 進(はら すすむ)。ラグビー日本代表として活躍。1976年には日本人として史上初めて世界選抜メンバーに選出された。その後、1977年、国際プロレスにスカウトされ入門。全日本プロレスに移籍後、天龍源一郎とユニット「天龍同盟」を結成。タッグ「龍原砲」は、全日本で一時代を築いた。

船戸与一写真

★ 船戸 与一 さん2015年(平成27年)4月22日 没 / 享年71歳詳細ページ

「砂のクロニクル」などの冒険小説の名手として知られ、2000年には小説「虹の谷の五月」で直木賞を受賞。今年2月、満州国の興亡をテーマにした大河小説「満州国演義」が全9巻で完結し、日本ミステリー文学大賞を受賞。2009年にがんが発覚し「余命1年」の宣告を受けていたが、執筆を続けていた。

萩原流行写真

★ 萩原 流行 さん2015年(平成27年)4月22日 没 / 享年62歳詳細ページ

1982年に劇団つかこうへい事務所に入り、映画「蒲田行進曲」に出演して注目された。テレビの旅番組やバラエティ番組などでも活躍。東京都杉並区の青梅街道で、愛車の大型バイク、ハーレーダビッドソンで走行中、ワンボックスカー(警視庁の護送車)と接触事故を起こし転倒、救急搬送された。

加瀬邦彦写真

★ 加瀬 邦彦 さん2015年(平成27年)4月21日 没 / 享年74歳詳細ページ

1966年(昭和41年)7月に「ザ・ワイルドワンズ」を結成し、デビュー曲「想い出の渚」が大ヒット。その後、「青空のある限り」や「愛するアニタ」など、ヒット曲を連発し、GSブームの一翼を担った。また、沢田研二さんのプロデューサーも務め、「危険なふたり」や「TOKIO」などの作曲も手掛けた。

愛川欽也写真

★ 愛川 欽也 さん2015年(平成27年)4月15日 没 / 享年80歳詳細ページ

「キンキン」の愛称で親しまれ、「11PM」、「なるほど!ザ・ワールド」、「出没!アド街ック天国」など、テレビの人気バラエティー番組で長く司会を務めた。また、俳優としても映画「トラック野郎」シリーズなどに出演し人気を博した。タレントの妻うつみ宮土理さんと、おしどり夫婦としても知られた。

小島功写真

★ 小島 功 さん2015年(平成27年)4月14日 没 / 享年87歳詳細ページ

大人の色気とモダン性溢れる独特の絵画タッチで人気を集め、週刊「アサヒ芸能」に連載し通算2800回を超えた「仙人部落」や「ヒゲとボイン」などのほか、清酒「黄桜」のCMに登場したカッパのキャラクターでも親しまれた。昨年11月8日より脳出血で療養中だったという。

中村小山三写真

★ 中村 小山三 さん2015年(平成27年)4月6日 没 / 享年94歳詳細ページ

1924年(大正13年)に4歳で中村米吉(のちの17代目中村勘三郎)に入門。1926年に中村小米の名で初舞台を踏んだ。1959年に二代目中村小山三を襲名。重鎮俳優として中村屋を三代にわたって支え、主に古風な女方として舞台に立った。著書に自伝「小山三ひとり語り」がある。

大川ミサヲ写真

★ 大川 ミサヲ さん2015年(平成27年)4月1日 没 / 享年117歳詳細ページ

1898年(明治31年)3月5日、呉服屋の四女として大阪市北区天満に生まれた。114歳のときにギネス社に女性の世界最高齢として認定され、その後、男女を通じた世界最高齢となった。また、日本人の中では1800年代生まれの最後の存命人物であった。

桂米朝写真

★ 桂 米朝 さん2015年(平成27年)3月19日 没 / 享年89歳詳細ページ

1947年、桂米団治に入門。3代目桂米朝を名乗る。消滅の危機にひんしていた上方落語の復興に尽くし、故笑福亭松鶴さんらと上方落語の「四天王」と呼ばれた。1996年(平成8年)に落語界では2人目の人間国宝に認定。2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章を受章者した。

塩月弥栄子写真

★ 塩月 弥栄子 さん2015年(平成27年)3月8日 没 / 享年96歳詳細ページ

茶道の裏千家14代家元の長女として京都市に生まれた。戦後、欧州などに渡り茶道を通じた文化使節として活躍した。1962(昭和37年)からNHKのクイズ番組「私の秘密」の名解答者としても人気を集めた。また、著書「冠婚葬祭入門」は、マナーの入門書として300万部を超えるベストセラーとなった。

三笑亭夢丸写真

★ 三笑亭 夢丸 さん2015年(平成27年)3月7日 没 / 享年69歳詳細ページ

本名は坂田宏(さかた ひろし)。1964年(昭和39年)に三笑亭夢楽に入門。1978年(昭和53年)に真打ちに昇進した。NHK「連想ゲーム」や日本テレビ「ルックルックこんにちは」のリポーターとしても活躍し幅広く人気を集めた。2010年(平成22年)にがんを発症し復帰したが、昨年から療養していた。

三五十五写真

★ 三五 十五 さん2015年(平成27年)3月3日 没 / 享年52歳詳細ページ

電撃ネットワークは 体を張った過激な芸で知られ、海外にも進出。欧米諸国においては「TOKYO SHOCK BOYS」の名前で高く評価された。2013年(平成25年)夏に肺がんが発覚し、一度は余命1週間の宣告を受けたが、メンバーやファンからの支援を受け、治療、リハビリに励んでいた。

松谷みよ子写真

★ 松谷 みよ子 さん2015年(平成27年)2月28日 没 / 享年89歳詳細ページ

会社勤めの傍ら童話を書き始めた。1951年(昭和26年)に初の童話集「貝になった子ども」を出版、第1回児童文学者協会新人賞を受賞。「ちいさいモモちゃん」シリーズは ロングセラーになったほか、児童文学ではタブー視されていた離婚を描いたことでも話題になった。

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★ 後藤 浩輝 さん2015年(平成27年)2月26日 没 / 享年40歳詳細ページ

JRA(日本中央競馬会)の現役トップジョッキー。1992年(平成4年)に騎手デビュー。通算で1447勝と歴代16位の記録を持ち、G1レースでも5勝を挙げた。2012年の落馬による頸椎(けいつい)骨折後、復帰と落馬による負傷を繰り返し、昨年11月に戦列に戻っていた。

宮崎総子写真

★ 宮崎 総子 さん2015年(平成27年)2月24日 没 / 享年71歳詳細ページ

1966年(昭和41年)にアナウンサーとしてフジテレビに入社。退職後フリーになり、1972年(昭和47年)から13年間にわたりTBS系のワイドショー「モーニングジャンボ奥さま8時半です」の司会を担当した。また、仲代達矢さんが主宰する無名塾のプロデューサーとしても活躍した。

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★ 坂東 三津五郎 さん2015年(平成27年)2月21日 没 / 享年59歳詳細ページ

2001年(平成13年)に十代目三津五郎を襲名。2012年12月に亡くなった中村勘三郎とは名コンビで知られ、ともに歌舞伎人気をけん引した。また、テレビや映画でも活躍し、2006年のNHK大河ドラマ「功名が辻」や、映画「武士の一分」などに出演した。2006年に日本芸術院賞、2009年に紫綬褒章。

片山豊写真

★ 片山 豊 さん2015年(平成27年)2月19日 没 / 享年105歳詳細ページ

日産自動車の名車「フェアレディZ」の生みの親として知られ、米国日産の初代社長を務めた。従来より低価格のスポーツカー開発を提案。1969年に発売されて世界的にヒットした「フェアレディZ」の市場投入に携わり、米国で「Zカーの父」と呼ばれた。1998年には米国の自動車殿堂入りを果たした。

シーナ写真

★ シーナ さん2015年(平成27年)2月14日 没 / 享年61歳詳細ページ

夫でギタリストの鮎川誠とロックバンド「シーナ&ロケッツ」を結成。「涙のハイウェイ」でデビューし、ボーカルとして活躍した。以降、「レモンティー」や「ユー・メイ・ドリーム」「ピンナップ・ベイビー・ブルース」などのロックンロールでファンを魅了。しゃがれたパワフルな歌声で人気を博した。

栄久庵憲司写真

★ 栄久庵 憲司 さん2015年(平成27年)2月8日 没 / 享年85歳詳細ページ

日本の工業デザイン界の草分けで、赤いキャップのキッコーマン卓上しょうゆ瓶や、成田エクスプレスをはじめとする鉄道車両、家電製品など、実用的で美しいデザインの製品を数多く手掛けた。工業デザインの第一人者として日本だけではなく世界でも高い評価を受けた。

河上和雄写真

★ 河上 和雄 さん2015年(平成27年)2月7日 没 / 享年81歳詳細ページ

東京地検特捜部時代にロッキード事件の捜査に携わり、1983年(昭和58年)に特捜部長に就任。その後、佐賀地検検事正や法務省矯正局長、最高検公判部長などを歴任し、1991年(平成3年)に退官。その後は弁護士をつとめる一方、テレビのコメンテーターとしても活躍した。

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★ 河野 多恵子 さん2015年(平成27年)1月29日 没 / 享年88歳詳細ページ

作家丹羽文雄主宰「文学者」の同人となり作品を発表。新潮社同人雑誌賞を受けた「幼児狩り」で注目を集めた。1963年に「蟹」で第49回芥川賞を受賞。その後、純文学の賞を軒並み獲得。また、女性初の芥川賞選考委員のほか、多くの文学賞選考委員を務め、辛口で鋭敏な批評で知られた。

園田天光光写真

★ 園田 天光光 さん2015年(平成27年)1月29日 没 / 享年96歳詳細ページ

1946年(昭和21年)、婦人参政権実現後初の衆院選に出馬し、女性国会議員の一人として当選し、衆院議員を3期務めた。1949年、故園田直元外相(1984年没)との恋愛が発覚(その後結婚)、白亜の恋としてマスコミを賑わせた。日本・ラテンアメリカ婦人協会名誉会長など多数の団体の役員を務めた。

赤瀬川隼写真

★ 赤瀬川 隼 さん2015年(平成27年)1月26日 没 / 享年83歳詳細ページ

銀行勤務などを経て、1983年(昭和58年)に短編集「球は転々宇宙間」で吉川英治文学新人賞を受賞し作家デビュー。1995年(平成7年)、トレードされたプロ野球選手などを描いた「白球残映」でに第113回直木賞を受賞。そのほか、「一塁手の生還」など野球を題材にした小説や随筆を数多く執筆した。

陳舜臣写真

★ 陳 舜臣 さん2015年(平成27年)1月21日 没 / 享年90歳詳細ページ

直木賞作家で中国歴史小説の第1人者として知られ、日中両国の文化的懸け橋として活躍した。1990年(平成2年)に日本国籍を取得。1993年のNHK大河ドラマ「琉球の風」では原作を手掛けた。代表作に「阿片戦争」や「太平天国」「秘本三国志」「小説十八史略」などがある。

斉藤仁写真

★ 斉藤 仁 さん2015年(平成27年)1月20日 没 / 享年54歳詳細ページ

国士舘大学卒業後、1984年のロス五輪では95キロ超級で金メダルを獲得。1988年のソウル五輪では、最終日まで金メダルゼロという重圧をはねのけ、東京五輪より続く日本柔道の金メダル獲得記録を継続させた。引退後は国士舘大教授となり、アテネ五輪、北京五輪で日本男子選手団監督を務めた。

大豊泰昭写真

★ 大豊 泰昭 さん2015年(平成27年)1月18日 没 / 享年51歳詳細ページ

本名は陳大豊(チェン・ダーフォン)。1984年(昭和59年)に来日し名商大に進学。卒業後、中日球団職員として1年間在籍後、1988年、中日に入団。交換トレードで阪神移籍を経て、2001年に中日に復帰。2002年(平成14年)に現役を引退した。現役時代は左投げ左打ちの内外野手として活躍した。

平井和正写真

★ 平井 和正 さん2015年(平成27年)1月17日 没 / 享年76歳詳細ページ

日本のSFの草分けの一人で、中央大学在学中に空想科学小説コンテストでの入賞をきっかけに作家としてデビュー。その後、テレビアニメ「エイトマン」や石森章太郎とタッグを組んだ週刊少年マガジンの連載漫画「幻魔大戦シリーズ」の原作などを手がけた。

大塚周夫写真

★ 大塚 周夫 さん2015年(平成27年)1月15日 没 / 享年85歳詳細ページ

人気アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の ねずみ男の役などで知られる声優で、俳優としても活躍した。代表的なキャラクターは「ねずみ男」のほか、「ルパン三世」の石川五ェ門、「美味しんぼ」の海原雄山、「忍たま乱太郎」の山田伝蔵先生など幅広い役の声を演じ人気を博した。

片山幽雪写真

★ 片山 幽雪 さん2015年(平成27年)1月13日 没 / 享年84歳詳細ページ

能楽観世流八世 片山九郎右衛門と 京舞井上流の四代目 井上八千代の長男として生まれる。5歳で初舞台を踏み、戦前戦後を能楽一筋に生きた。2001年(平成13年)、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、母子2代の人間国宝として話題を呼んだ。

石井光三写真

★ 石井 光三 さん2015年(平成27年)1月6日 没 / 享年83歳詳細ページ

1977年(昭和52年)に芸能事務所「石井光三オフィス」を設立し「コント赤信号」や磯野貴理子さんらを育てた。また、「オレたちひょうきん族」や「ルックルックこんにちは」などのテレビ番組に自ら出演し注目を集めた。2012年ごろに肝内胆管がんと診断され、在宅医療を受けて闘病を続けていたという。

吉行あぐり写真

★ 吉行 あぐり さん2015年(平成27年)1月5日 没 / 享年107歳詳細ページ

都内に美容院を構え、美容家の草分けとして活躍。自叙伝「梅桃(ゆすらうめ)が実るとき」を発表。1997年(平成9年)、これを基にしたNHKの連続テレビ小説「あぐり」が放送され、注目を集めた。長男の故 吉行淳之介さん、次女の故 理恵さんはともに芥川賞作家。女優の吉行和子さんは長女である。

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