2019年(平成31年)著名人訃報情報

訃報情報
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Record of the memory. (想い出の記録)

2019年、亡くなられた方々の 在りし日の面影を偲んで。。。
謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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ジヤニー喜多川写真

★ ジヤニー喜多川 さん2019年(令和元年)7月9日 没 / 享年87歳詳細ページ

1962年(昭和37年)、4名の少年グループ「初代ジャニーズ」を結成し、芸能界に進んだ。以降、半世紀以上にわたり、SMAP、嵐、シブがき隊など、多くの有名男性アイドルグループを世に送り出した。今年6月18日午前、自宅で体調の異変を訴え、救急搬送されていた。

竹村健一写真

★ 竹村 健一 さん2019年(令和元年)7月8日 没 / 享年89歳詳細ページ

京都大卒業後、フルブライト留学生として、米国の大学で学んだ。その後、英文毎日の記者や追手門学院大学助教授などを経て、評論家として活躍。フジテレビの「竹村健一・世相を斬る」や、「報道2001」などに出演。パイプを片手に「だいたいやねえ」と、独特の関西弁で語り出す姿が人気を集めた。

高島忠夫写真

★ 高島 忠夫 さん2019年(令和元年)6月26日 没 / 享年88歳詳細ページ

1951年、新東宝のニューフェイスの第1期生として芸能界入り。主演級の歌うスターとして活躍。妻は宝塚歌劇団の元男役トップスター寿美花代。TV料理番組「ごちそうさま」では、夫婦で25年以上共演していた。高嶋政宏、政伸の子供たちも俳優として活躍。近年はうつ病を患い、闘病生活を送っていた。

田辺聖子写真

★ 田辺 聖子 さん2019年(令和元年)6月6日 没 / 享年91歳詳細ページ

1964年、「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)」で第50回芥川賞を受賞。以降、鋭い人間観察をユーモアでくるんだ多くの作品を発表。「カモカのおっちゃん」のモデルとして親しまれた夫の故・川野純夫さんとの生活を軽妙につづったユーモラスなエッセーも人気を集めた。2008年、文化勲章受章。

京マチ子写真

★ 京 マチ子 さん2019年(令和元年)5月12日 没 / 享年95歳詳細ページ

大阪松竹歌劇団を経て、大映に入社、映画デビューを果たした。黒澤明監督「羅生門」でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。その後も、出演作が相次いで国際的な賞を獲得し、「グランプリ女優」と呼ばれた。大映のドル箱スターであると同時に、世界に名を知られる俳優となった。

小出義雄写真

★ 小出 義雄 さん2019年(平成31年)4月24日 没 / 享年80歳詳細ページ

1988年に実業団のリクルートの監督に就任。マラソンで有森裕子らを育てた。その後、高橋尚子らと共に積水化学に移籍。シドニー五輪で高橋尚子が陸上の日本女子で初の金メダルを手にした。選手を褒めて伸ばす指導と明るく豪快なキャラクターで知られ、高橋との二人三脚は大きな注目を浴びた。

モンキー・パンチ写真

★ モンキー・パンチ さん2019年(平成31年)4月11日 没 / 享年81歳詳細ページ

1965年(昭和40年)、「プレイボーイ入門」(双葉社「漫画ストーリー」)でデビュー。1967年、「漫画アクション」で「ルパン三世」の連載を開始。同作は1971年(昭和46年)に日本テレビ系でアニメ化され、映画化もされるなど日本を代表する漫画、キャラクターとなった。

ケーシー高峰写真

★ ケーシー 高峰 さん2019年(平成31年)4月8日 没 / 享年85歳詳細ページ

大学卒業後、司会業を経て漫談家に。1968年(昭和43年)に「ケーシー高峰」に改名。「グラッチェ」「セニョール」など、スペイン語を交えながら、白衣姿で黒板やホワイトボードを使い、お色気ネタをまじえた医事漫談で親しまれた。昨年9月以降は仕事を控えて福島県いわき市の自宅で療養していたという。

萩原健一写真

★ 萩原 健一 さん2019年(平成31年)3月26日 没 / 享年68歳詳細ページ

1967年(昭和42年)、グループサウンズ「ザ・テンプターズ」のヴォーカルとしてデビュー。「神様お願い!」「エメラルドの伝説」などの大ヒット曲を飛ばして人気を集めた。1970年代初頭から本格的に俳優に転身。TVドラマ「太陽にほえろ !」のマカロニ刑事役でその人気を決定付けた。

吉沢久子写真

★ 吉沢 久子 さん2019年(平成31年)3月21日 没 / 享年101歳詳細ページ

速記者を経て、後に夫となる文芸評論家・古谷綱武の秘書となる。結婚後、新聞や雑誌などに、料理や食文化、家庭生活に関する原稿を執筆。その後も、生活者の目線で考える評論家として講演や、料理番組への出演など幅広く活動。著書に「楽しく百歳、元気のコツ」、「まいにちを味わう」など多数。

織本順吉写真

★ 織本 順吉 さん2019年(平成31年)3月18日 没 / 享年92歳詳細ページ

1954年、岡田英次さんらと劇団青俳を結成。舞台に出演する傍ら、存在感のある渋い脇役として映画やテレビドラマに欠かせない存在として、晩年まで現役で活躍した。まな娘で放送作家の中村結美が織本の半生に迫ったドキュメンタリー番組が今月3日にNHK BS1で放送されたばかりだった。

内田裕也写真

★ 内田 裕也 さん2019年(平成31年)3月17日 没 / 享年79歳詳細ページ

1958年(昭和34)、「日劇ウエスタンカーニバル」へ初出場し本格的デビュー。1966年6月のビートルズ日本公演では、特別編成のバンドで前座として出演した。ロックフェスティバルの開催に取り組むなど、日本のロックの普及に尽力した。昨年9月に妻で俳優の樹木希林さんを亡くしたばかりだった。

森山加代子写真

★ 森山 加代子 さん2019年(平成31年)3月6日 没 / 享年78歳詳細ページ

札幌市のジャズ喫茶でスカウトされ、1960年(昭和35年)に「月影のナポリ」でデビュー。同年12月、新人としては異例の早さで「第11回NHK紅白歌合戦」に初出場。以降、「じんじろげ」「パイのパイのパイ」「白い蝶のサンバ」など数々のヒットを飛ばした。NHK紅白歌合戦に4回出場した。

佐々木すみ江写真

★ 佐々木 すみ江 さん2019年(平成31年)2月17日 没 / 享年90歳詳細ページ

劇団民藝の1期生として約20年間在籍。1971年(昭和46年)の退団後は、ドラマ、映画に活躍の場を移し幅広いキャラクターをこなせる演技力で作品に欠かせない存在となった。TVドラマ「ふぞろいの林檎たち」や、NHK大河ドラマ「篤姫」など多くの作品に出演。存在感が光る名脇役として活躍した。

堺屋太一写真

★ 堺屋 太一 さん2019年(平成31年)2月8日 没 / 享年83歳詳細ページ

大学卒業後、通産省(現:経済産業省)に入省、大阪万博や沖縄海洋博の開催に携わった。在職中の1975年(昭和50年)に、小説「油断!」で作家デビュー。1998年(平成10年)には民間人の閣僚として経済企画庁長官を務めた。政治や経済、それに文芸など幅広い分野で活躍してきた。

市原悦子写真

★ 市原 悦子 さん2019年(平成31年)1月12日 没 / 享年82歳詳細ページ

千葉市出身。俳優座を経て女優として活躍し、1975年(昭和50年)に始まったテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」では20年間にわたり声優を務めた。1983年(昭和58年)からはテレビドラマ『家政婦は見た!』に主演し、当たり役となり多くのファンを獲得した。

兼高かおる写真

★ 兼高 かおる さん2019年(平成31年)1月5日 没 / 享年90歳詳細ページ

本名は兼高 ローズ。1959年(昭和34年)からおよそ31年間、世界各国を旅するテレビ番組でプロデューサー兼ディレクター、さらにリポーターとして、取材と出演を行い、人気を博した。1991年(平成3年)、紫綬褒章受賞。

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