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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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永六輔写真

★ 永 六輔 さん2016年(平成28年)7月7日 没 / 享年83歳詳細ページ

草創期のテレビ界で放送作家として活躍。作詞家としても高い才能を発揮、「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」など数多くの国民的ヒット曲を世に送り出した。2013年9月まで46年間続いたラジオ番組「永六輔の誰かとどこかで」は、全国番組として最長を記録。

栄久庵憲司写真

★ 栄久庵 憲司 さん2015年(平成27年)2月8日 没 / 享年85歳詳細ページ

日本の工業デザイン界の草分けで、赤いキャップのキッコーマン卓上しょうゆ瓶や、成田エクスプレスをはじめとする鉄道車両、家電製品など、実用的で美しいデザインの製品を数多く手掛けた。工業デザインの第一人者として日本だけではなく世界でも高い評価を受けた。

江副浩正死去

★ 江副 浩正 さん2013年 (平成25年) 2月8日 没 / 享年76歳詳細ページ

情報、人材サービス大手で「ベンチャー企業の走り」と呼ばれたリクルートグループを創業。その後、政官財界を巻き込んだ「リクルート事件」で贈賄罪に問われ、有罪判決を受けた。事件後は企業経営の一線から退き、財団法人江副育英会の理事長を務めていた。

江藤慎一写真

★ 江藤 慎一 さん2008年 (平成20年) 2月28日 没 / 享年70歳詳細ページ

プロ野球の中日、ロッテなどで強打者として活躍し、史上初めてセ、パ両リーグで首位打者になり、「闘将」と呼ばれた。熊本県出身。オールスター戦に11度の出場を果たし、ベストナインにも6度選出された。肝臓がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

江戸川乱歩写真

★ 江戸川 乱歩 さん1965年 (昭和40年) 7月28日 没 / 享年70歳詳細ページ

「怪人20面相」や「明智小五郎」「少年探偵団」など数多くの推理小説作品で知られた。1923年(大正12年)に「二銭銅貨」でデビュー。その後、日本探偵小説界に大きな足跡を残した。晩年はパーキンソン病を患い、脳出血のため死去した。

江戸家猫八写真

★ 江戸家 猫八(3代目)さん2001年 (平成13年) 12月10日 没 / 享年80歳詳細ページ

物真似師として、動物の鳴き声などの物まね芸で知られ、俳優としても活躍した。動物モノマネ芸人として活躍する一方、「鬼平犯科帳」の彦十役などでも好演した。1988年に紫綬褒章を受賞。1994年には勲4等旭日小綬章を受勲している。

江戸家猫八写真

★ 江戸家 猫八(4代目)さん2016年(平成28年)3月21日 没 / 享年66歳詳細ページ

1968年(昭和43年)、三代目猫八に入門し、小猫を名乗った。2001年に三代目が死去、その後、2009年に猫八の四代目を襲名。ウグイスなど動物の声帯模写の第一人者として知られ、テレビドラマ出演や番組司会など多彩な活躍で人気を博した。2004年(平成16年)、文化庁芸術祭優秀賞。

榎木兵衛写真

★ 榎木 兵衛 さん2012年 (平成24年) 12月29日 没 / 享年84歳詳細ページ

1951年(昭和26年)に東映京都に入社。その後、日活に所属し、脇役、端役として膨大な数の映画に出演。日活映画では最多出演を誇る俳優といわれる。1974年( 昭和49年)に日活を退社し、テレビドラマや舞台に活動の場を広げ、NTVテレビドラマ「探偵物語」ではセミレギュラーとして活躍した。

榎本喜八写真

★ 榎本 喜八 さん2012年 (平成24年) 3月14日 没 / 享年75歳詳細ページ

プロ野球ロッテなどで活躍し、通算2314安打を放ち、「ヒットマシン」の異名で呼ばれた。早稲田実業から毎日(現:ロッテ)に入団し、高卒1年目にして新人王を獲得し注目を集めた。大腸がんのため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

榎本健一写真

★ 榎本 健一 さん1970年 (昭和45年) 1月07日 没 / 享年65歳詳細ページ

「エノケン」 の愛称で広く親しまれ「日本の喜劇王」とも称され活躍した。1950年(昭和25年) 、46歳で紫綬褒章を受章した。没後、勲四等旭日小綬章を追贈された。肝硬変のため東京都千代田区の駿河台日本大学病院で死去した。

榎本美佐江写真

★ 榎本 美佐江 さん1998年 (平成10年) 9月23日 没 / 享年74歳詳細ページ

元芸者歌手で、東映映画「女難街道」の主題歌「お俊恋唄」や「後追い三味線」などのヒット曲で人気を博した。1960年にプロ野球選手金田正一と結婚し芸能界を引退したが1963年に離婚して芸能界に復帰した。晩年まで活動を続けていたが 今年に大腸癌が発覚していた。

江畑謙介写真

★ 江畑 謙介 さん2009年 (平成21年) 10月10日 没 / 享年60歳詳細ページ

軍事評論家として、各国の軍事情勢など 安全保障問題に関する解説で知られた。1991年の湾岸戦争開戦時から的確な軍事評論でテレビ解説を務め人気を博した。呼吸不全のため入院先の千葉県木更津市内の病院で死去した。

染之助写真

★ 海老一染之助 さん2017年(平成29年)12月6日 没 / 享年83歳詳細ページ

伝統演芸・太神楽の曲芸師で、兄とともに「お染ブラザーズ」の愛称で活躍した。和傘の上に投げた鞠やマスを回す芸が有名で、「おめでとうございま~す」の掛け声で盛り上げ、正月の風物詩として親しまれた。兄の染太郎さんは2002年に死去し、染之助さんがピンで活動していた。

海老沢泰久写真

★ 海老沢 泰久 さん2009年 (平成21年) 8月13日 没 / 享年59歳詳細ページ

スポーツノンフィクション作家として知られ、1994年には「帰郷」で直木賞を受賞した。プロ野球監督、広岡達朗をモデルにした「監督」を初の著書として上梓し、話題を呼んだ。十二指腸がんのため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

江利チエミ写真

★ 江利 チエミ さん1982年 (昭和57年) 2月13日 没 / 享年45歳詳細ページ

「テネシーワルツ」などのヒット曲で知られ、映画「サザエさん」の主役としても親しまれた。美空ひばり、雪村いづみと共に「三人娘」と呼ばれ 一世を風靡した。自宅で死亡しているのが発見された。脳卒中と吐瀉物による窒息死とされている。

遠藤周作写真

★ 遠藤 周作 さん1996年 (平成8年) 9月29日 没 / 享年73歳詳細ページ

小説のほか、随筆や文芸評論なども手がけ、狐狸庵先生の愛称で呼ばれ親しまれた。1961年(昭和36年)には肺結核の再発で3度にわたり肺の手術を受けていた。1955年に小説「白い人」で芥川賞を受賞。肺炎による呼吸不全のため死去した。

遠藤太津朗写真

★ 遠藤 太津朗 さん2012年 (平成24年) 7月7日 没 / 享年84歳詳細ページ

テレビの草創期から強い個性と関西弁で名脇役として活躍し人気を博した。テレビ時代劇での「悪代官」や「悪徳商人」などへの出演で、悪役や三枚目役のイメージを確立した役者の1人である。心筋梗塞のため入院先の京都市左京区内の病院で死去した。

遠藤実写真

★ 遠藤 実 さん2008年 (平成20年) 12月6日 没 / 享年76歳詳細ページ

舟木一夫歌唱の「高校三年生」など、戦後の歌謡界を代表する作曲家として知られた。千昌夫の「星影のワルツ」などの大ヒット曲を連発し、発表した楽曲は5000曲以上におよぶ。急性心筋梗塞(こうそく)のため入院先の東京都中央区の病院で死去した。

笈田敏夫写真

★ 笈田 敏夫 さん2003年 (平成15年) 9月2日 没 / 享年78歳詳細ページ

日本のジャズ歌手の草分け的存在として活躍し、「ゲソ」の愛称で親しまれた。ビング・クロスビーやフランク・シナトラのスタンダード曲を 低音を甘く響かせる歌唱法で歌いこなし 幅広い年齢層の人気を集めた。腎盂癌(じんう がん)のため東京都港区内の病院で死去した。

逢坂じゅん写真

★ 逢坂 じゅん さん2014年 (平成26年) 5月8日 没 / 享年68歳詳細ページ

レツゴー三匹は正児、じゅんさん、長作のメンバーで人気を博し、1973年(昭和48年)には上方漫才大賞などを受賞。故山城新伍が司会をしたバラエティー番組「笑アップ歌謡大作戦」にレギュラー出演するなど、お茶の間を沸かせた。また、最近では人気ドラマ「半沢直樹」にも出演していた。

大石尚子写真

★ 大石 尚子 さん2012年 (平成24年) 1月4日 没 / 享年75歳詳細ページ

2000年に衆議院議員総選挙に神奈川4区より立候補し、初当選を果たし、2期を務めた。2007年7月、参議院選挙で落選したが、同年12月、山本孝史氏の死去に伴い繰上げで当選を果たした。呼吸不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

大泉滉写真

★ 大泉 滉 さん1998年 (平成10年) 4月23日 没 / 享年73歳詳細ページ

性格俳優として独特の存在感で知られ、テレビでコメディアンとしても活躍した。完全有機農法を研究し、庭で家庭菜園を営み「ぼく野菜人」などの著書もあった。3年前に食道がんの手術を受け、その後、肺がんが見つかり治療を続けていた。

大浦みずき写真

★ 大浦 みずき さん2009年 (平成21年) 11月14日 没 / 享年53歳詳細ページ

宝塚歌劇団のトップスターとして「ダンスの花組」と呼ばれ一時代を築いた。歌劇団退団後も舞台を中心に女優として活躍、また、ダンス公演でも注目された。前年より「胸膜炎のため」として舞台を降板していた。肺がんのため死去した。

大賀典雄写真

★ 大賀 典雄 さん2011年 (平成23年) 4月23日 没 / 享年81歳詳細ページ

ソニーグループの会長、社長などを歴任し、同社の発展に寄与した。 指揮者、声楽家としても知られ、東京フィルハーモニー交響楽団会長も務めた。2006年(平成18年)からは同社相談役に退いていた。多臓器不全のため死去した。

大川橋蔵写真

★ 大川 橋蔵 さん1984年 (昭和59年) 12月07日 没 / 享年55歳詳細ページ

テレビドラマ「銭形平次」の平次親分役で、お茶の間の人気を集め、二枚目俳優として知られた。1960年代の日本映画黄金時代の若手時代劇スターを代表する一人として活躍した。結腸がんから転移した肝臓がんのため55歳の若さで死去した。

大川ミサヲ写真

★ 大川 ミサヲ さん2015年(平成27年)4月1日 没 / 享年117歳詳細ページ

1898年(明治31年)3月5日、呉服屋の四女として大阪市北区天満に生まれた。114歳のときにギネス社に女性の世界最高齢として認定され、その後、男女を通じた世界最高齢となった。また、日本人の中では1800年代生まれの最後の存命人物であった。

仰木彬写真

★ 仰木 彬 さん2005年 (平成17年) 12月15日 没 / 享年70歳詳細ページ

プロ野球球団 近鉄とオリックスで監督を務め、また、イチローを育てた名将として知られた。率いたチームを11年連続でAクラス入りさせた名監督としても知られた。2004年には野球殿堂入りを果たした。呼吸不全のため入院先の福岡県内の病院で死去した。

大木金太郎写真

★ 大木 金太郎 さん2006年 (平成18年) 10月26日 没 / 享年77歳詳細ページ

韓国、全羅南道高興郡金山面出身。プロレスラーとして必殺技の頭突きで活躍した。頭突きの後遺症による脳血管疾患や、糖尿病などで長期入院療養中だった。慢性腎不全症と心臓血管異常による心臓麻痺のためソウル市内の病院で死去した。

大木実写真

★ 大木 実 さん2009年 (平成21年) 3月30日 没 / 享年85歳詳細ページ

テレビドラマ「水戸黄門」や、必殺シリーズなどに数多く出演し、悪役の好演で注目された。1950年代には松竹の二枚目スターとして、映画「あなた買います」などにも出演した。 膵臓癌 (すいぞう がん) のため入院先の東京都大田区内の病院で死去した。

大口広司写真

★ 大口 広司 さん2009年 (平成21年) 1月25日 没 / 享年58歳詳細ページ

グループサウンズの人気バンド「ザ・テンプターズ」のドラマーとして16歳でデビュー。解散後は俳優業へ転身する傍ら、服飾デザイナーとしても一時活動していた。肝臓がんのため入院先の東京都千代田区内の病院で死去した。

大久保琴写真

★ 大久保 琴 さん2013年 (平成25年) 1月12日 没 / 享年115歳詳細ページ

2012年(平成24年)12月17日、女性で世界最高齢だった米国在住の女性の死去に伴い、世界最高齢の女性となった。国内の女性最高齢者は大阪市東住吉区在住の大川ミサヲさん(114歳)となった。肺炎のため川崎市高津区の有料老人ホームで死去した。

大久保房男写真

★ 大久保 房男 さん2014年 (平成26年) 7月25日 没 / 享年92歳詳細ページ

1946年(昭和21年)、講談社に入社。文芸誌「群像」の編集長を務め、安岡章太郎、遠藤周作、吉行淳之介ら現代日本文学の多くの秀作にかかわった。また、作家としても小説やエッセーを発表。1992年(平成4年)、小説「海のまつりごと」で 芸術選奨新人賞を受賞。

大河内伝次郎写真

★ 大河内 伝次郎 さん1962年 (昭和37年) 7月18日 没 / 享年64歳詳細ページ

「シェイは丹下、名はシャゼン」の独特の発音の決めセリフで知られ、剣劇俳優として活躍した。エネルギッシュな殺陣を得意とし、阪東妻三郎と並び称される大スターであった。京都小倉山の山麓に和式庭園を設計し「大河内山荘」として一般公開されている。

大坂志郎写真

★ 大坂 志郎 さん1989年 (平成元年) 3月3日 没 / 享年69歳詳細ページ

1943年(昭和18年)に「開戦の前夜」で映画デビュー。渋い存在感のある脇役で人気を集めた。「江戸を斬る」の仏の長兵衛役など、時代劇を中心に名脇役として活躍した。食道がんのため死去した。没後、勲四等瑞宝章を授与された。

大沢啓二写真

★ 大沢 啓二 さん2010年 (平成22年) 10月07日 没 / 享年78歳詳細ページ

元プロ野球選手で監督、解説者を務め、大沢親分の愛称で親しまれた。晩年はコメンテーターとして活躍し 独特なコメントと「喝 !」と叫ぶフレーズが人気を呼んだ。近年は体調を崩していたが元気な姿を最近まで見せていた。胆のうがんのため東京都内の病院で死去した。

大島渚写真

★ 大島 渚 さん2013年 (平成25年) 1月15日 没 / 享年80歳詳細ページ

映画「愛のコリーダ」や「戦場のメリークリスマス」などを手掛け、従来の型を破る革新的な作品で邦画界の巨匠として知られた。「青春残酷物語」などのヒット作により「松竹ヌーベルバーグの旗手」となった。肺炎のため神奈川県藤沢市内の病院で死去した。

大杉君枝写真

★ 大杉 君枝 さん2007年 (平成19年) 2月2日 没 / 享年43歳詳細ページ

1987年(昭和62年)に日本テレビに入社し、元祖アイドルアナとして注目を集めた。昨年10月には、43歳で第一子となる男児を出産し、育児休業中であった。東京都渋谷区内の自宅マンションから転落し死亡した。遺書らしいものが残されていた。

大滝詠一写真

★ 大滝 詠一 さん2013年 (平成25年) 12月30日 没 / 享年65歳詳細ページ

伝説のバンド「はっぴいえんど」のメンバーとしてデビュー。1973年に解散後は自身のレーベルを創設し「君は天然色」「恋するカレン」などを発表した。他の歌手への楽曲提供も多く、代表作に松田聖子さんの「風立ちぬ」や、森進一さんの「冬のリヴィエラ」、小林旭さんの「熱き心に」などがある。

大滝秀治写真

★ 大滝 秀治 さん2012年 (平成24年) 10月2日 没 / 享年87歳詳細ページ

重厚な主役から個性的な脇役まで幅広く活躍した。その個性と存在感はTVドラマや映画、CMでも発揮された。代表作にドラマ「うちのホンカン」や、映画「不毛地帯」、「お葬式」などがある。肺扁平(はい へんぺい)上皮がんのため東京都内の自宅で死去した。

大田昌秀写真

★ 大田 昌秀 さん2017年(平成29年)6月12日 没 / 享年92歳詳細ページ

沖縄・久米島町出身。1945年、県師範学校在学中に鉄血勤皇隊に動員され、沖縄戦の中、多くの学友を失う。終戦後、米国に留学。1968年に琉球大教授に就任。1990年(平成2年)に沖縄県知事選挙に当選。基地問題を巡っては、歴代知事では最多の計7回訪米し、基地の整理縮小などを直接訴えた。

大塚明彦写真

★ 大塚 明彦 さん2014年 (平成26年) 11月28日 没 / 享年77歳詳細ページ

中央大学卒業後、大塚製薬工場に入社。1968年(昭和43年)に販売が始まった、市販のレトルトカレー「ボンカレー」や、スポーツ飲料「ポカリスエット」、栄養食品「カロリーメイト」などのヒット商品を手掛け、健康分野の拡大を図るなど、大塚グループの一時代を築き上げた。

大塚周夫写真

★ 大塚 周夫 さん2015年(平成27年)1月15日 没 / 享年85歳詳細ページ

人気アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の ねずみ男の役などで知られる声優で、俳優としても活躍した。代表的なキャラクターは「ねずみ男」のほか、「ルパン三世」の石川五ェ門、「美味しんぼ」の海原雄山、「忍たま乱太郎」の山田伝蔵先生など幅広い役の声を演じ人気を博した。

大友工死去

★ 大友 工 さん2013年 (平成25年) 4月12日 没 / 享年88歳詳細ページ

プロ野球巨人軍の「第2期黄金時代」を主力投手として支えた。1949年(昭和24年)に巨人に入団。サイドスローのフォームで 1952年に無安打無得点試合を達成。翌年には27勝6敗で最多勝、最優秀防御率のタイトルを獲得、沢村賞にも輝くなど巨人の第2期黄金期を支えた。

大友柳太朗写真

★ 大友 柳太朗 さん1985年 (昭和60年) 9月27日 没 / 享年73歳詳細ページ

豪快な殺陣と朗らかで明るい役柄で時代劇ファンを魅了し人気を誇った。1953年(昭和28年)に「快傑黒頭巾」が大ヒットし、黒頭巾役者として子供たちの人気の的となった。自宅マンション屋上から飛び降り死去した。妻に宛てた遺書が残されていた。

鳳啓助写真

★ 鳳 啓助 さん1994年(平成6年)08月08日 没 / 享年71歳詳細ページ

京唄子との夫婦漫才で一世を風靡した。離婚後も京唄子とのコンビは続けていた。「ポテチン!」などのフレーズで人気を博し「エロガッパ」の愛称で親しまれた。「志織慶太」の名前で脚本家としても活動。リンパ腺のがんのため死去した。

大橋巨泉写真

★ 大橋 巨泉 さん2016年(平成28年)7月12日 没 / 享年82歳詳細ページ

早稲田大中退後、ジャズ評論、放送作家などを経てタレントに転身した。日本テレビ「11PM」、TBS「クイズダービー」などの司会者として一時代を築き、「野球は巨人、司会は巨泉」の名フレーズも生まれた。2005年に胃がん患っていたことが判り、晩年は病魔との闘いの連続だった。

大場政夫死去

★ 大場 政夫 さん1973年 (昭和48年) 1月25日 没 / 享年23歳詳細ページ

1970年(昭和45年)10月22日、世界初挑戦でベルクレック・チャルバンチャイ(タイ)をKOに降し、WBA世界フライ級王座獲得。帝拳ジム初の世界王者となった。1973年1月2日、チャチャイ・チオノイ(タイ)を12回KOに降し、5度目の防衛に成功していた。首都高速5号池袋線での自動車事故のため死去した。

大原麗子写真

★ 大原 麗子 さん2009年 (平成21年) 8月3日 没 / 享年62歳詳細ページ

「好感度No.1女優」の地位を得て、そのハスキーボイスと艶っぽい演技で人気を誇った。東京都世田谷区の自宅2階寝室で死亡しているのが発見された。 病死とみられている。死後2週間以上経過しているとみられ、ギラン・バレー症候群を患っていた。

大平透写真

★ 大平 透 さん2016年(平成28年)4月12日 没 / 享年86歳詳細ページ

テレビの草創期から活躍。1955年(昭和30年)、米国の短編アニメ「スーパーマン」で、魅力的な低音で一躍人気者となった。海外ドラマ「スパイ大作戦」では「おはよう、フェルプス君」で始まる指令テープの声や、「笑ゥせぇるすまん」では喪黒福造の独特の笑い声でも人気となった。

大平正芳写真

★ 大平 正芳 さん1980年 (昭和55年) 6月12日 没 / 享年70歳詳細ページ

1978年(昭和53年)12月7日、第68代内閣総理大臣に就任した。1980年に衆議院を解散 (ハプニング解散) 、衆参同時選挙を実施した。選挙戦の最中に体調を崩し入院、心筋梗塞による心不全のため港区の虎の門病院で死去した。

近江俊郎写真

★ 近江 俊郎 さん1992年 (平成4年) 7月5日 没 / 享年73歳詳細ページ

美しいヴィブラートがかかった甘い歌声で、1948年には「湯の町エレジー」が空前の大ヒットとなった。映画制作にも乗り出し20本以上の映画も制作し、晩年は歌番組のコメンテイターとしても活躍した。1991年10月には、前年に見つかった前立腺がんの再発を公表していた。

大宮デン助写真

★ 大宮 デン助 さん1976年 (昭和51年) 12月23日 没 / 享年63歳詳細ページ

浅草喜劇界やテレビで一世を風靡し、「デン助」の愛称で呼ばれ広く親しまれた。1959年にテレビ放映された「デン助劇場」は好評を博し1972年3月まで続いた。糖尿病が悪化して入院していたが、脳卒中を併発。その後、肺炎のため死去した。

大森実写真

★ 大森 実 さん2010年 (平成22年) 3月26日 没 / 享年88歳詳細ページ

毎日新聞記者を経て、ジャーナリストとしてベトナム戦争報道などで注目を集めた。1960年度のボーン国際記者賞(現:ボーン・上田記念国際記者賞)を受賞した。肺炎のため米国カリフォルニア州南部ミッションビエホ市内の病院で死去した。

大藪春彦写真

★ 大藪 春彦 さん1996年 (平成8年) 2月26日 没 / 享年61歳詳細ページ

代表作に「野獣死すべし」「汚れた英雄」などがある。日本ハードボイルド小説の元祖と称された。処女作の「野獣死すべし」が 雑誌「宝石」に掲載され、翌年には映画化され 一躍流行作家となった。肺炎のため東京都世田谷区内の自宅で死去した。

大屋政子写真

★ 大屋 政子 さん1999年 (平成11年) 1月16日 没 / 享年78歳詳細ページ

1950年、大手繊維メーカー帝人の大屋晋三社長と不倫の末の略奪結婚をし話題となった。夫の死後は、ゴルフ場、レストランなどを経営するかたわらタレントとしても注目を浴びた。高い声と奇抜な服装と言動などで人気を集めた。胃がんのため死去した。

大山倍達写真

★ 大山 倍達 さん1994年 (平成6年) 4月26日 没 / 享年70歳詳細ページ

極真空手の創始者で「ゴッドハンド」の異名を持つ武道家、空手家として知られた。1964年には国際空手道連盟極真会館を設立し、数々の名だたる弟子、名選手を輩出した。 肺がんによる呼吸不全のため東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。

岡崎久彦写真

★ 岡崎 久彦 さん2014年 (平成26年) 10月26日 没 / 享年84歳詳細ページ

1952年(昭和27年)、外務省入省。情報調査局長や駐サウジアラビア大使、駐タイ大使などを歴任。辞職後は「親米保守」の論客として知られた。また、安倍首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」のメンバーとして集団的自衛権を認める報告書をまとめた。

緒形拳写真

★ 緒形 拳 さん2008年 (平成20年) 10月5日 没 / 享年71歳詳細ページ

NHK大河ドラマ「太閤記」や、「楢山節考」「鬼畜」など数多くの映画やドラマで活躍した。昨年秋には、激しい腰痛を抱えながら舞台をこなし、腰椎圧迫骨折で手術を受けていた。以前から慢性肝炎を患い、肝臓がんのため栃木県内の病院で死去した。

岡田茂写真

★ 岡田 茂 さん2011年(平成23年)05月09日 没 / 享年87歳詳細ページ

東映の名誉会長として、任侠映画や数々の時代劇で戦後の映画界をリードした。一貫して製作の現場を歩み続け、「仁義なき戦い」「網走番外地」などを実録路線として定着させた。肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

岡田真澄写真

★ 岡田 真澄 さん2006年 (平成18年) 5月29日 没 / 享年70歳詳細ページ

長身で彫りの深い顔立ちの二枚目俳優として、映画やテレビで活躍した。「ファンファン」の愛称で呼ばれ親しまれた。父は画家の岡田稔、母はデンマーク人である。昨年6月に食道がんの摘出手術を受けたが、リンパ節転移のため再入院していた。

岡田有希子写真

★ 岡田 有希子 さん1986年 (昭和61年) 4月8日 没 / 享年18歳詳細ページ

1984年(昭和59年)のレコード大賞新人賞を獲得し、トップアイドルの一人として注目を集めた。東京都新宿区四谷の所属事務所 サンミュージックのビル屋上から飛び降り死去した。原因は不倫関係のもつれなどといわれている。享年18歳だった。

岡野俊一郎写真

★ 岡野 俊一郎 さん2017年(平成29年)2月2日 没 / 享年85歳詳細ページ

東京大学卒業。1953年(昭和28年)、全日本大学サッカー選手権大会で優勝。1998年(平成10年)に日本サッカー協会会長に就任。2002年にはW杯日本招致委員会実行委員長を務め、IOC委員としてスポーツ界の発展にも尽力した。2012年にはサッカー界から初となる文化功労者に選ばれた。

岡八朗写真

★ 岡 八朗 さん2005年 (平成17年) 7月26日 没 / 享年67歳詳細ページ

吉本新喜劇の元座長として「奥目の八ちゃん」の愛称で呼ばれ広く親しまれた。アルコール依存症を患うも断酒に成功し、以後、依存症克服の講演会なども行っていた。肺炎による呼吸不全のため入院先の兵庫県尼崎市内の病院で死去した。

岡晴夫写真

★ 岡 晴夫 さん1970年 (昭和45年) 5月19日 没 / 享年54歳詳細ページ

1937年に「国境の春」でデビューした。リーゼントのヘアスタイルでも話題を集めた。その後も「東京の花売娘」や「啼くな小鳩よ」などのヒット曲を飛ばし一躍スターとなった。持病の糖尿病が悪化し、晩年は白内障を併発してほとんど失明状態であったという。

岡本喜八写真

★ 岡本 喜八 さん2005年 (平成17年) 2月19日 没 / 享年81歳詳細ページ

映画監督として「独立愚連隊」や、「大誘拐」などアクションコメディーを得意とした。亡くなる直前まで、山田風太郎作「幻燈辻馬車」の映画化を構想していたが果たせなかったという。 食道がんのため入院先の神奈川県川崎市多摩区の自宅で死去した。

岡本信写真

★ 岡本 信 さん2009年 (平成21年) 4月19日 没 / 享年59歳詳細ページ

グループサウンズ全盛期に「ザ・ジャガーズ」のボーカルとして活躍し人気を博した。ザ・ジャガーズ解散後はソロ歌手として活動していた。東京都北区内の自宅マンションの浴槽で死亡しているのを知人女性が発見した。病死とみられている。

岡本太郎写真

★ 岡本 太郎 さん1996年 (平成8年) 1月7日 没 / 享年84歳詳細ページ

1970年(昭和45年)に開催された日本万国博覧会のシンボルタワー「太陽の塔」の作者として知られた。「芸術は爆発だ!」や「グラスの底に顔があっても良いじゃないか」などの多くの名言を残した事でも有名である。パーキンソン病による急性呼吸不全のため死去した。

岡本敏子写真

★ 岡本 敏子 さん2005年 (平成17年) 4月20日 没 / 享年79歳詳細ページ

芸術家の故、岡本太郎さんの養女で、岡本太郎記念館の館長を務めていた。故、岡本太郎の旧アトリエ兼自宅を美術館として公開し、遺作品の管理を担っていた。東京都港区南青山の自宅マンション浴室で倒れ、急性心不全のため死去した。

小川宏写真

★ 小川 宏 さん2016年(平成28年)11月29日 没 / 享年90歳詳細ページ

1949年(昭和24年)にNHKに入局。人気クイズ番組「ジェスチャー」の司会を10年にわたり務めた。退職後、フジテレビ系ワイドショー「小川宏ショー」の司会を17年間にわたり務め、放送は4451回に達した。穏やかな雰囲気や話術は主婦層にも長く支持され、お茶の間に朝の顔として親しまれた。

沖田浩之写真

★ 沖田 浩之 さん1999年 (平成11年) 3月27日 没 / 享年36歳詳細ページ

アイドル歌手として1981年 (昭和56年) にヒット曲「E気持ち」で歌手デビューした。1984年に歌手活動を終了し、その後「サラリーマン金太郎」などに出演、俳優として活躍した。自宅で首吊り自殺を図り死去した。理由は不明である。祖父、父、兄も自殺で死去している。

沖雅也写真

★ 沖 雅也 さん1983年 (昭和58年) 6月28日 没 / 享年31歳詳細ページ

テレビドラマ「さぼてんとマシュマロ」の主演で人気を博し、気鋭の若手として注目を浴びた。警備員の制止を振り切り、ホテル最上階(47階)から、飛び降り自殺を図った。「おやじ 涅槃で まってる」と記された遺書のほか、数通の遺書が残されていた。

荻原弘子写真

★ 荻原 弘子 さん2009年 (平成21年) 4月19日 没 / 享年54歳詳細ページ

元日本TVのアナウンサーで、在職中はニュース番組などで夕方の顔として活躍した。報道番組のディレクターも務め、環境問題などの特集企画にも熱心に取り組んだ。癌(がん)のため入院先の埼玉県川越市内の病院で死去した。

奥大介写真

★ 奥 大介 さん2014年 (平成26年) 10月17日 没 / 享年38歳詳細ページ

サッカー元日本代表選手。神戸弘陵学園高等学校からジュビロ磐田に入団し、横浜F・マリノス、横浜FCに在籍。日本代表としては国際Aマッチ26試合に出場した。引退後、サッカースクールのテクニカルアドバイザーなどを務めた後、沖縄県宮古島でホテルマンとして働いていたという。

奥田元宋写真

★ 奥田 元宋 さん2003年 (平成15年) 2月15日 没 / 享年90歳詳細ページ

日本画壇の重鎮として知られ、代表作に「秋嶽紅樹」や「奥入瀬」などがある。1936年(昭和11年)に文展に初入選。戦後は一貫して日展を舞台に活躍し、1984年(昭和59年)に文化勲章を受章した。心不全のため東京都練馬区富士見台の自宅で死去した。

小口絵理子写真

★ 小口 絵理子 さん2013年 (平成25年) 12月16日 没 / 享年39歳詳細ページ

元ニッポン放送のアナウンサーで、その後、フリーアナウンサーとして活躍。2010年(平成22年)3月15日より、子宮筋腫のために入院生活を続け、6月7日に復帰。 その後、「小口絵理子のアナウンススクール」を開校し、校長を務め、後進の指導にも当たっていた。

尾崎紀世彦写真

★ 尾崎 紀世彦 さん2012年 (平成24年) 5月31日 没 / 享年69歳詳細ページ

ヒット曲「また逢う日まで」は、1971年(昭和46年)に日本レコード大賞と日本歌謡大賞をダブル受賞した。去年3月に肝臓の手術を受け、その後、入退院を繰り返していたという。癌(がん)のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

尾崎行雄死去

★ 尾崎 行雄 さん2013年(平成25年)6月13日 没 / 享年68歳詳細ページ

プロ野球の東映などで投手として活躍し「怪童」の愛称で知られた。1961年(昭和36年)、大阪・浪商高等学校(現:大坂体育大学浪商高等学校)のエースとして夏の甲子園で優勝し、剛速球を武器に「怪童」と呼ばれた。肺がんのため東京都内の病院で死去した。

尾崎豊写真

★ 尾崎 豊 さん1992年 (平成4年) 4月25日 没 / 享年26歳詳細ページ

ロックシンガーとして、その歌の世界は若者の共感を呼び、カリスマ的存在となった。未明、東京都足立区の路上に傷だらけの全裸姿で倒れているのが発見され、救急搬送された。その後、致死量の2.64倍もの覚醒剤摂取が判明。死因は急性中毒と結論付けられた。

小佐野賢治写真

★ 小佐野 賢治 さん1986年(昭和61年)10月27日 没 / 享年69歳詳細ページ

国際興業グループ創業者で名門ホテルを多数手中にするなど「ホテル王」と呼ばれたこともあった。ロッキード疑獄でも知られ、国会召喚で繰り返した答弁「記憶にございません」は当時の流行語となった。ストレス性潰瘍のため東京都港区の虎の門病院で死去した。

大仏次郎写真

★ 大佛 次郞 さん1973年(昭和48年)4月30日 没 / 享年75歳詳細ページ

現代小説、歴史小説、ノンフィクションなど幅広い大衆文学で空前絶後の人気を集めた。横浜市に生まれ、開化期の横浜を愛惜をこめて描いた「霧笛」や「幻燈」は 多くの人々を魅了した。「鞍馬天狗」の作者としても知られた。1964年(昭和39年)に文化勲章を受章。

小沢昭一写真

★ 小沢 昭一 さん2012年 (平成24年) 12月10日 / 没 享年83歳詳細ページ

俳優座養成所出身で、舞台、映画、テレビ、ラジオなど幅広い分野で活躍した。独特の語り口でラジオ番組の名 パーソナリティとしても知られ、TBSラジオ系「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は放送開始25年目を迎えていた。前立腺がんのため東京都内の自宅で死去した。

小津安二郎写真

★ 小津 安二郎 さん1963年 (昭和28年) 12月12日 没 / 享年60歳詳細ページ

日本映画史上の三大巨匠と称され、世界中のファンから愛される映画監督であった。1959年 (昭和34年) 3月には映画人として初めての日本芸術院賞を受賞した。頸部悪性腫瘍のため入院先の東京都文京区の東京医科歯科大学病院で死去した。

小瀬浩之写真

★ 小瀬 浩之 さん2010年 (平成22年) 2月5日 没 / 享年24歳詳細ページ

2007年の「大学生、社会人ドラフト会議」で、プロ野球球団オリックスの指名を受け入団した。春季キャンプで滞在中の沖縄県宮古島市のホテル10階の自室から転落死した。自殺とみられているが詳細は明らかにされていない。2カ月前に結婚したばかりだった。

小田晋死去

★ 小田 晋 さん2013年 (平成25年) 5月11日 没 / 享年79歳詳細ページ

犯罪精神医学の第一人者で、多くの重大事件で被告などの精神鑑定を手掛けた。1982年(昭和57年)の羽田沖日航機墜落事故では機長の精神鑑定をしたほか、新聞やテレビのコメンテーターとしても活躍し、犯罪者の心理を分析した。心不全のためさいたま市内の病院で死去した。

小達スエ写真

★ 小達 スエ さん2008年 (平成20年) 5月10日 没 / 享年74歳詳細ページ

1985年に白血病のため27歳の若さで死去した女優の故 夏目雅子さんの母親である。娘の遺志を生かした「夏目雅子ひまわり基金」を設立するなどの活動を続けていた。進行性核上性麻痺(かくじょうせいまひ)のため東京都港区内の病院で死去した。

小田実写真

★ 小田 実 さん2007年 (平成19年) 7月30日 没 / 享年75歳詳細ページ

作家で、反戦運動家としても知られ、ベトナム戦争反対運動のリーダー格として活躍した。南米や、欧州、アジアなどでの旅行記「何でも見てやろう」はベストセラーとなった。4月に末期の胃がんを公表し、東京都内の病院で闘病生活を送っていた。

乙羽信子写真

★ 乙羽 信子 さん1994年 (平成6年) 12月22日 没 / 享年70歳詳細ページ

戦後の宝塚歌劇団第一期黄金時代を経て、映画界でもスターとして人気を博した。夫、新藤兼人監督の「絞殺」で、ヴェネツィア国際映画祭最優秀主演女優賞を受賞した。肝臓がんによる肝不全のため東京都千代田区の三楽病院で死去した。

音羽山親方写真

★ 音羽山 親方2015年(平成27年)6月20日 没 / 享年43歳詳細ページ

青森県三沢市出身。本名は浪岡貞博(なみおか ただひろ)。1987年(昭和62年)春場所で初土俵。豪快な相撲で、1994年(平成6年)の春場所大関に昇進。同部屋の元横綱 貴乃花や若乃花らと共に大相撲人気を盛り上げた。2004年に現役を引退し、貴乃花部屋で後進の指導に当たっていた。

小野田寛郎写真

★ 小野田 寛郎 さん2014年 (平成26年) 1月17日 没 / 享年91歳詳細ページ

1974年(昭和49年)3月、終戦から29年目にしてフィリピンルバング島から帰還を果たした。帰国の半年後、次兄のいるブラジルに移住し牧場を経営。また、青少年の育成を目指す「自然塾」を全国各地で開き、講演会や野営等を行った。2005年(平成17年)に藍綬褒章を受章した。

小野満写真

★ 小野 満 さん2008年 (平成20年) 1月2日 没 / 享年78歳詳細ページ

ドラムスのジョージ川口とともに ビッグ・フォーで活躍し、戦後のジャズブームを支えた。1967年から17年間にわたり、バンドリーダーとして、NHK紅白歌合戦の白組の演奏、指揮を担当した。2000年頃に心筋梗塞で手術を受け、その後は長期の闘病生活を送っていた。

小野ヤスシ写真

★ 小野 ヤスシ さん2012年 (平成24年) 6月28日 没 / 享年72歳詳細ページ

タレントとして軽妙な語り口で親しまれ、バラエティー番組の司会者としても人気を集めた。2010年1月には、腎盂がんのため右の腎臓の全摘出手術を受けていた。腎盂癌(じんう がん)のため入院先の東京都世田谷区内の病院で死去した。

小畑実写真

★ 小畑 実 さん1979年 (昭和54年) 4月24日 没 / 享年55歳詳細ページ

戦時下、「湯島の白梅」や「勘太郎月夜唄」が大ヒット、戦後に本格的な流行歌手として大活躍した。朝鮮半島 平壌出身。戦後、「長崎のザボン売り」や「星影の小径」などのヒット曲で人気を博した。千葉県野田市のゴルフ場でプレイ中に倒れ、急性心不全のため死去した。

小渕恵三写真

★ 小渕 恵三 さん2000年 (平成12年) 5月14日 没 / 享年62歳詳細ページ

1998年(平成10年)7月30日、第84代 内閣総理大臣に就任した。1989年(平成元年)、官房長官時代に「平成」への元号変更を発表したことで広く知られた。首相在任中に脳梗塞で倒れ、意識を回復する事なく入院先の病院で死去した。

織井茂子写真

★ 織井 茂子 さん1996年 (平成8年) 1月23日 没 / 享年70歳詳細ページ

ヒットドラマ「君の名は」の主題歌の歌手として知られ、この歌は空前の大ヒットとなった。その後、「黒百合の歌」や「君は遥かな」などのヒットを飛ばし、広く知られる歌手となった。亡くなる直前まで活躍していたが、すい臓腫瘍(しゅよう)のため死去した。

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