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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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開高健写真

★ 開高 健 さん1989年 (平成元年) 12月09日 没 / 享年58歳詳細ページ

ルポルタージュの傑作「ベトナム戦記」などの作品で日本のノンフィクション文学に大きな足跡を残した。釣師としても知られ「オーパ!」「フィッシュ・オン」など釣りに関した作品も多い。食道癌の手術後「珠玉」を脱稿するも再入院し、肺炎を併発し死去した。

甲斐智枝美写真

★ 甲斐 智枝美 さん2006年 (平成18年) 7月10日 没 / 享年43歳詳細ページ

1980年代初めに「チェミィ」の愛称で呼ばれ注目を集め、ドラマやバラエティーなどで活躍した。千葉県習志野市内の自宅ニ階の寝室で、首を吊って死亡しているのが発見された。千葉県警習志野署が検死を行い自殺と断定された。

加賀八郎死去

★ 加賀 八郎 さん2013年(平成25年)7月2日 没 / 享年55歳詳細ページ

ロックバンド「THE GOOD-BYE」のボーカル、ベースとしてデビューし注目を集めた。2010年(平成22年)10月に多発性骨髄腫の診断を受け、闘病生活を続けていた。 入院生活の様子を伝える6月8日付のブログ記事が最後の更新となった。

元横綱 鏡里写真

★ 元横綱 鏡里 さん2004年 (平成16年) 2月29日 没 / 享年80歳詳細ページ

大相撲 第42代横綱 鏡里(かがみさと)本名は奥山喜世治。青森県三戸町出身。1953年(昭和28年)に横綱に推挙され、引退後は年寄鏡里、粂川として相撲協会の発展に貢献した。敗血症のため入院先の東京都墨田区内の病院で死去した。

香川伸行写真

★ 香川 伸行 さん2014年 (平成26年) 9月26日 没 / 享年52歳詳細ページ

1979年(昭和54年)、浪商高(現:大阪体育大学浪商高等学校)からドラフト2位で南海に入団。太めの体形で強打の捕手だったことから、野球漫画の主人公にちなみ「ドカベン」のニックネームで親しまれた。1989年(平成元年)を最後に引退後、野球評論家のほか、実業家としても活動していた。

神楽坂はん子写真

★ 神楽坂 はん子 さん1995年 (平成7年) 6月10日 没 / 享年64歳詳細ページ

ヒット曲「ゲイシャ・ワルツ」が大ヒットし一躍スター歌手となった。神楽坂で芸者をしていたところをスカウトされ、古賀政男作品の「こんな私じゃなかったに」で歌手デビュー。肝臓がんのため埼玉県川口市の武南病院で死去した。

神楽坂浮子写真

★ 神楽坂 浮子 さん2013年 (平成25年) 11月20日 没 / 享年75歳詳細ページ

芸者歌手として活躍し「十九の春」や「三味線フラフープ」などのヒット曲で知られた。古賀政男に師事し 芸者歌手としてデビュー。市丸や榎本美佐江ら先輩日本調歌手に後押しされ、1956年(昭和31年)に「十九の春」が大ヒット。プロ歌手の仲間入りを果たした。

景山民夫写真

★ 景山 民夫 さん1998年 (平成10年) 1月27日 没 / 享年50歳詳細ページ

放送作家として「タモリ倶楽部」「11PM」など 数多くの人気番組の構成を手がけた。1988年 (昭和63年) には「遠い海から来たCOO」で第99回直木賞を受賞した。東京都世田谷区の木造三階建ての自宅から出火。全身にやけどを負い死去した。

河西昌枝写真

★ 河西 昌枝 さん2013年 (平成25年) 10月3日 没 / 享年80歳詳細ページ

1964年(昭和39年)の東京オリンピックで優勝した女子バレーボール「東洋の魔女」の主将を務めた。主将兼セッターとして、故 大松博文監督の猛練習の下、チームをまとめた。引退後もママさんバレーの指導などに携わる一方、アテネ五輪では女子日本代表の団長を務めた。

笠置シヅ子写真

★ 笠置 シヅ子 さん1985年 (昭和60年) 3月30日 没 / 享年70歳詳細ページ

「東京ブギウギ」などの大ヒット曲で、戦後の荒廃した庶民に絶大な支持を受けた。 以後も「大阪ブギウギ」や、「買物ブギ」などがヒットし、「ブギの女王」と称された。高峰秀子との共演映画「銀座カンカン娘」にも主演。卵巣がんのため死去した。

風間やんわり写真

★ 風間 やんわり さん2013年 (平成25年) 10月22日 没 / 享年36歳詳細ページ

「ヤングマガジン」や「FRIDAY」などに独特の絵と世界観を持った4コマ漫画を連載し注目を集めた。講談社「ヤングマガジン」誌で4コマ漫画「食べれません」を1995年(平成7年)から連載中だった。ほかの代表作品に「ポチ極道」や「やんわり 社会派宣言」などがある。

柏戸剛写真

★ 元横綱 柏戸 剛 さん1996年(平成8年)12月8日 没 / 享年58歳詳細ページ

1961年(昭和36年)に大鵬とともに第47代横綱に昇進し「柏鵬時代」を築き相撲黄金時代を支えた。第38代横綱 照國萬藏の持つ横綱昇進最年少記録を大鵬幸喜と共に更新した。晩年は深刻な腎臓病の悪化で体調不良が多く、人工透析を受けていた。

梶原一騎写真

★ 梶原 一騎 さん1987年(昭和62年)1月21日 没 / 享年50歳詳細ページ

格闘技などを題材に熱血ド根性漫画の分野を開拓し、漫画界の巨星であった。「巨人の星」の原作者として名声を上げ、以後、「あしたのジョー」などの作品の原作者として活躍した。壊死性劇症膵臓炎のため東京都新宿区の東京女子医科大学病院で死去した。

春日野八千代写真

★ 春日野 八千代 さん2012年 (平成24年) 8月29日 没 / 享年96歳詳細ページ

宝塚歌劇団の男役スターとして脚光を浴び、戦後の宝塚の黄金時代を築いた。星組の披露公演「お国歌舞伎」で主役に抜擢され 一躍スターに躍り出た。「白薔薇のプリンス」と呼ばれ人気を博した。肺炎のため大阪市内の病院で死去した。

春日八郎写真

★ 春日 八郎 さん1991年 (平成3) 10月22日 没 / 享年67歳詳細ページ

「別れの一本杉」や「お富さん」などのヒット曲で知られ、演歌という新天地を築いた。1952年「赤いランプの終列車」が大ヒットし、人気歌手の仲間入りを果たした。デビュー後に吹き込んだ楽曲は通算千数百曲に上った。肝硬変のため死去した。

加瀬邦彦写真

★ 加瀬 邦彦 さん2015年(平成27年)4月21日 没 / 享年74歳詳細ページ

1966年(昭和41年)7月に「ザ・ワイルドワンズ」を結成し、デビュー曲「想い出の渚」が大ヒット。その後、「青空のある限り」や「愛するアニタ」など、ヒット曲を連発し、GSブームの一翼を担った。また、沢田研二さんのプロデューサーも務め、「危険なふたり」や「TOKIO」などの作曲も手掛けた。

片岡千恵蔵写真

★ 片岡 千恵蔵 さん1983年 (昭和58年) 3月31日 没 / 享年80歳詳細ページ

戦前、戦後の長期にわたり、時代劇人気を支え続けた「御大」の一人として知られた。デビュー以来、時代劇の第一線で明朗快活な美男スターとして人気を博した。昨年8月、腎臓病の悪化のため東京都港区の慈恵会医大病院に入院していた。

片山哲写真

★ 片山 哲 さん1978年(昭和53年)5月30日 没 / 享年90歳詳細ページ

1947年(昭和22年) 新憲法下初の総選挙で第46代内閣総理大臣に就任した。第一党の日本社会党は、民主党、国民協同党と連立内閣を組織した。しかし、保守との連立政権は閣内の意見がまとまらず短期間での首相辞任となった。

片山幽雪写真

★ 片山 幽雪 さん2015年(平成27年)1月13日 没 / 享年84歳詳細ページ

能楽観世流八世 片山九郎右衛門と 京舞井上流の四代目 井上八千代の長男として生まれる。5歳で初舞台を踏み、戦前戦後を能楽一筋に生きた。2001年(平成13年)、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、母子2代の人間国宝として話題を呼んだ。

片山豊写真

★ 片山 豊 さん2015年(平成27年)2月19日 没 / 享年105歳詳細ページ

日産自動車の名車「フェアレディZ」の生みの親として知られ、米国日産の初代社長を務めた。従来より低価格のスポーツカー開発を提案。1969年に発売されて世界的にヒットした「フェアレディZ」の市場投入に携わり、米国で「Zカーの父」と呼ばれた。1998年には米国の自動車殿堂入りを果たした。

勝新太郎写真

★ 勝 新太郎 さん1997年 (平成9年) 6月21日 没 / 享年65歳詳細ページ

映画「座頭市シリーズ 」や「兵隊やくざシリーズ 」などで絶大な人気を獲得した。下着に隠したマリファナで現行犯逮捕され、記者会見で「もうパンツをはかない」の迷言は有名。1996年7月に咽頭癌(いんとうがん)が発症し抗癌剤治療を受けていた。

勝野七奈美写真

★ 勝野 七奈美 さん2009年 (平成21年) 7月7日 没 / 享年29歳詳細ページ

俳優の勝野洋さんと、キャシー中島さんの長女でモデル兼ジュエリーデザイナーとして活躍していた。前年11月には、ヒップホップダンサーの男性と結婚したばかりだった。今年2月に肺がんが見つかり、様々な治療を試しながら入退院を繰り返していた。

克美しげる写真

★ 克美 しげる さん2013年 (平成25年) 2月27日 没 / 享年75歳詳細ページ

元歌手で、アニメ「エイトマン」の主題歌や「さすらい」などのヒット曲で知られた。1961年(昭和36年)、「霧の中のジェニー」でデビュー。NHK紅白歌合戦にも出場した。1976年(昭和51年)、同棲中の愛人絞殺事件で逮捕され、懲役10年の実刑判決を受け服役した。

桂吉朝写真

★ 桂 吉朝 さん2005年 (平成17年) 11月08日 没 / 享年50歳詳細ページ

桂米朝一門の期待の星として、また、上方落語界のホープとして注目を集めていた。2004年(平成16年)10月に胃がんの再発が見つかり、治療を続けながら高座を勤めていた。心不全のため入院先の兵庫県尼崎市内の病院で死去した。

桂文朝写真

★ 桂 文朝 さん2005年 (平成17年) 4月18日 没 / 享年63歳詳細ページ

1970年(昭和45年)に真打ちに昇進。昨年からは落語協会理事を務めていた。主に古典落語を演じ、今年2月4日の東京・新宿「末広亭」での「寄合酒」が最後の高座となった。原発不明がんのため入院先の東京都中央区内の病院で死去した。

桂小金治写真

★ 桂 小金治 さん2014年 (平成26年) 11月3日 没 / 享年88歳詳細ページ

落語家の二つ目から役者に転じ、映画やテレビドラマ、バラエティ番組に数多く出演し、1966年(昭和41年)から7年半にわたり司会を務めた「桂小金治アフタヌーンショー」では、政治批判も辞さず「怒りの小金治」として人気を博した。晩年は再び落語にも取り組んでいた。

桂宮宜仁親王写真

★ 桂宮宜仁 親王殿下2014年 (平成26年) 6月8日 没 / 享年66歳詳細ページ

昭和天皇の弟 三笠宮さま(98歳)の次男で天皇陛下のいとこにあたる。1988年(昭和63年)、戦後3番目の宮家を創設し独立。しかし、宮家の創設から5か月後に自宅の寝室で倒れ、急性硬膜下血腫と診断されて手術を受けらるなど長年、闘病生活を続けながら公務を務められていた。

桂春団治写真

★ 桂 春団治 さん2016年(平成28年)1月9日 没 / 享年85歳詳細ページ

二代目 春団治の三男として大阪市に生まれる。1947年(昭和22年)に二代目に入門、桂小春を名乗った。父が1953年に亡くなった後、空白だった大名跡を1959年(昭和34年)に受け継いだ。極められた芸は端正で洗練され、繊細で華麗な語り口、艶のある話しぶりは多くのファンをうならせた。

桂文枝写真

★ 桂 文枝 (五代目)2005年 (平成17年) 3月12日 没 / 享年74歳詳細ページ

上方落語界の大看板の一人として知られ、衰退していた上方落語界の復興を支えた。笑福亭松鶴、桂米朝、桂春団治などと並び、昭和の「上方落語の四天王」と称された。肝臓がんのため入院先の三重県伊賀市内の病院で死去した。

桂文治写真

★ 桂 文治 さん2004年 (平成16年) 1月31日 没 / 享年80歳詳細ページ

落語芸術協会会長を務め、軽妙な江戸前の語り口で古典落語の魅力を伝えた。文治流といわれる独特の味わいの爆笑落語は、他の追随を許さず観客を魅了した。急性白血病による腎不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

桂米朝写真

★ 桂 米朝 さん2015年(平成27年)3月19日 没 / 享年89歳詳細ページ

1947年、桂米団治に入門。3代目桂米朝を名乗る。消滅の危機にひんしていた上方落語の復興に尽くし、故笑福亭松鶴さんらと上方落語の「四天王」と呼ばれた。1996年(平成8年)に落語界では2人目の人間国宝に認定。2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章を受章者した。

桂三木助写真

★ 桂 三木助 (4代目)2001年 (平成13年) 1月3日 没 / 享年43歳詳細ページ

1984年(昭和59年)に真打に昇進。次世代のホープとして注目された。東京都北区田端の自宅1階のベランダで首を吊り死亡しているのが発見された。昨年11月ごろから躁うつ状態が激しくなり、意味不明の言葉を口走るなどしていたという。

加藤博一写真

★ 加藤 博一 さん2008年 (平成20年) 1月21日 没 / 享年56歳詳細ページ

プロ野球 阪神、横浜などで選手として活躍し、引退後は野球解説者として注目された。選手時代は、そのキャラクターでファンに親しまれ、1990年まで21年間の現役生活を送った。昨年2月に肺がんの摘出手術を受けたがその後、がんの転移が見つかっていた。

加藤和彦写真

★ 加藤 和彦 さん2009年 (平成21年) 10月17日 没 / 享年62歳詳細ページ

ミュージシャンとして、また、音楽プロデューサー、作曲家としても 数々の作品を提供した。「帰って来たヨッパライ」や「あの素晴らしい愛をもう一度」などのヒット曲で知られた。長野県軽井沢町のホテルで首を吊って死亡しているのが見つかった。

加藤紘一写真

★ 加藤 紘一 さん2016年(平成28年)9月9日 没 / 享年77歳詳細ページ

1972年(昭和47年)の衆院選で旧山形2区で初当選。衆議院議員(13期)、防衛庁長官、内閣官房長官、また自民党幹事長など要職を歴任。宏池会会長を務め、長く首相候補と目されていた。2000年11月のいわゆる「加藤の乱」で派閥は分裂し、事実上失脚した。2012年衆院選では落選し、政界を退いた。

加藤シヅエ写真

★ 加藤 シヅエ さん2001年 (平成13年) 12月22日 没 / 享年104歳詳細ページ

1946年(昭和21年)、終戦後初の衆議院議員選挙に当選。初の女性代議士の1人である。女性の地位向上に尽くし、衆院2期、参院4期を務め、国連人口賞を受賞した。百歳を超えても日本家族計画連盟会長を務めた。呼吸不全のため死去した。

加藤周一写真

★ 加藤 周一 さん2008年 (平成20年) 12月05日 没 / 享年89歳詳細ページ

文化芸術から時事問題に至るまで幅広い分野を論じ、戦後を代表する知識人として知られた。テーマは多岐にわたり、1980年(昭和55年)には「日本文学史序説」で大佛次郎賞を受賞した。多臓器不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

加藤精三写真

★ 加藤 精三 さん2014年 (平成26年) 1月17日 没 / 享年86歳詳細ページ

吹き替え創生期から活躍する日本声優界の大御所の一人として知られ、人気アニメ「巨人の星」で主人公の頑固な父親 星一徹役を演じたほか、「ジャングル大帝」や「リボンの騎士」などアニメ番組を中心に活躍。また、存在感ある名脇役としても注目された。

加藤大治郎写真

★ 加藤 大治郎 さん2003年 (平成15年) 4月20日 没 / 享年26歳詳細ページ

オートバイロードレースレーサーとして活躍し、2001年には自身初の世界チャンピオンに輝いた。4月6日、鈴鹿サーキットで行われた日本GP決勝レースで防護体に衝突し意識不明の重体に陥った。脳と頚椎部への重度の損傷と診断され、治療を受けていた。

加東大介写真

★ 加東 大介 さん1975年 (昭和50年) 7月31日 没 / 享年64歳詳細ページ

歌舞伎役者を経て映画デビュー。代表作の「南の島に雪が降る」などで注目を浴びた。森繁久彌、小林桂樹との共演作「社長シリーズ」で軽妙な重役を演じ人気を博した。2月に結腸がんのため体調を崩し入院生活を続けていた。本人に病名は知らされなかったという。

加藤武写真

★ 加藤 武 さん2015年(平成27年)7月31日 没 / 享年86歳詳細ページ

東京都出身。早稲田大学英文科卒業後、英語教員を経て文学座入り。個性的な名脇役として知られ、黒沢明監督の「悪い奴ほどよく眠る」「天国と地獄」、市川崑監督の「犬神家の一族」など、存在感ある演技で映画や舞台、ドラマと幅広く活躍し人気を集めた。

加藤治子写真

★ 加藤 治子 さん2015年(平成27年)11月2日 没 / 享年92歳詳細ページ

1939年(昭和14年)、松竹少女歌劇学校を経て、東宝映画入り。1964年に森繁久弥さんと共演したテレビドラマ「七人の孫」から、着物姿の母親役がハマリ役となった。森光子さんや山岡久乃さんらと並び「日本のお母さん像」として親しまれた。2002年(平成14年)に勲四等宝冠章を受章。

加藤正夫写真

★ 加藤 正夫 さん2004年 (平成16年) 12月30日 没 / 享年57歳詳細ページ

名人2期、本因坊4期、王座11期などのタイトルを獲得し、名誉王座の称号を持つ。2004年(平成16年)には日本棋院理事長に就任し、日本棋院の改革に取り組んだ。脳梗塞および合併症のため入院先の東京都世田谷区内の病院で死去した。

加藤芳郎写真

★ 加藤 芳郎 さん2006年 (平成18年) 1月6日 没 / 享年80歳詳細ページ

1954年(昭和29年)から毎日新聞夕刊に連載された「まっぴら君」などで知られる人気漫画家。「まっぴら君」は、13600回を超える新聞連載漫画の最長記録を達成した。昨年3月、胃がんが見つかり入退院を繰り返していた。呼吸不全のため死去した。

蟹江ぎん写真

★ 蟹江 ぎん さん2001年 (平成13年) 2月28日 没 / 享年108歳詳細ページ

長寿の双子姉妹「きんさん、ぎんさん」の妹として1892年(明治25年)8月1日誕生した。「ダスキン」や「通販生活」のCMに起用されるなど、多くのマスコミに登場し注目を集めた。昨年1月23日には、姉の成田きんさんが107歳で死去した。

蟹江敬三写真

★ 蟹江 敬三 さん2014年 (平成26年) 3月30日 没 / 享年69歳詳細ページ

ドラマ「大江戸捜査網」や「鬼平犯科帳」などのほか、刑事ドラマにも数多く出演し幅広い演技でドラマに欠かせない存在だった。最近ではNHKの大河ドラマ「龍馬伝」に出演したほか、連続テレビ小説「あまちゃん」では主人公の祖父役を演じた。今年1月から入退院を繰り返し体調が心配されていた。

金子勇死去

★ 金子 勇 さん2013年(平成25年)7月6日 没 / 享年42歳詳細ページ

ファイル共有ソフト「ウィニー」の開発者として知られた。2004年5月、著作権法違反ほう助容疑で逮捕、起訴されたが、2011年12月20日に無罪が確定した。技術者が開発したソフトやサービスについて大きな議論になった。急性心筋梗塞のため死去した。

金子信雄写真

★ 金子 信雄 さん1995年 (平成7年) 1月20日 没 / 享年71歳詳細ページ

日活アクション映画や、東映のヤクザ映画などを中心に人間臭い悪役として活躍した。俳優業以外でも、料理を披露する番組「金子信雄の楽しい夕食」は話題を呼んだ。 細菌性敗血症のため入院先の東京都千代田区内の病院で死去した。

金子哲雄写真

★ 金子 哲雄 さん2012年 (平成24年) 10月2日 没 / 享年41歳詳細ページ

テレビ「ホンマでっか!?TV」などに出演し流通ジャーナリストとして知られた。2008年(平成20年)頃から、テレビ、ラジオへの出演を開始。番組4本の出演などでブレイクした。昨年6月に肺カルチノイドと診断され、通院治療を続けながらテレビ出演などを続けていた。

金田龍之介写真

★ 金田 龍之介 さん2009年 (平成21年) 3月31日 没 / 享年80歳詳細ページ

個性的な脇役俳優として知られ、舞台、テレビ、映画などで活躍した。大きな目と体格を生かし、父親役から、すごみのある悪役まで幅広い役を演じ、個性的な脇役として注目を集めた。慢性腎不全のため入院先の埼玉県草加市内の病院で死去した。

かまやつひろし写真

★ かまやつ ひろし さん2017年(平成29年)3月1日 没 / 享年78歳詳細ページ

日本ジャズ界の草分け、ティーブ釜萢の長男として誕生。青山学院高等部時代にカントリー&ウェスタン歌手としてデビュー。1960年代にはザ・スパイダースのメンバーとして活躍。「あの時君は若かった」「バン・バン・バン」「サマー・ガール」などのヒット曲を連発、グループサウンズブームの一翼を担った。

上坂冬子写真

★ 上坂 冬子 さん2009年 (平成21年) 4月14日 没 / 享年78歳詳細ページ

ノンフィクション作家として、戦中史、戦後史をテーマとした作品で知られた。2008年秋に卵巣がんの再発が見つかり、「緩和ケア医療」を選択し療養していた。残された時間を有意義に生きた記録「死ぬという大仕事」が渾身の遺作となった。

川内康範写真

★ 川内 康範 さん2008年 (平成20年) 4月6日 没 / 享年88歳詳細ページ

多くの映画の原作脚本を手がけ、また、テレビ創成期の人気番組「月光仮面」の原作者として知られた。ヒット曲「おふくろさん」の歌詞を勝手に加えて歌った森進一に反発し話題になった。慢性気管支肺炎のため入院先の青森県八戸市内の病院で死去した。

河上和雄写真

★ 河上 和雄 さん2015年(平成27年)2月7日 没 / 享年81歳詳細ページ

東京地検特捜部時代にロッキード事件の捜査に携わり、1983年(昭和58年)に特捜部長に就任。その後、佐賀地検検事正や法務省矯正局長、最高検公判部長などを歴任し、1991年(平成3年)に退官。その後は弁護士をつとめる一方、テレビのコメンテーターとしても活躍した。

川上哲治写真

★ 川上 哲治 さん2013年 (平成25年) 10月28日 没 / 享年93歳詳細ページ

プロ野球の強打者として「打撃の神様」と称され、監督に転じてからは巨人軍をV9の偉業に導いた。戦中、戦後におけるプロ野球界の大スターとして活躍。監督としては 巨人軍の黄金時代を築き上げた。老衰のため入院先の東京都稲城市内の病院で死去した。

川上とも子写真

★ 川上 とも子 さん2011年 (平成23年) 6月9日 没 / 享年41歳詳細ページ

1997年に「少女革命ウテナ」で主役のヒロイン・天上ウテナを演じ話題となった。1994年、大学在学中にテレビアニメ「メタルファイターMIKU」で声優デビューした。2008年8月に手術を受け、療養のため休業していた。卵巣がんのため死去した。

川上のぼる写真

★ 川上 のぼる さん2013年 (平成25年) 9月7日 没 / 享年83歳詳細ページ

日本の腹話術のパイオニアで、ラジオやテレビ番組の司会、タレントとして親しまれた。相方の「ハリス坊や」を操り、テレビの創成期に活躍。朝日放送の人気番組「スチャラカ社員」など、テレビや舞台で人気を博した。心不全のため大阪府茨木市内の自宅で死去した。

川口浩写真

★ 川口 浩 さん1987年 (昭和62年) 11月17日 没 / 享年51歳詳細ページ

水曜スペシャル「川口浩 探検隊」はシリーズ全43回に及ぶ人気を博した。父は川口松太郎、母は三益愛子、妻は女優の野添ひとみ、川口厚は弟である。1985年に胃がんの手術を受け、今年には食道がんと喉頭がんが見つかっていた。

川口松太郎写真

★ 川口 松太郎 さん1985年 (昭和60年) 6月9日 没 / 享年85歳詳細ページ

作家として、1935年に「明治一代女」、「鶴八鶴次郎」などで第1回直木賞を受賞した。代表作の「愛染かつら」は映画化され、田中絹代、上原謙の主演で話題の作品となった。女優の三益愛子と再婚、長男は俳優の川口浩、次男は川口恒である。

川崎敬三写真

★ 川崎 敬三 さん2015年(平成27年)7月21日 没 / 享年82歳詳細ページ

本名は陶山恵司(すやま やすじ)。1954年(昭和29年)、大映に入社し、映画デビュー。二枚目スターとして人気を博した。テレビでも江利チエミ主演の「サザエさん」でマスオ役を演じ、とぼけた三枚目役が当たり人気を集めた。その後、ワイドショー「アフタヌーンショー」の司会者としても親しまれた。

河島英五写真

★ 河島 英五 さん2001年 (平成13年) 4月16日 没 / 享年48歳詳細ページ

シンガー ソング ライターとして、歌唱曲「酒と泪と男と女」や「時代おくれ」などで知られた。「元気だしてゆこう」は、シドニー五輪サッカー日本代表のサポーターソングになった。1月末に消化管出血のため吐血し入院していた。肝臓疾患のため死去した。

川島なお美写真

★ 川島 なお美 さん2015年(平成27年)9月24日 没 / 享年54歳詳細ページ

2013年(平成25年)、映画「チャイ・コイ」で主演を務め、完熟ボディを披露。映画公開の翌月の2014年1月に、肝内胆管がんの腹腔鏡手術を受けていた。今年7月に「金曜日のスマたちへ」に出演。腫瘍を完全に切除することに成功したと語っていた。夫はパティシエの鎧塚俊彦さん。

川田亜子写真

★ 川田 亜子 さん2008年 (平成20年) 5月26日 没 / 享年29歳詳細ページ

TBSの元アナウンサーで、2007年3月に退社後はフリーアナとして活躍していた。東京都港区内の路上に駐車している車の中で死亡しているのが発見された。車内に練炭が置かれ、遺書と思われる手紙が残されていた。自殺と見られている。

川谷拓三写真

★ 川谷 拓三 さん1995年 (平成7年) 12月22日 没 / 享年54歳詳細ページ

個性派俳優として活躍し、殺され役の多さから「3000回殺された男」の異名を持つ。「どん兵衛」のCMでは山城新伍と共演し、ゴールデンアロー賞、話題賞を受賞した。6月に体調を崩し入院、肺がんのため京都市の京大医学部附属病院で死去した。

川田正子写真

★ 川田 正子 さん2006年 (平成18年) 1月22日 没 / 享年71歳詳細ページ

甘くやわらかなソプラノで終戦直後の人々の心をとらえ人気を集めた。 1942年、7歳で歌手デビューし、「里の秋」や、「みかんの花咲く丘」を歌い大ヒットした。夜、入浴中に意識を失い救急搬送されていた。虚血性心不全のため死去した。

川端康成写真

★ 川端 康成 さん1972年 (昭和47年) 4月16日 没 / 享年72歳詳細ページ

1968年 (昭和43年) 日本人では初となるノーベル文学賞を受賞した。「伊豆の踊子」や「雪国」「千羽鶴」「山の音」など日本の美を表現した作品を発表した。 神奈川県逗子市の仕事部屋で死去した。死因は通説ではガス自殺とされている。

川村カオリ写真

★ 川村 カオリ さん2009年 (平成21年) 7月28日 没 / 享年38歳詳細ページ

歌唱曲「神様が降りてくる夜」や、「翼をください」などのヒット曲で知られた。2008年に乳がんが再発し、抗がん剤治療などを受けながら歌手活動を続けていた。5月5日には、体調不良にも関わらず3時間にわたる渾身のステージを見事に歌いきった。

河原崎長一郎写真

★ 河原崎 長一郎 さん2003年 (平成15年) 9月19日 没 / 享年64歳詳細ページ

優しい父親像を好演し、ホームドラマ全盛期にとってかけがえのない存在であった。映画、テレビドラマで脇役として注目され、昼のドラマ「花の咲く家」では主役も演じた。持病の糖尿病から脳血管障害(脳梗塞)を患い入院療養生活を送っていた。

神戸一郎写真

★ 神戸 一郎 さん2014年 (平成26年) 4月27日 没 / 享年75歳詳細ページ

1957年(昭和32年)、「十代の恋よさようなら」で歌手デビュー。翌年発売の「銀座九丁目水の上」がヒットし、甘いマスクでアイドル的人気を博した。吉永小百合主演の映画「青い山脈」の同名主題歌を青山和子と歌い注目を集めた。その後、歌手業からは退き、実業家へ転進していた。

神部和夫写真

★ 神部 和夫 さん2007年 (平成19年) 3月21日 没 / 享年59歳詳細ページ

歌手のイルカさんの夫で、元シュリークスのメンバー、音楽プロデューサーとして活躍した。39歳でパーキンソン病の告知を受け、その後、20年間にわたって治療を続けていた。急性腎不全のため入院先の北海道旭川市内の病院で死去した。

菊田一夫写真

★ 菊田 一夫 さん1973年 (昭和48年) 4月4日 没 / 享年65歳詳細ページ

戦後間もなく、日本の演劇界において多くのヒット作品を世に送り出し、日本の演劇界に偉大なる足跡を残した。特にミュージカルにおいては、戦後の日本ミュージカルの草分けとして貢献した。その功績を彰して1975年からは毎年、菊田一夫演劇賞が創設された。

菊池章子写真

★ 菊池 章子 さん2002年(平成14年)4月7日 没 / 享年78歳詳細ページ

戦後、舞鶴港の岸壁で引揚船を待つ母の心情を歌った「岸壁の母」は空前の大ヒット曲となった。1939年(昭和14年)、コロムビアのテストを受け専属歌手となりデビューを果たした。2000年(平成12年)、勲四等瑞宝章を受章。心不全のため死去した。

岸朝子写真

★ 岸 朝子 さん2015年(平成27年)9月22日 没 / 享年91歳詳細ページ

女子栄養学園(現:女子栄養大学)卒業。月刊誌「栄養と料理」の編集長を務めた。有名人の食事紹介や食べ歩きなどの企画を打ち出すなど、料理記者の草分け的存在だった。1993年(平成5年)に始まった人気番組「料理の鉄人」で審査員として活躍。「おいしゅうございます」の名文句で親しまれた。

岸田今日子写真

★ 岸田 今日子 さん2006年 (平成18年) 12月17日 没 / 享年76歳詳細ページ

映画「砂の女」での好演や、アニメ「ムーミン」の声でも知られた個性派女優であった。幅広い役柄をこなし、近年はナレーションでも多用され、その魅力を発揮していた。脳腫瘍(のうしゅよう)による呼吸不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

岸信介写真

★ 岸 信介 さん1987年 (昭和62年) 11月13日 没 / 享年90歳詳細ページ

1957年 (昭和32年) に第56代内閣総理大臣に就任し、2期を務めた。1942年に第21回衆議院議員総選挙で初当選し、商工大臣、自民党幹事長、外務大臣などを歴任した。1960年(昭和35年)、新日米安全保障条約批准後に退陣。昭和の妖怪とも呼ばれた。

喜早哲写真

★ 喜早 哲 さん2016年(平成28年)3月26日 没 / 享年85歳詳細ページ

慶應義塾大学在学中に男声合唱団 ダークダックスを結成。バリトンを担当し、「ゲタさん」の愛称で親しまれた。ジャズ、ロシア民謡、叙情歌などレパートリーが幅広く、「ともしび」「雪山讃歌」「北上夜曲」「山男の歌」「銀色の道」など数々のヒット曲を生んだ。1993年には4人そろって紫綬褒章を受章した。

木田元写真

★ 木田 元 さん2014年 (平成26年) 8月16日 没 / 享年85歳詳細ページ

20世紀を代表する哲学者の一人で、ドイツの哲学者ハイデガー研究の第一人者として知られた。難解とされてきたハイデガーを独自の視点を交えながら読み解いた著書「ハイデガー」などを執筆したほか、ハイデガーの講義録「現象学の根本問題」など多くの翻訳も手掛けた。

北公次写真

★ 北 公次 さん2012年 (平成24年) 2月22日 没 / 享年63歳詳細ページ

人気を集めた男性アイドルグループ「フォーリーブス」のリーダーとして活躍した。グループ解散翌年の1979年(昭和54年)4月には覚醒剤取締法違反で逮捕され話題となった。肝臓がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

北重人写真

★ 北 重人 さん2009年 (平成21年) 8月26日 没 / 享年61歳詳細ページ

都市計画のコンサルタント業務などの傍ら、オール讀物推理小説新人賞を受賞した。故郷、酒田市を舞台にした「汐(しお)のなごり」が直木賞候補作となり注目された。昨年、胃がんのため摘出手術を受け、今夏には転移が見つかり治療を続けていた。

北の海理事長写真

★ 北の海 理事長2015年(平成27年)11月20日 没 / 享年62歳詳細ページ

1966年(昭和41年)に13歳で三保ケ関部屋に入門、1974年(昭和49年)の名古屋場所後に、現在も破られていない史上最年少の21歳2か月の若さで横綱に昇進した。全盛期には「憎らしいほど強い横綱」と呼ばれ、引退後も約10年間にわたり日本相撲協会理事長として角界を支えてきた。

北林谷栄写真

★ 北林 谷栄 さん2010年 (平成22年) 4月27日 没 / 享年98歳詳細ページ

1950年に劇団民芸の創立に参加し、近年にはおばあさん役で名人芸を見せ親しまれた。劇団民藝を代表する演技派の名女優として、ブルーリボン賞など数々の賞を受賞した。1978年には紫綬褒章を受章。肺炎のため入院先の東京都世田谷区内の病院で死去した。

北原亜以子写真

★ 北原 亜以子 さん2013年 (平成25年) 3月12日 没 / 享年75歳詳細ページ

「深川澪通りシリーズ」や「慶次郎縁側日記シリーズ」などの人情深い世話物の時代小説で高い人気を誇った。1993年(平成5年)に「恋忘れ草」で第109回直木賞を受賞。2011年(平成23年)に心臓病で手術を受け、復帰インタビューで余命が少ないことを述べていた。

北原謙二写真

★ 北原 謙二 さん2005年 (平成17年) 1月26日 没 / 享年65歳詳細ページ

1961年に「日暮れの小径」で歌手デビューし、ヒット曲「若いふたり」などで人気を博した。1991年3月に脳内出血で倒れ、懸命のリハビリを経て、3年後には復帰を果たしていた。虚血性心疾患のため入院先の東京都文京区内の病院で死去した。

北見マキ写真

★ 北見 マキ さん2015年(平成27年)8月23日 没 / 享年74歳詳細ページ

本名は吉田省丘(よしだ しょうく)。北海道虻田郡豊浦町出身。西洋のマジックから日本古来の伝統奇術まで幅広いレパートリーを得意とし、国内外で活躍。日本奇術協会会長も務めた。1993年(平成5年)に文化庁芸術祭賞を受賞した。弟子に北見伸(山上兄弟の父)がいる。

北村和夫写真

★ 北村 和夫 さん2007年 (平成19年) 5月6日 没 / 享年80歳詳細ページ

劇団、文学座の中心俳優の一人として、舞台、映画などで活躍した。故、杉村春子さんの相手役として多くの舞台を務め、1989年には紫綬褒章を受賞した。4月20日に脳梗塞により入院。その後、肺炎による呼吸不全のため死去した。

北杜夫写真

★ 北 杜夫 さん2011年 (平成23年) 10月24日 没 / 享年84歳詳細ページ

ユーモアあふれる旅行記的エッセー「どくとるマンボウ」シリーズで人気を博した。以降、小説、エッセイとも、若い読者から熱狂的に支持される人気作家として知られた。壮年期より躁うつ病に罹患していた。腸閉塞のため入院先の東京都内の病院で死去した。

杵屋五三郎死去

★ 杵屋 五三郎 さん2013年 (平成25年) 2月2日 没 / 享年94歳詳細ページ

長唄三味線の第一人者として長年活躍し 古典の継承に尽力した。1978(昭和53年)に三世 杵屋五三郎を襲名した。1989年(昭和64年)、重要無形文化財「長唄三味線」の保持者(人間国宝)に認定された。肺炎のため東京都文京区内の病院で死去した。

木下恵介写真

★ 木下 恵介 さん1998年 (平成10年) 12月30日 没 / 享年86歳詳細ページ

1943年に映画監督となり、「花咲く港」で山中貞雄賞を受賞し華々しくデビューした。多数の作品を発表し、戦後の映画、テレビドラマ界に大きな影響を与えた。1977年(昭和52年)には紫綬褒章を受章。脳梗塞のため東京都港区の自宅で死去した。

木原光知子写真

★ 木原 光知子 さん2007年 (平成19年) 10月18日 没 / 享年59歳詳細ページ

高校在学時に東京オリンピックに出場し「ミミ」の愛称で呼ばれ一躍アイドル選手となった。引退後はバラエティー番組の回答者など、タレントとしても活躍し、人気を集めた。 13日、水泳教室を開催中に意識不明となり、くも膜下出血のため死去した。

宜保愛子写真

★ 宜保 愛子 さん2003年 (平成15年) 5月6日 没 / 享年71歳詳細ページ

テレビなどで稀代の霊能者として取り上げられ、霊能力者として注目を浴びた。著名人の過去を次々と的中させ一躍時の人として注目を集め、出演した番組は高視聴率を記録した。胃がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

喜味こいし写真

★ 喜味 こいし さん2011年 (平成23年) 1月23日 没 / 享年83歳詳細ページ

兄弟漫才コンビ「夢路いとし・喜味こいし」の弟として、60年以上にわたり活躍した。上方漫才を代表する漫才師として、しゃべくり漫才の名人芸で親しまれた。約1年前から、肺がんの治療を受けながら昨年末まで仕事を続けていた。

木村次郎右衛門死去

★ 木村 次郎右衛門 さん2013年(平成25年)6月12日 没 / 享年116歳詳細ページ

2012年12月28日に115歳253日を迎え、男性の史上最長寿として認定され、記録を更新していた。1897年(明治30年)4月19日、京都府上宇川村(現:京丹後市)に生まれた。子ども7人、孫14人、ひ孫25人、やしゃご15人に恵まれた。老衰のため京都府内の病院で死去した。

木村拓也写真

★ 木村 拓也 さん2010年 (平成22年) 4月07日 没 / 享年37歳詳細ページ

2009年に現役を引退し、翌年から巨人の1軍内野守備走塁コーチに就任した。4月2日、マツダスタジアム広島での開催試合直前のシートノック中に倒れ、緊急搬送されていた。直後から危篤状態が続き、意識が戻ることはなかった。くも膜下出血のため死去した。

肝付兼太写真

★ 肝付 兼太 さん2016年(平成28年)10月20日 没 / 享年80歳詳細ページ

1965年(昭和40年)、「オバケのQ太郎」でメインキャラクターのゴジラ役を務めて人気声優に。アニメ「ドラえもん」では、スネ夫役を担当し、2005年3月まで約26年間にわたり演じ、ハマリ役となった。また、1983年には「劇団21世紀FOX」を設立。座長として演出などを務めた。

京唄子写真

★ 京 唄子 さん2017年(平成29年)4月6日 没 / 享年89歳詳細ページ

18歳で舞台女優となり、1956年(昭和31年)に鳳啓助さん(1994年没)と漫才コンビ「唄子・啓助」を結成。強気な唄子さんのツッコミと、鳳さんの絶妙のボケで夫婦漫才の手本と称された。また、テレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」「てなもんや三度笠」などでも女優として活躍した。

京塚昌子写真

★ 京塚 昌子 さん1994年(平成6年) 9月23日 没 / 享年64歳詳細ページ

多くのドラマで母親役として人気を博し、日本の四大お母さん女優と呼ばれた。ドラマ「肝っ玉かあさん」や「ありがとう」などで母親役を熱演し、驚異的な視聴率を獲得した。1983年(昭和58年)に公演先で脳梗塞で倒れ、晩年は闘病生活を送っていた。

清川虹子写真

★ 清川 虹子 さん2002年 (平成14年) 5月24日 没 / 享年89歳詳細ページ

庶民的な味わいの喜劇女優として映画、テレビ、舞台で活躍した。「サザエさん」シリーズや「緋牡丹博徒」などで個性派女優として人気を博した。1998年(平成10年)に肝臓がんを発病し、その後は入退院を繰り返していた。肺出血のため死去した。

霧島昇写真

★ 霧島 昇 さん1984年 (昭和59年) 4月24日 没 / 享年69歳詳細ページ

1937年に「赤城しぐれ」で歌手デビュー。テノールの甘い音色で人気を博した。映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」を松原操と共に吹き込み大ヒットした。1970年(昭和45年)に紫綬褒章受章。腎不全のため死去した。没後、勲四等旭日小綬章を授与された。

金嬉老写真

★ 金 嬉老 元受刑者2010年 (平成22年) 3月26日 没 / 享年81歳詳細ページ

1968年(昭和43年)暴力団組員2人を射殺し、その後、人質を取って旅館に立てこもる「金嬉老事件」は人々の注目を集めた。無期懲役で服役した後、仮釈放を許され、1999年に韓国に永住帰国していた。前立腺がんのため韓国、釜山市内の病院で死去した。

金田一春彦写真

★ 金田一 春彦 さん2004年 (平成16年) 5月19日 没 / 享年91歳詳細ページ

国語学者として、方言の研究や国語辞典の編さんなど、幅広い活動で知られた。エッセーや童謡、歌唱研究などでも活動し、文化功労者に選定された。16日、八ケ岳の別荘に滞在中、くも膜下出血のため倒れ、意識不明となっていた。

草柳大蔵写真

★ 草柳 大蔵 さん2002年 (平成14年) 7月22日 没 / 享年78歳詳細ページ

作家で戦後を代表するジャーナリストの一人として知られた。主な著作に「現代王国論」や「実録 満鉄調査部」「官僚王国論」「日本解体」などのほか多数がある。長女はテレビキャスターの草柳文恵。静岡県熱海市の自宅で死去した。

草柳文恵写真

★ 草柳 文恵 さん2008年 (平成20年) 9月9日 没 / 享年54歳詳細ページ

社会評論家の故草柳大蔵氏の長女で、テレビキャスター、エッセイストとして活躍した。東京都中央区内の自宅マンションで首を吊っているのを同居の母親に発見された。家族宛の遺書が残されていた。昨年5月に持病の手術をし悩んでいたという。

久世光彦写真

★ 久世 光彦 さん2006年 (平成18年) 3月2日 没 / 享年70歳詳細ページ

演出家、プロデューサーとしてテレビ史に残る数多くの人気のテレビドラマの製作に携わった。テレビドラマ「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」など数多くの人気作品がある。虚血性心不全のため東京都世田谷区内の自宅で死去した。

国本武春写真

★ 国本 武春 さん2015年(平成27年)12月24日 没 / 享年55歳詳細ページ

演劇の専門学校を卒業後、東家幸楽に弟子入りし、1981年(昭和56年)浪曲師に。赤穂義士伝などを得意とした。従来の浪曲のスタイルにとらわれず、三味線弾き語りのシンガー・ソングライターとしても活動。リズム感いっぱいの演奏に合わせたパワフルな歌声で人気を集めた。

久万俊二郎写真

★ 久万 俊二郎 さん2011年 (平成23年) 9月9日 没 / 享年90歳詳細ページ

1984年(昭和59年)にプロ野球阪神のオーナーに就任し、20年間にわたり運営に取り組んだ。歯に衣(きぬ)着せぬ発言が注目され、ファンからも「名物オーナー」として親しまれた。老衰のため入院先の神戸市内の甲南病院で死去した。

熊倉一雄写真

★ 熊倉 一雄 さん2015年(平成27年)10月12日 没 / 享年88歳詳細ページ

東京都出身。1956年(昭和31年)に劇団テアトル・エコーに参加。日本TV「ヒッチコック劇場」でヒッチコックの声を担当。これが当たり役となり、1964年にはNHK「ひょっこりひょうたん島」で海賊トラヒゲの声優を務めた。1996年にはアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌を歌い、キングレコードヒット賞も受賞。

栗本薫写真

★ 栗本 薫 さん2009年 (平成21年) 5月26日 没 / 享年56歳詳細ページ

幅広いジャンルの作品群を発表し、約30年間の活動で、新刊は約400冊にもおよんだ。代表作には「グイン・サーガ」や「魔界水滸伝」、伊集院大介」シリーズなどがある。膵臓(すいぞう)がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

車谷長吉写真

★ 車谷 長吉 さん2015年(平成27年)5月17日 没 / 享年69歳詳細ページ

17日朝、自宅で倒れているのを、妻で詩人の高橋順子さんが発見、病院に搬送された。慶大卒業後、広告代理店や出版社に勤務する傍ら、私小説を執筆。1993年、「鹽壺の匙」で三島由紀夫賞を受賞。1998年(平成10年)に「赤目四十八瀧心中未遂」で第119回直木賞を受賞。

グレート草津写真

★ グレート草津 さん2008年 (平成20年) 6月21日 没 / 享年66歳詳細ページ

1965年(昭和40年)8月に日本プロレスに入団し、草津清正のリングネームで活躍した。退団後、国際プロレスの旗揚げに参加し、タッグの王者として活躍した。昨年5月に食道がんで入院し、その後に肺などにも転移が見つかり療養していた。

黒岩重吾写真

★ 黒岩 重吾 さん2003年 (平成15年) 3月07日 没 / 享年79歳詳細ページ

1961年(昭和36年)、あいりん地区(釜ケ崎)を舞台にした「背徳のメス」で直木賞を受賞した。社会派推理小説のほか、大阪市の西成地区に住んだ体験を基にした風俗性の強い「西成もの」の作品も多い。肝不全のため入院先の兵庫県西宮市内の病院で死去した。

黒川紀章写真

★ 黒川 紀章 さん2007年 (平成19年) 10月12日 没 / 享年73歳詳細ページ

日本を代表する建築家として国際的に活躍した。妻は女優の若尾文子さん。4月の都知事選出馬のころから体調を崩し、検査入院をしたばかりだったという。多臓器不全のため東京都新宿区の東京女子医大病院で死去した。

黒木奈々写真

★ 黒木 奈々 さん2015年(平成27年)9月19日 没 / 享年32歳詳細ページ

TBSニュースバードキャスターオーディションに合格。『ドクター月尾 地球の方程式』の2代目の聞き手役を務めた。2014年3月31日に『国際報道2014』のメインキャスターに就任。2014年7月27日、レストランで倒れ、検査の結果9月10日に胃がんを患っていることを公表し治療を続けていた。

黒澤明写真

★ 黒澤 明 さん1998年 (平成10年) 9月6日 没 / 享年88歳詳細ページ

世界的に知られた日本映画界の巨匠で「世界のクロサワ」と称された。1985年(昭和60年)11月には、映画界の人物としては初の文化勲章を受章した。脚本執筆中に転倒骨折し療養していた。脳卒中のため東京都内の自宅で死去した。

黒田清写真

★ 黒田 清 さん2000年 (平成12年) 7月23日 没 / 享年69歳詳細ページ

読売新聞社会部長当時の取材チームは「黒田軍団」と呼ばれスクープを連発した。著書「警官汚職」で日本ノンフィクション賞、「戦争」で菊池寛賞を受賞した。1997年(平成9年)にすい臓がんを発病し、摘出手術を受け闘病生活を送っていた。

桑名正博写真

★ 桑名 正博 さん2012年 (平成24年) 10月26日 没 / 享年59歳詳細ページ

1979年(昭和54年)のヒット曲「セクシャルバイオレットNo.1」などで知られ人気を博した。今年は歌手デビュー40周年を迎え、記念の全国ツアー中だった。7月15日早朝に自宅で脳幹出血により倒れ、緊急入院し意識不明の状態が続いていた。

源氏鶏太写真

★ 源氏 鶏太 さん1985年(昭和60年)9月12日 没 / 享年73歳詳細ページ

ユーモアあるれるサラリーマン物の小説を多数発表し、「サラリーマン小説の第一人者」と呼ばれた。勤めのかたわら小説を書き、サラリーマンの哀歓をえがいた「三等重役」で流行作家となった。1951年(昭和26年)、「英語屋さん」などで直木賞を受賞した。

小池朝雄写真

★ 小池 朝雄 さん1985年 (平成60年) 3月23日 没 / 享年54歳詳細ページ

声優での代表作のひとつ「刑事コロンボ」の主役、コロンボ役は当たり役になった。アニメ「あしたのジョー」のエンディング・テーマ「ジョーの子守唄」では歌手を務めた。肺不全のため東京都中央区築地の国立がんセンターで死去した。

小泉博写真

★ 小泉 博 さん2015年(平成27年)5月31日 没 / 享年88歳詳細ページ

慶應義塾大学卒業後、NHKに第20期アナウンサーとして入局。その後、俳優に転身し、江利チエミさん主演の「サザエさん」シリーズでマスオ役を務めたほか、数多くの映画作品に出演。テレビでは「クイズ・グランプリ」の司会のほか、特撮番組や時代劇などでも活躍した。

小出保太郎写真

★ 小出 保太郎 さん2016年(平成28年)1月19日 没 / 享年112歳詳細ページ

1903(明治36年)3月13日生まれ。大阪市で紳士服の仕立ての仕事を学び、出身地の福井県敦賀市に戻ってから職人としてタキシードやえんび服を手がけた。昨年8月、英国のギネスワールドレコーズから、存命する男性の世界最高齢と認定された。

小唄勝太郎写真

★ 小唄 勝太郎 さん1974年 (昭和49年) 6月21日 没 / 享年69歳詳細ページ

昭和初期から戦後にかけて「島の娘」や「東京音頭」で国民的な人気歌手として一世を風靡した。1931年(昭和6年)、日本ビクターと正式な契約を結び歌手デビューした。1933年(昭和8年)に発売された「島の娘」は3ヶ月で35万枚を売る未曾有の大ヒット作となった。

河野多恵子写真

★ 河野 多恵子 さん2015年(平成27年)1月29日 没 / 享年88歳詳細ページ

作家丹羽文雄主宰「文学者」の同人となり作品を発表。新潮社同人雑誌賞を受けた「幼児狩り」で注目を集めた。1963年に「蟹」で第49回芥川賞を受賞。その後、純文学の賞を軒並み獲得。また、女性初の芥川賞選考委員のほか、多くの文学賞選考委員を務め、辛口で鋭敏な批評で知られた。

高英男写真

★ 高 英男 さん2009年 (平成21年) 5月4日 没 / 享年90歳詳細ページ

「雪の降る町を」や「枯葉」などの歌唱で知られ、シャンソン音楽普及の第一人者であった。独自のムードを醸し出す俳優としても知られ、日本劇場などの舞台にも多く出演し注目を集めた。肺炎のため入院先の千葉市内の病院で死去した。

河本敏夫写真

★ 河本 敏夫 さん2001年 (平成13年) 5月24日 没 / 享年89歳詳細ページ

衆議院議員を17期にわたり務め、1970年代の政界を主導した「三角大福」に次ぐ実力者に数えられた。通商産業大臣、郵政大臣、経済企画庁長官、沖縄開発庁長官などを歴任した。心不全のため東京都新宿区信濃町の慶應義塾大学病院で死去した。

古賀政男写真

★ 古賀 政男 さん1978年 (昭和53年) 7月25日 没 / 享年73歳詳細ページ

数々の流行歌を生み出し、その作品は5000曲ともいわれ、流行歌王と称された。歌謡史に多大な影響を与えた国民的な作曲家として、没後、国民栄誉賞を追贈された。福岡県大川市に古賀政男記念館、東京都渋谷区に音楽博物館が開館している。

木暮実千代写真

★ 木暮 実千代 さん1990年 (平成2年) 6月13日 没 / 享年72歳詳細ページ

戦前戦後を代表する女優として数多くの映画に出演し、妖艶な演技で人気を博した。CM女優第一号であり、ジュジュ化粧品や三洋電機のサンヨー夫人として知られた。ボランティア活動家としても活躍し、1973年からは法務大臣認定の保護司となった。

九重親方写真

★ 九重 親方2016年(平成28年)7月31日 没 / 享年61歳詳細ページ

北海道出身。15歳で九重部屋に入門。1970年(昭和45年)9月の秋場所で初土俵を踏んだ。1981年名古屋場所後に横綱に昇進。通算1045勝。優勝31回。1989年(平成元年)には角界初の国民栄誉賞に輝いた。鋭い視線と筋肉で固めた細身の体から「ウルフ」という愛称で親しまれた。

古今亭志ん朝写真

★ 古今亭志ん朝 さん2001年 (平成13年) 10月1日 没 / 享年63歳詳細ページ

古典落語の名手として落語界をリードし幅広いタレント活動でも知られた。 父の志ん生に入門してから5年目という異例のスピードで真打に昇進。「江戸落語の名人」として、独演会のチケットはすぐに完売するほどの人気を博した。肝臓がんのため東京都内の自宅で死去した。

小坂一也写真

★ 小坂 一也 さん1997年 (平成9年) 11月1日 没 / 享年61歳詳細ページ

1954年(昭和29年)コロムビアレコードから「ワゴン・マスター」でデビューした。カントリー&ウエスタンの歌手として人気を集め「元祖和製プレスリー」とも呼ばれた。食道がんのため入院先の東京都中央区の国立がんセンター中央病院で死去した。

小鹿番写真

★ 小鹿 番 さん2004年 (平成16年) 4月29日 没 / 享年71歳詳細ページ

舞台を中心に活動する一方で、映画やテレビでも味のある名脇役として活躍した。ミュージカル「ラ・マンチャの男」では、ドンキホーテに付き従うサンチョ役を好演した。急性腎不全 (じん ふぜん) のため入院先の東京都内の病院で死去した。

越路吹雪写真

★ 越路 吹雪 さん1980年 (昭和55年) 11月07日 没 / 享年56歳詳細ページ

日本のシャンソンの女王と呼ばれ、宝塚歌劇団の男役スターとして活躍した。退団後、女優としてミュージカルで活躍したほか、数多くのシャンソンを日本に紹介した。今年6月、公演中に胃の痛みを訴え、その後、胃の5分の4を切除する手術を受けていた。

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★ 越部 信義 さん2014年 (平成26年) 11月21日 没 / 享年81歳詳細ページ

東京藝術大学作曲科卒業。童謡「おもちゃのチャチャチャ」や、テレビアニメ「パーマン」「マッハGoGoGo」などの主題歌のほか、サザエさん挿入曲や「光る東芝」などのCMソングなども多数手掛けた。また、NHK「おかあさんといっしょ」の音楽を約40年にわたって担当した。

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★ 小島 功 さん2015年(平成27年)4月14日 没 / 享年87歳詳細ページ

大人の色気とモダン性溢れる独特の絵画タッチで人気を集め、週刊「アサヒ芸能」に連載し通算2800回を超えた「仙人部落」や「ヒゲとボイン」などのほか、清酒「黄桜」のCMに登場したカッパのキャラクターでも親しまれた。昨年11月8日より脳出血で療養中だったという。

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★ 小島 貞二 さん2003年 (平成15年) 6月24日 没 / 享年84歳詳細ページ

出羽海部屋の力士を経て、芸能記者、演芸作家となり、その経験を生かした多数の著書を出版した。相撲評論「相撲史うらおもて」や、「あるフンドシかつぎ一代記」など多くの著書がある。脳内出血のため入院先の東京都江東区内の病院で死去した。

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★ 小島 秀哉 さん2012年 (平成24年) 7月17日 没 / 享年78歳詳細ページ

元松竹新喜劇の喜劇俳優として、故藤山寛美さん時代から松竹新喜劇を支えた。「渡る世間は鬼ばかり」などのテレビドラマや、映画でも名脇役として親しまれた。右腎臓癌(じんぞうがん)のため入院先の大阪府吹田市内の病院で死去した。

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★ 呉 清源 さん2014年 (平成26年) 11月30日 没 / 享年100歳詳細ページ

1928年(昭和3年)、14歳のときに囲碁の才能を認められ来日。1人と10局を打つ「打ち込み十番碁」では無敵を誇った。また、1958年と1961年の日本最強戦でも優勝。全盛期には日本囲碁界の第一人者として君臨し、「昭和の棋聖」とも称された。1987年に勲三等旭日中綬章を受章。

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★ 古関 裕而 さん1989年 (平成元年) 8月18日 没 / 享年80歳詳細ページ

生涯に生み出した曲は5000曲以上ともいわれ、日本を代表する作曲家の一人であった。哀切を帯びた美しいメロディの唱歌から行進曲、マーチ、応援歌なども数多く手掛けた。1969年(昭和44年)紫綬褒章を受章。脳梗塞のため死去した。

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★ 児玉 誉士夫 さん1984年 (昭和59年) 1月17日 没 / 享年72歳詳細ページ

日本最大の行動右翼として影響力を行使し「政財界の黒幕」や「フィクサー」と呼ばれた。1976年、ロッキード事件が発覚し、一連の政界スキャンダル問題に関与したことが明らかにされた。同事件の判決が出る直前に発作を起こし死去した。これにより控訴棄却となった。

児玉清写真

★ 児玉 清 さん2011年 (平成23年) 5月16日 没 / 享年77歳詳細ページ

人気クイズ番組「パネルクイズ アタック25」の司会者を36年間にわたり務めた。芸能界きっての読書家としても知られ、多くのエッセーや書評も執筆していた。3月下旬に胃がんが見つかり、肝臓への転移も発覚し入院治療を続けていた。

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★ 五島 昇 さん1989年 (平成元年) 3月20日 没 / 享年72歳詳細ページ

東急建設社長、東急電鉄取締役を務め東急グループの総帥として知られた。五島慶太の長男として生まれ、1959年(昭和34年)、父の死後 東急グループ各社を引き継いだ。1984年(昭和59年)からは日本商工会議所会頭の要職も務めた。

後藤田正晴写真

★ 後藤田 正晴 さん2005年 (平成17年) 9月19日 没 / 享年91歳詳細ページ

衆議院議員通算7期を務め、警察庁長官、内閣官房長官、宮澤内閣では副総理などを歴任した。「カミソリ後藤田」の異名で呼ばれ、歯に衣(きぬ)着せぬ豪傑ぶりで有名であった。先週から体調を崩し入院していたが、肺炎のため東京都内の病院で死去した。

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★ 後藤 浩輝 さん2015年(平成27年)2月26日 没 / 享年40歳詳細ページ

JRA(日本中央競馬会)の現役トップジョッキー。1992年(平成4年)に騎手デビュー。通算で1447勝と歴代16位の記録を持ち、G1レースでも5勝を挙げた。2012年の落馬による頸椎(けいつい)骨折後、復帰と落馬による負傷を繰り返し、昨年11月に戦列に戻っていた。

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★ 元横綱 琴桜 傑將2007年 (平成19年) 8月14日 没 / 享年66歳詳細ページ

大相撲の第53代横綱 琴桜 傑將(ことざくら まさかつ)として活躍した。引退後は佐渡ヶ嶽親方として、琴風、琴錦、琴 ノ若、琴欧洲、琴光喜ら後進の指導に尽力した。敗血症による多臓器不全のため千葉県松戸市の千葉西総合病院で死去した。

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★ 小林 カツ代 さん2014年 (平成26年) 1月23日 没 / 享年76歳詳細ページ

料理研究家として、主婦の立場から素早く簡単に作れる料理を紹介。NHK「きょうの料理」をはじめ テレビや著作で家庭料理を伝え、エプロン姿と親しみやすい人柄で幅広い世代から人気を集めた。2005年(平成17年)にくも膜下出血で倒れて以降は、療養を続けていた。

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★ 小林 久三 さん2006年 (平成18年) 9月1日 没 / 享年70歳詳細ページ

社会環境問題を題材にした「暗黒告知」で江戸川乱歩賞を受賞し、作家として本格デビューした。主な作品には自衛隊の幻のクーデター計画を描いたミステリー小説「皇帝のいない八月」などがある。脳梗塞(こうそく)のため入院先の横浜市青葉区内の病院で死去した。

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★ 小林 恭治 さん2007年 (平成19年) 3月8日 没 / 享年75歳詳細ページ

「おそ松くん」のイヤミの声や、「巨人の星」のナレーターなど、声優として活躍した。新劇の俳優を経て、テレビ草創期から声優やナレーターとして活躍していた。前年に脳梗塞で倒れ、その後、くも膜下出血のため東京都内の病院で死去した。

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★ 小林 桂樹 さん2010年 (平成22年) 9月16日 没 / 享年86歳詳細ページ

映画「三等重役」や「社長シリーズ」などで真面目な秘書役などを演じ人気を博した。サラリーマン喜劇から社会派ドラマまで幅広く活躍し、253本の映画に出演した。7月に入り体調を崩し入院療養をしていた。心不全のため東京都港区内の病院で死去した。

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★ 小林 繁 さん2010年(平成22年) 1月17日 没 / 享年57歳詳細ページ

1972年(昭和47年)に巨人に入団し、通算374試合に登板し、139勝95敗17セーブの記録を残した。「江川事件」に巻き込まれ、阪神へトレード移籍をした悲劇のヒーローとして注目を集めた。心不全のため入院先の福井県福井市内の病院で死去した。

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★ 小林 すすむ さん2012年 (平成24年) 5月16日 没 / 享年58歳詳細ページ

名脇役として、テレビドラマ「花より男子」や映画「踊る大捜査線」などで活躍した。数年前から体調を崩し、2月には「余命2~3週間」の診断を受け治療を受けていた。スキルス性胃がんと肝臓がんのため東京都内の病院で死去した。

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★ 小林 千登勢 さん2003年 (平成15年) 11月26日 没 / 享年66歳詳細ページ

1983年(昭和58年)、NHKの大ヒットドラマ「おしん」に出演するなど女優として人気を集めた。ワイドショーやクイズ番組などでも幅広く活躍した。夫は俳優の山本耕一さん。3年前に骨髄腫の診断を受け、女優業を続けながら闘病生活を続けていた。

小林千代子写真

★ 小林 千代子 さん1976年(昭和51年)11月25日 没 / 享年66歳詳細ページ

美しいソプラノと華やかな美貌で人気を集め、数多くの大ヒット曲を生み出した。1934年(昭和9年)には婚約者だった新進作曲家を女優の夏川静江に奪われて話題となった。膵臓壊死のため東京都港区の赤坂病院で死去した。

小林麻央写真

★ 小林 麻央 さん2017年(平成29年)6月22日 没 / 享年34歳詳細ページ

大学在学中、「めざまし どようび」のお天気キャスターとして芸能活動を開始。2006年秋からニュース番組「NEWS ZERO」のサブキャスターを務めた。2010年春、人気キャスターから梨園の妻へ転身、1男1女をもうけた。2016年6月、海老蔵さんが、麻央さんの乳がん発病を公表。闘病生活を続けていた。

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★ 小林 陽太郎 さん2015年(平成27年)9月5日 没 / 享年82歳詳細ページ

慶應義塾大卒。1958年(昭和33年)、現:富士フイルムホールディングスに入社。その後、富士ゼロックスに転じ、1978年、44歳で社長に就任。1999年には経済同友会の代表幹事となり、「企業の社会に対する責任」という理念を唱えた。財界随一の国際派としても知られ、日米財界人会議の議長を務めた。

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★ 駒沢 敏器 さん2012年 (平成24年) 3月8日 没 / 享年51歳詳細ページ

2004年、初の小説「夜はもう明けている」を上梓。他に「伝説のハワイ」などがある。母親(81歳)から「息子を殺した」という趣旨の手紙が入った小包が親戚宛てに送付されていた。横浜市青葉区の自宅マンション4階の一室で、死去しているのが発見された。

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★ 小松 一郎 さん2014年 (平成26年) 6月23日 没 / 享年63歳詳細ページ

外務省の国際法局長などを経て、去年8月に外務省出身者としては初の内閣法制局長官に就任。安倍総理が推し進める集団的自衛権行使容認の必要性を訴えた。今年の1月に腹部に腫瘍が見つかり、抗がん剤治療を続けながら職務に当たっていた。先月、退任し内閣官房参与を務めていた。

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★ 小松 左京 さん2011年 (平成23年) 7月26日 没 / 享年80歳詳細ページ

日本SF界を代表する作家で、大ベストセラー「日本沈没」などの作品で広く知られた。1964年に長編「日本アパッチ族」でSF界の旗手として注目を集め、座談やテレビでも活躍した。肺炎のため入院先の大阪府箕面市内の病院で死去した。

小松方正写真

★ 小松 方正 さん2003年 (平成15年) 7月11日 没 / 享年76歳詳細ページ

日本映画界を代表する名脇役として、アクの強い悪役、敵役で知られていた。映画では「無理心中・日本の夏」や「絞死刑」、「神々の深き欲望」などの作品で好演した。怪談を語る俳優としても有名であった。肺血症のため東京都内の病院で死去した。

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★ 五味 康祐 さん1980年 (昭和55年) 4月1日 没 / 享年58歳詳細ページ

柳生十兵衛など剣豪を扱った歴史、時代小説を始め 数々の作品を発表した。1953年「同人雑誌推薦新人特集」に掲載された「喪神」で第28回芥川賞を受賞した。手相や麻雀にも造詣が深く「五味マージャン教室」などの著作も残した。肺がんのため死去した。

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★ 小森 和子 さん2005年 (平成17年) 1月8日 没 / 享年95歳詳細ページ

映画評論家として、独特な髪型と喋りで「小森のおばちゃま」の愛称で広く親しまれた。アメリカの映画俳優ジェームズ・ディーンの熱狂的崇拝者として有名であった。晩年は寝たきりの状態で自宅での療養生活を送っていた。呼吸不全のため死去した。

コロンビア トップ写真

★ コロンビア トップ2004年 (平成16年) 6月7日 没 / 享年82歳詳細ページ

東京漫才界の重鎮として活躍。1974年には参議院議員に初当選し、3期17年6ケ月を務めた。テレビ番組の司会も務め、「年忘れにっぽんの歌」は通算30年以上司会を務めた。最晩年は肺がんを患いながらも死去する数ヶ月前までラジオに生出演していた。

コロンビア ライト写真

★ コロンビア ライト2010年 (平成22年) 10月26日 没 / 享年83歳詳細ページ

元人気漫才コンビ「コロンビア・トップ・ライト」のニ代目ライトとして、時事、風刺漫才で活躍した。1991年に喉頭癌で声帯切除を受け、その後は腹式発声を身につけ禁煙の講演活動を行なっていた。東京都内の自宅ソファに座った状態で亡くなっていた。病死と見られている。

今敏写真

★ 今 敏 さん2010年 (平成22年) 8月24日 没 / 享年46歳詳細ページ

アニメーション監督として「千年女優」などの芸術祭大賞作品で注目された。第63回 ベネチア映画祭コンペティション部門出品作「パプリカ」なども手がけた。体調を崩し、5月には末期の膵臓癌(すいぞうがん)と診断され療養を続けていた。

今東光写真

★ 今 東光 さん1977年 (昭和52年) 9月19日 没 / 享年79歳詳細ページ

豪快な人柄と歯に衣(きぬ)着せぬ物言いから毒舌和尚と呼ばれ親しまれた。1956年、「お吟さま」で第36回直木賞を受賞。作品には舞台化、映画化された作品も多い。1968年(昭和43年)には参議院議員選挙全国区に立候補、当選し1期を務めた。

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★ 今野 雄二 さん2010年 (平成22年) 8月2日 没 / 享年66歳詳細ページ

映画、音楽評論家として知られ、「コンちゃん」の愛称で親しまれた。週刊朝日の映画コーナーで星取表を担当。webマガジンでも健筆をふるっていた。東京都渋谷区代官山の自宅マンションで首を吊って死亡しているのが発見された。

金春惣右衛門写真

★ 金春 惣右衛門 さん2014年 (平成26年) 3月11日 没 / 享年89歳詳細ページ

能囃子(はやし)方太鼓金春流宗家で、太鼓の名手として知られた。また、数多くの新作の能囃子を作り、代々伝えられてきた太鼓の奏法書を出版するなど、能楽の発展や継承にも力を注いだ。1992年(平成4年)、人間国宝の認定を受けた。心不全のため東京都内の病院で死去した。

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