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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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西條キロク写真

★ 西條 キロク さん2012年 (平成24年) 1月7日 没 / 享年73歳詳細ページ

作曲家として天童よしみさんの「夜明け」、森進一さんの「終列車」などを手掛けた。河合楽器製作所でピアノ調律師を務めた後、作曲家として活躍した。心筋梗塞のため東京都墨田区内の映画館で死亡しているのが見つかった。

西條八十写真

★ 西條 八十 さん1970年(昭和45年) 8月12日 没 / 享年78歳詳細ページ

詩人、作詞家として「青い山脈」や「東京行進曲」など多数のヒット作品で知られた。1918年(大正7年)「かなりあ」で童謡の作詩家としてスタートした。童謡詩700編、詩200編、歌謡詩2000編を遺し、ヒット曲を書き続けた。心不全のため死去した。

斎藤晴彦写真

★ 斎藤 晴彦 さん2014年 (平成26年) 6月27日 没 / 享年73歳詳細ページ

故森光子主演の舞台「放浪記」や、ミュージカル「レ・ミゼラブル」などで活躍し、個性派俳優として知られた。1968年(昭和44年)、劇団「黒テント」の創立メンバーの一人として、アングラ演劇ブームを支えた。自宅近くで倒れているのが見つかり、東京都内の病院へ救急搬送されていた。

斉藤仁写真

★ 斉藤 仁 さん2015年(平成27年)1月20日 没 / 享年54歳詳細ページ

国士舘大学卒業後、1984年のロス五輪では95キロ超級で金メダルを獲得。1988年のソウル五輪では、最終日まで金メダルゼロという重圧をはねのけ、東京五輪より続く日本柔道の金メダル獲得記録を継続させた。引退後は国士舘大教授となり、アテネ五輪、北京五輪で日本男子選手団監督を務めた。

早乙女愛写真

★ 早乙女 愛 さん2010年 (平成22年) 7月20日 没 / 享年51歳詳細ページ

女優時代にはセクシーなルックスとボディーで、清純派から肉体派までを演じ幅広く活躍した。出産を機に芸能界を引退し、2002年からは夫の仕事の関係でシアトルで生活をしていた。多臓器不全のため米国、シアトルの病院で死去した。

坂井泉水写真

★ 坂井 泉水 さん2007年 (平成19年) 5月27日 没 / 享年40歳詳細ページ

「負け ないで」などのヒット曲で知られる音楽グループ「ZARD」のボーカルとして活躍した。子宮頸がんを患い、4月には肺への転移が見つかり入院していた。非常階段下で発見された。脳挫傷のため東京都新宿区の慶応義塾大学病院で死去した。

堺駿二写真

★ 堺 駿二 さん1968年 (昭和43年)8月10日 没 / 享年55歳詳細ページ

昭和の浅草を代表する役者として、コミカルな演技で「喜劇の神様」と称された。東京都新宿区歌舞伎町の新宿コマ劇場での公演中、脳溢血で倒れ死去した。死亡当時、次男の堺正章は、人気グループサウンズの「ザ・スパイダース」で活躍していた。

酒井田柿右衛門死去

★ 酒井田 柿右衛門 さん2013年(平成25年)6月15日 没 / 享年78歳詳細ページ

有田焼伝統の柿右衛門様式に現代の息吹を加えた陶芸家で、その作品は国内外で高い評価を受けた。2001年(平成13年)、色絵磁器の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。直腸がんと転移性肝腫瘍(しゅよう)のため佐賀市内の病院で死去した。

坂井宏朱写真

★ 坂井 宏朱 さん2012年 (平成24年) 1月15日 没 / 享年27歳詳細ページ

O Lから転身し、44年ぶりの女子オートレース選手として話題となった。千葉県船橋市浜町の船橋オートレース場で走行練習中にバランスを崩し転倒し、鉄製フェンスに激突。頭蓋骨骨折などのため死亡した。デビューからわずか半年での殉職となった。

酒井雄哉写真

★ 酒井 雄哉 さん2013年 (平成25年) 9月23日 没 / 享年87歳詳細ページ

天台宗の僧侶で 比叡山延暦寺に伝わる荒行「千日回峰行」を2度満行した行者として知られる。得度後、比叡山延暦寺に入る。天台宗北嶺大行満大阿闍梨、大僧正、比叡山一山 飯室不動堂長寿院住職を務めた。2度の回峰行を達成したものは3人しかいない。

坂上二郎写真

★ 坂上 二郎 さん2011年 (平成23年) 3月10日 没 / 享年76歳詳細ページ

1966年(昭和41年)に萩本欽一と、お笑いコンビ「コント55号」を結成し、国民的人気を集めた。歌手としても、1974年には「学校の先生」が約30万枚を売り上げるヒットとなった。昨年8月に自宅で再度の脳梗塞で倒れ、その後は療養生活を送っていた。

榊莫山写真

★ 榊 莫山 さん2010年 (平成22年) 10月3日 没 / 享年84歳詳細ページ

ばくざん先生の愛称で親しまれ、奔放な創作活動で「書道界の風雲児」と呼ばれた。宝酒造の焼酎「よかいち」のテレビコマーシャルで広く知られる人物となった。急性心不全のため入院先の奈良県天理市内の病院で死去した。

坂口祐三郎写真

★ 坂口 祐三郎 さん2003年 (平成15年) 7月13日 没 / 享年61歳詳細ページ

1967年代にテレビ特撮劇「仮面の忍者赤影」で主役の赤影を演じ人気を博した。福岡県久留米市内の自宅で突然倒れ、意識不明のまま救急搬送されていた。脳幹出血のため搬送先の福岡県久留米市内の病院で死去した。

坂口良子死去

★ 坂口 良子 さん2013年 (平成25年) 3月27日 没 / 享年57歳詳細ページ

「池中玄太80キロ」や「前略おふくろ様」など多数の作品で愛くるしい顔立ちと明るいキャラクターで人気を博した。10年以上事実婚状態だったプロゴルファーの尾崎健夫さんと再婚したばかりだった。消化器系疾患のため東京都内の病院で死去した。

坂庭省悟写真

★ 坂庭 省悟 さん2003年 (平成15年) 12月15日 没 / 享年53歳詳細ページ

1970年(昭和45年)、フォークグループ「はしだのりひこ&クライマックス」に参加し、作曲家としても活躍した。きたやまおさむ作詞の「花嫁」に曲をつけ大ヒット、ミリオンセラーとなった。癌(がん)のため京都府内の自宅で死去した。

坂本九写真

★ 坂本 九 さん1985年(昭和60年)8月12日 没 / 享年43歳詳細ページ

「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」など数々のヒット曲で知られた。「上を向いて歩こう」は米国でも大ヒットし、日本人初の「ゴールドディスク」を受賞した。群馬県、御巣鷹の尾根に墜落した日航ジャンボ機墜落事故に遭遇し死去した。

砂川啓介写真

★ 砂川 啓介 さん2017年(平成29年)7月11日 没 / 享年80歳詳細ページ

1961年(昭和36年)、NHK「うたのえほん」で初代体操のお兄さんとして親しまれた。以後、俳優や、「お昼のワイドショー」の司会者としても活躍。1964年、番組共演が縁で「ドラえもん」の声で知られる大山のぶ代と結婚。2015年には大山さんが認知症であることを公表、介護を続けていた。

鷺沢萠写真

★ 鷺沢 萠 さん2004年 (平成16年) 4月11日 没 / 享年35歳詳細ページ

1987年に壊れた家族を描いた「川べりの道」で文学界新人賞を受賞し、作家ビューした。近著「ウェルカム・ホーム」を3月下旬に刊行したばかりで、作品の舞台化が決まっていた。東京都目黒区内の自宅で首を吊っているのが発見された。自殺と見られている。

佐木隆三写真

★ 佐木 隆三 さん2015年(平成27年)10月31日 没 / 享年78歳詳細ページ

本名は小先良三(こさき りょうぞう)。朝鮮半島生まれ。1976年(昭和51年)、実際の連続殺人事件をテーマにした「復讐するは我にあり」で直木賞を受賞した。2006年から12年まで北九州市立文学館の初代館長を務め、自分史文学賞の創設など、地域の文化振興にも尽くした。

佐久間正英写真

★ 佐久間 正英 さん2014年 (平成26年) 1月16日 没 / 享年61歳詳細ページ

1970年代にロックバンド「四人囃子」や「プラスチックス」のメンバーとして活躍。その後、音楽プロデューサーとして、BOOWY、GLAY、黒夢、JUDY AND MARYなどのほか、数々のアーティストをプロデュースした。昨年8月、末期のスキルス性胃がんを患っていることを公表していた。

桜井真一郎写真

★ 桜井 真一郎 さん2011年 (平成23年) 1月17日 没 / 享年81歳詳細ページ

日産の看板車種「スカイライン」の開発に携わり、「スカイラインの父」とも呼ばれていた。レーシングカーの開発にも携わり、日本グランプリ優勝3回という成績を収めた。心不全のため入院先の東京都世田谷区内の病院で死去した。

桜井センリ写真

★ 桜井 センリ さん2012年 (平成24年) 11月10日 没 / 享年86歳詳細ページ

元クレージーキャッツのメンバーとして知られ、俳優としても活躍した。音楽活動のほか、映画「男はつらいよ」シリーズなどにも出演し注目された。郵便受けにたまった新聞などを不審に思った住民の通報で発見された。孤独死とみられている。

桜井孝雄写真

★ 桜井 孝雄 さん2012年 (平成24年) 1月10日 没 / 享年70歳詳細ページ

1964年(昭和39年)の東京五輪バンタム級で優勝を果たし、日本ボクシング史上唯一の金メダルを獲得した。プロ転向後、東洋王座を獲得したが世界王座には手が届かなかった。プロ通算成績は30勝(4KO)2敗。食道がんのため東京都内で死去した。

桜井長一郎写真

★ 桜井 長一郎 さん1999年(平成11年)3月4日 没 / 享年81歳詳細ページ

「声のスタイルブック」と称してモダンな語り口の漫談を交え、幅広いレパートリーの物真似で人気を博した。1948年(昭和23年)、NHK「のど自慢素人演芸会」に出場し優勝した。元東京演芸協会会長。くも膜下出血のため東京都八王子市の自宅で死去した。

桜田誠一写真

★ 桜田 誠一 さん2012年 (平成24年) 3月19日 没 / 享年76歳詳細ページ

北島三郎の「北の漁場」や、千昌夫の「望郷酒場」などのヒット曲の作曲者として知られた。全日本音楽著作家協会会長や、日本レコード大賞制定委員等の要職を歴任した。急性白血病のため入院先の東京都目黒区内の病院で死去した。

桜塚やっくん写真

★ 桜塚やっくん2013年 (平成25年) 10月5日 没 / 享年37歳詳細ページ

竹刀を片手にセーラー服を身にまとった「スケバン恐子」というキャラクターで人気を博した。熊本県荒尾市でのイベント出演のため移動中に中国自動車道で単独事故を起こした。車外に出たところを後続車にはねられ 心臓破裂のため搬送先の病院で死去した。

桜むつ子写真

★ 桜 むつ子 さん2005年 (平成17年) 1月23日 没 / 享年83歳詳細ページ

庶民派の脇役女優として親しまれ、小津安二郎監督作品などに多く出演し活躍した。下町のおかみさん役などには定評があり、大船調喜劇の名脇役として注目された。代表作品に「東京物語」や「東京暮色などがある。肺がんのため東京都内の自宅で死去した。

笹井芳樹写真

★ 笹井 芳樹 さん2014年 (平成26年) 8月5日 没 / 享年52歳詳細ページ

神経系の初期発生の遺伝子・細胞レベルの研究者として知られた。世界で初めてES細胞による網膜の分化誘導に成功。2013年から理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの副センター長を務めていた。2014年(平成26年)に発表・撤回されたSTAP論文では、様々な責任が追究されていた。

笹川良一写真

★ 笹川 良一 さん1995年(平成7年)7月18日 没 / 享年96歳詳細ページ

公益財団法人 日本財団の公益活動を指導し、33年間にわたり会長を務めた。戦後、日本財団(旧:日本船舶振興会)を創設し、国内外で社会奉仕活動に邁進した。急性心不全のため入院先の東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。

佐々木力写真

★ 佐々木 力 さん2011年 (平成23年) 8月09日 没 / 享年60歳詳細ページ

アパレル会社の社長で、女優、萬田久子さんの事実上の夫として話題となった。1988年(昭和63年)から同居し、事実婚を続けていた。2人には23歳の長男がいる。スキルス性胃がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

笹沢左保写真

★ 笹沢 左保 さん2002年(平成14年)10月21日 没 / 享年71歳詳細ページ

TVドラマ化されて大ヒットした「木枯し紋次郎」シリーズの原作者として知られた。推理小説、サスペンス小説、恋愛論エッセイなど380冊近くの著書を残した。肝細胞がんのため入院先の東京都狛江市内の病院で死去した。

笹森清写真

★ 笹森 清 さん2011年 (平成23年) 6月04日 没 / 享年70歳詳細ページ

日本労働組合総連合会(連合)の元会長で内閣特別顧問なども務めた。3月26日に管首相と会談した直後に、原発事故に関する首相発言を記者団に紹介し話題となった。膵臓癌(すいぞう がん)のため入院先の東京都内の病院で死去した。

佐田啓二写真

★ 佐田 啓二 さん1964年(昭和39年)8月17日 没 / 享年37歳詳細ページ

高橋貞二、鶴田浩二と人気を分け合い「戦後の松竹 三羽烏」と呼ばれ人気を誇った。1953年(昭和28年)、映画「君の名は」で岸惠子と共演し、名実共にトップスターになった。運転手の運転する車で東京へ戻る途中、山梨県韮崎市で事故を起こし死去した。

元横綱 佐田の山写真

★ 元横綱 佐田の山 さん2017年(平成29年)4月27日 没 / 享年79歳詳細ページ

1956年(昭和31年)1月場所、17歳で初土俵を踏む。激しい突き、押しで頭角を現し、1961年初場所に新入幕を果たすと、1965年1月場所には3度目の幕内最高優勝を達成して横綱に推挙された。1968年、引退後は年寄「出羽海」を襲名。1992年からは日本相撲協会理事長を6年に渡って務めた。

佐藤栄作写真

★ 佐藤 栄作 さん1975年(昭和50年)6月3日 没 / 享年74歳詳細ページ

1964年11月、池田裁定により自民党総裁に指名され、第61代内閣総理大臣に就任した。沖縄返還を花道として3期 7年8ヶ月にわたる長期政権に幕を閉じた。1975年5月19日、築地の料亭で脳溢血で倒れ、その後、覚醒することなく死去した。

佐藤慶写真

★ 佐藤 慶 さん2010年 (平成22年) 5月2日 没 / 享年81歳詳細ページ

映画や、舞台、テレビで存在感のある悪役などを演じ、性格派俳優として人気を博した。「青春残酷物語」を始めとした大島渚監督作品を中心に映画の舞台でも活躍した。肺炎のため入院先の東京都世田谷区内の関東中央病院で死去した。

佐藤孝行写真

★ 佐藤 孝行 さん2011年 (平成23年) 5月18日 没 / 享年83歳詳細ページ

自民党総務会長や総務庁長官などを歴任し、ロッキード事件では有罪判決を受けた。1972年に全日空から賄賂を受け取ったとして、1986年に有罪が確定した。2000年の衆議院議員総選挙で敗れ、引退を表明した。胆管がんのため東京都内の病院で死去した。

佐藤さとる写真

★ 佐藤 さとる さん2017年(平成29年)2月9日 没 / 享年88歳詳細ページ

横須賀市生まれ。横浜市職員などを経て、実業之日本社に入社。1959年(昭和34年)、身長3cmほどの小人たちが活躍する「だれも知らない小さな国」で毎日出版文化賞ほかを受賞。以降、シリーズは累計300万部を超える人気となった。日本のファンタジー小説の祖と称された。2014年に旭日小綬章。

サトウハチロー写真

★ サトウ ハチロー さん1973年(昭和48年)11月13日 没 / 享年70歳詳細ページ

今も歌い継がれる童謡「ちいさい秋みつけた」などの作詩家として知られた。1962年(昭和37年)「ちいさい秋みつけた」で日本レコード大賞童謡賞を受賞した。1966年、紫綬褒章を受賞。1973年、勲三等瑞宝章を受章。心臓発作のため死去した。

佐藤允写真

★ 佐藤 允 さん2012年 (平成24年) 12月6日 没 / 享年78歳詳細ページ

映画「独立愚連隊」に主演するなど、個性派俳優として注目を集めた。アメリカの俳優 チャールズ・ブロンソンに似ていることから「和製ブロンソン」とも呼ばれた。2月に転倒し頭部を強打。外傷性クモ膜下出血と診断され入院していたという。

佐野実写真

★ 佐野 実 さん2014年 (平成26年) 4月11日 没 / 享年63歳詳細ページ

ラーメン店「支那そばや」創業者で、「ラーメンの鬼」の異名で呼ばれ親しまれた。TV番組「最強ラーメン伝説」に出演し審査員をつとめるなどメディアにも多数出演。また、タイアップ商品も多数発売され、昨今のラーメンブームやラーメン業界繁栄の火付け役の一人として知られた。

佐野洋死去

★ 佐野 洋 さん2013年 (平成25年) 4月27日 没 / 享年84歳詳細ページ

推理小説界の重鎮で、ミステリー評論でも知られた。「一本の鉛」などの作品で松本清張に続く社会派推理小説の書き手として注目された。名物批評コラム「推理日記」の連載などでも知られた。肺炎のため川崎市麻生区内の病院で死去した。

佐分利信写真

★ 佐分利 信 さん1982年 (昭和57年) 9月22日 没 / 享年73歳詳細ページ

1974年(昭和49年)、「華麗なる一族」の阪神銀行・万俵頭取役など、朴訥(ぼくとつ)ながら重厚な演技で注目を集めた。また、1977年からは東映の大作「日本の首領」三部作に主演し大ヒット、向田邦子脚本のNHKテレビドラマ「阿修羅のごとく」と並び、晩年の代表作となった。1975年、紫綬褒章を受章。

紗ゆり写真

★ 紗ゆり (さゆり) さん2012年 (平成24年) 3月6日 没 / 享年55歳詳細ページ

実力派声優として知られ、ザ・シンプソンズのイッチーなど様々なキャラを好演した。上品な声で、クレヨンしんちゃんの「大原ななこ」役などを演じ人気を博した。癌(がん)のため死去した。訃報はシンプソンズファンクラブのWebページで発表された。

沢たまき写真

★ 沢 たまき さん2003年 (平成15年) 8月9日 没 / 享年66歳詳細ページ

歌唱曲「ベッドで煙草を吸わないで」のヒット曲で知られた。1998年には参議院議員選挙で初当選した。東京都千代田区の議員宿舎2階の女性用共同浴場で倒れているのが発見された。くも膜下出血の症状がみられ、死因は虚血性心不全とされた。

沢村貞子写真

★ 沢村 貞子 さん1996年(平成8年)8月16日 没 / 享年87歳詳細ページ

小津安二郎監督作品などで名脇役として広く知られ、生涯で100本を越す映画で活躍した。エッセイストとしても知られ、随筆「私の浅草」は日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。心不全のため神奈川県横須賀市の自宅で死去した。

三五十五写真

★ 三五 十五 さん2015年(平成27年)3月3日 没 / 享年52歳詳細ページ

電撃ネットワークは 体を張った過激な芸で知られ、海外にも進出。欧米諸国においては「TOKYO SHOCK BOYS」の名前で高く評価された。2013年(平成25年)夏に肺がんが発覚し、一度は余命1週間の宣告を受けたが、メンバーやファンからの支援を受け、治療、リハビリに励んでいた。

三笑亭夢楽写真

★ 三笑亭 夢楽 さん2005年 (平成17年) 10月28日 没 / 享年80歳詳細ページ

明るく軽妙で当意即妙な芸風で親しまれ、テレビのお笑い番組でも人気を集めた。1958年(昭和33年)に真打ちに昇進し、「寄合酒」や、「三方一両損」などの長屋物を持ちネタとした。肺不全のため入院先の東京都豊島区内の病院で死去した。

三笑亭夢丸写真

★ 三笑亭 夢丸 さん2015年(平成27年)3月7日 没 / 享年69歳詳細ページ

本名は坂田宏(さかた ひろし)。1964年(昭和39年)に三笑亭夢楽に入門。1978年(昭和53年)に真打ちに昇進した。NHK「連想ゲーム」や日本テレビ「ルックルックこんにちは」のリポーターとしても活躍し幅広く人気を集めた。2010年(平成22年)にがんを発症し復帰したが、昨年から療養していた。

三遊亭圓歌写真

★ 三遊亭 円歌 さん2017年(平成29年)4月23日 没 / 享年88歳詳細ページ

1945年(昭和20年)に2代目三遊亭円歌に入門。二つ目に昇進し、歌奴に改名。1958年、真打に昇進。1970年、3代目円歌を襲名した。「山のあな、あな」のフレーズで知られる自作の新作落語「授業中」で一世を風靡(ふうび)。古典から新作落語まで歯切れのよい語り口で知られた。

三遊亭円好写真

★ 三遊亭 円好 さん2007年 (平成19年) 10月11日 没 / 享年58歳詳細ページ

神奈川県藤沢市出身。1982年12月に真打に昇進し、7代目圓好を襲名した。隣人が「最近、見かけない」と管理人に通報し、東京都荒川区内の自宅マンション寝室で倒れているところを発見された。死因は虚血性心不全とされた。

三遊亭円楽写真

★ 三遊亭 円楽 さん2009年 (平成21年) 10月29日 没 / 享年76歳詳細ページ

流麗な話芸で知られ、20年以上にわたり人気番組「笑点」の司会者としても親しまれた。2005年(平成17年)に脳梗塞で倒れ、2007年2月の「芝浜」の口演を最後に引退をしていた。肺がんのため東京都中野区内の自宅で死去した。

シーナ写真

★ シーナ さん2015年(平成27年)2月14日 没 / 享年61歳詳細ページ

夫でギタリストの鮎川誠とロックバンド「シーナ&ロケッツ」を結成。「涙のハイウェイ」でデビューし、ボーカルとして活躍した。以降、「レモンティー」や「ユー・メイ・ドリーム」「ピンナップ・ベイビー・ブルース」などのロックンロールでファンを魅了。しゃがれたパワフルな歌声で人気を博した。

塩川正十郎写真

★ 塩川 正十郎 さん2015年(平成27年)9月19日 没 / 享年93歳詳細ページ

大阪府布施市(現:東大阪市)助役から、1967年(昭和42年)の衆院選で旧大阪4区から出馬して初当選。鈴木内閣で運輸大臣に就任し初入閣。衆院当選11回。2003年11月の衆院選に出馬せず政界を引退した。威勢のいい関西弁と独特のとぼけたキャラクターから「塩じい」の愛称で親しまれた。

塩沢とき写真

★ 塩沢 とき さん2007年 (平成19年) 5月17日 没 / 享年79歳詳細ページ

個性派の女優としてバラエティー番組でも活躍し、幅広い年齢層で人気を博した。30歳で舌がんを、57歳で右乳がんを発症し、闘病と女優復帰を繰り返していた。スキルス性の胃がんのため入院先の東京都目黒区の東京医療センター病院で死去した。

塩月弥栄子写真

★ 塩月 弥栄子 さん2015年(平成27年)3月8日 没 / 享年96歳詳細ページ

茶道の裏千家14代家元の長女として京都市に生まれた。戦後、欧州などに渡り茶道を通じた文化使節として活躍した。1962(昭和37年)からNHKのクイズ番組「私の秘密」の名解答者としても人気を集めた。また、著書「冠婚葬祭入門」は、マナーの入門書として300万部を超えるベストセラーとなった。

塩屋俊死去

★ 塩屋 俊 さん2013年(平成25年)6月5日 没 / 享年56歳詳細ページ

俳優として「アンボンで何が裁かれたか」や「釣りバカ日誌」などに出演。また、映画監督としては「0からの風」などがある。公演予定だった舞台の最終チェックを兼ねた稽古中に突然倒れ救急搬送されていた。急性大動脈解離のため仙台市内の病院で死去した。

式守伊之助死去

★ 式守 伊之助 さん2013年 (平成25年) 4月14日 没 / 享年77歳詳細ページ

元大相撲立行司で、最高位行司の一人、式守伊之助を襲名し勝負を裁いた。本名は竹田文雄。16歳で井筒部屋に入門し、1953年(昭和28年)夏場所、式守文雄の名で初土俵を踏んだ。胃がんのため東京都中央区内の病院で死去した。

茂山千作死去

★ 茂山 千作 さん2013年(平成25年)5月23日 没 / 享年93歳詳細ページ

狂言界の最長老で、戦前から80年以上にわたり舞台で活躍した。1989年、人間国宝に認定された。大蔵流狂言の名門、三世茂山千作の長男として生まれ、1924年、「以呂波」で初舞台を踏む。狂言界で初の文化勲章を受章するなど栄誉を極めた。

茂山忠三郎写真

★ 茂山 忠三郎 さん2011年 (平成23年) 8月20日 没 / 享年83歳詳細ページ

狂言大蔵流の名跡で 1965年に茂山忠三郎を襲名した。当代で四世を数える。一昨年9月に癌の手術を受け、11月には自身の30周年記念公演で復帰していた。昨年8月頃から体調を崩し療養していた。結腸がんのため京都市内で死去した。

宍戸游子写真

★ 宍戸 游子 さん2010年 (平成22年) 4月16日 没 / 享年77歳詳細ページ

俳優、宍戸錠さんの夫人で 女優としてまた、エッセイストとしても活躍していた。1961年に宍戸錠さんと結婚し、俳優の宍戸開さんほか、3人の子供を儲け育てた。2008年に胃の全摘手術を受け、昨年には肺などへの転移が見つかり入院治療を続けていた。

柴田トヨ写真

★ 柴田 トヨ さん2013年 (平成25年) 1月20日 没 / 享年101歳詳細ページ

2010年(平成22年)3月、98歳で初刊行した詩集「くじけないで」が150万部を超えるベストセラーとなった。詩が産経新聞「朝の詩」で紹介されて以降、掲載のたびに感謝の声が寄せられた。老衰のため宇都宮市内の老人福祉施設で死去した。101歳だった。

しばた はつみ写真

★ しばた はつみ さん2010年 (平成22年) 3月27日 没 / 享年57歳詳細ページ

「マイ・ラグジュアリー・ナイト」などパワフルな歌唱で知られた。また、15歳からCMソングなどを歌い、「OH! モーレツ」(丸善石油)や「レナウン娘」(レナウン)などが注目を集めた。急性心筋梗塞のため静岡県伊東市の自宅で死去した。

柴田錬三郎写真

★ 柴田 錬三郎 さん1978年(昭和53年)6月30日 没 / 享年61歳詳細ページ

1951年(昭和26年)、「イエスの裔」で第26回直木賞を受賞した。連載小説「眠狂四郎」シリーズは、剣豪小説の一大ブームを巻き起こした。 肺性心(はいせいしん)のため入院先の東京都新宿区の慶應義塾大学病院で死去した。

司馬遼太郎写真

★ 司馬 遼太郎 さん1996年(平成8年)2月12日 没 / 享年72歳詳細ページ

1960年(昭和35年)産経新聞社記者として在職中に「梟の城」で直木賞を受賞した。「街道をゆく」をはじめとする多数のエッセイなどでも活発な文明批評を行った。10日深夜に吐血して倒れ、救急搬送されていた。腹部大動脈瘤破裂のため死去。

渋谷天外写真

★ 渋谷 天外 さん1983年(昭和58年)03月18日 没 / 享年76歳詳細ページ

戦後に「松竹新喜劇」を創立し、上方を代表する喜劇俳優、劇作家として活躍した。執筆した作品は556篇にのぼり、合作、脚色もあわせると1000篇を超えた。1968年(昭和43年)に紫綬褒章を授章。1977年には勲四等旭日小綬章を授与された。

島木譲二写真

★ 島木 譲二 さん2016年(平成28年)12月16日 没 / 享年72歳詳細ページ

本名は濱伸二(はま しんじ)。ボクサーとして活動した後に吉本新喜劇入り。「大阪名物パチパチパンチ」や「 ポコポコヘッド」など、体を張ったギャグで吉本新喜劇の屋台骨を支えてきた。2011年(平成23年)2月から治療に専念するため表舞台からは退き、自宅療養を続けていた。

島倉千代子写真

★ 島倉 千代子 さん2013年 (平成25年) 11月8日 没 / 享年75歳詳細ページ

「東京だょおっ母さん」や「人生いろいろ」などのヒット曲で知られ、戦後の歌謡界に大きな足跡を残した。2004年(平成16年)には歌手生活50周年を迎え、同年、NHK紅白歌合戦に通算35回目の出場を果たすなど 国民的歌手として人気を誇った。

島田正吾写真

★ 島田 正吾 さん2004年 (平成16年) 11月26日 没 / 享年98歳詳細ページ

「一本刀土俵入」などの新国劇の名舞台で知られた。また、同年生まれの俳優 辰巳柳太郎(1989年没)と劇団を支え、「動の辰巳、静の島田」と好対照を見せた。渋く独特なせりふ回しは、演劇ファンをうならせた。脳梗塞のため東京都目黒区内の自宅で死去した。

嶋村カオル死去

★ 嶋村 カオル さん2013年 (平成25年) 2月26日 没 / 享年43歳詳細ページ

声優として知られ、代表的な声の出演に、TBS系情報番組「ランク王国」のラルフ役やNHK教育テレビ「ひとりでできるもん!」のエノケン役などがあった。2012年6月より体調不良により休養していた。乳がんのため横浜市内の病院で死去した。

島森路子死去

★ 島森 路子 さん2013年 (平成25年) 4月23日 没 / 享年66歳詳細ページ

広告を大衆文化と結び付け批評した雑誌「広告批評」の元編集長として知られた。1979年(昭和54年)に天野祐吉さんと「広告批評」を創刊。作品として広告を論じる場を作り、1988年から編集長を務めた。呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。

清水由貴子写真

★ 清水 由貴子 さん2009年 (平成21年) 4月21日 没 / 享年49歳詳細ページ

オーディション番組「スター誕生!」で最優秀賞のグランドチャンピオンに輝いた。静岡県駿東郡小山町の霊園内にある家族の墓の前で、倒れているのが発見された。黒いポリ袋を頭にかぶり、死因は硫化水素中毒とみられている。また、遺書も残されていた。

下川辰平写真

★ 下川 辰平 さん2004年 (平成16年) 3月25日 没 / 享年73歳詳細ページ

テレビドラマや映画の脇役として活躍し、叩き上げの刑事役がはまり役となった。テレビドラマ「太陽にほえろ!」の「長さん」こと野崎刑事役などの好演で知られた。体調を崩し福岡へ帰郷していた。敗血症のため入院先の福岡市南区の病院で死去した。

下條正巳写真

★ 下條 正巳 さん2004年 (平成16年) 7月25日 没 / 享年88歳詳細ページ

映画「男はつらいよ」シリーズのおいちゃん役など、ひょうひょうとした演技で広く親しまれた。おいちゃん役は森川信、松村達雄に次いで3代目を担当し、中でも出演本数は最も多い。膵臓癌(すいぞうがん)のため東京都世田谷区内の自宅で死去した。

ジャイアント馬場写真

★ ジャイアント馬場1999年(平成11年)1月31日 没 / 享年61歳詳細ページ

全日本プロレス社長で、人気プロレスラーとして十六文キックの得意技で知られた。日本プロレス界史上最大の巨体を持ち、コマーシャルやテレビ番組などでも活躍した。大腸癌からの肝臓転移による肝不全のため東京医科大学病院で死去した。

ジャンボ鶴田写真

★ ジャンボ 鶴田 さん2000年(平成12年)05月13日 没 / 享年49歳詳細ページ

日本人として初めてAWA世界ヘビー級王座を獲得、念願の世界奪取を達成した。1992年(平成4年)にB型肝炎を発症、長期入院するもその後、肝硬変を経て肝臓癌へ転化。海外での脳死肝移植手術中に大量出血を起こし、ショック症状に陥り死去した。

ジャンボ秀克写真

★ ジャンボ 秀克 さん2014年 (平成26年) 4月8日 没 / 享年62歳詳細ページ

北海道ではお馴染みのフリーアナウンサーとして、道内のテレビ、ラジオ番組で活躍。北海学園大学在学中に伝説の「HBCベスト100マラソンランキング」でパーソナリティとしてデビュー。全道の青少年をラジオの前に釘付けにした。演歌好きとしても知られ、コンサートの司会業でも活躍した。

周富徳写真

★ 周 富徳 さん2014年 (平成26年) 4月8日 没 / 享年71歳詳細ページ

「炎の料理人」の異名で呼ばれ、中華の料理人として、NHK「きょうの料理」の講師を担当したほか、料理人が対決するバラエティー番組「料理の鉄人」などに出演し、軽妙な話術と手際のいい調理法で人気を集めた。誤嚥(ごえん)性肺炎のため奈川県横浜市内の病院で死去した。

首藤剛志写真

★ 首藤 剛志 さん2010年 (平成22年) 10月29日 没 / 享年61歳詳細ページ

代表作の人気アニメ「ポケットモンスター」などの脚本家として知られた。1984年(昭和59年)に日本アニメ大賞脚本賞を「まんがはじめて物語」など数作品で受賞した。JR関西線奈良駅の喫煙所でクモ膜下出血のため倒れ 救急搬送されていた。

朱里エイコ写真

★ 朱里 エイコ さん2004年 (平成16年) 7月31日 没 / 享年58歳詳細ページ

16歳で渡米し歌の修業を積み、帰国後の1972年(昭和47年)に「北国行きで」が大ヒットし脚光を浴びた。同居する男性が「寝ている朱里さんの様子がおかしい」と119番通報した。事件性はなく、虚血性心不全のため東京都足立区の自宅で死去した。

春風亭柳昇写真

★ 春風亭 柳昇 さん2003年 (平成15年) 6月16日 没 / 享年82歳詳細ページ

落語界の長老で、飄々とした味わいで人気を博した。軽妙な語り口、とぼけた芸風で親しまれ、80歳を過ぎても高座やテレビへの出演を続け、生涯現役の噺家であった。落語芸術協会理事長を務めた。胃がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

上甲正典写真

★ 上甲 正典 さん2014年 (平成26年) 9月2日 没 / 享年67歳詳細ページ

1988年(昭和63年)、母校の県立宇和島東高(愛媛県 宇和島市)を率いて、春の高校野球選抜大会に初出場し優勝に導いた。また、2004年(平成16年)春にも創部3年目の済美高等学校監督として優勝を果たした。試合の厳しい場面で笑みを絶やさず、高校野球ファンから「上甲スマイル」と親しまれた。

庄司永建写真

★ 庄司 永建 さん2015年(平成27年)9月15日 没 / 享年92歳詳細ページ

山形県出身。民衆芸術劇場附属養成所を経て、劇団民藝から俳優デビュー。味わい深い脇役として映画にも数多く出演し、1960年代は日活を中心に社会派映画から青春映画まで、様々な作品で活躍した。晩年は俳優業以外にも山形の民話の語り部として、故郷で毎年民話を伝承していた。

ジョージ川口写真

★ ジョージ川口 さん2003年 (平成15年) 11月01日 没 / 享年76歳詳細ページ

戦後のジャズ界の草分け的存在で、パワーにあふれた独特のドラムで人気を集めた。渡辺貞夫、山下洋輔、日野皓正ら 多くの日本ジャズ界の俊英を発掘し育てた。脳出血のため入院先の東京都渋谷区内の病院で死去した。

東海林太郎写真

★ 東海林 太郎 さん1972年(昭和47年)10月04日 没 / 享年73歳詳細ページ

ロイドめがねに燕尾服、直立不動で歌う昭和の大歌手として一世を風靡した。澄んだバリトンを活かした「赤城の子守歌」など多くのヒット歌謡で人気を誇った。晩年は直腸癌のため人工肛門をつけ、病魔を克服しての音楽人生だった。脳出血のため死去した。

正司玲児写真

★ 正司 玲児 さん2010年 (平成22年) 12月10日 没 / 享年71歳詳細ページ

大阪の漫才コンビ「正司敏江、玲児」は夫婦での「どつき漫才」で人気を博した。玲児の浮気が発覚し、結婚10年で離婚するが、コンビはその後も続行した。成人T細胞白血病リンパ腫のため入院先の大阪府羽曳野市内の病院で死去した。

昇地三郎写真

★ 昇地 三郎 さん2013年 (平成25年) 11月27日 没 / 享年107歳詳細ページ

1954年(昭和29年)、現:知的障害児通園施設「しいのみ学園」を設立するなど障害児教育の草分け的存在として知られた。障害児との交流を描いた自著「しいのみ学園」はベストセラーとなり、映画化された。心筋梗塞と心不全のため福岡市内の病院で死去した。107歳だった。

庄野潤三写真

★ 庄野 潤三 さん2009年 (平成21年) 9月21日 没 / 享年88歳詳細ページ

1955年(昭和30年)、「プールサイド小景」で第32回芥川賞を受賞した。そのほか、代表作には「静物」や「夕べの雲」「紺野機業場」などがあり、第三の新人の一人として注目を集めた。老衰のため神奈川県川崎市の自宅で死去した。

笑福亭 松喬死去

★ 笑福亭 松喬 さん2013年(平成25年)7月30日 没 / 享年62歳詳細ページ

上方落語の実力派として知られ、末期の肝臓がんと闘病しながら高座に上がり続けた。1969年、6代目笑福亭松鶴に入門。古典落語の名手として頭角を現し、1987年(昭和62年)に6代目松喬を襲名。平成19年には「百年目」で文化庁芸術祭大賞を受賞した。

ジョー山中写真

★ ジョー 山中 さん2011年 (平成23年) 8月07日 没 / 享年64歳詳細ページ

ロック歌手として、3オクターヴの声の持ち主といわれ、ライブ活動を中心に活躍した。10代後半には「城アキラ」のリングネームでプロボクサーとしても活躍した。昨年3月には肺がんで治療中であることを、自らのホームページ上で公表していた。

正力亨写真

★ 正力 亨 さん2011年 (平成23年) 8月15日 没 / 享年92歳詳細ページ

読売新聞グループ本社社主で、プロ野球巨人軍名誉オーナーなどを務めた。1996年(平成8年)に巨人軍オーナーを渡邉恒雄氏に譲る形で職を退き、名誉オーナーへ就任した。敗血症のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

ジョニー大倉写真

★ ジョニー 大倉 さん2014年 (平成26年) 11月19日 没 / 享年62歳詳細ページ

1972年(昭和47年)にロックバンド「キャロル」の一員としてデビュー。矢沢永吉さんらとともに「ファンキー・モンキー・ベイビー」などのヒット曲で注目を集め、リーゼントに革ジャンというスタイルで若者を熱狂させた。解散後は、ソロ歌手、俳優として活躍。2013年に肺がんが見つかり、治療を受けていた。

白石一郎写真

★ 白石 一郎 さん2004年 (平成16年) 9月20日 没 / 享年72歳詳細ページ

海洋時代小説の第一人者として知られ、1987年(昭和62年)に「海狼伝」で直木賞を受賞した。双子の息子、一文、文郎ともに作家として活動し、一文も直木賞受賞作家となった。肺炎のため入院先の福岡県久留米市内の病院で死去した。

白井義男写真

★ 白井 義男 さん2003年 (平成15年) 12月26日 没 / 享年80歳詳細ページ

プロボクシング日本人初の世界王坐を獲得し、戦後の国民に夢と感動を与えた。1952年(昭和27年)5月19日の世界フライ級タイトルマッチで勝利し、世界王座を奪取した。肺炎のため入院先の神奈川県川崎市内の病院で死去した。

白川澄子写真

★ 白川 澄子 さん2015年(平成27年)11月25日 没 / 享年80歳詳細ページ

東京都出身。1969年のフジテレビ系アニメ「サザエさん」放送開始当初からカツオの友達「中島くん」役を担当。テレビ朝日系の「ドラえもん」でも、優等生「出木杉(できすぎ)」の声を2005年まで務めた。ほかに「巨人の星」、「ひみつのアッコちゃん」、「オバケのQ太郎」などにも出演した。

白川由美写真

★ 白川 由美 さん2016年(平成28年)6月14日 没 / 享年79歳詳細ページ

1956年、東宝に入社し、映画「ならず者」でデビュー。清楚、知的な美貌から広い人気を博した。1964年に二谷英明と結婚。おしどり夫婦として、JRのフルムーンパスのイメージカップルを務めた。大ヒットしたドラマ「家政婦のミタ」では晴海所長を好演。幅広く活躍して多くのファンから愛された。

シルビア写真

★ シルビア さん2010年 (平成22年) 11月28日 没 / 享年52歳詳細ページ

1979年(昭和54年)に老舗バンド「ロス・インディオス」に女性ボーカリストとして参加した。デュエット曲「別れても好きな人」が大ヒットを飛ばし、レコード大賞でロング・セラー賞を受賞した。肺がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

白山雅一写真

★ 白山 雅一 さん2011年 (平成23年) 9月20日 没 / 享年87歳詳細ページ

終戦直後から舞台やラジオなどで活躍し、歌謡声帯模写の「最後の名人」といわれた。東京都江東区内の自宅アパートで布団の上に倒れているのが発見された。警視庁城東署は事件性はないと判断。熱中症の可能性があるという。

城山三郎写真

★ 城山 三郎 さん2007年 (平成19年) 3月22日 没 / 享年79歳詳細ページ

1959年(昭和34年)に企業悪を暴いた著書「総会屋錦城」で第40回直木賞を受賞した。企業の内幕と人間模様を描き、経済小説の開拓者として経済小説ブームを担った。 間質性肺炎のため入院先の神奈川県茅ケ崎市内の病院で死去した。

新藤兼人写真

★ 新藤 兼人 さん2012年 (平成24年) 5月29日 没 / 享年100歳詳細ページ

日本映画界の現役最長老監督で、2002年(平成14年)に文化勲章を受章した。「原爆の子」や「裸の島」など多くの社会派の作品で、国際的に高い評価を受けた。1978年に愛人で同志だった女優の乙羽信子と入籍した。老衰のため東京都港区内の自宅で死去した。

新橋喜代三写真

★ 新橋 喜代三 さん1963年 (昭和38年) 3月23日 没 / 享年59歳詳細ページ

昭和初期から中期に活躍し 元芸者歌手として人気を博した。1934年(昭和9年)に「鹿児島小原良節」が大ヒット。翌年には「明治一代女」もヒットしブームとなった。作曲家の中山晋平の再婚相手としても知られた。胆管がんのため死去した。

菅原文太写真

★ 菅原 文太 さん2014年 (平成26年) 11月28日 没 / 享年81歳詳細ページ

1958年(昭和33年)、新東宝にスカウトされて映画俳優として本格デビュー。映画「仁義なき戦い」や「トラック野郎」などのシリーズが大ヒット。渋い語り口と温かみある演技で愛され、国民的な人気俳優として注目を集めた。2012年に俳優業引退を宣言。山梨県で有機農業に取り組んでいたという。

杉浦忠写真

★ 杉浦 忠 さん2001年 (平成13年) 11月11日 没 / 享年66歳詳細ページ

元プロ野球選手で サイドスローの名投手として名を馳せた。1958年(昭和33年)に南海ホークスに入団。打者を手玉に取り、1年目に27勝を挙げて新人王を獲得した。急性心筋梗塞のため大阪ロマンズの遠征で宿泊していた札幌市内のホテルで死去した。

杉浦直樹写真

★ 杉浦 直樹 さん2011年 (平成23年) 9月21日 没 / 享年79歳詳細ページ

向田邦子原作「父の詫び状」など、テレビドラマ史に残る名作に数多く出演し好演した。先月、肺がんが見つかり、余命2カ月の診断を受けて入院治療を続けていた。今月1日に希望して退院、東京都目黒区の自宅で肺がんのため死去した。

杉浦日向子写真

★ 杉浦 日向子 さん2005年 (平成17年)0 7月22日 没 / 享年46歳詳細ページ

江戸文化の研究家として知られ、漫画家、エッセイスト、小説家としても活躍した。NHK「コメディー お江戸でござる」で 江戸風俗を解説し、約9年にわたり担当していた。下咽頭癌(か いんとう がん)のため入院先の千葉県柏市内の病院で死去した。

杉浦正雄写真

★ 杉浦 正雄 さん2009年 (平成21年) 10月19日 没 / 享年85歳詳細ページ

江戸時代から続く「矢切の渡し」の伝統を三代目船頭として受け継ぎ務めた。映画「男はつらいよ」の舞台となり映画にも出演し、同名の歌謡曲「矢切の渡し」が話題になった。1999年松戸市民栄誉賞を受賞した。老衰のため死去した。

杉岡華邨写真

★ 杉岡 華邨 さん2012年 (平成24年) 3月3日 没 / 享年98歳詳細ページ

平安時代の「かな」の研究を続け、格調高い独自の書風を確立した書家であった。かな書の第一人者として、1978年(昭和53年)に「酒徳」で日展文部大臣賞。2000年(平成12年)に文化勲章を受章した。心不全のため入院先の奈良市の県立奈良病院で死去した。

杉原輝雄写真

★ 杉原 輝雄 さん2011年 (平成23年) 12月28日 没 / 享年74歳詳細ページ

プロゴルファーとして約50年にわたって現役を続け、日本プロゴルフ界のドンと称された。前立腺癌を患いながらも手術を拒否し、投薬治療を選択、ツアーを転戦し続けていた。前立腺がんのため大阪府茨木市の自宅で死去した。

杉村春子写真

★ 杉村 春子 さん1997年(平成9年)4月4日 没 / 享年91歳詳細ページ

劇団「文学座」の創設に参加し、日本を代表する女優として文化功労者に選ばれた。1995年に文化勲章候補にあがったが「私には大き過ぎる」と辞退し話題になった。今年1月、ドラマ収録中に体調を崩し入院。その後、すい臓がんのため死去した。

杉本章子写真

★ 杉本 章子 さん2015年(平成27年)12月4日 没 / 享年62歳詳細ページ

福岡県八女市生まれ。1980年(昭和55年)、「男の軌跡」で作家デビュー。1989年(平成元年)、江戸から明治に生きた絵師 小林清親の半生を描いた「東京新大橋雨中図」で九州在住の女性作家としては初の直木賞を受賞した。今年刊行した「起き姫 口入れ屋のおんな」が最後の著作になった。

杉本苑子写真

★ 杉本 苑子 さん2017年(平成29年)5月31日 没 / 享年91歳詳細ページ

文化学院卒業後、吉川英治に師事。1963年(昭和38年)に「孤愁の岸」で第48回直木賞を受賞した。1978年、「滝沢馬琴」で吉川英治文学賞。1986年、「穢土荘厳」で女流文学賞。他の作品に「春日局」「埋み火」「マダム貞奴」「悲華 水滸伝」など。2002年(平成14年)、文化勲章綬章。

鈴木善幸写真

★ 鈴木 善幸 さん2004年 (平成16年) 7月19日 没 / 享年93歳詳細ページ

1947年、第23回衆議院議員総選挙に出馬し、初当選を果たした。1980年(昭和55年)、大平首相の急逝を受け、第70代内閣総理大臣に就任。「和の政治」を掲げて党内融和に尽くした。肺炎のため入院先の東京都新宿区の国立国際医療センターで死去した。

鈴木その子写真

★ 鈴木 その子 さん2000年(平成12年)12月5日 没 / 享年68歳詳細ページ

白塗りした仮面のような顔を照明で照らす演出で、美白ブームを巻き起こした。美白の女王と呼ばれ、著書「やせたい人は食べなさい」はミリオンセラーとなった。昨年、腸閉塞発症を機に体調を崩し、11月末には風邪をこじらせ入院していた。

鈴木ヒロミツ写真

★ 鈴木 ヒロミツ さん2007年 (平成19年) 3月14日 没 / 享年60歳詳細ページ

ロックバンド「モップス」のメンバーとしてデビューし、近年は脇役としてドラマでも活躍していた。今年1月に肝細胞の末期がんの診断を受け、闘病生活を続けていた。没後、家族に宛てた手紙などをまとめた「余命三カ月のラブレター」が出版された。

鈴木光枝写真

★ 鈴木 光枝 さん2007年 (平成19年) 5月22日 没 / 享年88歳詳細ページ

劇団文化座創設メンバーの一人で、昭和、平成期を代表する新劇女優として知られた。晩年は、新劇界の重鎮として重きをなし、1991年(平成3年)には勲四等宝冠章を受勲した。老衰による心不全のため入院先の千葉県柏市内の病院で死去した。

須田開代子写真

★ 須田 開代子 さん1995年(平成7年)11月20日 没 / 享年57歳詳細ページ

1969年(昭和44年)、プロとなり日本国内初の女子プロボウラーとして人気を集めた。同期の中山律子や並木恵美子と共に、高度成長期を背景にボウリングブームを支えた。心不全のため療養先のアメリカバージニア州内の病院で死去した。

すまけい写真

★ すまけい さん2013年(平成25年)12月7日 没 / 享年78歳詳細ページ

1960年代に新宿の小劇場で伝説的な翻訳劇の舞台を手掛け「アングラの帝王」と呼ばれた。映画「男はつらいよ」シリーズや、舞台「父と暮せば」などで活躍し独特の存在感で知られた。1999年(平成11年)に膀胱癌、2001年には脳梗塞を患い、晩年は病気と闘い続けながら活動を続けていた。

純恋 (すみれ) 写真

★ 純 恋 (すみれ) さん2009年 (平成21年) 6月11日 没 / 享年21歳詳細ページ

ファッションモデルとして「小悪魔ageha」に登場し、人気モデルとして注目を集めた。連絡が途絶えたため事務所関係者が自宅マンションを訪れ、死亡しているのが発見された。自身の公式ブログで たびたび頭痛を訴えていたという。死因は脳出血であった。

瀬戸わんや写真

★ 瀬戸 わんや さん1993年(平成5年)2月10日 没 / 享年66歳詳細ページ

1952年(昭和27年)兄弟弟子同士で「てんや・わんや」として漫才コンビを結成した。若手漫才コンクールや、NHK新人漫才コンクールで優勝し、人気漫才師として人気を博した。1987年に持病の糖尿病が悪化し活動を休止していた。脳梗塞のため死去した。

世良譲写真

★ 世良 譲 さん2004年 (平成16年) 2月17日 没 / 享年71歳詳細ページ

ジャズピアニストとして、歌心あふれるピアノ演奏と巧みな話術でファンを魅了した。豊富なレパートリーで ライブや、テレビ、ラジオの音楽番組、CMなどで活躍した。近年は、胃がんが見つかり入退院を繰り返していた。多臓器不全のため死去した。

千石正一写真

★ 千石 正一 さん2012年 (平成24年) 2月7日 没 / 享年62歳詳細ページ

動物学者で テレビ番組「どうぶつ奇想天外!」 や、「わくわく動物ランド」の出演で有名となった。自然環境研究センター研究主幹などを務め、千石先生の愛称で呼ばれで親しまれた。食道がんのため入院先の千葉県松戸市内の病院で死去した。

左右田一平写真

★ 左右田 一平 さん2012年 (平成24年) 2月10日 没 / 享年81歳詳細ページ

1956年(昭和31年)に「真昼の暗黒」で映画デビュー。映画「お葬式」などの脇役として活躍した。テレビドラマでは「新選組血風録」や「燃えよ剣」などで味のある演技で人気を博した。S状結腸がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

園佳也子写真

★ 園 佳也子 さん2010年 (平成22年) 7月27日 没 / 享年80歳詳細ページ

テレビ草創期から女優として活躍し、多方面にわたり名脇役として人気を博した。東京都世田谷区内の自宅浴室で倒れているところを訪れた姪に発見された。一人暮らしの園さんの様子を見に定期的に訪れていたという。死因は心不全とされた。

園田天光光写真

★ 園田 天光光 さん2015年(平成27年)1月29日 没 / 享年96歳詳細ページ

1946年(昭和21年)、婦人参政権実現後初の衆院選に出馬し、女性国会議員の一人として当選し、衆院議員を3期務めた。1949年、故園田直元外相(1984年没)との恋愛が発覚(その後結婚)、白亜の恋としてマスコミを賑わせた。日本・ラテンアメリカ婦人協会名誉会長など多数の団体の役員を務めた。

園山」俊二写真

★ 園山 俊二 さん1993年(平成5年)1月20日 没 / 享年58歳詳細ページ

漫画「ギャートルズ」など、ほのぼのとした日常を描くユーモア漫画は、広い読者層から支持された。代表作に「がんばれゴンベ」や「はじめ人間ゴン」「ギャートルズ」などがある。文藝春秋漫画賞、日本漫画家協会賞特別賞受賞した。肝不全のため死去した。

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