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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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太地喜和子写真

★ 太地 喜和子 さん1992年 (平成4年) 10月13日 没 / 享年48歳詳細ページ

1968年に「藪の中の黒猫」に抜擢され、全裸もいとわぬ熱演で注目を集め、一躍有名になった。舞台では「欲望という名の電車」や「近松心中物語」など実力派女優として活躍した。スナックで飲酒後、店のママの運転する車が桟橋から海に転落、事故死した。

大平シロー写真

★ 大平 シロー さん2012年 (平成24年) 2月9日 没 / 享年55歳詳細ページ

大平サブローとともに「大平サブロー・シロー」として、松竹芸能所属の漫才コンビとしてデビュー。4日昼ごろ、大阪市内の事務所で倒れ、心肺停止状態のまま緊急搬送された。その後、意識不明の状態が続いていた。死因は「難治性心室細動」とされている

大鵬幸喜写真

★ 大鵬 幸喜 さん2013年 (平成25年) 1月19日 没 / 享年72歳詳細ページ

本名は納谷幸喜。現役当時、名横綱の柏戸とともに「柏鵬時代」と呼ばれる黄金期を築き、史上最多の幕内優勝32回を記録した。「巨人、大鵬、卵焼き」の流行語まで生まれるほどの人気を誇った。心室頻拍のため東京都内の病院で死去した。

大豊泰昭写真

★ 大豊 泰昭 さん2015年(平成27年)1月18日 没 / 享年51歳詳細ページ

本名は陳大豊(チェン・ダーフォン)。1984年(昭和59年)に来日し名商大に進学。卒業後、中日球団職員として1年間在籍後、1988年、中日に入団。交換トレードで阪神移籍を経て、2001年に中日に復帰。2002年(平成14年)に現役を引退した。現役時代は左投げ左打ちの内外野手として活躍した。

大松博文写真

★ 大松 博文 さん1978年(昭和53年)11月24日 没 / 享年57歳詳細ページ

日紡貝塚女子バレーボール監督として、回転レシーブなど猛烈な訓練で「鬼の大松」と呼ばれた。1964年(昭和39年)の東京オリンピックで優勝に導き、女子選手たちは「東洋の魔女」と称された。心筋梗塞のため岡山県井原市の井原病院で死去した。

平良とみ写真

★ 平良 とみ さん2015年(平成27年)12月6日 没 / 享年87歳詳細ページ

沖縄県那覇市出身。劇団「ときわ座」などを経て、1982年(昭和57年)に夫の俳優 平良進と劇団綾船を結成。沖縄芝居を中心に活動する一方、2001年(平成13年)に出演したNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」で演じた「おばぁ」役で全国的な人気を得た。2014年に旭日双光章を受章した。

高井有一写真

★ 高井 有一 さん2016年(平成28年)10月26日 没 / 享年84歳詳細ページ

東京都生まれ。早稲田大学卒業後、共同通信社文化部記者として勤務する傍ら、文筆活動を続けた。1966年(昭和41年)、「北の河」で第54回芥川賞を受賞。個人の内面を見つめる「内向の世代」の一人として活躍した。主な作品に「時の潮」「夜の蟻」「高らかな挽歌」「この国の空」などがある。

高木東六写真

★ 高木 東六 さん2006年 (平成18年) 8月25日 没 / 享年106歳詳細ページ

「水色のワルツ」や「空の神兵」などのヒット曲で知られた戦後を代表する最長老格の作曲家であった。歌謡曲からクラシックまで幅広く手がけ、TBS系「家族そろって歌合戦」の審査員としても お茶の間に親しまれた。肺炎のため埼玉県内の病院で死去した。

高木均写真

★ 高木 均 さん2004年 (平成16年) 2月11日 没 / 享年78歳詳細ページ

演劇活動のほか、声優としても活躍し ムーミンパパの声などで知られ親しまれた。文学座などの舞台や映画に出演し「となりのトトロ」のトトロなど温厚なキャラクターでもお馴染みの声優であった。虚血性心不全のため東京都内の自宅で死去した。

高倉健写真

★ 高倉 健 さん2014年 (平成26年) 11月10日 没 / 享年83歳詳細ページ

東映のニューフェイスとして、1956年(昭和31年)にデビュー。その後、「網走番外地」シリーズなどの任侠路線のスターとして爆発的な人気を集めた。独立後、「幸福の黄色いハンカチ」で刑務所帰りの男を演じ、国内のさまざまな映画賞で主演男優賞を受賞。2013年、文化勲章を受章。

高杉早苗写真

★ 高杉 早苗 さん1995年 (平成7年) 11月26日 没 / 享年77歳詳細ページ

1934年(昭和9年)ミスコンテストで3位に入賞し、その美貌を見込まれスカウをされて松竹に入社した。同年、「隣の八重ちゃん」で映画デビューを果たし 一躍人気女優として注目を集めた。心筋梗塞のため入院先の東京都内の病院で死去した。

高田浩吉写真

★ 高田 浩吉 さん1998年 (平成10年) 5月19日 没 / 享年86歳詳細ページ

歌う映画スター第1号といわれ、松竹を代表する時代劇スターとして人気を誇った。1935年に「大江戸出世小唄」で歌手デビュー。同名の映画、主題歌共に評判になった。次女に女優の高田美和がいる。 肺炎のため入院先の京都府北区内の病院で死去した。

高田渡写真

★ 高田 渡 さん2005年 (平成17年) 4月16日 没 / 享年56歳詳細ページ

フォークシンガー の草分け的存在として知られ「自衛隊に入ろう」などの曲で注目された。今月3日に公演先の北海道釧路市でのライブ終了後に倒れ 救急搬送されていた。数日前に脊髄の病いで難病指定を受けたことを明かにしていた。 心不全のため死去した。

元大関 貴ノ花写真

★ 元大関 貴ノ花 さん2005年 (平成17年) 5月30日 没 / 享年55歳詳細ページ

大相撲の大関貴ノ花として数々の名勝負でファンを魅了し、屈指の人気を誇った。1981年に引退後は2人の横綱を育てた角界の大功労者として知られた。口腔底癌(こうくうていがん)のため入院先の東京都文京区内の順天堂医院で死去した。

高橋悦史写真

★ 高橋 悦史 さん1996年(平成8年)5月19日 没 / 享年60歳詳細ページ

岡本喜八監督作品に多く出演し、性格俳優として欠くべからざる存在として注目を浴びた。1969年(昭和44年)に映画「日本のいちばん長い日」で 映画テレビ制作者協会新人賞を受賞した。膵臓癌(すいぞう がん)のため宇都宮市内の病院で死去した。

高橋治写真

★ 高橋 治 さん2015年(平成27年)6月13日 没 / 享年86歳詳細ページ

1984年(昭和59年)、釣師の世界を描いた「秘伝」で第90回直木賞を受賞。また、富山県の伝統行事、「おわら風の盆」を舞台に、男女の恋をテーマにした小説「風の盆恋歌」が話題となるなど、幅広いテーマの作品で注目を集めた。石川県に「白山麓僻村塾」を開くなど行動派の作家としても知られた。

高橋圭三写真

★ 高橋 圭三 さん2002年 (平成14年) 4月11日 没 / 享年83歳詳細ページ

第1回NHK紅白歌合戦の白組司会に抜擢され、以後、9回連続で担当した。「事実は小説よりも奇なり・・・」のセリフで始まる「私の秘密」の初代司会者としても人気を集めた。腎不全のため入院先の東京都世田谷区内の病院で死去した。

高橋昌也写真

★ 高橋 昌也 さん2014年 (平成26年) 1月16日 没 / 享年83歳詳細ページ

1953年(昭和28年)、劇団俳優座公演「襤褸と宝石」で主役として初舞台を踏んだ。翌年に小沢昭一らと劇団新人会設立に参加。演劇界若手のホープとしてその名を響かせた。その後、劇団四季、文学座、雲を経て、1975年に演劇集団 円の設立に参加。俳優、演出家として幅広く活躍した。

高松英郎写真

★ 高松 英郎 さん2007年 (平成19年) 2月26日 没 / 享年77歳詳細ページ

映画やテレビドラマで個性的な脇役を好演し、演技派俳優として人気を博した。1969年(昭和44年)に放送が始まった国民的人気番組「柔道一直線」では車周作を演じ注目された。心筋梗塞(しんきんこうそく)のため神奈川県内の自宅で死去した。

高円宮憲仁親王写真

★ 高円宮憲仁親王殿下2002年(平成14年)11月21日 没 / 享年47歳詳細ページ

三笠宮崇仁親王と同妃百合子の三男として誕生。昭和天皇の甥、今上天皇の従弟にあたる。スポーツ、特にサッカーの振興・発展に尽力し、1987年(昭和62年)から日本サッカー協会の名誉総裁を務めた。 公務へ精力的に取り組まれ、壮年の皇族としての活動が期待されていた。

高見沢宏写真

★ 高見沢 宏 さん2011年 (平成23年) 1月7日 没 / 享年77歳詳細ページ

男性コーラスグループ「ダーク ダックス」のメンバーとして、パクさんの愛称で親しまれた。「ダーク ダックス」は長期にメンバーが変わらず活動するグループとして、ギネス世界記録に認定された。心不全のため神奈川県内の自宅で死去した。

高峰秀子写真

★ 高峰 秀子 さん2010年 (平成22年) 12月28日 没 / 享年86歳詳細ページ

戦前から子役として活躍し、昭和を代表する女優として数々の名作で活躍した。映画「カルメン故郷に帰る」や「二十四の瞳」などで主演を演じ、女優としての地位を確立した。昨年10月に体調を崩し、肺がんと診断され入院療養を続けていた。

高峰三枝子写真

★ 高峰 三枝子 さん1990年 (平成2年) 5月27日 没 / 享年71歳詳細ページ

映画「純情二重奏」など 多くの映画の主題歌を歌い、女優、歌手として長く人気を誇った。戦後も、「懐しのブルース」や「別れのタンゴ」「想い出のボレロ」などを 映画とともにヒットさせた。同年4月18日、東京都大田区田園調布の自宅で倒れ緊急入院していた。

宝井馬琴写真

★ 宝井 馬琴 さん2015年(平成27年)9月25日 没 / 享年80歳詳細ページ

1959年に五代目 宝井馬琴に入門。1987年(昭和62年)に六代目 馬琴を襲名。合戦の様子を描写する「軍談物」を得意とし、重厚で切れ味の鋭い「修羅場読み」で知られた。一方、映像や英語を使う新作などにも取り組み、講談の普及に尽力、講談協会会長も務めた。2008年に旭日小綬章を受章。

滝口順平写真

★ 滝口 順平 さん2011年 (平成23年) 8月29日 没 / 享年80歳詳細ページ

日本声優界の大御所の一人として活躍した。アニメ「ヤッターマン」やテレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」などで声優を務めた。また、テレビ番組「ぶらり途中下車の旅」では、計958回にわたり軽妙なナレーションで親しまれた。胃がんのため死去した。

滝田裕介写真

★ 滝田 裕介 さん2015年(平成27年)5月3日 没 / 享年84歳詳細ページ

1953年(昭和28年)に俳優座に入団し、俳優としてデビュー。1958年(昭和33年)から放送された、警視庁詰めの新聞記者たちの活躍を描いた、NHKのテレビドラマ「事件記者」の「伊那ちゃん」役で人気を集めた。その後、舞台を中心に活動する一方、味のある性格俳優として人気を博した。

宅間守 死刑囚写真

★ 宅間 守 死刑囚2004年 (平成16年) 9月14日 没 / 享年40歳詳細ページ

2001年(平成13年)6月8日、大阪教育大学附属池田小学校に凶器を持ち侵入。次々と同校の児童を襲撃し、児童8名が殺害され、児童13名、教諭2名に傷害を負わせる大惨事となった。2003年(平成15年)8月28日、大阪地方裁判所で死刑判決を受けた。

竹下登写真

★ 竹下 登 さん2000年 (平成12年) 6月19日 没 / 享年76歳詳細ページ

1987年(昭和62年)11月、第74代内閣総理大臣に就任した。2000年5月1日、本人不在のまま病床で録音されたテープによって政界引退が発表された。すい臓がんのため入院先の東京都港区の北里研究所病院で死去した。

竹田圭吾写真

★ 竹田 圭吾 さん2016年(平成28年)1月10日 没 / 享年51歳詳細ページ

2001年(平成13年)から2010年まで「ニューズウィーク日本版」の編集長を務めた。国際情勢や社会問題に詳しく、フジテレビ系「とくダネ!」や「Mr.サンデー」などのコメンテーターとして活躍。昨年秋「Mr.サンデー」に出演中にがんで闘病中であることを告白。その後も出演を続けていた。

竹久みち写真

★ 竹久 みち さん2009年 (平成21年) 7月24日 没 / 享年79歳詳細ページ

1982年の三越事件で商法の特別背任などの罪に問われ、実刑判決が確定した。「三越の女帝」として渦中の人となり、三越の岡田茂元社長と共謀したとして注目を集めた。今年、動脈瘤(りゅう)の手術を受けていた。心不全のため東京都内の病院で死去した。

竹脇無我写真

★ 竹脇 無我 さん2011年 (平成23年) 8月21日 没 / 享年67歳詳細ページ

クールな二枚目俳優として知られ 知的で優しい印象から「理想の夫ナンバーワン」にも選ばれた。21日未明、東京都内の自宅で倒れ意識不明のまま救急搬送されていた。小脳出血のため東京都大田区の東邦大学医療センター大森病院で死去した。

田子ノ浦 親方写真

★ 田子ノ浦 親方2012年 (平成24年) 2月13日 没 / 享年46歳詳細ページ

和歌山県新宮市出身。出羽海部屋所属の元大相撲力士 久島海(くしまうみ)として活躍した。東京都江東区の田子ノ浦部屋で突然、血を吐いて倒れ 救急搬送された。心肺停止状態で懸命の蘇生処置が行われたが、その後、死亡が確認された。

たこ八郎写真

★ たこ八郎 さん1985年 (昭和60年) 7月24日 没 / 享年44歳詳細ページ

「たっこで~す」という台詞と コミカルな風貌でお茶の間の人気者として活躍した。1962年(昭和37年)にプロボクシング日本フライ級チャンピオンを奪取。髪型から「河童の清作」と呼ばれた。飲酒後の海水浴による心臓マヒのため神奈川県の海水浴場で死去した。

太宰久雄写真

★ 太宰 久雄 さん1998年 (平成10年) 11月20日 没 / 享年74歳詳細ページ

映画「男はつらいよ」シリーズのタコ社長役で知られ、掛けあいの面白さが注目された。シリーズ全48作に出演。また、山田洋次作品の常連として多数の作品に出演した。胃がんのため入院先の東京都文京区の東大病院(旧:同病院分院)で死去した。

田崎潤写真

★ 田崎 潤 さん1985年(昭和60年)10月18日 没 / 享年72歳詳細ページ

頑固な親父役から凄みのある悪役まで幅広い役柄を演じ人気を博した。大ヒット作「明治天皇と日露大戦争」での東郷平八郎大将役などの好演で注目を集めた。クイズ・ゲーム番組「連想ゲーム」のレギュラー回答者としても知られた。肺がんのため死去した。

田島比呂子写真

★ 田島 比呂子 さん2014年 (平成26年) 1月19日 没 / 享年91歳詳細ページ

1936年(昭和11年)、高村樵耕に師事し友禅技法を習得。伝統技法に独自の工夫を加え、手描き友禅を芸術性豊かな現代の作品として完成させた。1999年(平成11年)、重要無形文化財「友禅」保持者に認定された。前立腺がんのため神奈川県藤沢市内の介護施設で死去した。

多田美波写真

★ 多田 美波 さん2014年 (平成26年) 3月20日 没 / 享年89歳詳細ページ

金属やアクリル、陶板などの素材を使った彫刻やレリーフなどを制作。外光を巧みに生かしたスケールの大きな立体造形の作品は高く評価された。また、ガラスを使った光の造形作品を数多く手がけ、皇居宮殿のシャンデリアや帝国ホテルロビーの壁面の作品などでも知られた。

多々良純写真

★ 多々良 純 さん2006年 (平成18年) 9月30日 没 / 享年89歳詳細ページ

「人間の条件」などの映画や劇団民芸の舞台で貴重な脇役俳優として広く親しまれた。1956年(昭和31年)に映画「鶴八鶴次郎」で第7回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞した。肺機能不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

立川清登写真

★ 立川 清登 さん1985年(昭和60年)12月31日 没 / 享年56歳詳細ページ

バリトン歌手として知られ、ミュージカル、ポピュラー、民謡と 幅広いレパートリーで注目を浴びた。声楽家団体「二期会」の中心歌手として多くのオペラに出演。テレビの司会などでも活躍した。年末ディナーショー出演中に脳溢血で倒れ死去した。

橘家圓蔵写真

★ 橘家 圓蔵 さん2015年(平成27年)10月7日 没 / 享年81歳詳細ページ

本名は大山武雄。1952年(昭和27年)に七代目橘家圓蔵に入門。1965年に真打ちに昇進して五代目の月の家圓鏡(えんきょう)を襲名。1982年(昭和57年)に八代目円蔵を襲名した。高座だけでなくテレビやラジオ、焼き肉のたれのコマーシャルなどで活躍。「ヨイショの圓鏡」と呼ばれ人気を博した。

辰巳柳太郎写真

★ 辰巳 柳太郎 さん1989年 (平成元年) 7月29日 没 / 享年84歳詳細ページ

1927年(昭和2年)、人気役者 沢田正二郎に憧れ、劇団 新国劇 へ入団。「大菩薩峠」の机龍之介や「宮本武蔵」の武蔵、「無法松の一生」の富島松五郎、「王将」の坂田三吉などの主人公を豪放磊落(ごうほうらいらく)に演じきり一躍人気を博し、島田正吾とともに二本柱として新国劇の隆盛につくした。

たてかべ和也写真

★ たてかべ 和也 さん2015年(平成27年)6月18日 没 / 享年80歳詳細ページ

日本大学芸術学部卒業後、声優の仕事を始めた。テレビ朝日系「ドラえもん」では、ジャイアンの声を26年間担当してきたが、2005年3月をもって降板。ほかに、「ど根性ガエル」の「五利良イモ太郎」や、「ヤッターマン」の「トンズラー」など、個性的などこか憎めない演技で人気を博した。

立川談志写真

★ 立川 談志 さん2011年 (平成23年) 11月21日 没 / 享年75歳詳細ページ

歯に衣(きぬ)着せぬ毒舌で注目を集めた人気の落語家で、参議院議員も務めた。1997年(平成9年)に食道癌を告白し、手術を受け復帰したものの、昨年には喉頭癌が再発していた。喉頭がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

立松和平写真

★ 立松 和平 さん2010年 (平成22年) 2月8日 没 / 享年62歳詳細ページ

1980年(昭和55年)に「遠雷」で野間文芸新人賞を受賞し、作品は映画化された。約2週間前に かい離性動脈瘤破裂と診断され 緊急手術を受けて入院していた。多臓器不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

田中角栄写真

★ 田中 角栄 さん1993年 (平成5年) 12月16日 没 / 享年75歳詳細ページ

1972年(昭和47年)7月6日、第1次田中内閣が成立。第64代内閣総理大臣に就任した。「コンピュータ付きブルドーザー」と形容される知識量と実行力で知られた。1985年(昭和60年)2月に脳梗塞で倒れ、その後、次期総選挙への不出馬を発表していた。

田中絹代写真

★ 田中 絹代 さん1977年(昭和52年)3月21日 没 / 享年67歳詳細ページ

日本映画史を代表する大女優の一人で、上原謙と共演した「愛染かつら」は空前の大ヒットとなった。17歳で主演女優に抜擢され、生涯に約250本の映画に出演し国民的女優として人気を誇った。肺がんの転移による脳腫瘍のため死去した。

田中小実昌写真

★ 田中 小実昌 さん2000年 (平成12年) 2月26日 没 / 享年75歳詳細ページ

1979年(昭和54年)、小説「ミミのこと」「浪曲師朝日丸の話」の2作品で第81回直木賞を受賞した。半円形の帽子に サンダル履きというラフな格好で「コミさん」の愛称で親しまれた。滞在先のアメリカ・ロサンゼルスで心臓発作による肺炎のため死去した。

田中聖二写真

★ 田中 聖二 さん2005年 (平成17年) 4月15日 没 / 享年28歳詳細ページ

2004年(平成16年)11月27日、日本スーパーフライ級王座に初挑戦し王座を獲得した。今月3日、TKO負けを喫した試合終了後、控え室で意識を失い緊急搬送されていた。急性硬膜下血腫と診断され、7日に開頭手術を受けていた。

田中実写真

★ 田中 実 さん2011年 (平成23年) 4月25日 没 / 享年44歳詳細ページ

無名塾に入塾後、1987年(昭和62年)に刑事ドラマ「ジャングル」の若手刑事役でデビューした。1990年にはNHK連続テレビ小説「凛凛と」で主人公の畠山幸吉を演じて注目を集めた。東京都大田区内の自宅マンションで、首を吊っているところを発見された。

田中好子写真

★ 田中 好子 さん2011年 (平成23年) 4月21日 没 / 享年55歳詳細ページ

アイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで「スーちゃん」の愛称で親しまれた。1992年(平成4年)に乳がんを発症し、今年2月には肺や肝臓への転移が見つかっていた。乳がんのため東京都港区内の国際医療福祉大学三田病院で死去した。

田辺一鶴写真

★ 田辺 一鶴 さん2009年 (平成21年) 12月22日 没 / 享年80歳詳細ページ

威勢よく扇を打ち鳴らすスタイルと トレードマークの長いヒゲで「ヒゲの一鶴」と呼ばれ親しまれた。人気の講談師として時事問題やスポーツのネタの講談で人気を博した。肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

田鍋友時写真

★ 田鍋 友時 さん2009年 (平成21年) 6月19日 没 / 享年113歳詳細ページ

1895年(明治28年)9月18日、宮崎県に生まれた。2006年6月12日に日本最高齢男性に認定された。2007年6月には世界最高齢の男性としてギネスブックに認定された。慢性心不全のため宮崎県都城市の自宅で死去した。満年齢113歳であった。

高松宮妃 喜久子さま写真

★ 高松宮妃 喜久子 さま2004年 (平成16年) 12月18日 没 / 享年92歳詳細ページ

1930年(昭和4年)高松宮宣仁親王と結婚。15代将軍徳川慶喜の孫にあたる。2月に乳がんの摘出手術を受けていた。敗血症のため入院先の聖路加国際病院で死去した。宣仁親王との間に子供はなく、有栖川宮ともども 系統が途絶えることとなった。

谷垣佳子写真

★ 谷垣 佳子 さん2011年(平成23年)6月13日 没 / 享年66歳詳細ページ

自民党の谷垣禎一総裁の夫人として、初当選以来30年近く代議士生活を支えた。2006年(平成18年)のワールドカップには 揃って応援に赴くなど、おしどり夫婦ぶりも見せた。入院先の東京都内の病院で死去した。病名などは明らかにされていない。

谷幹一写真

★ 谷 幹一 さん2007年 (平成19年) 6月25日 没 / 享年74歳詳細ページ

1958年(昭和33年 )に「月光仮面」で2代目五郎八役を好演した。その後、名脇役として活躍した。東京、赤坂の自宅でプロ野球巨人戦を観戦中に倒れ 意識不明のまま救急搬送されていた。脳出血のため搬送先の東京都新宿区内の病院で死去した。

谷口ジロー写真

★ 谷口 ジロー さん2017年(平成29年)2月11日 没 / 享年69歳詳細ページ

鳥取県鳥取市出身。1971年(昭和46年)に「嗄(か)れた部屋」でデビュー。作家の関川夏央さんとともに手がけた「『坊っちゃん』の時代」は、1998年に第2回手塚治虫文化賞のマンガ大賞を受賞。また、フランスの芸術文化勲章シュバリエを受章するなど、欧州を中心に海外でも高く評価された。

谷口千吉写真

★ 谷口 千吉 さん2007年 (平成19年) 10月29日 没 / 享年95歳詳細ページ

「芸術の黒澤、娯楽の谷口」と謳われ、東宝ではアクション路線で注目を集めた。1970年、映画監督として日本万博公式記録映画の総監督を務めた。女優の八千草薫さんの夫として知られた。誤嚥(ごえん)性肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

谷 啓写真

★ 谷 啓 さん2010年 (平成22年) 9月11日 没 / 享年78歳詳細ページ

「ガチョーン」などの流行語で知られ、クレージーキャッツのメンバーとして活躍した。同月10日、東京都三鷹市内の自宅階段で転倒し、顔面を強打して救急搬送されていた。脳挫傷のため搬送先の東京都三鷹市内の杏林大病院で死去した。

谷崎潤一郎写真

★ 谷崎 潤一郎 さん1965年 (昭和40年) 7月30日 没 / 享年79歳詳細ページ

豊潤な官能美と陰影ある古典美の世界を展開して 文壇の最高峰を歩みつづけた。「痴人の愛」や「細雪」など 情痴や時代風俗などをテーマに男女の関係を描き続けた。腎不全に伴う心不全のため神奈川県湯河原町の湘碧山房で死去した。

谷沢永一写真

★ 谷沢 永一 さん2011年(平成23年)03月08日 没 / 享年81歳詳細ページ

関西大学名誉教授で 保守派の論客として、また、近代文学研究者として知られた。バラエティー番組「おもしろサンデー」のコメンテーターとしても長年親しまれた。心不全のため入院先の兵庫県伊丹市内の病院で死去した。

田の中勇写真

★ 田の中 勇 さん2010年 (平成22年) 1月13日 没 / 享年77歳詳細ページ

個性的な声質で、アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の「目玉おやじ」役の声優で知られた。「目玉おやじ」役は、1968年(昭和43年)の第1期シリーズから一貫して担当した。心筋梗塞のため東京都世田谷区の自宅で亡くなっているのを家族によって発見された。

田端義夫死去

★ 田端 義夫 さん2013年 (平成25年) 4月25日 没 / 享年94歳詳細ページ

「オッス」という威勢のいい挨拶と ギターを抱えた独特のスタイルで人気を集め、「バタヤン」の愛称で親しまれた。1939年(昭和14年)、「島の船唄」でデビュー。その後、「大利根月夜」や「別れ船」などのヒット曲を連発した。肺炎のため東京都内の病院で死去した。

田原節子写真

★ 田原 節子 さん2004年 (平成16年) 8月13日 没 / 享年67歳詳細ページ

日本テレビの元アナウンサーで、ジャーナリストの田原総一朗さんの妻として知られた。1998年(平成10年)10月に炎症性乳がんを発症し、その後、再発転移を繰り返し 治療を続けていた。その間も医療や女性問題などに関する執筆講演活動を活発に行っていた。

玉置宏写真

★ 玉置 宏 さん2010年 (平成22年) 2月11日 没 / 享年76歳詳細ページ

「ロッテ歌のアルバム」の司会などで活躍し、「1週間のごぶさたでございました」の名調子で知られた。今月4日の仕事を体調不良を理由に降板し緊急入院をしていた。脳幹出血のため入院先の神奈川県内の病院で死去した。

玉川福太郎写真

★ 玉川 福太郎 さん2007年 (平成19年) 5月23日 没 / 享年61歳詳細ページ

1974年(昭和49年)、NHK浪曲新人コンクールで優勝し、同年2代目玉川福太郎を襲名した。1990年には文化庁芸術祭賞を受賞し現役浪曲師として頂点の評価を得た。山形県酒田市の農道脇の水田に転落、田植え機の下敷きになり救急搬送されていた。

田宮五郎写真

★ 田宮 五郎 さん2014年 (平成26年) 11月6日 没 / 享年47歳詳細ページ

1978年に猟銃自殺した故田宮二郎さんの次男で、2006年に39歳で俳優デビュー。NHK大河ドラマ「功名が辻」に黒田長政役で出演し注目を集めた。2012年(平成24年)に、くも膜下出血で倒れ、一時は昏睡状態に陥ったが、リハビリができるまでに回復。復帰への意欲を見せていたという。

田宮二郎写真

★ 田宮 二郎 さん1978年 (昭和53年) 12月28日 没 / 享年43歳詳細ページ

クイズ番組「クイズタイムショック」の司会や「白い巨塔」の財前五郎役で知られた。東京都港区の自宅の寝室で、アメリカ製散弾銃のひきがねを足の指で引き自殺した。強度の躁鬱(そううつ)病を患い、誇大妄想的な異常言動があったといわれている。

田村高廣写真

★ 田村 高廣 さん2006年 (平成18年) 5月16日 没 / 享年77歳詳細ページ

田村三兄弟の長兄で演技派の俳優として活躍した。父親は時代劇スターの阪東妻三郎である。1991年(平成3年)に紫綬褒章を授章。1999年には勲四等旭日小綬章を受勲した。14日に東京都世田谷区の自宅で脳梗塞で倒れ救急搬送されていた。

田村元写真

★ 田村 元 さん2014年 (平成26年) 11月1日 没 / 享年90歳詳細ページ

1955年(昭和30年)、第27回衆議院議員総選挙に立候補し、当時、最年少の30歳で当選。1972年(昭和47年)には、第1次田中内閣の労働大臣として初入閣し、1989年(平成元年)に第66代衆議院議長に就任。自民党旧田中派の実力者の1人として知られ「タムゲン」の愛称で親しまれた。

團伊玖磨写真

★ 團 伊玖磨 さん2001年 (平成13年) 5月17日 没 / 享年77歳詳細ページ

日本を代表するクラシック音楽の作曲家のひとりで、オペラ、交響曲、歌曲などのクラシック音楽のほか、童謡、映画音楽、放送音楽など幅広いジャンルを手がけた。日中文化交流協会の代表団団長として中国を訪れていたが、心不全のため中国江蘇省の蘇州市第二人民病院で死去した。

ダン池田写真

★ ダン池田 さん2007年 (平成19年) 12月25日 没 / 享年64歳詳細ページ

人気のバンドマスターとして NHK「紅白歌合戦」などのバックバンドを指揮した。1969年(昭和44年)に「ダン池田とニューブリード」を結成し「夜のヒットスタジオ」などで活躍した。呼吸不全のため入院先の東京都品川区内の病院で死去した。

檀一雄写真

★ 檀 一雄 さん1976年 (昭和51年) 1月2日 没 / 享年63歳詳細ページ

小説「リツ子・その愛」や「火宅の人」などの作品で無頼派の作家として知られた。1951年(昭和26年)、「長恨歌」「真説石川五右衛門」の2作で直木賞を受賞した。悪性肺がんのため入院先の福岡県福岡市の九州大学病院で死去した。

団鬼六写真

★ 団 鬼六 さん2011年 (平成23年) 5月6日 没 / 享年79歳詳細ページ

「花と蛇」などで知られるSM小説家で、官能小説の第一人者として知られた。「鬼プロ」を設立後、ピンク映画を製作するとともに、篠山紀信と共にSM写真集の出版なども手がけた。胸部食道がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

丹下キヨ子写真

★ 丹下 キヨ子 さん1998年 (平成10年) 5月4日 没 / 享年78歳詳細ページ

日劇ダンシングチームを経て、戦後の芸能界で「大あねご」として人気を集めた。1952年(昭和27年)にはNHK紅白歌合戦の紅組司会者を務め、コミカルな演技で活躍した。持病の糖尿病が悪化し、晩年は人工透析を受けていた。心不全のため死去した。

丹下健三写真

★ 丹下 健三 さん2005年 (平成17年) 3月22日 没 / 享年91歳詳細ページ

日本の建築界をリードする建築家の一人として「世界の丹下」と称され評価された。1994年(平成6年)には勲一等瑞宝章を受章。そのほか、建築学会賞、文化功労賞、プリツカー賞など多くの賞を受賞した。心不全のため東京都港区内の自宅で死去した。

丹波哲郎写真

★ 丹波 哲郎 さん2006年 (平成18年) 9月24日 没 / 享年84歳詳細ページ

英国映画「007は二度死ぬ」などにも出演し、国際派スターとしても注目を浴びた。晩年の研究分野であった「死後の世界」を描いた映画を製作し話題となった。近年は、激痩せした姿に健康が懸念されていた。肺炎のため三鷹市内の病院で死去した。

団令子写真

★ 団 令子 さん2003年 (平成15) 11月24日 没 / 享年68歳詳細ページ

東宝の看板女優の一人として 若大将シリーズなど東宝の青春映画で活躍した。コミカルな役柄からクールな悪女役まで 幅広くこなす演技力は高く評価された。心不全のため入院先の東京都三鷹市内の病院で死去した。

千秋実写真

★ 千秋 実 さん1999年 (平成11年) 11月01日 没 / 享年82歳詳細ページ

黒沢明監督の名作「七人の侍」や「隠し砦の三悪人」などに出演し人気を博した。1949年(昭和24年)に「野良犬」で映画初出演。 以後、11作品の黒澤作品に出演し好演した。10月26日に風邪をこじらせ、緊急入院していた。急性心肺不全のため死去した。

地井武男写真

★ 地井 武男 さん2012年 (平成24年) 6月29日 没 / 享年70歳詳細ページ

テレビドラマ「太陽にほえろ」や「北の国から」などで好演し、渋い名脇役として活躍した。「チイチイ」の愛称で親しまれ、おちゃめな素顔は若者からの人気も高かった。心不全のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

筑紫哲也写真

★ 筑紫 哲也 さん2008年 (平成20年) 11月07日 没 / 享年73歳詳細ページ

「筑紫哲也 NEWS 23」のメインキャスターを務め、特に番組内の「多事争論」は人気を集めた。キャスターの久米宏と並び、民放ニュースキャスターの顔として広く認知された。前年5月に「筑紫哲也NEWS 23」で初期の肺がんを告白、治療を続けていた。

茶川一郎写真

★ 茶川 一郎 さん2000年 (平成12年) 11月9日 没 / 享年73歳詳細ページ

コメディ番組「やりくりアパート」で注目を集め、関西を中心に テレビや舞台で活躍した。「番頭はんと丁稚どん」や 「どてらい男」 などに出演。大映の「悪名」シリーズで演じた オカマの「おぎん」役は はまり役となった。肝細胞がんのため大阪市内の病院で死去した。

中尊寺ゆつこ写真

★ 中尊寺 ゆつこ さん2005年 (平成17年) 1月31日 没 / 享年42歳詳細ページ

漫画家として活躍し 流行語となった「オヤジギャル」の生みの親として知られた。雑誌「SPA!」で若い女性の生活をユニークに描写した「スイートスポット」を連載し脚光を浴びた。 S字結腸がんのため入院先の横浜市内の病院で死去した。

陳舜臣写真

★ 陳 舜臣 さん2015年(平成27年)1月21日 没 / 享年90歳詳細ページ

直木賞作家で中国歴史小説の第1人者として知られ、日中両国の文化的懸け橋として活躍した。1990年(平成2年)に日本国籍を取得。1993年のNHK大河ドラマ「琉球の風」では原作を手掛けた。代表作に「阿片戦争」や「太平天国」「秘本三国志」「小説十八史略」などがある。

つか こうへい写真

★ つか こうへい さん2010年 (平成22年) 7月10日 没 / 享年62歳詳細ページ

戦後の演劇界を代表する人気劇作家の一人で、1982年(昭和57年)に直木賞を受賞した。本名は金峰雄(キム ボンウン)。日本国内での通名は金原峰雄。国籍は大韓民国である。肺がんのため入院先の千葉県鴨川市内の亀田総合病院で死去した。

塚田正昭写真

★ 塚田 正昭 さん2014年 (平成26年) 1月27日 没 / 享年75歳詳細ページ

アニメ「BLEACH」の山本元柳斎重國役や「おじゃる丸」の小林茶役のほか、人気アニメ作品の声優を多数担当。また、映画の吹き替えでは「リーサル・ウェポン」シリーズのマーフィ役などで活躍した。妻はアニメ「ドラゴンボール」の孫悟空役で知られる声優の野沢雅子さん。

津島恵子写真

★ 津島 恵子 さん2012年 (平成24年) 8月1日 没 / 享年86歳詳細ページ

昭和の美人女優として、映画「ひめゆりの塔」や「七人の侍」などで活躍した。松竹映画のメロドラマのヒロインを次々と演じ、松竹の美しい女優の一人として大活躍し人気を集めた。胃がんのため入院先の東京都中央区内の病院で死去した。

津田恒実写真

★ 津田 恒実 さん1993年 (平成5年) 7月20日 没 / 享年32歳詳細ページ

プロ野球 広島東洋カープの背番号14 「炎のストッパー」として注目を集めた。1981年(昭和56年)、社会人野球を経て入団。翌年、11勝6敗の成績を残し球団初の新人王に輝いた。1991年(平成3年)に悪性の脳腫瘍が判明。現役を引退し闘病生活を送っていた。

堤清二写真

★ 堤 清二 さん2013年 (平成25年) 11月25日 没 / 享年86歳詳細ページ

流通サービス企業集団「セゾングループ」を築き上げた。しかし、経営は低迷。1991年(平成3年)にグループ代表を辞任し、セゾングループは事実上、解体した。実業の傍ら、辻井 喬の筆名で執筆活動にも精力的で「虹の岬」や「風の生涯」など多数の小説作品がある。

鶴田浩二写真

★ 鶴田 浩二 さん1987年 (昭和62年) 6月16日 没 / 享年62歳詳細ページ

戦後派として登場し、時折のぞかせる甘い表情と陰りで一躍トップスターとなった。歌手としても多くのヒットを飛ばし、左耳に左手を沿える独特の歌唱法で有名だった。1985年に肺がんを発症、治療を続けていたが本人には病名を伏せていたという。

ディックミネ写真

★ ディック・ミネ さん1991年 (平成3年) 6月10日 没 / 享年82歳詳細ページ

戦前、戦後を通じて「ダイナ」や「人生の並木路」「夜霧の ブルース」「黒い瞳」など多くのヒット曲を飛ばし、創成期のテイチクレコードの立役者となった。1990年(平成2年)夏に行われた「日本歌謡祭」が最後のステージとなった。急性心不全のため死去した。

デイヴ平尾写真

★ デイヴ 平尾 さん2008年 (平成20年) 11月10日 没 / 享年63歳詳細ページ

ロックグループ「ザ・ゴールデン・カップス」のリーダーとして活躍し、昨年に40周年を迎えていた。今年4月に食道がんの宣告を受け、10月に手術を受け経過も良好だったという。食道がんのため入院先の横浜市内の病院で死去した。

手塚治虫写真

★ 手塚 治虫 さん1989年 (平成元年) 2月9日 没 / 享年60歳詳細ページ

「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」「リボンの騎士」などの漫画作品を次々と手がけた。デビューから第一線で数多くのヒット作品を発表し続け「漫画の神様」と評された。1988年(昭和63年)末に胃がんが見つかり入院したが、病床で仕事を続けていたという。

手塚しげお写真

★ 手塚 しげお さん2004年 (平成16年) 2月4日 没 / 享年62歳詳細ページ

アイドルグループ「スリーファンキーズ」のメンバーの一人で、俳優としても注目を集めた。「恋人は海の彼方に」などのヒット曲で知られ、ドラマ「矢車剣之助」などでも好演した。肺がんのため入院先の大阪府高槻市内の病院で死去した。

寺島尚彦写真

★ 寺島 尚彦 さん2004年 (平成16年) 3月23日 没 / 享年73歳詳細ページ

沖縄戦の悲劇を歌った代表作「さとうきび畑」の作詞、作曲を手掛けた。「ざわわ、ざわわ・・・」のフレーズで知られ、幾多の音楽家によって歌い継がれている。肺腫瘍(はいしゅよう)のため入院先の神奈川県横浜市内の病院で死去した。

寺山修司写真

★ 寺山 修司 さん1983年 (昭和58年) 5月4日 没 / 享年47歳詳細ページ

演劇人として世界にも多大な影響を与え「言葉の錬金術師」の異名で称された。1967年(昭和42年)に「天井桟敷」を結成。演劇のほか、多くの分野で意欲的に活動した。敗血症のため入院先の東京都杉並区の河北総合病院で死去した。

テレサ・テン写真

★ テレサ・テン さん1995年 (平成7年) 5月8日 没 / 享年42歳詳細ページ

台湾を代表する歌手の一人で、1974年(昭和49年)に日本デビュー2作目の「空港」が大ヒットした。その後も「つぐない」や「愛人」などを発表し、3年連続有線大賞 グランプリを受賞した。滞在中のタイ・チェンマイのホテルで気管支喘息による発作のため死去した。

田英夫写真

★ 田 英夫 さん2009年 (平成21年) 11月13日 没 / 享年86歳詳細ページ

1962年に放送を開始した「JNNニュースコープ」の初代メインキャスターを務めた。1971年に参院選全国区に社会党から出馬し、トップ当選を果たした。以後、通算6期を務めた。長く腎臓を患い 呼吸不全のため東京慈恵会医科大学附属病院で死去した。

十朱久雄写真

★ 十朱 久雄 さん1985年 (昭和60年) 12月18日 没 / 享年77歳詳細ページ

ユニークな脇役として 軽妙洒脱な中年の都会人を演じさせたら天下一品と評された。娘は女優の十朱幸代。祖父は落語家の初代三遊亭遊三。テレビドラマでは「私は貝になりたい」や「華麗なる一族」などの数多くの作品で活躍した。

戸井十月死去

★ 戸井 十月 さん2013年(平成25年)7月28日 没 / 享年64歳詳細ページ

バイクで「世界五大陸走破行」を実行し、バイク愛好家として知られた。また、作家としても幅広く活躍。主な著作に「ゲバラ 最期の時」や「植木等伝 わかっちゃいるけど、やめられない!」などがある。肺がんのため東京都中央区内の病院で死去した。

土居健郎写真

★ 土居 健郎 さん2009年 (平成21年) 7月05日 没 / 享年89歳詳細ページ

1971年(昭和46年)の著書「甘え の構造」は英語などにも翻訳され、ベストセラーとなった。日本人の精神構造を解き明かした代表的な日本人論として、海外でも、英語、ドイツ語、フランス語、中国語、韓国語などの翻訳が出版されている。老衰のため死去した。

土井正三写真

★ 土井 正三 さん2009年 (平成21年) 9月25日 没 / 享年67歳詳細ページ

プロ野球 巨人軍の内野手として9連覇に貢献し、後にオリックスの監督を務めた。1965年(昭和40年)、巨人軍に入団し 前人未到の大記録V9の主力選手の一人として活躍した。膵臓癌(すいぞう がん)のため入院先の東京都内の病院で死去した。

土井たか子写真

★ 土井 たか子 さん2014年 (平成26年) 9月20日 没 / 享年85歳詳細ページ

1969年(昭和44年)、第32回衆議院選挙に旧兵庫2区で旧社会党から立候補して初当選。以降、衆議院議員(12期)、日本社会党委員長、社民党党首などを歴任。1993年(平成5年)に女性としては憲政史上初の衆議院議長に就任した。2005年(平成17年)、政界の一線から退いていた。

土居まさる写真

★ 土居 まさる さん1999年 (平成11年) 1月18日 没 / 享年58歳詳細ページ

1963年(昭和38年)、文化放送に入局。深夜放送のアナウンサーとして人気を集めた。「真夜中のリクエストコーナー」は 日本初の深夜放送ラジオ番組といわれている。すい頭部がんのため東京都渋谷区神宮前の自宅で死去した。

土井勝写真

★ 土井 勝 さん1995年 (平成7年) 3月7日 没 / 享年74歳詳細ページ

NHKの料理番組「きょうの料理」などに出演し、人気料理研究家としてお茶の間にも親しまれた。後の「土井勝料理学校」の母体となる「関西割烹学院」を設立し 家庭料理の研究と普及に尽力した。肝臓がんのため大阪市内の自宅で死去した。

東京ぼん太写真

★ 東京 ぼん太 さん1986年(昭和61年)10月14日 没 / 享年47歳詳細ページ

トレードマークの唐草模様の風呂敷包みを背負っての漫談で人気を博した。「夢もチボーもないね」や「イロイロあらあな」など、栃木訛りを誇張したギャグで注目を集めた。胃がんのため栃木県河内郡南河内町の自治医科大病院で死去した。

東条英機写真

★ 東条 英機 元首相1948年 (昭和23年) 12月23日 没 / 享年64歳詳細ページ

日本の対米英開戦時、現役軍人のまま第40代内閣総理大臣に就任した。1941年(昭和16年)12月8日、イギリスとアメリカに宣戦布告し太平洋戦争に突入した。戦後の1948年(昭和23年)11月12日、極東国際軍事裁判で絞首刑の判決を受けた。

東條由布子死去

★ 東條 由布子 さん2013年 (平成25年) 2月13日 没 / 享年73歳詳細ページ

東條英機元首相の孫で本名は岩浪 淑枝(いわなみ よしえ)。 保守の論客の一人として知られ、東條姓ではないにもかかわらず、祖父を敬愛するあまりその姓を名乗り続け、祖父の英機を遺族の立場から評価した。間質性肺炎のため東京都内の病院で死去した。

東野英治郎写真

★ 東野 英治郎 さん1994年 (平成6年) 9月8日 没 / 享年86歳詳細ページ

長寿番組となった時代劇ドラマ「水戸黄門」で主役の徳川光圀を演じ、初代黄門様で知られた。1982年(昭和57年)7月、高齢による気力体力の減退などを理由に俳優 西村晃にバトンタッチした。心不全のため東京都国分寺市の自宅で死去した。

東野英心写真

★ 東野 英心 さん2000年 (平成12年) 11月14日 没 / 享年58歳詳細ページ

ドラマ「あばれはっちゃく」シリーズで 主人公の桜間長太郎の父親役を好演し注目された。時代劇ドラマ「水戸黄門」で初代黄門を演じた故 東野英治郎の長男である。講演後、東京都内のレストランで会食中に突然倒れ 高血圧性脳出血のため死去した。

戸川京子写真

★ 戸川 京子 さん2002年 (平成14年) 7月18日 没 / 享年37歳詳細ページ

5歳の時から劇団ひまわりに所属し、子役としてドラマや映画に出演し注目された。明るいキャラクターと トークでテレビのバラエティ番組などでも活躍した。東京都世田谷区内の自宅マンションで首を吊って死亡しているのが発見された。

戸川昌子写真

★ 戸川 昌子 さん2016年(平成28年)4月26日 没 / 享年83歳詳細ページ

1957年、シャンソン喫茶「銀巴里」で歌手デビュー。歌手の傍ら、ミステリー小説を執筆、1962年には「大いなる幻影」で江戸川乱歩賞を受賞。その後も直木賞候補となった「猟人日記」をはじめ、数多くの作品を発表。また、テレビドラマへの出演をはじめ、タレント・コメンテーターなど多岐に渡り活躍した。

元時津風親方写真

★ 元時津風親方2014年 (平成26年) 8月 ? 日 没 / 享年64歳詳細ページ

本名は山本順一。大相撲の元小結双津竜で、引退後は時津風親方として後進を指導した。2008年(平成20年)に力士暴行死事件で傷害致死容疑で逮捕、起訴された。2011年8月29日、最高裁判所は上告を棄却、懲役5年の実刑判決が確定した。以前より末期の肺がんで闘病中だったという。

時天空慶晃写真

★ 時天空 慶晃 さん2017年(平成29年)1月31日 没 / 享年37歳詳細ページ

モンゴル出身。2000年4月スポーツ交流留学生として東京農業大学に転入。同学在学中のまま3年次に時津風部屋へ入門した。2002年に名古屋場所で初土俵。2007年に大阪場所で小結に昇進。昨年1月に悪性リンパ腫で闘病中であることを公表し、8月に引退を発表。年寄り「間垣」を襲名していた。

常盤新平写真

★ 常盤 新平 さん2013年 (平成25年) 1月22日 没 / 享年81歳詳細ページ

ミステリー小説誌「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」(日本版)の三代目編集長を務めた後、1987年(昭和62年)、自伝的小説「遠いアメリカ」で第96回直木賞を受賞した。洗練された都会的な感覚で、米国のジャーナリズムやファッションなどの文化を多角的に紹介した。

常磐津一巴太夫写真

★ 常磐津一巴太夫 さん2014年 (平成26年) 8月16日 没 / 享年83歳詳細ページ

常磐津節浄瑠璃の第一人者として歌舞伎の舞台を中心に艶のある声で人気を集めた。1995年(平成7年)、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。常磐津節の普及や後継者の養成にも力を入れ、伝統芸能の振興にも尽力していた。

徳川夢声写真

★ 徳川 夢声 さん1971年(昭和46年) 8月1日 没 / 享年77歳詳細ページ

昭和の弁士、漫談家、作家、俳優など多彩な顔を持ち、ラジオ、テレビなどをはじめ多方面で活動した。日本の元祖マルチタレントとも言える人物であり、テレビ創生期の立役者の一人として広く知られた。脳軟化症に伴う肺炎を併発して死去した。

徳永善也写真

★ 徳永 善也 さん2004年 (平成16年) 8月17日 没 / 享年40歳詳細ページ

元ロックバンド「チェッカーズ」のドラマーとして活躍し、「クロベエ」の愛称で親しまれた。前年に舌癌が発覚し、9月の自身のサイトで「命に別状はない」と聞いていますとコメントしていた。舌癌(ぜつがん)のため入院先の神奈川県内の病院で死去した。

トニー谷写真

★ トニー 谷 さん1987年 (昭和62年) 7月16日 没 / 享年69歳詳細ページ

そろばんを楽器のようにかき鳴らす珍芸と 独特の喋りで爆発的な人気を博した。オールバックにコールマン髭、吊りあがったフォックスメガネがトレードマークであった。肝臓がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

土橋正幸死去

★ 土橋 正幸 さん2013年(平成25年)8月24日 没 / 享年77歳詳細ページ

プロ野球の東映(現:日本ハム)でエースとして活躍し、ヤクルトや日本ハムなどで監督を務めた。現役選手時代は東映の主力投手として活躍し、通算162勝の成績を残した。また、フジテレビ「プロ野球ニュース」の解説者としても お茶の間に親しまれた。

朝永振一郎写真

★ 朝永 振一郎 さん1979年 (昭和54年) 7月8日 没 / 享年73歳詳細ページ

1965年(昭和40年)量子電磁力学の功績によりノーベル物理学賞を受賞した。1952年に文化勲章を受章。 1976年(昭和51年)には勲一等旭日大綬章を受勲した。咽頭癌(いんとう がん)のため死去した。前年に手術を受け声を失っていた。

寛仁親王殿下写真

★ 寛仁 親王殿下2012年 (平成24年) 6月6日 没 / 享年66歳詳細ページ

ヒゲの殿下の愛称で広く国民から親しまれた。皇位継承順位は第6位であられた。食道癌をはじめとする疾病のため、度重なる手術を16回も受けられていた。多臓器不全のため入院先の東京都千代田区の杏雲堂病院で薨去(こうきょ)された。

土門拳写真

★ 土門 拳 さん1990年 (平成2年) 9月15日 没 / 享年80歳詳細ページ

戦後の日本を代表する写真家の一人で、写真界屈指の名文家としても知られた。報道写真のほか、著名人や庶民、寺院、仏像などの伝統文化財を撮影し注目を浴びた。1979年(昭和54年)に脳血栓を発症、昏睡状態となり、以来、11年間の病床生活を送っていた。

豊田英二写真

★ 豊田 英二 さん2013年 (平成25年) 9月17日 没 / 享年100歳詳細ページ

創業期から一貫してトヨタ自動車の発展を支え、同社を世界有数の自動車メーカーに育て上げた。日本初の本格的な乗用車の開発や、世界の製造業が手本にした合理的生産方式「トヨタ生産方式」を確立。1990年(平成2年)、勲一等旭日大綬章を受章した。

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