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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の意を表します。   合掌

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内藤陳写真

★ 内藤 陳 さん2011年 (平成23年) 12月28日 没 / 享年75歳詳細ページ

コメディアンとして活躍の傍ら、月刊誌「プレイボーイ」で冒険小説の書評を連載し人気を集めた。1962年(昭和37年)には漫才トリオ「トリオ・ザ・パンチ」を結成し 舞台などでも活躍した。今年11月末、食道がんのため東京都品川区の昭和大学病院に入院していた。

永井一郎写真

★ 永井 一郎 さん2014年 (平成26年) 1月27日 没 / 享年82歳詳細ページ

日本声優界の重鎮の1人として知られ、1969年(昭和44年)に始まった人気アニメ「サザエさん」の磯野波平の声を、44年間にわたり担当し、頑固だが家族思いの父親像を築き上げた。そのほか、「ゲゲゲの鬼太郎」(子泣き爺)、「機動戦士ガンダム」(ナレーションなど)など数多くの作品で活躍した。

永井荷風写真

★ 永井 荷風 さん1959年 (昭和34年) 4月30日 没 / 享年79歳詳細ページ

明治末期から耽美享楽の作風に転じ、作家として花柳界などの風俗などを多く描いた。代表作に「つゆのあとさき」や「あめりか物語」、「すみだ川」、日記「断腸亭日乗」などがある。 身辺の世話をしていた家政婦により 寝室で吐血し倒れているのが発見された。

中内功写真

★ 中内 功 さん2005年 (平成17年) 9月19日 没 / 享年83歳詳細ページ

日本を代表する大手スーパー全国チェーン、ダイエーの創業者として知られた。先月26日に定期検診のために訪れた病院で倒れ、意識不明に陥っていた。脳梗塞(のう こうそく)のため兵庫県神戸市内の病院で死去した。

中川安奈写真

★ 中川 安奈 さん2014年 (平成26年) 10月17日 没 / 享年49歳詳細ページ

1988年(昭和63年)公開の日中合作映画「敦煌」で、ヒロインの王女役でデビュー。1991年(平成3年)に舞台「バタフライはフリー」に初主演し、翌年に同作品を舞台演出した栗山民也氏と結婚。その後、映画、舞台、ドラマなど幅広く活躍した。

中川一郎写真

★ 中川 一郎 さん1983年 (昭和58年) 1月9日 没 / 享年57歳詳細ページ

自民党の大物政治家として農林水産大臣などを歴任し、「北海のヒグマ」と呼ばれた。ホテル浴室で倒れているところを夫人が発見した。死因は「急性心筋梗塞」とされたが、2日後「首吊り自殺」であったことが発表され「他殺説・自殺説」が話題となった。

中川昭一写真

★ 中川 昭一 さん2009年 (平成21年) 10月4日 没 / 享年56歳詳細ページ

2009年2月のG7閉幕後の「酩酊会見」により財務大臣を辞任、その後の総選挙で落選していた。東京都世田谷区の自宅2階にある書斎兼寝室で死亡しているのが発見された。ベッド上に嘔吐した跡があり、睡眠薬を服用し循環器系の持病が死因とされた。

中北千枝子写真

★ 中北 千枝子 さん2005年 (平成17年) 9月13日 没 / 享年79歳詳細ページ

堅実な演技力で「お嫁さんシリーズ」などのホームドラマにも多数出演し親しまれた。長期にわたり出演した日本生命のCM「ニッセイのおばちゃん」としても注目された。急性心筋梗塞のため東京都渋谷区内の自宅で死去した。

中沢啓治写真

★ 中沢 啓治 さん2012年 (平成24年) 12月19日 没 / 享年73歳詳細ページ

6歳の時に広島で被爆。自身は奇跡的に助かるが、父、姉、弟を失った。1973年(昭和48年)、自身の被爆体験を元に連載を始めた漫画作品「はだしのゲン」はベストセラーとなり、18カ国語に翻訳された。肺がんのため広島市中区基町の広島市民病院で死去した。

長嶋亜希子写真

★ 長嶋 亜希子 さん2007年(平成19年)09月18日 没 / 享年64歳詳細ページ

元プロ野球巨人軍監督の長嶋茂雄さんの妻で、長男の一茂さんら、2男2女をもうけた。1964年(昭和39年)の東京五輪でコンパニオンを務めていたのが縁で知り合い、翌年に結婚した。心不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

中島啓江写真

★ 中島 啓江 さん2014年 (平成26年) 11月23日 没 / 享年57歳詳細ページ

昭和音楽短期大学声楽科卒業後、藤原歌劇団に入団。1979年(昭和54年)、「修道女アンジェリカ」でオペラ歌手としてデビュー。その後、テレビの音楽番組やバラエティー番組など幅広いジャンルで活躍した。代表作にミュージカル「アイ・ガット・マーマン」などがある。

中島らも写真

★ 中島 らも さん2004年 (平成16年) 7月26日 没 / 享年52歳詳細ページ

作家、ミュージシャンとして活躍。推理作家協会長編賞を受賞した「ガダラの豚」などの小説で知られた。神戸市内で飲酒後、階段で足をすべらせて転落し頭を強打、救急搬送されていた。脳挫傷のため搬送先の兵庫県神戸市内の病院で死去した。

中条静夫写真

★ 中条 静夫 さん1994年 (平成6年) 10月05日 没 / 享年68歳詳細ページ

存在感のある いぶし銀の名脇役として知られ親しまれた。1965年(昭和40年)から始まったテレビドラマ「東京警備指令 ザ・ガードマン」に小森隊員役でレギュラー出演し、これがはまり役となり人気を博した。癌(がん)による肝不全のため死去した。

長田あつし写真

★ 長田 あつし さん2014年 (平成26年) 8月2日 没 / 享年73歳詳細ページ

1967年(昭和42年)に宮路オサムさんらと演歌グループ「殿さまキングス」を結成し、「なみだの操」や「恋は紅いバラ」などのヒット曲で人気を博した。殿さまキングス解散後は、杏(きょう)しのぶさんと男女デュオ「オヨネーズ」を結成し、東北弁のコミックソング「麦畑」が大ヒットし注目を集めた。

中田ダイマル写真

★ 中田 ダイマル さん1982年 (昭和57年) 9月5日 没 / 享年68歳詳細ページ

1942年(昭和17年)、兄弟コンビ「中田ダイマル・ラケット」を結成。「ダイラケ」の愛称で人気を得た。「お笑い街頭録音」や「スチャラカ社員」などの番組に出演し「爆笑王」の異名をとった。 晩年は飲酒量が増え 胃潰瘍を発症、腹膜炎のため死去した。

中谷一郎写真

★ 中谷 一郎 さん2004年 (平成16年) 4月1日 没 / 享年73歳詳細ページ

人気時代劇「水戸黄門」の風車の弥七役などで、存在感のある脇役として活躍した。「水戸黄門」には放送開始以来 レギュラーを務めたが、体調不良のため2000年で降板していた。咽頭癌(いんとうがん)のため入院先の東京都豊島区内の病院で死去した。

永谷脩写真

★ 永谷 脩 さん2014年 (平成26年) 6月12日 没 / 享年68歳詳細ページ

小学館勤務を経て、スポーツライターとして独立。野球界に幅広い人脈を持ち、「週刊ポスト」や「umber」「夕刊フジ」などに寄稿する一方、TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」などのコメンテーターとしても活躍した。プロ野球選手らを題材にしたコラムをまとめた「プロ野球歳時記」などの著書がある。

中田ラケット写真

★ 中田 ラケット さん1997年 (平成9年) 2月5日 没 / 享年76歳詳細ページ

1942年(昭和17年)、兄弟コンビ「中田ダイマル・ラケット」を結成し天才肌漫才を展開した。「言うてみてみ、聞いてみてみ」「知らんかっとってん」などのギャグで人気を博した。「スチャラカ社員」などのテレビ番組にも出演し一世を風靡した。心不全のため死去した。

長門勇死去

★ 長門 勇 さん2013年(平成25年)6月4日 没 / 享年81歳詳細ページ

テレビドラマ「三匹の侍」で注目を集め、人間味のあるとぼけた演技で名脇役として人気を博した。大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」や連続テレビ小説「春よ、来い」など多数に出演した。2011年頃から脳梗塞を患い、1カ月ほど前から体調を崩して入院していたという。

長門裕之写真

★ 長門 裕之 さん2011年 (平成23年) 5月21日 没 / 享年77歳詳細ページ

日本を代表する俳優の一人で 妻は元女優の南田洋子、弟は俳優の津川雅彦である。晩年は認知症になった南田洋子の介護に取り組み話題となった。肺炎と動脈硬化などの合併症のため東京都文京区の順天堂医院で死去した。

中原早苗写真

★ 中原 早苗 さん2012年 (平成24年) 5月15日 没 / 享年76歳詳細ページ

映画監督の故 深作欣二さんの妻で、女優としても注目を集めた。「蟹工船」や「仁義なき戦い」シリーズなどの映画やテレビドラマにも多数出演し活躍した。東京都世田谷区の自宅で死亡しているにが発見された。病死とみられている。

中坊公平死去

★ 中坊 公平 さん2013年 (平成25年) 5月3日 没 / 享年83歳詳細ページ

元日本弁護士連合会会長を務め「平成の鬼平」の異名を取った。森永ヒ素ミルク被害者弁護団長や、破綻した金融機関の債権回収に当たる整理回収機構(RCC)の初代社長などを歴任した。心不全のため京都市内の病院で死去した。

中丸忠雄写真

★ 中丸 忠雄 さん2009年 (平成21年) 4月23日 没 / 享年76歳詳細ページ

渋く響く低音と精悍な容貌で知られ、「キイハンター」などの人気作品で注目された。1955年(昭和30年)に「東宝ニューフェース」に合格し、岡本喜八監督作品で強烈な印象を残した。胸部動脈りゅう破裂のため東京都文京区内の順天堂医院で死去した。

中村梅之助写真

★ 中村 梅之助 さん2016年(平成28年)1月18日 没 / 享年85歳詳細ページ

1939年(昭和14年)、9歳で四代目 中村梅之助を名乗って初舞台を踏んだ。その後、父の三代目 中村翫右衛門が立ち上げた劇団「前進座」に加わり、演劇の舞台で活躍した。1970年(昭和45年)から放送された、テレビ時代劇「遠山の金さん捕物帳」で遠山金四郎を演じて一躍、人気者となった。

中村勝広写真

★ 中村 勝広 さん2015年(平成27年)9月23日 没 / 享年66歳詳細ページ

早大を経て1972年(昭和47年)にドラフト2位で阪神に入団。1982年(昭和57年)まで主に二塁手として活躍した。1990年から1995年シーズン途中まで監督を務めた。その後、オリックスでGM、監督として指揮を執った。2012年9月に阪神にGMとして復帰した。東京ドームでの巨人戦で上京中だった。

中村勘三郎写真

★ 中村 勘三郎 さん2012年 (平成24年) 12月5日 没 / 享年57歳詳細ページ

2005年(平成17年)に十八代目中村勘三郎を襲名。人気歌舞伎俳優として人気を誇った。歌舞伎界において野心的な様々な新しい試みを行い注目された。7月末に食道がんの摘出手術を受け、その後、肺に疾患が見つかり療養中だった。

中村小山三写真

★ 中村 小山三 さん2015年(平成27年)4月6日 没 / 享年94歳詳細ページ

1924年(大正13年)に4歳で中村米吉(のちの17代目中村勘三郎)に入門。1926年に中村小米の名で初舞台を踏んだ。1959年に二代目中村小山三を襲名。重鎮俳優として中村屋を三代にわたって支え、主に古風な女方として舞台に立った。著書に自伝「小山三ひとり語り」がある。

中村芝翫写真

★ 中村 芝翫 さん2011年 (平成23年) 10月10日 没 / 享年83歳詳細ページ

1967年(昭和42年)に七代目芝翫を襲名し、歌舞伎界を代表する女形として活躍した。古風で端正な女形として知られ、梨園の大御所としての存在感を示し続けた。6年前に肝臓がんが発覚し治療を続けていた。肝不全のため死去した。

中村雀右衛門写真

★ 中村 雀右衛門 さん2012年 (平成24年) 2月23日 没 / 享年91歳詳細ページ

歌舞伎俳優で女形の大御所として、格調の高さ、芸格の大きさで高い人気を誇った。1991年(平成3年)人間国宝に指定された。2004年(平成16年)には文化勲章を受章した。肺炎のため入院先の東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。

仲村秀生写真

★ 仲村 秀生 さん2014年 (平成26年) 7月30日 没 / 享年79歳詳細ページ

声優として、アニメ「あしたのジョー」の力石徹役や「宇宙戦艦ヤマト」の島大介役などを務め人気を博した。また、映画の吹き替えやコマーシャルのナレーションも数多く担当し、「日立の樹」で知られる日立グループのコマーシャルのナレーションを長く務めた。

中村富十郎写真

★ 中村 富十郎 さん2011年 (平成23年) 1月3日 没 / 享年81歳詳細ページ

1972年(昭和47年)、五代目中村富十郎を襲名。 随一の立方、踊りの名手として知られた。芸の幅広さに定評があり、1994年(平成6年)に人間国宝に指定された。昨年11月、体調を崩し公演を途中降板していた。 直腸がんのため東京都内の病院で死去した。

中村寅吉写真

★ 中村 寅吉 さん2008年 (平成20年) 2月11日 没 / 享年92歳詳細ページ

戦後日本のゴルフブームの火付け役として活躍。「トラさん」の愛称で親しまれた。日本オープン選手権を3度、日本プロ選手権を4度制し、名指導者としても知られた。老衰のため入院先の神奈川県座間市内の病院で死去した。

中村八大写真

★ 中村 八大 さん1992年(平成4年)6月10日 没 / 享年61歳詳細ページ

「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」などの作曲で知られ、ジャズピアニストとしても活躍した。「遠くへ行きたい」や「明日があるさ」など、ジャズのセンスを生かしたユニークな歌曲を多く送り出した。心不全のため死去した。

中村紘子写真

★ 中村 紘子 さん2016年(平成28年)7月16日 没 / 享年72歳詳細ページ

幼いころから国内の音楽コンクールで優勝を重ね、天才少女ピアニストとして注目された。1965年にショパン国際ピアノコンンクールで日本人初の入賞を果たし、国内外での演奏活動で評価を確立した。2015年に大腸がんを公表し、治療を受けながら最近まで演奏活動を続けていた。

中村又五郎写真

★ 中村 又五郎 さん2009年 (平成21年) 2月21日 没 / 享年94歳詳細ページ

父親の初代中村又五郎に早くに先立たれ、1921年(大正10年)、6歳で二代目 又五郎を襲名。名優・初代中村吉右衛門のもとで修業し、女形や若衆、のちに立役、敵役、三枚目、老女役と芸域を広げた。歌舞伎界の最年長者として後進の指導にも当たり、1997年(平成9年)、人間国宝の認定を受けた。

仲谷昇写真

★ 仲谷 昇 さん2006年 (平成18年) 11月16日 没 / 享年77歳詳細ページ

演劇集団 円(えん)の代表を務め、落ち着きのある渋い存在感を見せ人気を集めた。シェイクスピア作品を中心に舞台に立つ一方、テレビドラマ、映画でも活躍した。肺気腫による慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため東京都港区内の病院で死去。

中山大三郎写真

★ 中山 大三郎 さん2005年 (平成17年) 4月7日 没 / 享年64歳詳細ページ

作詞、作曲家として「人生いろいろ」や「珍島物語」などのヒット作品で知られた。島倉千代子のヒット曲「人生いろいろ」の作詞では日本レコード大賞作詞賞を受賞した。咽頭癌(いんとうがん)のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

長良じゅん写真

★ 長良 じゅん さん2012年 (平成24年) 5月02日 没 / 享年74歳詳細ページ

山川豊、氷川きよしさんらが所属する長良プロダクション会長で、芸能プロモーター、音楽プロデューサーとして日本の歌謡界をリードしてきた。滞在先の米ハワイ・オアフ島のゴルフ場で自身が運転するカートが溝に転落し、心肺停止状態に陥り死亡した。

名古屋章写真

★ 名古屋 章 さん2003年 (平成15年) 6月24日 没 / 享年73歳詳細ページ

人情味ある庶民の役を好演し、また、「ウルトラマンタロウ」の朝日奈隊長役でも知られた。今年3月に体調を崩し、検査で脳腫瘍が見つかり緊急手術を受けていた。肺炎のため入院先の東京都新宿区の東京女子医大病院で死去した。

梨元勝写真

★ 梨元 勝 さん2010年 (平成22年) 8月21日 没 / 享年65歳詳細ページ

芸能リポーターの草分け的な存在として知られ、「恐縮です!」の口癖で多くの特ダネを報じてきた。今年4月ごろから咳が続き検査を受けたところ肺ガンが見つかり、抗ガン剤治療を続けていた。入院中もラジオ番組に出演するなど直前まで仕事をこなしていた。

那須博之写真

★ 那須 博之 さん2005年 (平成17年) 2月27日 没 / 享年53歳詳細ページ

映画監督としてアクション映画「ビー・バップ・ハイスクール」のヒットなどで注目を集めた。1月中旬に吐血を繰り返すなど体調が急激に悪化し、入院治療を続けていた。肝臓がんのため入院先の東京都調布市内の病院で死去した。

なだ いなだ死去

★ なだ いなだ さん2013年(平成25年)6月6日 没 / 享年83歳詳細ページ

作家で精神科医として知られ、鋭い文明考察とユーモアあふれる文章で幅広い執筆活動を続けた。フランス人女性と結婚し四女をもうけた。娘たちに人生を語りかけた「パパのおくりもの」や「人間、この非人間的なもの」「権威と権力」など多数の著書がある。

夏樹静子写真

★ 夏樹 静子 さん2016年(平成28年)3月19日 没 / 享年77歳詳細ページ

慶応大在学中、NHKの推理クイズ番組「私だけが知っている」のレギュラーライターに抜擢され、多数の脚本を手掛けた。「蒸発」をはじめ、「Wの悲劇」など、ミステリー小説を次々と発表。司法制度への造詣も深く、裁判員裁判を題材にした「てのひらのメモ」など、多くの作品でファンを魅了した。

夏目雅子写真

★ 夏目 雅子 さん1985年 (昭和60年) 9月11日 没 / 享年27歳詳細ページ

主演した「鬼龍院花子の生涯」での台詞「なめたらいかんぜよ!」は流行語になった。1985年2月、舞台「愚かな女」の公演中に体調不良を訴え緊急入院していた。急性骨髄性白血病の診断を受け、抗がん剤の副作用などによる肺炎のため死去した。

夏八木勲死去

★ 夏八木 勲 さん2013年 (平成25年) 5月11日 没 / 享年73歳詳細ページ

名脇役として数多くの映画やドラマに出演し、味わい深い演技で人気を博した。映画「白昼の死角」や「戦国自衛隊」などでの不敵な面構えと男くさい演技で注目を集めた。すい臓がんのため神奈川県内の自宅で死去した。

夏夕介写真

★ 夏 夕介 さん2010年 (平成22年) 1月27日 没 / 享年59歳詳細ページ

刑事ドラマ「特捜最前線」や「愛と誠」などで好演し二枚目俳優として人気を博した。劇団「シアタージャパン」の俳優代表も務め、シャープで切れのある演技で活躍した。胃がんのため東京都内の病院で死去した。前年11月に摘出手術を受けていた。

浪花千栄子写真

★ 浪花 千栄子 さん1973年 (昭和62年) 12月22日 没 / 享年66歳詳細ページ

昭和初期から後期にかけて松竹新喜劇の看板女優として活躍した。本名の南口キクノ(なんこう きくの)の読みから、オロナイン軟膏のCMに起用され注目を浴びた。ホーロー製の看板が全国に貼られ広く知られた。消化管出血のため死去した。

並木路子写真

★ 並木 路子 さん2001年 (平成13年) 4月7日 没 / 享年79歳詳細ページ

1945年(昭和20年)、松竹映画「そよかぜ」の挿入歌「リンゴの唄」が爆発的なヒットとなった。明るい歌声は終戦直後の社会に大きな希望を与え、歌謡史に残る歌となった。東京都渋谷区の自宅で入浴中に倒れ心筋梗塞のため死去した。

浪越徳次郎写真

★ 浪越 徳次郎 さん2000年 (平成12年) 9月25日 没 / 享年94歳詳細ページ

指圧療法創始者として知られ、その技術を広めるため指圧学校を設立し普及に尽くした。テレビでも活躍し、「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」の台詞が有名になった。 肺炎のため入院先の東京都文京区内の病院で死去した。

納谷悟朗死去

★ 納谷 悟朗 さん2013年 (平成25年) 3月5日 没 / 享年83歳詳細ページ

アニメ「ルパン三世」の銭形警部役の声優として知られた。洋画、海外ドラマの吹き替えではクラーク・ゲーブルやチャールトン・ヘストンら多くの主役級を担当し人気を博した。慢性呼吸不全のため千葉県千葉市内の自宅で死去した。

楢崎弥之助写真

★ 楢崎 弥之助 さん2012年 (平成24年) 2月29日 没 / 享年91歳詳細ページ

「国会の爆弾男」の異名を持ち、政治スキャンダル追及の中心的役割を担った。1960年の衆議院議員選挙に福岡1区から出馬し初当選。以後、通算11期を務めた。福岡市内の自宅浴室で倒れているところを 訪れた孫に発見された。その後、死亡が確認された。

成田きん写真

★ 成田 きん さん2000年 (平成12年) 1月23日 没 / 享年107歳詳細ページ

長寿の双子の姉妹「きんさん、ぎんさん」の姉として1892年(明治25年)8月1日誕生。100歳を過ぎた元気な姿は「理想の老後像」として国民的に慕われた。 心不全のため名古屋市南区鶴里の自宅で死去した。満107歳だった。

鳴戸親方写真

★ 鳴戸 親方 さん2011年 (平成23年) 11月07日 没 / 享年59歳詳細ページ

大相撲の横綱 隆の里として活躍した。1982年に当時最スローの82場所で大関に昇進した。1983年(昭和58年)7月場所で2度目の優勝を果たし、第59代横綱に推挙された。急性呼吸不全のため福岡県福岡市内の福岡輝栄会病院で死去した。

ナンシー梅木写真

★ ナンシー梅木 さん2007年 (平成19年) 8月28日 没 / 享年78歳詳細ページ

米映画「サヨナラ」に出演し 日本人初の米アカデミー賞 助演女優賞を受賞した。引退後も日本人オスカー女優第1号の女優として伝説的存在となり話題となった。癌(がん)のため米ミズーリ州リッキングの医療保養施設で死去した。

南都雄二写真

★ 南都 雄二 さん1973年 (昭和48年) 3月19日 没 / 享年48歳詳細ページ

1947年(昭和22年)に蝶々と結婚し、離婚後も「夫婦善哉」の司会など夫婦コンビとして活躍した。その後も 蝶々とは公私共に付合いが続き、闘病生活の一切の面倒を見たのは蝶々だった。「男前の雄さん」として人気を集めた。肝硬変と糖尿病のため死去した。

南部陽一郎写真

★ 南部 陽一郎 さん2015年(平成27年)7月5日 没 / 享年94歳詳細ページ

素粒子物理学の基礎となる新たな理論を世界に先駆けて次々と発表。「自発的対称性の破れ」という現象から、素粒子の対称性(均一性)が失われる理論を構築。2008年(平成20年)、この功績によりノーベル物理学賞を受賞した。今年5月に体調を崩し、大阪市内の病院で入院治療を受けていた。

新沼博江写真

★ 新沼 博江 さん2011年 (平成23年) 9月7日 没 / 享年62歳詳細ページ

バドミントンの元世界女王。女子シングルスで全英オープン選手権を4度にわたり制覇した。1986年(昭和61年)に演歌歌手の新沼謙治さんと結婚。7歳年上の電撃的な結婚が注目されメディアを賑わした。甲状腺がんのため東京都内の病院で死去した。

西岡武夫写真

★ 西岡 武夫 さん2011年 (平成23年) 11月05日 没 / 享年75歳詳細ページ

長崎市出身。衆議院議員を11期、参議院議員を2期務め、2010年(平成22年)7月30日、第28代参議院議長に就任した。体調不良を理由に国会の本会議を12月半ばまで欠席すると発表していた。肺炎のため東京都港区の虎の門病院で死去した。

西河克己写真

★ 西河 克己 さん2010年 (平成22年) 4月06日 没 / 享年91歳詳細ページ

映画「青い山脈」や「伊豆の踊子」などの青春映画を手掛けた映画監督として知られた。青春スター吉永小百合、山口百恵の売り出しに貢献し、手堅い演出を見せた。10年近くにおよぶ闘病生活の末、肺炎のため東京都大田区内の病院で死去した。

西沢利明死去

★ 西沢 利明 さん2013年 (平成25年) 4月11日 没 / 享年77歳詳細ページ

舞台活動のほか、時代劇や刑事ドラマを中心にテレビ、映画にも数多く出演し活躍した。俳優座養成所を経て文学座に入団。「水戸黄門」の悪役などでも広く知られた。肺がんのため東京都世田谷区内の病院で死去した。

西沢実死去

★ 西沢 実 さん2013年(平成25年)7月2日 没 / 享年95歳詳細ページ

戦後、ラジオの黄金期にNHKの専属劇作家として数多くのドラマなどの脚本を担当した。元日本放送作家協会理事長、NHK全国高校放送コンテスト審査委員長などを歴任。肺炎のため東京都新宿区内の病院で死去した。

西村晃写真

★ 西村 晃 さん1997年 (平成9年) 4月15日 没 / 享年74歳詳細ページ

人気テレビ時代劇「水戸黄門」の2代目黄門さまを演じ親しまれた。「水戸黄門」では 第14部から第21部まで、9年間にわたり徳川光圀役を演じた。食道癌の手術を受け療養中、心不全のため東京都国分寺市の自宅で死去した。

西本幸雄写真

★ 西本 幸雄 さん2011年 (平成23年) 11月25日 没 / 享年91歳詳細ページ

プロ野球 阪急、近鉄などの名監督として球史に残る多くのドラマを演出した。通算8度のパ・リーグ優勝を果たすも、日本シリーズ制覇はかなわなず「悲運の名将」とも呼ばれた。心不全のため兵庫県宝塚市の自宅で死去した。

大関魁傑写真

★ 元放駒親方 西森 輝門 さん2014年 (平成26年) 5月18日 没 / 享年66歳詳細ページ

大相撲で現役時代は大関魁傑(かいけつ)として活躍。本名は西森 輝門(にしもり てるゆき)。日大を1年で中退して花籠部屋に入門。1975年(昭和50年)1月場所後、大関に推挙された。引退後は年寄 放駒を襲名。2010年8月、第11代日本相撲協会理事長に就任。野球賭博問題や八百長問題に対応した。

西山登志雄写真

★ 西山 登志雄 さん2006年 (平成18年) 10月09日 没 / 享年77歳詳細ページ

1981年(昭和56年)に東武動物公園の園長に就任し「カバ園長」の愛称で親しまれた。連載漫画「ぼくの動物園日記」(作者:飯森広一)のモデルとしても注目され話題となった。肺炎のため入院先の埼玉県春日部市内の病院で死去した。

西ゆうじ死去

★ 西 ゆうじ さん2013年 (平成25年) 2月6日 没 / 享年59歳詳細ページ

造り酒屋を舞台にした人気漫画「蔵の宿」などの原作者として知られた。1998年から週刊漫画TIMESで「蔵の宿」を連載。その後、「華中華」や「あんどーなつ 江戸和菓子職人物語」などの人気漫画の原作を手がけた。胃がんのため東京都内の病院で死去した。

二所ノ関親方写真

★ 前二所ノ関 親方2014年 (平成26年) 8月12日 没 / 享年65歳詳細ページ

大相撲の関脇金剛として、1975年(昭和50年)7月場所で幕内優勝を果たした。引退後、二所ノ関部屋を継承し、日本相撲協会理事も務めた。また、2011年の八百長問題では広報部長として対応に当たった。2012年(平成24年)に脳疾患で倒れ、長期の療養を続けていた。

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★ 二谷 英明 さん2012年 (平成24年) 1月7日 没 / 享年81歳詳細ページ

刑事ドラマ「特捜最前線」の刑事役や日活のアクション映画などで人気を集めた。女優の白川由美とのおしどり夫婦でも知られた。2003年(平成15年)に脳梗塞で倒れ活動を休止していた。肺炎のため入院先の東京都新宿区の慶応病院で死去した。

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★ 新田 次郎 さん1980年(昭和55年)2月15日 没 / 享年67歳詳細ページ

山をテーマにした作品を数多く残し「山を描ききった作家」と称された。代表作「八甲田山 死の彷徨」は、青森県八甲田山における山岳遭難事故(八甲田雪中行軍遭難事件)を題材として執筆した山岳小説である。心筋梗塞のため武蔵野市内の自宅で死去した。

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★ 蜷川 幸雄 さん2016年(平成28年)5月12日 没 / 享年80歳詳細ページ

アングラ・小劇場運動盛んな時期に演出家としてデビュー。その後、大劇場でのダイナミックな演出で話題作を次々と発表。日本の戯曲からシェークスピアなど、古今東西の延べ約300作品を手がけた。また、ほぼ毎年海外公演を重ね、国際的評価を獲得。世界のニナガワと称された。

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★ 丹羽 文雄 さん2005年 (平成17年) 4月20日 没 / 享年100歳詳細ページ

日本文藝家協会理事長などを歴任し、文壇の活性化に長年にわたりに貢献した。晩年はアルツハイマー型認知症の症状が表れ、役職を整理して表舞台からは退いていた。肺炎のため東京都武蔵野市内の自宅で死去した。

根上淳写真

★ 根上 淳 さん2005年 (平成17年) 10月24日 没 / 享年82歳詳細ページ

歌手のペギー葉山さんとは芸能界一のおしどり夫婦で知られ、映画、テレビで活躍した。1998年(平成10年)8月に糖尿病の合併症による脳梗塞で倒れ、以来、自宅療養を続けていた。脳梗塞 (のうこうそく)のため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

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★ 猫田 勝敏 さん1983年 (昭和58年) 9月4日 没 / 享年39歳詳細ページ

ミュンヘンオリンピック 男子バレーボ-ル金メダリストで、世界一のセッターと称された。4大会連続でオリンピック出場を果たし、金、銀、銅の3個のメダルを獲得した。1982年(昭和57年)12月には胃の全摘出手術を受け闘病生活を送っていた。

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★ 根津 甚八 さん2016年(平成28年)12月29日 没 / 享年69歳詳細ページ

1970年に舞台「ジョン・シルバー 愛の乞食編」でデビュー。1982年には映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。憂いのある演技と独特の存在感などが高く評価された。2010年(平成22年)、満足な演技ができないとして俳優引退を発表。その後、自宅で療養を続けていた。

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★ 野坂 昭如 さん2015年(平成27年)12月9日 没 / 享年85歳詳細ページ

早稲田大学在学中にCMソングの歌詞やテレビの台本などを書き始め、1963年に「おもちゃのチャチャチャ」で日本レコード大賞童謡賞を受賞。1968年(昭和43年)、「火垂るの墓」などで第58回 直木賞を受賞。みずから「焼跡闇市派」を自称し、本業の作家以外にも、幅広い分野で活躍し話題を集めた。

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★ 野沢 尚 さん2004年 (平成16年) 6月28日 没 / 享年44歳詳細ページ

人気の脚本家として 北野武の映画監督デビュー作の脚本を手掛けたことで知られた。東京都目黒区のマンション4階の事務所で、首を吊っているところを妻に発見された。遺書が残されていた。室内の状況などから自殺とみられている。

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★ 野沢 那智 さん2010年 (平成22年) 10月30日 没 / 享年72歳詳細ページ

日本声優界の大御所の一人として数多くの洋画吹替やアニメ作品に出演し活躍した。スパイドラマ「0011ナポレオン・ソロ」の軽妙な吹き替えで活躍し一躍注目を集めた。肺がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

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★ 野間 佐和子 さん2011年 (平成23年) 3月30日 没 / 享年67歳詳細ページ

「講談社中興の祖」と称された野間省一さんの長女で、講談社社長を24年間にわたり務めた。夫で5代目社長の野間惟道さんの急死を受け、1987年(昭和62年)に主婦から社長に就任した。心不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

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★ 野村 芳太郎 さん2005年 (平成17年) 4月8日 没 / 享年85歳詳細ページ

映画「砂の器」や「八つ墓村」などの有名著作の映画化作品の監督として知られた。1974年(昭和49年)に監督した「砂の器」はモスクワ国際映画祭の審査員特別賞を受賞した。肺炎のため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

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