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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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バーブ佐竹写真

★ バーブ佐竹 さん2003年 (平成15年) 12月05日 没 / 享年67歳詳細ページ

歌唱曲「女心の唄」でレコードデビュー。その後、「ネオン川」や「カクテル小唄」など女心を歌った曲が相次いでヒットした。人気テレビドラマ「子連れ狼」の主題歌「ててご橋」でも注目を集めた。多臓器不全のため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

灰田勝彦写真

★ 灰田 勝彦 さん1982年 (昭和57年) 10月26日 没 / 享年71歳詳細ページ

「燦めく星座」の爆発的なヒットのほか、ハワイアンやヨーデルなど幅広い歌唱で一世を風靡した。「マニラの街角で」や「鈴懸の径」など戦時中にもかかわらず、絶大な人気を誇った。肝臓がんのため東京都千代田区の半蔵門病院で死去した。

はかま満緒写真

★ はかま 満緒 さん2016年(平成28年)2月16日 没 / 享年78歳詳細ページ

慶応大在学中からコント台本を書き始め、その後フリーの放送作家として、人気番組「シャボン玉ホリデー」などで活躍した。ニッポン放送の「ミュージック天国」でDJを務めて若者の支持を集めた。NHK・FMのトーク番組「日曜喫茶室」では、開始以来40年近くパーソナリティーを務め親しまれた。

萩本トミ写真

★ 萩本 トミ さん2008年 (平成20年) 6月2日 没 / 享年101歳詳細ページ

人気タレント萩本欽一さんの母親で、3月20日には101歳を迎えていた。2007年(平成19年)には、四男の萩本悦久さんの著書「母は100歳のお嬢さま」が出版されていた。肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

萩原流行写真

★ 萩原 流行 さん2015年(平成27年)4月22日 没 / 享年62歳詳細ページ

1982年に劇団つかこうへい事務所に入り、映画「蒲田行進曲」に出演して注目された。テレビの旅番組やバラエティ番組などでも活躍。東京都杉並区の青梅街道で、愛車の大型バイク、ハーレーダビッドソンで走行中、ワンボックスカー(警視庁の護送車)と接触事故を起こし転倒、救急搬送された。

橋達也写真

★ 橋 達也 さん2012年 (平成24年) 1月16日 没 / 享年74歳詳細ページ

軽演劇劇団「お笑い浅草21世紀」を立ち上げ、浅草軽演劇の復興に取り組んでいた。昨年9月の公演終了後に体調を崩し、その後の検査で悪性リンパ腫と判明し治療を受けていた。肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

橋本真也写真

★ 橋本 真也 さん2005年 (平成17年) 7月11日 没 / 享年40歳詳細ページ

プロレスラー闘魂三銃士の一人として「破壊王」の ニックネームでファンを魅了した。午前8時ごろ、故 冬木弘道(2003年に死去)宅で倒れ 救急搬送されていた。脳幹出血のため搬送先の横浜市立大学附属 市民総合医療センターで死去した。

橋本龍太郎写真

★ 橋本 龍太郎 さん2006年 (平成18年) 7月1日 没 / 享年68歳詳細ページ

1963年(昭和38年)、25歳で衆議院最年少議員として初当選。以来、14期にわたり衆議院議員を務めた。1996年(平成8年)1月11日、村山富市首相の辞任に伴い、第82代内閣総理大臣に指名された。多臓器不全のため国立国際医療センターで死去した。

長谷川一夫写真

★ 長谷川 一夫 さん1984年 (昭和59年) 4月6日 没 / 享年76歳詳細ページ

日本における二枚目の代名詞として知られ、映画、舞台、テレビで一世を風靡した。大河ドラマ「赤穂浪士」に大石内蔵助役で主演し 生涯の当たり役のひとつとなった。同年2月に繁夫人と死別すると 本人も急速に衰え、後を追うように死去した。

長谷川町子写真

★ 長谷川 町子 さん1992年 (平成4年) 5月27日 没 / 享年72歳詳細ページ

日本初の女性プロ漫画家として知られ、4コマ漫画の第一人者としてファンを魅了した。代表作には「サザエさん」や「いじわるばあさん」、「エプロンおばさん」などがある。没後、家族漫画を通じて潤いと安らぎを与えたとして国民栄誉賞が授与された。

長谷川裕見子写真

★ 長谷川 裕見子 さん2010年 (平成22年) 7月27日 没 / 享年85歳詳細ページ

1958年(昭和33年)に俳優の故 船越英二さんと結婚した。長男は俳優の船越英一郎である。女優引退後は、神奈川県湯河原町で長女とともに旅館の女将業に専念していた。2年前に乳がんの再発(転移性肺がん)が見つかり入退院を繰り返していた。

羽田健太郎写真

★ 羽田 健太郎 さん2007年 (平成19年) 6月02日 没 / 享年58歳詳細ページ

人気ピアニストとして、テレビ番組「題名のない音楽会21」などの司会で注目を集めた。音楽バラエティ番組に出演しクラシックとポップスの橋渡し的役目を果たした。肝細胞がんのため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

羽田孜写真

★ 羽田 孜 さん2017年(平成29年)8月28日 没 / 享年82歳詳細ページ

衆院議員だった父の後を継ぎ、1969年(昭和44年)の衆院選で初当選。連続当選14回。農林水産相や蔵相を歴任。当選同期の小沢一郎氏らとともに竹下派「七奉行」と呼ばれた。1993年(平成5年) 6月、自民党を離党して新生党を旗揚げ。1994年4月、細川退陣後、後継の第80代首相に就いた。

ばってん荒川写真

★ ばってん荒川 さん2006年 (平成18年) 10月22日 没 / 享年69歳詳細ページ

鼻の下に大きなほくろを付け「お米(よね)ばあさん」の姿と軽妙な熊本弁で人気を集めた。熊本弁の漫談や演歌を歌い、九州では「にわか芸の大家」として広く知られた。膀胱がんによる心不全のため入院先の熊本市内の病院で死去した。

服部良一写真

★ 服部 良一 さん1993年 (平成5年) 1月30日 没 / 享年85歳詳細ページ

ヒット曲「別れのブルース」や「東京ブギウギ」、「青い山脈」などの作曲家として知られた。和製ブルースの創作など 日本のポップス界隆盛の最大の功労者であった。 1969年(昭和44年)に紫綬褒章を受章。没後、国民栄誉賞が授与された。

鳩山一郎写真

★ 鳩山 一郎 さん1959年 (昭和34年) 3月7日 没 / 享年76歳詳細ページ

1954年(昭和29年)12月10日、第1次鳩山内閣が発足した。以後、53・54代を歴任した。アメリカ中心の外交から転換し、懸案であった日ソ国交回復を成し遂げた。また、原子力基本法を提出成立させ、後の原子力発電時代の礎を築いた。

鳩山邦夫写真

★ 鳩山 邦夫 さん2016年(平成28年)6月21日 没 / 享年67歳詳細ページ

祖父は一郎元首相、父は威一郎元外相、兄は由紀夫元首相。1976年(昭和51年)に衆院初当選。1991年に宮沢内閣で文部相として初入閣。その後、法務相や総務相を歴任。派閥横断グループ「きさらぎ会」を率い、安倍晋三首相を支えていた。最近は急激にやせたため、体調不安がささやかれていた。

鳩山安子死去

★ 鳩山 安子 さん2013年 (平成25年) 2月11日 没 / 享年90歳詳細ページ

鳩山由紀夫元首相、鳩山邦夫元総務相の母で「ゴッドマザー」の異名を取った。鳩山威一郎元外相の妻で、ブリヂストン創業者の故石橋正二郎氏の長女である。晩年は東京都内の聖路加病院付属の老人施設に入居し老後を過ごした。

花森安治写真

★ 花森 安治 さん1978年(昭和53年)1月14日 没 / 享年66歳詳細ページ

ユニークな生活雑誌「暮しの手帖」の創刊者として知られた。雑誌は中立性を守るという立場から企業広告を一切載せないという理念の元に発行され、自ら紙面デザインや取材に奔走した。心筋梗塞のため東京都港区南麻布の自宅で死去した。

花紀京写真

★ 花紀 京 さん2015年(平成27年)8月5日 没 / 享年78歳詳細ページ

横山エンタツの二男として生まれた。1962(昭和37年)、吉本興業に入社。以来、吉本新喜劇の舞台で活躍し、原哲男や岡八朗らとの掛け合いや、ひょうひょうとした演技で幅広く人気を集め、吉本新喜劇の黄金時代を築いた。鼻の先を赤くし、ニット帽にニッカーボッカー、腹巻き姿がトレードマーク。

花田勝治写真

★ 花田勝治 (初代若乃花)2010年 (平成22年) 9月1日 没 / 享年82歳詳細ページ

昭和の大相撲史に残る数々の名勝負を繰り広げ、「土俵の鬼」と呼ばれ人気を誇った。戦後の最軽量横綱ながら、鍛えた足腰を武器に豪快な大技でファンを熱狂させた。腎細胞がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

花登筺写真

★ 花登 筺 さん1983年(昭和58年)10月3日 没 / 享年55歳詳細ページ

上方喜劇ブームの立役者であり、またテレビ草創期におけるスター脚本家であった。大阪の商人を主人公とした商魂物・根性物を多数執筆した。生涯に書いた脚本の数は6000本を超えると言われる。主な作品に、『やりくりアパート』、『番頭はんと丁稚どん』、『細うで繁盛記』、『あかんたれ』など多数。

ハナ肇写真

★ ハナ 肇 さん1993年 (平成5年) 9月10日 没 / 享年63歳詳細ページ

日本最強のコミック バンドとして人気を誇った 「クレージーキャッツ」のリーダーとして活躍した。ハナがヒッピー姿で叫んだ「アッと驚く為五郎!」は流行語になった。映画「なつかしの風来坊」でブルーリボン賞を受賞。肝細胞がんのため死去した。

花菱アチャコ写真

★ 花菱 アチャコ さん1974年 (昭和49年) 7月25日 没 / 享年77歳詳細ページ

1930年(昭和5年)、横山エンタツとコンビを組み、しゃべくり漫才で人気を博した。ラジオ「アチャコ青春手帖」が映画化されるなど吉本バラエティの初期を支えた。「滅茶苦茶でごじゃりまするがな」などの台詞で広く知られ親しまれた。直腸がんのため死去した。

花村菊江写真

★ 花村 菊江 さん2011年 (平成23年) 9月29日 没 / 享年73歳詳細ページ

コロムビア全国歌謡コンクールで入賞し、ヒット曲「潮来花嫁さん」で注目された。18日朝、自宅で倒れているところを家族に発見され緊急搬送されていた。一度も意識が回復しないまま、くも膜下出血のため搬送先の東京都内の病院で死去した。

大関魁傑写真

★ 元放駒親方 西森 輝門 さん2014年 (平成26年) 5月18日 没 / 享年66歳詳細ページ

大相撲で現役時代は大関魁傑(かいけつ)として活躍。本名は西森 輝門(にしもり てるゆき)。日大を1年で中退して花籠部屋に入門。1975年(昭和50年)1月場所後、大関に推挙された。引退後は年寄 放駒を襲名。2010年8月、第11代日本相撲協会理事長に就任。野球賭博問題や八百長問題に対応した。

花柳寿楽写真

★ 花柳 寿楽 さん2007年 (平成19年) 1月7日 没 / 享年88歳詳細ページ

花柳流の舞踊家の名手として知られ、宝塚歌劇などの振り付けも数多く手掛けた。2002年(平成14年)には人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された。肺気腫(はいきしゅ)のため入院先の東京都内の病院で死去した。

羽生未来写真

★ 羽生 未来 さん2005年 (平成17年) 2月22日 没 / 享年30歳詳細ページ

NHKの教育テレビ番組「英語であそぼ」のお姉さん役などで知られた。2002年(平成14年)5月に肺がんと その転移による脳腫瘍が見つかり治療を続けていた。昨年、交際していた男性と婚約を交わし、幸せをつかむ直前の悲劇となった。

ばば こういち写真

★ ばば こういち さん2010年 (平成22年) 4月09日 没 / 享年77歳詳細ページ

放送ジャーナリストとして知られ ワイドショーのリポーターとしても人気を博した。テレビ番組「なっとくいかないコーナー」では、政治、社会問題などを徹底追求し話題になった。心不全のため入院先の東京都渋谷区内の病院で死去した。

馬場のぼる写真

★ 馬場 のぼる さん2001年 (平成12年) 4月7日 没 / 享年73歳詳細ページ

代表作の絵本「11ぴきのねこ」シリーズの作者として知られる漫画家である。1970年(昭和45年)からは日本経済新聞に「バクさん」を14年間にわたり連載し好評を博した。1995年(平成7年)に紫綬褒章を受章。 胃がんのため東京都練馬区の自宅で死去した。

浜口庫之助写真

★ 浜口 庫之助 さん1990年(平成2年)12月2日 没 / 享年73歳詳細ページ

「星のフラメンコ」や「バラが咲いた」など数々のヒット曲を生み出した。晩年の闘病生活の中、「人生いろいろ」(島倉千代子)の楽曲を提供するなど昭和の名音楽家であった。喉頭癌のため東京都江東区の がん研究会有明病院で死去した。

浜田幸一写真

★ 浜田 幸一 さん2012年 (平成24年) 8月5日 没 / 享年83歳詳細ページ

衆院議員を7期務め「政界の暴れん坊」と呼ばれ、「ハマコー」の愛称で親しまれた。1993年(平成5年)に政界を引退。その後はテレビのバラエティー番組などで活躍し注目を集めた。急性心不全のため千葉県富津富津市大堀の自宅で死去した。

浜田寅彦写真

★ 浜田 寅彦 さん2009年 (平成21年) 10月15日 没 / 享年90歳詳細ページ

2006年(平成18年)に日本新劇製作者協会賞を受賞するなど 舞台を中心に活躍した。テレビ時代劇では悪徳商人やヤクザの親分など多くの悪役を好演し注目された。心筋梗塞(しんきん こうそく)のため入院先の東京都内の病院で死去した。

早坂茂三写真

★ 早坂 茂三 さん2004年 (平成16年) 6月20日 没 / 享年73歳詳細ページ

故 田中角栄元首相の政務担当の秘書官として23年間を支えた。田中元首相の秘話などを紹介した「オヤジとわたし」や「政治家田中角栄」など多数の著書がある。肺がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

林京子写真

★ 林 京子 さん2017年(平成29年)2月19日 没 / 享年86歳詳細ページ

長崎県長崎市出身。1945年(昭和20年)、長崎高等女学校に在学中、学徒動員先の工場で被爆した。30年後の1975年(昭和50年)、爆心地付近をさまよったときの様子をつづった「祭りの場」で芥川賞を受賞。その後も「8月9日の語り部」として被爆の実態を問い続ける創作を展開した。

林成年写真

★ 林 成年 さん2008年 (平成20年) 2月6日 没 / 享年76歳詳細ページ

舞台俳優として、父の故長谷川一夫を座頭とする東宝歌舞伎で活躍した。故長谷川一夫の長男として生まれ、幼い頃から子役として舞台などで注目を集めた。映画出演作に「廃市」や「タンポポ」などがある。心不全のため死去した。

林 光写真

★ 林 光 さん2012年 (平成24年) 1月5日 没 / 享年80歳詳細ページ

作曲家として「セロ弾きのゴーシュ」など日本語オペラでで注目され音楽界に多大な業績を残した。合唱組曲「原爆小景」の作品でも知られ、毎年夏には、この曲を中心にしたコンサートが催されていた。多臓器不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

林裕章写真

★ 林 裕章 さん2005年 (平成17年) 1月3日 没 / 享年62歳詳細ページ

1971年(昭和46年)に吉本興業創業者の故林正之助氏の娘 マサさんと結婚(婿入り)、同社に入社した。1999年、吉本興業の社長に就任し多角経営を展開し、漫才ブームの基礎を築いた。肺小細胞がんのため入院先の大阪市北区内の病院で死去した。

林由郎写真

★ 林 由郎 さん2012年 (平成24年) 1月2日 没 / 享年89歳詳細ページ

戦後、復興期の日本ゴルフ界を支え、元日本プロゴルフ協会副会長を務めた。日本オープン2勝、日本プロ4勝と活躍し、また、カナダカップ4位をはじめ国際舞台でも実績を残した先駆者だった。老衰のため茨城県内の施設で死去した。

林義郎写真

★ 林 義郎 さん2017年(平成29年)2月3日 没 / 享年89歳詳細ページ

山口県下関市出身。東大法学部卒業。旧通産省を経て、1969年(昭和28年)の衆院選で初当選。以降、11期連続当選。1982年(昭和57年)第1次中曽根内閣の厚生大臣として初入閣。1992年、宮沢改造内閣で大蔵大臣に就任。2003年の第43回衆議院議員総選挙には立候補せず、政界を引退した。

林隆三写真

★ 林 隆三 さん2014年 (平成26年) 6月4日 没 / 享年70歳詳細ページ

映画「竹山ひとり旅」や、テレビドラマ「天下御免」などで味のある演技をみせ人気を博した。1977年(昭和52年)には津軽三味線奏者の高橋竹山をモデルにした「竹山ひとり旅」で第1回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。また、宮沢賢治童話の朗読公演でも活躍した。

林家三平写真

★ 林家 三平 (初代) さん1980年 (昭和55年) 9月20日 没 / 享年54歳詳細ページ

「どうもすいません」などのギャグを交えた爆笑落語で知られ、爆笑王の異名を取った。1979年(昭和54年)正月、脳溢血で倒れたが、後遺症を克服し奇跡の復帰を果たした。今年9月7日、上野鈴本演芸場が最後の高座になった。肝臓がんのため死去した。

速水優写真

★ 速水 優 さん2009年 (平成21年) 5月16日 没 / 享年84歳詳細ページ

1998年(平成10年)3月、日銀総裁に就任。改正日銀法下では初の日銀総裁となった。当時の首相 橋本龍太郎から後継の日銀総裁としての指名を受け世間を驚かせた。呼吸不全のため入院先の東京都三鷹市の杏林大学医学部付属病院で死去した。

原節子写真

★ 原 節子 さん2015年(平成27年)9月5日 没 / 享年95歳詳細ページ

1935年(昭和10年)に映画デビュー。戦後には、黒沢明監督、今井正監督など名匠の作品に出演、彫りの深い美貌と、はつらつとした明るさで人気女優の地位を確立した。特に小津安二郎監督「晩春」「東京物語」などの名作で、知的で優しい成熟した女性像を演じ、名実ともにトップ女優になった。

はら たいら写真

★ はら たいら さん2006年 (平成18年) 11月10日 没 / 享年63歳詳細ページ

週刊漫画ゴラクの連載漫画「モンローちゃん」や、数多くの新聞掲載漫画も手掛けた。大橋巨泉が司会を務めた クイズ番組「クイズダービー」では名物解答者として注目を浴びた。肝臓ガンのため入院先の埼玉県富士見市内の病院で死去した。

原田正純写真

★ 原田 正純 さん2012年 (平成24年) 6月11日 没 / 享年77歳詳細ページ

医師として水俣病患者の診療や公害問題の解決を訴え、不知火海一帯を歩いて診察し、被害の広がりの解明にも貢献した。水俣病研究の第一人者であった。急性骨髄性白血病のため熊本市内の病院から退院後、自宅にて死去した。

原田芳雄写真

★ 原田 芳雄 さん2011年 (平成23年) 7月19日 没 / 享年71歳詳細ページ

個性派俳優として注目を集め数多くの映画賞を受賞した。また、2003年(平成15年)には紫綬褒章を受章した。2008年に大腸がんの手術を受けたが、その後も精力的に活動を続けていた。肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

原哲男写真

★ 原 哲男 さん2013年(平成25年)1月11日 没 / 享年78歳詳細ページ

1962年(昭和37年)に吉本興業に入社。その後、岡八郎、花紀京らとともに吉本新喜劇の黄金時代を築いた。「カバ」の愛称で呼ばれ人気を呼び「誰がカバやねん!」などのギャグで親しまれた。肝がんのため大阪府堺市内の病院で死去した。

原ひさ子写真

★ 原 ひさ子 さん2005年 (平成17年) 12月04日 没 / 享年96歳詳細ページ

現役最年長の女優として注目され、ほのぼのとしたおばあちゃん役で親しまれた。ドラマの母親役や、おばあちゃん役には欠かせない貴重な脇役女優として活躍した。同日夜の夕食後、自宅で眠るように意識をなくし救急搬送されていた。

原貢写真

★ 原 貢 さん2014年 (平成26年) 5月29日 没 / 享年79歳詳細ページ

学生野球の強豪、東海大学や東海大相模高校(神奈川)の元監督で、プロ野球巨人軍・原辰徳監督の実父として知られた。卓越した指導力と猛練習でチームをまとめ、夏の全国高校野球選手権で2度の全国制覇を達成した。今月4日、大動脈解離と心筋梗塞を併発して入院治療を続けていた。

春一番写真

★ 春一番 さん2014年(平成26年)7月3日 没 / 享年47歳詳細ページ

「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」などで活躍したほか、自身が敬愛する「燃える闘魂 アントニオ猪木」のモノマネで注目を集めた。前日2日夜、自宅で酒を飲んだ後に就寝したが、翌朝になって呼吸が止まっていたという。救急搬送された病院で死亡が確認された。

晴乃ピーチク写真

★ 晴乃 ピーチク さん2007年 (平成19年) 10月07日 没 / 享年82歳詳細ページ

昭和期に漫才コンビ「晴乃ピーチク・パーチク」を結成し「見たかや聞いたかや」などのギャグで人気を博した。1971年(昭和46年)、コンビ解消後は趣味の油絵を活かした似顔絵漫談で人気を集めた。肺がんのため入院先の東京都足立区内の病院で死去した。

伴淳三郎写真

★ 伴 淳三郎 さん1981年(昭和56年)10月26日 没 / 享年73歳詳細ページ

1950年(昭和25年)代、「アジャパー」や「いっぺえやっか」などの流行語で人気を博した。映画「二等兵物語」や、森繁久弥、フランキー堺と共演の「駅前シリーズ」が大ヒットした。病床では、かつての妻の清川虹子が看病した。食道静脈瘤破裂のため死去した。

坂東眞砂子写真

★ 坂東 眞砂子 さん2014年 (平成26年) 1月27日 没 / 享年55歳詳細ページ

1993年(平成5年)にホラー小説ブームの先駆けとなった「死国」で注目を集めた。その後、ホラー小説を次々に発表し、1997年(平成9年)に明治時代の雪深い越後地方を舞台に、男女の複雑な人間関係を描いた「山妣」(やまはは)で直木賞を受賞。昨年春、舌がんが見つかり治療を続けていた。

阪東妻三郎写真

★ 阪東 妻三郎 さん1953年 (昭和28年) 7月7日 没 / 享年52歳詳細ページ

端正な顔立ちで二枚目俳優として活躍し「阪妻(ばんつま)」の愛称で親しまれた。日本の代表的剣戟(けんげき)俳優として剣戟ブームを生み出し「剣戟王」と称された。 長男の田村高廣、三男の田村正和、四男の田村亮の3人はいずれも俳優となった。

坂東三津五郎写真

★ 坂東 三津五郎 さん2015年(平成27年)2月21日 没 / 享年59歳詳細ページ

2001年(平成13年)に十代目三津五郎を襲名。2012年12月に亡くなった中村勘三郎とは名コンビで知られ、ともに歌舞伎人気をけん引した。また、テレビや映画でも活躍し、2006年のNHK大河ドラマ「功名が辻」や、映画「武士の一分」などに出演した。2006年に日本芸術院賞、2009年に紫綬褒章。

東伏見慈洽写真

★ 東伏見 慈洽 さん2014年 (平成26年) 1月1日 没 / 享年103歳詳細ページ

天皇陛下の叔父に当たり、1931年(昭和6年)に皇籍を離脱し、得度後、1953年(昭和28年)から天台宗青蓮院の門主を務めた。長姉は昭和天皇の皇后 香淳皇后、3番目の姉は真宗大谷派の大谷光暢元門首の妻の智子さん。慢性心不全のため京都市内の病院で死去した。

東山魁夷写真

★ 東山 魁夷 さん1999年 (平成11年) 5月6日 没 / 享年90歳詳細ページ

昭和を代表する日本画壇の巨匠の一人である。1969年(昭和44年)に文化勲章を受章した。1960年(昭和35年)に東宮御所、1968年には皇居宮殿の障壁画を担当し「昭和の宮廷画家」とも称された。老衰のため東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。

左幸子写真

★ 左 幸子 さん2001年 (平成13年) 11月07日 没 / 享年71歳詳細ページ

昭和を代表する演技派女優として知られ、映画、舞台、テレビと幅広く活躍した。ブルーリボン賞主演女優賞、ベルリン国際映画祭主演女優賞など多数を受賞した。肺がんのため入院先の東京都中央区の国立がんセンターで死去した。

左卜全写真

★ 左 卜全 さん1971年 (昭和46年) 5月26日 没 / 享年77歳詳細ページ

飄々とした とぼけた味の老け役を演じ、数多くの作品に出演し人気を博した。1970年(昭和45年 )に歌手として「老人と子供のポルカ」(作曲:早川博二)が発売さ、76歳当時「史上最高齢の新人歌手」として話題になった。癌(がん)のため死去した。

尾藤公写真

★ 尾藤 公 さん2011年 (平成23年) 3月6日 没 / 享年68歳詳細ページ

和歌山県立箕島高校野球部の監督として、4度の甲子園大会制覇を果たした名監督として知られた。昨年9月に31年前の箕島対星稜戦のOB戦が開催され、車いすで参加していた。膀胱がんのため入院先の和歌山県立医大病院で死去した。

日野てる子写真

★ 日野 てる子 さん2008年 (平成20年) 9月9日 没 / 享年63歳詳細ページ

「夏の日の想い出」などのヒット曲で知られ、ハワイアンの女王として人気を博した。1962年(昭和37年)に全日本ハワイアンコンテストで優勝し、ハワイアン歌手としてデビューした。肺がんのため入院先の東京都杉並区内の病院で死去した。

日野原重明写真

★ 日野原 重明 さん2017年(平成29年)7月18日 没 / 享年105歳詳細ページ

京都帝大医学部卒業。早くから予防医学に取り組み、人間ドックを先駆的に取り入れ、生活習慣病の予防を訴えるなど、予防医学の普及に努めた。2001年に90歳で刊行したエッセー集「生きかた上手」が大ヒット。高齢者に社会参加を呼び掛ける新老人運動を起こすなど、発言や活動も注目された。

姫田忠義死去

★ 姫田 忠義 さん2013年(平成25年)7月29日 没 / 享年84歳詳細ページ

映像記録作家として地域の消えゆく文化や人々の暮らしを映像で記録し、海外からも高い評価を受けた。アイヌの儀式イヨマンテや山間地の焼き畑農法など民族文化の記録活動を続けた。主な作品に「イヨマンテ」や「アイヌの結婚式」などの作品がある。

日吉ミミ写真

★ 日吉 ミミ さん2011年 (平成23年) 8月10日 没 / 享年64歳詳細ページ

ヒット曲「男と女のお話」で知られ、高音域の特異な声質で注目を集めた。昨年5月には自身の闘病体験をもとに新曲「いのちのしずく」を発表していた。2009年(平成21年)4月にすい臓がんの手術を受け、その後、抗がん剤治療を続けていた。

平井和正写真

★ 平井 和正 さん2015年(平成27年)1月17日 没 / 享年76歳詳細ページ

日本のSFの草分けの一人で、中央大学在学中に空想科学小説コンテストでの入賞をきっかけに作家としてデビュー。その後、テレビアニメ「エイトマン」や石森章太郎とタッグを組んだ週刊少年マガジンの連載漫画「幻魔大戦シリーズ」の原作などを手がけた。

平岩外四写真

★ 平岩 外四 さん2007年 (平成19年) 5月22日 没 / 享年92歳詳細ページ

日本経団連の元会長で経済審議会会長、宮内庁参与など多くの公職を歴任した。2006年(平成18年)秋、桐花大綬章を受章、1987年(昭和62年)に名誉大英帝国勲章KBEを受勲した。心不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

平尾誠二写真

★ 平尾 誠二 さん2016年(平成28年)10月20日 没 / 享年53歳詳細ページ

元スター選手で日本代表監督も務め、「ミスターラグビー」と称された。現役引退後も幅広い人脈を築き、スポーツの社会的価値を訴え続けた。2019年W杯日本大会と2000年東京五輪を控え、大会組織委員会の事務総長特別補佐に就任し、「顔」としての活躍が期待されていた。

平尾昌晃写真

★ 平尾 昌晃 さん2017年(平成29年)7月21日 没 / 享年79歳詳細ページ

東京都出身。1958年に歌手デビュー。ミッキー・カーチス、山下敬二郎さんらとロカビリー旋風を巻き起こし、「和製プレスリー」と呼ばれ、ロカビリーブームの立役者になった。その後、作曲家に転身。ポップスから演歌まで幅広い曲を手掛け、ヒットメーカーとして一時代を築いた。2003年、紫綬褒章を受章。

平田暁夫写真

★ 平田 暁夫 さん2014年 (平成26年) 3月19日 没 / 享年89歳詳細ページ

皇后美智子さまの帽子製作をはじめ、皇族方の帽子デザイナーとして知られた。1962年(昭和37年)、単身フランス パリに渡り、オートクチュールの帽子づくりの技術を日本人ではじめて習得。「イッセイミヤケ」や「ハナエモリ」など、有名デザイナーのブランドの帽子デザインを手掛けた。

平野洋子写真

★ 平野 洋子 さん2010年 (平成22年) 2月11日 没 / 享年47歳詳細ページ

俳優の故 船越英二さんの娘で湯河原温泉「旅荘 船越」の女将を務めていた。うつ病を発症し、その闘病体験を基にした著書「梅一夜」で湯河原文学賞最優秀賞を受賞した。同旅館の離れで首を吊って死亡しているところを家族により発見された。

平幹二朗写真

★ 平 幹二朗 さん2016年(平成28年)10月23日 没 / 享年82歳詳細ページ

1953年(昭和28年)に俳優座養成所に5期生として入所。その後俳優座入団。1963年にテレビドラマ「三匹の侍」にレギュラー出演し人気を得た。NHK大河ドラマでも「樅ノ木は残った」や「国盗り物語」に主演。故蜷川幸雄さんの舞台にも数多く出演した。1998年紫綬褒章。2005年旭日小綬章受章。

平山郁夫写真

★ 平山 郁夫 さん2009年 (平成21年) 12月02日 没 / 享年52歳詳細ページ

日本美術界の重鎮として知られ、ユネスコ親善大使として世界の文化遺産保護にも尽力した。現代日本画壇の最高峰の画家と称され、1998年(平成10年)に文化勲章を受章した。脳梗塞のため入院先の東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。

広川太一郎写真

★ 広川 太一郎 さん2008年 (平成20年) 3月3日 没 / 享年68歳詳細ページ

声優として映画「007」シリーズの英国俳優 ロジャー・ムーアさんの声で注目を浴びた。洋画や海外ドラマの吹き替えを多数こなし、渋い二枚目俳優の声優として活躍した。癌(がん)のため入院先の東京都渋谷区内の病院で死去した。

深浦加奈子写真

★ 深浦 加奈子 さん2008年 (平成20年) 8月25日 没 / 享年48歳詳細ページ

女優としてテレビドラマなどで印象的な様々な役柄をこなし、名脇役と評された。2003年(平成15年)3月に大腸がんが見つかり治療を受けながら女優を続けていた。S状結腸がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

深作欣二写真

★ 深作 欣二 さん2003年 (平成15年) 1月12日 没 / 享年72歳詳細ページ

「サクさん」の愛称で親しまれ、1973年(昭和48年)から公開された映画「仁義なき戦い」は邦画史に残るヒットを記録し、実録映画の第一人者の地位を不動のものとした。前立腺がんのため入院先の東京都中央区内の病院で死去した。

深田祐介写真

★ 深田 祐介 さん2014年 (平成26年) 7月14日 没 / 享年82歳詳細ページ

大学卒業後、会社勤務の傍ら執筆を続け、1958年(昭和33年)、小説「あざやかなひとびと」で第7回文學界新人賞を受賞。1982年(昭和57年)、フィリピンを舞台に日本の商社マンの姿を描いた企業小説「炎熱商人」で第87回直木賞を受賞。テレビドラマ「スチュワーデス物語」の原作などでも知られた。

深町幸男写真

★ 深町 幸男 さん2014年 (平成26年) 6月21日 没 / 享年83歳詳細ページ

NHKのテレビドラマ「事件」シリーズや「夢千代日記」「あ・うん」「父の詫び状」などの演出を手掛け、故 和田勉と並んでNHKドラマを代表する演出家として知られた。人間の心の機微を巧みに描き、数多くの賞を受賞するなど高い評価を受けた。2002年(平成14年)には勲四等旭日小綬章を受章。

福井敏雄写真

★ 福井 敏雄 さん2005年 (平成17年) 4月27日 没 / 享年84歳詳細ページ

まじめな人柄と声を張り上げる独特の口調で、お天気キャスターとして話題となった。1955年(昭和30年)に気象庁を退官後、関西テレビのニュース番組で お天気コーナーを担当し注目を集めた。老衰のため入院先の大阪市内の病院で死去した。

福島菊次郎写真

★ 福島 菊次郎 さん2015年(平成27年)9月24日 没 / 享年94歳詳細ページ

軍隊生活を経て、戦争孤児を撮影して救援物資集めの写真展を開いたのを契機に写真の道へ。広島の被爆者家庭を取材した写真集「ピカドン ある原爆被災者の記録」などで知られ、日本写真批評家協会賞特別賞を受賞。福島第一原子力発電所事故を機に、再び活発に活動を続けていた。

福田赳夫写真

★ 福田 赳夫 さん1995年 (平成7年) 7月5日 没 / 享年90歳詳細ページ

1976年(昭和51年)12月、三木武夫首相の後任として 第67代内閣総理大臣に就任した。1990年(平成2年)2月、第39回衆議院議員総選挙を機に政界を引退し、長男の康夫氏(第91代内閣総理大臣)が後継者となった。肺気腫のため死去した。

藤岡琢也写真

★ 藤岡 琢也 さん2006年 (平成18年) 10月20日 没 / 享年76歳詳細ページ

人気テレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で、放送以来、岡倉大吉役を演じ人気を博した。今年2月21日、肺炎のため「渡る世間は鬼ばかり」を降板し入院していた。慢性腎不全のため入院先の東京都新宿区の慶應義塾大学病院で死去した。

藤岡太郎写真

★ 藤岡 太郎 さん2012年 (平成24年) 3月17日 没 / 享年47歳詳細ページ

人気テレビドラマ「銭形平次」や「遠山の金さん」などで脇役俳優として活躍した。東京都豊島区の路上で殴られ救急搬送されていたが、その後、死亡が確認された。池袋署は仕事上の同僚、猪口宰容疑者(48歳)を現行犯逮捕した。

藤木悠写真

★ 藤木 悠 さん2005年 (平成17年) 12月19日 没 / 享年74歳詳細ページ

テレビドラマ「Gメン75」で叩き上げのベテラン刑事役を好演し、強烈な印象を残した。糖尿病を患い、以来、その闘病経験などをインターネット上で公開し、講演活動も続けていた。肺塞栓(そくせん)症による多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。

藤倉修一写真

★ 藤倉 修一 さん2008年 (平成20年) 1月11日 没 / 享年93歳詳細ページ

NHKアナウンサーとして終戦直後のラジオ番組「街頭録音」などで活躍した。柔和な語り口で、1951年(昭和26年)の第1回から翌年の第2回「NHK紅白歌合戦」の司会を務めた。退職後はアナウンス学園の校長を務めた。心不全のため死去した。

藤圭子死去

★ 藤 圭子 さん2013年(平成25年)8月22日 没 / 享年62歳詳細ページ

「圭子の夢は夜ひらく」や「新宿の女」などのヒット曲で人気を博し、また、歌手の宇多田ヒカルさんの母親として知られた。東京都新宿区西新宿6丁目の高層マンション脇の路上で倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。

藤子・F・不二雄写真

★ 藤子・F・不二雄 さん1996年 (平成8年) 9月23日 没 / 享年62歳詳細ページ

安孫子素雄と共に「藤子不二雄」としてコンビを組み、多くの人気漫画で注目を浴びた。「オバケのQ太郎」や「パーマン」「ドラえもん」など国民的な作品を生み出した。コンビ解消後は、藤子・F・不二雄に改名し執筆を続けていた。肝不全のため死去した。

藤沢嵐子写真

★ 藤沢 嵐子 さん2013年(平成25年)8月22日 没 / 享年88歳詳細ページ

「タンゴの女王」と呼ばれ、日本のタンゴブームの立役者の一人として知られた。本場アルゼンチンでも絶大な人気を誇った。1991(平成3年)年9月6日のコンサートを最後に引退していた。老衰のため新潟県長岡市内の病院で死去した。

藤田まこと写真

★ 藤田 まこと さん2010年 (平成22年) 2月17日 没 / 享年76歳詳細ページ

時代劇「必殺」シリーズや「はぐれ刑事純情派」などのテレビドラマで活躍した。1962年(昭和37年)に時代劇コメディー「てなもんや三度笠」で初の主役を演じ注目を集めた。大動脈瘤破裂ため入院先の大阪府吹田市内の病院で死去した。

藤田元司写真

★ 藤田 元司 さん2006年 (平成18年) 2月9日 没 / 享年74歳詳細ページ

プロ野球巨人軍のピッチャーとして、通算119勝を挙げ エースとして巨人軍を支えた。監督としても長嶋、王の後を受けて 2度の「登板」を果たし、2度の日本一に導いた。2000年(平成12年)頃から体調を崩し療養していた。心不全のため東京都内の病院で死去。

藤巻幸夫写真

★ 藤巻 幸夫 さん2014年 (平成26年) 3月15日 没 / 享年54歳詳細ページ

伊勢丹の元カリスマバイヤーとして知られたほか、社長を務めた福助株式会社の再建でも手腕を発揮した。2010年(平成22年)の参院選にみんなの党から出馬したが落選。2012年に繰り上げ当選し、昨年12月に結いの党結党に参加した。今年1月に急性膵炎(すいえん)を患い入院治療を続けていた。

藤間紫写真

★ 藤間 紫 さん2009年 (平成21年) 3月27日 没 / 享年85歳詳細ページ

女優としてまた、踊の紫派藤間流家元として知られ、舞踊劇の創作に注力した。先月15日の国立劇場「第52回日本舞踊協会公演」の出演後、体調を崩し入院していた。肝硬変による肝不全のため東京都千駄木の日本医科大付属病院で死去した。

藤村有弘写真

★ 藤村 有弘 さん1982年 (昭和57年) 3月16日 没 / 享年48歳詳細ページ

喜劇役者として個性的な役柄を演じ、インチキ外国語芸の元祖として知られた。NHK「ひょっこりひょうたん島」のドン・ガバチョの声優としても注目された。糖尿病の悪化による糖尿性昏睡(こんすい)のため入院先の病院で死去した。

藤村俊二写真

★ 藤村 俊二 さん2017年(平成29年)1月25日 没 / 享年82歳詳細ページ

軽妙でとぼけた味の演技が人気で、バラエティーやクイズ番組に多数出演したほか、テレビドラマ「王様のレストラン」や、映画「ラヂオの時間」など、三谷幸喜作品の常連俳優としても活躍。2015年10月小脳出血で倒れ、日本テレビ系「ぶらり途中下車の旅」のナレーションを降板後、療養生活を送っていた。

藤本義一写真

★ 藤本 義一 さん2012年 (平成24年) 10月30日 没 / 享年79歳詳細ページ

大阪を舞台にした小説や脚本を数多く手がけ、上方の文化や人情を描き続けた。1965年(昭和40年)から深夜に放送された番組「11PM」の司会者を25年間にわたり務めた。肺がんのため入院先の兵庫県西宮市内の病院で死去した。

藤本二三代写真

★ 藤本 二三代 さん2001年 (平成13年) 3月28日 没 / 享年63歳詳細ページ

作曲家の吉田正に師事し、1956年(昭和31年)にビクターから「花の十九よさようなら」でデビューした。以降、「夢みる乙女」や「好きな人」などのヒットを飛ばし、1958年から4年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。大動脈解離のため兵庫県神戸市東灘区内の病院で死去した。

藤山一郎写真

★ 藤山 一郎 さん1993年 (平成5年) 8月21日 没 / 享年82歳詳細ページ

デビュー以来、60年以上の長きにわたり 国民的歌手として一世を風靡した。「影を慕いて」や「青い山脈」など昭和を代表する多くのヒット曲で人々を魅了した。1992年(平成4年)、国民栄誉賞を受賞。存命中の受賞となった。急性心不全のため死去した。

藤山寛美写真

★ 藤山 寛美 さん1990年 (平成2年) 5月21日 没 / 享年60歳詳細ページ

松竹新喜劇の大スターとして、阿呆役を演じれば天下一品の芸でファンを魅了した。「遊ばん芸人は花が無うなる」という一家言を守り、1966年には当時の金額で1億8000万円の負債を抱えて自己破産を経験するなど幾多の逸話が残る。肝硬変のため死去した。

二葉あき子写真

★ 二葉 あき子 さん2011年 (平成23年) 8月16日 没 / 享年96歳詳細ページ

1936年(昭和11年)に歌手デビューし、淡谷のり子や笠置シヅ子らとともに人気を競った。「フランチェスカの鐘」や「水色のワルツ」などのヒット曲と共に、表現力に富む歌のうまさを高く評価された。急性心不全のため広島市内の養護施設で死去した。

船越英二写真

★ 船越 英二 さん2007年 (平成19年) 3月17日 没 / 享年84歳詳細ページ

人気ドラマ「暴れん坊将軍」の田之倉孫兵衛役など、演技派の俳優として幅広く活躍した。TVドラマ「時間ですよ」や「熱中時代」などでの好演がテレビ時代の代表作となった。15日朝、神奈川県内の自宅で脳梗塞(のうこうそく)を発症し緊急搬送されていた。

船戸与一写真

★ 船戸 与一 さん2015年(平成27年)4月22日 没 / 享年71歳詳細ページ

「砂のクロニクル」などの冒険小説の名手として知られ、2000年には小説「虹の谷の五月」で直木賞を受賞。今年2月、満州国の興亡をテーマにした大河小説「満州国演義」が全9巻で完結し、日本ミステリー文学大賞を受賞。2009年にがんが発覚し「余命1年」の宣告を受けていたが、執筆を続けていた。

舟橋聖一写真

★ 舟橋 聖一 さん1976年(昭和51年)1月13日 没 / 享年71歳詳細ページ

NHK大河ドラマの第一作「花の生涯」の原作者として知られた。また、1999年(平成11年)には「新・忠臣蔵」を原作とした「元禄繚乱」がNHK大河ドラマで放送された。他の代表作に「悉皆屋康吉」や「絵島生島」「ある女の遠景」「好きな女の胸飾り」「お市御寮人」などがある。

船村徹写真

★ 船村 徹 さん2017年(平成29年)2月16日 没 / 享年84歳詳細ページ

1953年(昭和28年)、作曲家デビュー。日本人の心に寄り添った数々の名曲を生み出し、演歌の世界で並ぶものがない大御所の作曲家として活躍。「別れの一本杉」(春日八郎)や「王将」(村田英雄)など、約5000曲を手掛けた。2016年には作曲家としては山田耕筰以来二人目の文化勲章を受賞した。

冬木弘道写真

★ 冬木 弘道 さん2003年 (平成15年) 3月19日 没 / 享年42歳詳細ページ

プロレス団体WEW代表で、得意技「冬木 スペシャル 」などで高い人気を誇った。昨年4月に直腸がんが見つかり、現役を引退して手術を受けていた。直腸がんによる癌性腹膜炎のため神奈川県横浜市の横浜市民病院で死去した。

冬柴鉄三写真

★ 冬柴 鉄三 さん2011年 (平成23年) 12月05日 没 / 享年75歳詳細ページ

元公明党幹事長で、衆議院議員を7期務め国土交通大臣などを歴任した。2009年(平成21年)の衆議院選挙で落選。以降も引き続き公明党の常任顧問を務めていた。急性肺炎のため入院先の兵庫県尼崎市内の病院で死去した。

フランキー堺写真

★ フランキー 堺 さん1996年 (平成8年) 6月10日 没 / 享年67歳詳細ページ

主演のドラマ「私は貝になりたい」は人々に衝撃を与え、芸術祭文部大臣賞を受賞した。これにより個性派俳優としてフランキー堺の名は不動のものになった。肝不全のため入院先の東京都港区三田の済生会中央病院で死去した。

フランク永井写真

★ フランク 永井 さん2008年 (平成20年) 10月27日 没 / 享年76歳詳細ページ

魅惑の低音で注目を集め「有楽町で逢いましょう」や「おまえに」などのムード歌謡で人気を誇った。1985年(昭和60年)に自殺未遂事件を起こし、記憶が乏しくなるなどの後遺症を患っていた。肺炎のため東京都世田谷区内の自宅で死去した。

古尾谷雅人写真

★ 古尾谷 雅人 さん2003年 (平成15年) 3月25日 没 / 享年45歳詳細ページ

テレビドラマ「金田一少年の事件簿」で剣持警部役を演じるなど名脇役俳優として知られた。1983年(昭和58年)に ドラマ「若草学園物語」で主役の教師役を好演し一躍脚光を浴びた。東京都文京区の自宅マンションで首を吊っているのを家人が発見した。

古橋広之進写真

★ 古橋 広之進 さん2009年 (平成21年) 8月2日 没 / 享年80歳詳細ページ

日本オリンピック委員会(JOC)会長や日本水泳連盟会長などを歴任し、日本水泳界を長年にわたりリードしてきた。2008年(平成20年)11月にスポーツ選手として初めての文化勲章を受章した。急性心不全のため滞在先のイタリア・ローマで死去した。

ペギー葉山写真

★ ペギー 葉山 さん2017年(平成29年)4月12日 没 / 享年83歳詳細ページ

1952年(昭和27年)にレコードデビュー。1954年にNHK紅白歌合戦に初出場した。1959年には「南国土佐を後にして」が売り上げ100万枚を超す大ヒット。その後も「ドレミの歌」や「ラ・ノビア」、「学生時代」など幅広いジャンルのヒット曲で人気を集めた。1995年に紫綬褒章、2004年に旭日小綬章を受章。

別所毅彦写真

★ 別所 毅彦 さん1999年 (平成11年) 6月24日 没 / 享年76歳詳細ページ

プロ野球 南海、巨人で歴代5位の通算310勝を挙げ、剛球投手として活躍した。1949年(昭和24年)、巨人移籍後は長きに渡ってエースとして君臨した。1979年(昭和54年)に野球殿堂入りを果たした。急性心不全のため東京都目黒区の自宅で死去した。

辺見じゅん写真

★ 辺見 じゅん さん2011年 (平成23年) 9月21日 没 / 享年72歳詳細ページ

歌人で作家として知られ、小説「男たちの大和」で新田次郎文学賞を受賞した。角川書店創立者の故、角川源義氏の長女で、角川春樹、角川歴彦兄弟の姉である。東京都武蔵野市の自宅で倒れ死亡しているのが発見された。近年体調を崩していたという。

ホイットニー ヒューストン写真

★ ホイットニー ヒューストン2012年 (平成24年) 2月11日 没 / 享年48歳詳細ページ

米国の人気女性シンガーで、通算6度のグラミー賞を受賞するなど高い人気を誇った。米国、カリフォルニア州のホテル4階客室の浴槽に倒れているのが発見された。グラミー賞の授賞式を翌日に控え、同ホテルに滞在していた。死因は溺死とされている。

宝生あやこ写真

★ 宝生 あやこ さん2015年(平成27年)9月8日 没 / 享年97歳詳細ページ

1953年(昭和28年)、夫で劇作家八田尚之氏と劇団「手織座(ており)」を結成。1964年の八田氏の死後、劇団代表を務めた。主な出演作に、舞台「楢山節考」、映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」、NHK連続テレビ小説「春よ、来い」など、テレビや映画でも活躍。幅広い芸風で知られた。

坊屋三郎写真

★ 坊屋 三郎 さん2002年(平成14年)5月25日 没 / 享年92歳詳細ページ

ボーイズ演芸「あきれたぼういず」でコメディアンとして一世を風靡する人気を得た。 大林宣彦監督の映画作品の常連としても知られ、喜劇映画を中心に多数出演した。バス停で倒れ、心不全のため救急搬送先の東京都世田谷区内の病院で死去した。

ポール牧写真

★ ポール牧 さん2005年 (平成17年) 4月22日 没 / 享年63歳詳細ページ

コメディアン、タレントして活躍し、リズム良く指を鳴らす「指パッチン」で注目を集めた。東京都新宿区内の自宅マンション下で倒れているのが発見され救急搬送されていた。9階の自室ベランダから飛び降りたとみられ全身打撲で死亡が確認された。

星セント写真

★ 星 セント さん2004年 (平成16年) 7月22日 没 / 享年56歳詳細ページ

漫才コンビ「星セント・ルイス」を結成し「田園調布に家が建つ!」などのフレーズで人気を博した。 2002年(平成14年)に肺がんを発症し全摘出手術を受け、その後も入退院を繰り返していた。右肺がんのため入院先の東京都世田谷区内の病院で死去した。

星野哲郎写真

★ 星野 哲郎 さん2010年 (平成22年) 11月15日 没 / 享年85歳詳細ページ

戦後の歌謡界を代表する作詞家の一人で、2000年(平成12年)に勲三等瑞宝章を受勲した。生涯にわたり、4000曲を超える作品を手がけ、数々のヒット作品を世に送り出した。心不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

星ルイス写真

★ 星 ルイス さん2005年 (平成17年) 3月10日 没 / 享年56歳詳細ページ

人気漫才コンビ「星セント・ルイス」を結成し「田園調布に家が建つ!」などのフレーズで人気を博した。 昨年末頃より食欲不振を訴え、今月7日には体調不良で救急搬送されていた。肺がんのため搬送先の埼玉県越谷市内の病院で死去した。

細川俊之写真

★ 細川 俊之 さん2011年 (平成23年) 1月14日 没 / 享年70歳詳細ページ

クールな二枚目俳優として舞台「ショーガール」や映画、ドラマで活躍し人気を博した。同月12日午後、東京都内にある自宅マンションで倒れ、急性硬膜下血腫のため搬送先の東京都内の病院で死去した。生前の本人の意思により献体の手続きがなされた。

細川隆一郎写真

★ 細川 隆一郎 さん2009年 (平成21年) 8月25日 没 / 享年90歳詳細ページ

政治評論家として毒舌の話術を生かし、ワイドショーのコメンテーターなどで注目を集めた。ラジオ番組「珠生、隆一郎のモーニングトーク」を 娘の細川珠生さんと共演していた。家族によると、昼食を食べ元気な様子だったが、夜に静かに息を引き取ったという。

堀内護写真

★ 堀内 護 さん2014年 (平成26年) 12月9日 没 / 享年65歳詳細ページ

1970年(昭和45年)、故 日高富明、大野真澄とフォークグループ「ガロ」を結成。「MARK(マーク)」の愛称で親しまれ、「学生街の喫茶店」や「君の誕生日」「ロマンス」などのヒット曲で注目を集めた。1976年の解散後は一時、音楽活動から離れたが、復帰後はライブを中心にソロ活動を続けていた。

堀江しのぶ写真

★ 堀江 しのぶ さん1988年 (昭和63年) 9月13日 没 / 享年23歳詳細ページ

1983年(昭和58年)、高校在学中にクラリオンガールコンテストで平凡パンチ・アイドル賞を受賞。元祖グラビアアイドルと称され、イエローキャブの原点として写真集でも注目された。「わたし・・・仕事がしたい・・・」の言葉を残し、スキルス性胃がんのため死去した。

堀本律雄写真

★ 堀本 律雄 さん2012年 (平成24年) 1月14日 没 / 享年76歳詳細ページ

立教大学、日本通運浦和を経て、1960年(昭和35年)にプロ野球巨人に入団し投手として活躍。引退後は歯に衣(きぬ)着せぬ巨人批評を行う数少ない野球評論家として注目を集めた。肺炎のため入院先の神奈川県横浜市内の病院で死去した。

本郷功次郎死去

★ 本郷 功次郎 さん2013年 (平成25年) 2月14日 没 / 享年74歳詳細ページ

人気刑事ドラマシリーズ「特捜最前線」などで二枚目俳優として活躍。特技の柔道を買われて、1959年(昭和34年)の映画「講道館に陽は上る」でデビュー。妻は元宝塚女優の古城都さん。 心不全のため横浜市内の病院で死去した。

本田宗一郎写真

★ 本田 宗一郎 さん1991年 (平成3年) 8月5日 没 / 享年84歳詳細ページ

本田技研工業の創業者として知られ「モノ作りのロマンチスト」と称された。自動車修理工から身を起こし、二輪車で世界のトップメーカーとなった。その後、四輪車に進出し一代で世界的な企業に成長させ、日本人初の米国の自動車殿堂入りを果たした。

本田美奈子写真

★ 本田 美奈子 さん2005年 (平成17年) 11月06日 没 / 享年36歳詳細ページ

1985年(昭和60年)4月に「殺意のバカンス」でデビューし、数多くの新人賞を獲得した。また、新人歌手としては異例の武道館コンサートを成功させた。2005年(平成17年)1月に急性骨髄性白血病の診断を受けて緊急入院していたが、肺への合併症を発症し死去した。

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