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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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前田健写真

★ 前田 健 さん2016年(平成28年)4月26日 没 / 享年44歳詳細ページ

24日午後7時15分ごろ、東京都新宿区内の路上で嘔吐(おうと)して突然倒れ、意識不明・心肺停止状態で救急搬送されていた。事件や事故の可能性は低く、死因は心不全とみられる。東京都杉並区出身。アイドル歌手 松浦亜弥さんのものまねや、人気アニメ主題歌の振り付けで知られた。

前田竹千代写真

★ 前田 竹千代 さん2008年 (平成20年) 11月09日 没 / 享年55歳詳細ページ

1994年(平成6年)にお笑いグループ「チャンバラトリオ」に加入し注目を浴びた。トリオは体を張ったチャンバラなどのネタを披露し、ハリセンで叩かれて「なーんとも思てません」などのギャグで人気を博した。胃がんのため入院先の大阪市内の病院で死去した。

前田武彦写真

★ 前田 武彦 さん2011年 (平成23年) 8月05日 没 / 享年82歳詳細ページ

「マエタケ」の愛称で親しまれ、放送作家や司会者としても活躍し「フリートークの天才」と称された。先月28日に突然体調を崩し緊急入院、意識不明の状態が続いていたという。肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

牧伸二死去

★ 牧 伸二 さん2013年 (平成25年) 4月29日 没 / 享年78歳詳細ページ

「ああやんなっちゃった」のフレーズで知られるウクレレ漫談家として人気を博した。東京都大田区の多摩川に架かる橋から転落し死去した。警視庁田園調布署は、欄干を越えて飛び降りたとの目撃情報などから自殺の可能性もあるとみて調べている。

牧野エミ写真

★ 牧野 エミ さん2012年 (平成24年) 11月17日 没 / 享年53歳詳細ページ

演劇ユニット「売名行為」や劇団「MOTHER」など、関西の舞台、演劇シーンを中心に活躍し人気を博した。昨年6月に出演した番組内で 乳がんの再発しを自ら告白していた。転移による肝臓がんのため入院先の大阪府箕面市内の病院で死去した。

牧野隆志写真

★ 牧野 隆志 さん2014年 (平成26年) 2月7日 没 / 享年49歳詳細ページ

1997年(平成9年)に伊藤洋介と 二人組の歌手グループ「東京プリン」を結成。代表曲「携帯哀歌」は日本有線大賞音楽賞を受賞。また、音楽活動とともに、多数のイベント司会やナレーションなどで活躍した。2010年(平成22年)7月に肺腺がんであることを公表し、化学療法などの治療を受けていた。

真樹日佐夫写真

★ 真樹 日佐夫 さん2012年 (平成24年) 1月2日 没 / 享年71歳詳細ページ

作家、空手家、漫画原作など多彩な顔を持ち、故 梶原一騎氏の実弟としても知られた。「恐い顔」の持ち主としてとんねるずの番組などにも出演していた。神奈川県の逗子マリーナでヨットへ乗船中に倒れ、その後、急性肺炎のため搬送先の病院で死去した。

升田幸三写真

★ 升田 幸三 さん1991年(平成3年)4月5日 没 / 享年73歳詳細ページ

将棋界で実力制第四代名人の称号を持つ将棋棋士として知られた。1957年(昭和32年)、弟弟子の大山康晴を下し名人位を獲得。その独創的な指し手、キャラクター、数々の逸話は、将棋界の歴史を語る上で欠かすことができない人物であった。

益田喜頓写真

★ 益田 喜頓 さん1993年 (平成5年) 12月1日 没 / 享年84歳詳細ページ

1936年(昭和11年)に川田義雄、芝利英、坊屋三郎とともにボーイズグループ「あきれたぼういず」を結成し注目を浴びた。様々な替え歌や、ナンセンスギャグ、パロディなどで一世を風靡した。大腸がんのため入院先の函館市内の病院で死去した。

又野誠治写真

★ 又野 誠治 さん2004年 (平成16年) 3月23日 没 / 享年43歳詳細ページ

テレビドラマ「太陽にほえろ!」のブルース刑事役にレギュラー出演し注目された。東京都杉並区内で経営していた飲食店内で、首に布を巻き 倒れているのが発見された。室内に争った跡がないことなどから自殺の可能性が高いとされた。

町村信孝写真

★ 町村 信孝 さん2015年(平成27年)6月1日 没 / 享年70歳詳細ページ

東大経済学部卒業後、通産省(現:経済産業省)に入省。1983年(昭和58年)の衆院選で初当選した。政策通として頭角を現し、外相、官房長官などを歴任。2014年12月に第75代衆院議長に就任したが、今年4月中旬に軽い脳梗塞と診断され、20日に議長を辞任して療養を続けていた。

松尾和子写真

★ 松尾 和子 さん1992年 (平成4年) 9月25日 没 / 享年57歳詳細ページ

ヒット曲「誰よりも君を愛す」で レコード大賞を受賞し、ムード歌謡の女王と称された。ヒット曲「東京ナイトクラブ」はデュエット曲の定番として今も歌い継がれている。自宅階段から転落し頭部を強打、無事を主張していたが、容態が急変し脳圧迫のため死去した。

松岡直也写真

★ 松岡 直也 さん2014年 (平成26年) 4月29日 没 / 享年76歳詳細ページ

日本レコード大賞を受賞した中森明菜の「ミ・アモーレ」の作編曲を手掛け、日本作曲家大賞、優秀作曲家賞を受賞。また、報道番組「ニュースステーション」をはじめとするニュース番組のテーマ曲を作曲するなど幅広いジャンルで活躍。日本におけるラテン・フュージョン音楽の第一人者として知られた。

松方弘樹写真

★ 松方 弘樹 さん2017年(平成29年)1月21日 没 / 享年74歳詳細ページ

17歳で映画デビュー。東映の時代劇を中心に人気を集めた。その後、「仁義なき戦い」シリーズなど東映実録路線のスターとしてダイナミックな演技を見せた。テレビでもNHK大河ドラマ「勝海舟」や「遠山の金さん」に主演。また、「松方弘樹・世界を釣る」といった釣り番組での豪快な姿も親しまれた。

松下幸之助写真

★ 松下 幸之助 さん1989年 (平成元年) 4月27日 没 / 享年94歳詳細ページ

世界的な家電メーカー「松下電器」を 一代で築き、戦後の日本を代表する実業家である。1979年(昭和54年)に私財70億円を投じて松下政経塾を設立、政界にも影響力を及ぼした。80歳を機に現役を引退し相談役に退いていた。気管支肺炎のため死去した。

松田直樹写真

★ 松田 直樹 さん2011年 (平成23年) 8月4日 没 / 享年34歳詳細ページ

サッカーの元日本代表で、日本フットボールリーグ松本山雅FCで活躍した。同月2日、チームの練習中に倒れ、心肺停止の状態で救急搬送されていた。急性心筋梗塞のため信州大学医学部附属病院高度救命センターで死去した。

松谷みよ子写真

★ 松谷 みよ子 さん2015年(平成27年)2月28日 没 / 享年89歳詳細ページ

会社勤めの傍ら童話を書き始めた。1951年(昭和26年)に初の童話集「貝になった子ども」を出版、第1回児童文学者協会新人賞を受賞。「ちいさいモモちゃん」シリーズは ロングセラーになったほか、児童文学ではタブー視されていた離婚を描いたことでも話題になった。

松田優作写真

★ 松田 優作 さん1989年 (平成元年) 11月6日 没 / 享年40歳詳細ページ

刑事ドラマ「太陽にほえろ!」のジーパン刑事としてレギュラー出演し活躍した。アクションスターとして活躍し、1980年代からは演技派としても注目を集めた。膀胱癌(ぼうこうがん)の腰部転移のため入院先の東京都武蔵野市内の病院で死去した。

松野頼三写真

★ 松野 頼三 さん2006年 (平成18年) 5月10日 没 / 享年89歳詳細ページ

歴代の首相と太いパイプを持ち「政界の寝業師」の異名を取った。1947年(昭和22年)に衆議院旧熊本1区から出馬し初当選、以来15期を重ね、総務長官、労相、防衛庁長官、農相などを歴任した。心不全のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

松野莉奈写真

★ 松野 莉奈 さん2017年(平成29年)2月8日 没 / 享年18歳詳細ページ

小学1年の時に、東京・表参道でスカウトされ芸能界デビュー。女性8人組のアイドルグループ 私立恵比寿中学(エビ中)のメンバーとして活躍。また、女性ファッション誌「LARME」のモデルとしても活躍。前日7日に大阪で行われた公演を体調不良のため欠席し、東京都内の自宅で休養中だった。

松原操写真

★ 松原 操 さん1984年(昭和59年)6月19日 没 / 享年73歳詳細ページ

「ミス・コロムビア」という覆面歌手としてデビュー。後に夫となる霧島昇と歌った 松竹映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」などをヒットさせて一世を 風靡した。人気歌手同士の結婚は大きな話題となった。その後、引退し霧島昇を支えた。胆石病のため死去した。

松原徹写真

★ 松原 徹 さん2015年(平成27年)9月20日 没 / 享年58歳詳細ページ

1981年、管理部職員としてロッテオリオンズに入社。1軍マネジャーを務めた。2000年(平成12年)、日本プロ野球選手会事務局長就任後は、2004年の球界再編問題などに東奔西走した。最近は抗がん剤治療を受けるなど体調を崩し、今年12月3日の選手会総会で事務局長の職を辞する予定だったという。

松村達雄写真

★ 松村 達雄 さん2005年 (平成17年) 6月18日 没 / 享年90歳詳細ページ

映画「男はつらいよ」シリーズのおいちゃん役など 温かく深みのある名脇役として親しまれた。1977年にNHKで放送された「日本の戦後シリーズ」では吉田茂を演じ、そのソックリさが話題になった。心不全のため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

松本清張写真

★ 松本 清張 さん1992年 (昭和59年) 8月4日 没 / 享年82歳詳細ページ

1953年(昭和28年)に「或る「小倉日記」伝」で芥川賞を受賞した。社会派推理小説で広く知られた。福岡県北九州市に市立松本清張記念館が開館され功績の拠点となっている。肝臓がんのため東京都新宿区の東京女子医科大学病院で死去した。

松本友里写真

★ 松本 友里 さん2010年 (平成22年) 11月15日 没 / 享年42歳詳細ページ

時代劇ドラマで有名な俳優の松平健さんの妻で、元アイドル歌手として活躍していた。東京都目黒区の自宅で、首を吊って倒れているところをベビーシッターが発見した。松平さんは舞台の仕事のため福岡市に滞在中だった。警察は自殺とみている。

松本竜助写真

★ 松本 竜助 さん2006年 (平成18年) 4月1日 没 / 享年49歳詳細ページ

島田紳助さんとの漫才コンビ「紳助・竜介」で活躍し人気を博した。1985年(昭和60年)にコンビを解散した。先月22日、職場である大阪ミナミの風俗案内所で勤務中に倒れ救急搬送された。その後、脳出血のため搬送先の大阪市内の病院で死去した。

松山英太郎写真

★ 松山 英太郎 さん1991年 (平成3年) 1月11日 没 / 享年48歳詳細ページ

1964年(昭和39年)、人気ドラマ「七人の孫」に出演し、好演技で一躍人気者となった。「肝っ玉かあさん」や「時間ですよ」などホームドラマには欠かせぬ顔として注目を浴びた。俳優の芦田伸介さんの一人娘と結婚、その後離婚した。食道がんのため死去した。

松山恵子写真

★ 松山 恵子 さん2006年 (平成18年) 5月7日 没 / 享年69歳詳細ページ

庶民派の演歌歌手として「お恵ちゃん」の愛称で呼ばれ広く親しまれた。ヒット曲「だから言ったじゃないの」の歌詞「あんた泣いてんのね」は流行語になった。今年2月収録の番組で肝臓がんで闘病中であることを告白していた。肝臓がんのため死去した。

まどみちお写真

★ まど みちお さん2014年 (平成26年) 2月28日 没 / 享年104歳詳細ページ

本名は石田 道雄(いしだ みちお)。戦前から児童雑誌に詩を投稿し、25歳のときに北原白秋に認めらた。童謡作品「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」」「ふしぎなポケット」「一ねんせいになったら」など、そのおおらかでユーモラスな作品は子供から大人まで広く親しまれ、戦後を代表する童謡詩人となった。

馬渕晴子写真

★ 馬渕 晴子 さん2012年 (平成24年) 10月3日 没 / 享年75歳詳細ページ

テレビドラマや映画で母親役などの好演で親しまれた。1954年(昭和29年)、映画「女人の館」でデビューし、故 小林千登勢さんや冨士眞奈美さんらとともに「NHK三人娘」として人気を博した。肺がんのため入院先の東京都品川区内の病院で死去した。

豆千代写真

★ 豆千代 さん2004年 (平成16年) 3月22日 没 / 享年92歳詳細ページ

美貌と美声で評判だった芸妓から歌手に転身し「夕日は落ちて」などが大ヒットし人気を博した。芸者の小唄勝太郎の唄う「島の娘」のヒットによって旋風を起こした芸者歌手ブームに乗り、1933年(昭和8年)、「恋はひとすじ」で歌手デビューを果たした。

黛敏郎写真

★ 黛 敏郎 さん1997年 (平成9年) 4月10日 没 / 享年68歳詳細ページ

20世紀の日本のクラシック音楽界、現代音楽界を代表する音楽家の一人である。1964年(昭和39年)から約33年間にわたり、音楽番組「題名のない音楽会」の司会を担当した。肺を原発巣とする転移性肝腫瘍による肝不全のため神奈川県内の病院で死去した。

丸谷才一写真

★ 丸谷 才一 さん2012年 (平成24年) 10月13日 没 / 享年87歳詳細ページ

知的で明るい物語性に満ちた小説を書き続け、評論や翻訳でも知られた。1968年(昭和43年)に「年の残り」で芥川賞を受賞、2011年には文化勲章を受章した。倒れる寸前まで新作に取り組んでいた。心不全のため東京都内の病院で死去した。

マンガ太郎写真

★ マンガ 太郎 さん2014年 (平成26年) 8月5日 没 / 享年72歳詳細ページ

本名は朝倉康夫(あさくら やすお)。観客のリクエストに応じて即興で漫画や似顔絵を描く「マンガパフォーマンス」と称する似顔絵漫談で人気を博し、舞台やテレビなどで活躍した。また、昨年から東京演芸協会副会長を務めていた。肝臓がんのため東京都新宿区内の病院で死去した。

三浦光子写真

★ 三浦 光子 さん1969年(昭和44年)6月14日 没 / 享年52歳詳細ページ

1936年(昭和11年)、日劇ダンシングチームの1期生としてデビュー。その後、松竹にスカウトされ映画界入りした。佐々木康監督「蛍の光」で映画デビュー。主な出演作品に「大曾根家の朝」や「稲妻」などがある。直腸がんのため死去した。

三浦敬三写真

★ 三浦 敬三 さん2006年 (平成18年) 1月5日 没 / 享年101歳詳細ページ

日本のスキー界の草分け的存在として注目を浴びた。2004年(平成16年)2月には99歳でモンブラン山系のヴァレブランシュ氷河からのスキー滑降を成し遂げ話題になった。多臓器不全のため入院先の東京都文京区内の病院で死去した。

三浦朱門写真

★ 三浦 朱門 さん2017年(平成29年)2月3日 没 / 享年91歳詳細ページ

東大文学部卒業後、同人雑誌「新思潮」に参加。「芥川龍之介の再来」と呼ばれ注目を集めた。1953年、作家の曽野綾子さんと結婚。文化庁の第7代長官、教育課程審議会会長、日本文芸家協会理事長、日本芸術文化振興会会長、日本芸術院院長などを歴任。1999年文化功労者。

三浦洋一写真

★ 三浦 洋一 さん2000年 (平成12年) 5月14日 没 / 享年46歳詳細ページ

ドラマ「池中玄太80キロ」のカメラマン役など個性派俳優として注目された。1978年(昭和53年)、TBS「七人の刑事」の刑事役で好演し人気を獲得した。昨年9月に食道がんが見つかり治療に専念していた。食道がんのため千葉県芝山町内の病院で死去した。

三重野康写真

★ 三重野 康 さん2012年 (平成24年) 4月15日 没 / 享年88歳詳細ページ

1989年(昭和64年)に第26代日銀総裁に就任し、バブル経済全盛時の総裁として「平成の鬼平」と称された。相撲に対する造詣が深く、1990年代初頭から2005年まで横綱審議委員会の一員であった。心不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

三笠宮崇仁親王写真

★ 三笠宮崇仁親王2016年(平成28年)10月27日 没 / 享年100歳詳細ページ

昭和天皇の末弟、今上天皇の叔父で、古代オリエント史の研究者として知られた。また、ダンスの名手としても知られ、様々なダンスの普及にも貢献された。昨年、100歳の誕生日を迎えられ、明治以降の皇族では最長寿だった。今年5月に急性肺炎で入院を続けられていた。

三上満写真

★ 三上 満 さん2015年(平成27年)8月21日 没 / 享年83歳詳細ページ

東京大学教育学部を卒業後、東京都文京区や葛飾区の中学校で社会科の教諭を務めた。当時の非行少年に対する教育姿勢は、俳優武田鉄矢が「金八先生」で演じた中学教師・坂本金八のモデルになった。全日本教職員組合(全教)委員長や全労連議長を歴任。

三木たかし写真

★ 三木 たかし さん2009年 (平成21年) 5月11日 没 / 享年64歳詳細ページ

ヒット曲「時の流れに身をまかせ」など数多くのヒットを生んだ作曲家として知られた。1969年(昭和44年)発表の森山良子の「禁じられた恋」は、8週連続チャート1位の大ヒットとなった。咽頭(いんとう)がんのため入院療養先の岡山市内の病院で死去した。

三木武夫写真

★ 三木 武夫 さん1988年 (昭和63年) 11月14日 没 / 享年81歳詳細ページ

1974年(昭和49年)12月、椎名悦三郎副総裁の指名裁定で第66代内閣総理大臣に就任した。1986年(昭和61年)に体調を崩し、翌年末には膵臓がんが見つかっていた。衆議院議員在職50年の特別表彰を受け、その後、議員在職のまま死去した。

三木のり平写真

★ 三木 のり平 さん1999年 (平成11年) 1月25日 没 / 享年74歳詳細ページ

ユーモアのある軽妙な演技で喜劇俳優の第一人者として活躍した。「桃屋」のアニメーションCMは40年間にわたり放送され、お茶の間に親しまれた。肝腫瘍(かん しゅよう)のため入院先の東京都新宿区の林外科病院で死去した。

三木睦子写真

★ 三木 睦子 さん2012年 (平成24年) 7月31日 没 / 享年95歳詳細ページ

故 三木武夫元首相の夫人で、護憲運動や女性の政治参加活動などに取り組んだ。全国発明婦人協会、アジア婦人友好会、国連婦人会などの各会長を歴任した。大腸腫瘍(しゅよう)のため入院先の東京都千代田区の三井記念病院で死去した。

三國連太郎死去

★ 三國 連太郎 さん2013年 (平成25年) 4月14日 没 / 享年90歳詳細ページ

映画「飢餓海峡」や「釣りバカ日誌」シリーズなどで個性派俳優として活躍した。西田敏行さんとコンビを組んだ「釣りバカ日誌」では上司の社長スーさん役を演じ、シリーズは22作を数えた。急性心不全のため東京都稲城市内の病院で死去した。

三崎千恵子写真

★ 三崎 千恵子 さん2012年 (平成24年) 2月13日 没 / 享年90歳詳細ページ

庶民的な演技で、車寅次郎のおばちゃん役の好演で知られた。「男はつらいよ」シリーズでは、故渥美清さん演じる車寅次郎のおばちゃん役として全作品に出演。シリーズに欠かせないファミリーの一員となった。老衰のため神奈川県鎌倉市内の病院で死去した。

三沢光晴写真

★ 三沢 光晴 さん2009年 (平成21年) 6月13日 没 / 享年46歳詳細ページ

2000年にプロレス団体ノアを旗揚げし、レスラー兼社長として同団体を牽引した。同日の試合中にバックドロップを受けた直後に心肺停止状態に陥り救急搬送された。その後、死亡が確認された。死因は頭部強打による頸髄離断(けいずいりだん)と発表された。

三島敏夫写真

★ 三島 敏夫 さん2014年 (平成26年) 8月17日 没 / 享年87歳詳細ページ

ハワイアン歌謡の草分けの一人として知られた。1948年(昭和23年)、「寺部頼幸とココナッツ・アイランダース」の一員として歌手デビュー。その後、複数のグループを渡り歩き、日本のハワイアン歌謡の礎を築いた。ソロデビュー後は「俺はお前に弱いんだ」などのヒット曲で注目を集めた。

三島由紀夫写真

★ 三島 由紀夫 さん1970年 (昭和45年) 11月25日 没 / 享年45歳詳細ページ

戦後の日本文学界を代表する作家の一人で民兵組織「楯の会」を結成し話題になった。同会隊員4名とともに日本刀を持って東部方面総監部を訪れ総監を監禁した。バルコニーから檄文を撒き、自衛隊の決起、クーデターを促す演説をした直後に割腹自決した。

水木しげる写真

★ 水木 しげる さん2015年(平成27年)11月30日 没 / 享年93歳詳細ページ

鳥取県出身。高等小学校卒業後、画家を目指して、大阪で働きながら学ぶ。1943年(昭和18年)、ニューギニア戦線に出征、爆撃を受け左腕を失う。1958年に貸本漫画家としてデビュー。「悪魔くん」や「ゲゲゲの鬼太郎」などの漫画が大ヒットし、妖怪ブームが巻き起こるなど人気を集めた。

水島広雄写真

★ 水島 広雄 さん2014年 (平成26年) 7月28日 没 / 享年102歳詳細ページ

1958年(昭和33年)、不振の続く旧そごうの副社長に就任。以降、社長や会長として40年近く率い、「水島マジック」とも呼ばれた経営手段を発揮し、売上高日本一を誇る百貨店へ急成長させた。しかし、バブル崩壊による多額の負債を抱え破綻。旧そごうの栄枯盛衰とともに歩んだ一生であった。

水島弘写真

★ 水島 弘 さん2005年 (平成17年) 6月19日 没 / 享年72歳詳細ページ

1953年(昭和28年)、劇団四季旗揚げに参加した創立メンバーの一人で長く主要キャストとして活躍した。1993年(平成5年)の「オペラ座の怪人」を最後の舞台に以後は、病気療養に専念していた。肺炎のため入院先の東京都渋谷区内の病院で死去した。

水谷優子写真

★ 水谷 優子 さん2016年(平成28年)5月17日 没 / 享年51歳詳細ページ

本名は西久保優子。愛知県海部郡出身。人気アニメ「ちびまる子ちゃん」で、1990年(平成2年)1月の放送開始から、お姉ちゃんのさきこ役を務め、ほかにも「エースをねらえ!2」の岡ひろみ役など、数多くのアニメや映画の吹き替えで活躍した。2年ほど前に乳癌の摘出手術を受けていたという。

水の江滝子写真

★ 水の江 滝子 さん2009年 (平成21年) 11月16日 没 / 享年94歳詳細ページ

「ターキー」の愛称で親しまれ、たぐいまれな美貌で「男装の麗人」の異名をとった。私生活では終生、独身を通した。1953年(昭和28年)、1957年(昭和32年)の過去2回にわたり、NHK紅白歌合戦の紅組司会を務めた。老衰のため神奈川県内の自宅で死去した。

水野晴郎写真

★ 水野 晴郎 さん2008年 (平成20年) 6月10日 没 / 享年76歳詳細ページ

「いやぁ!映画って本当にいいもんですね」の名台詞で、映画評論家として注目を集めた。1972年(昭和47年)からTV映画番組「金曜ロードショー」で映画解説を担当し、笑顔と口ひげで人気を博した。肝不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

水原茂写真

★ 水原 茂 さん1982年 (昭和57年) 3月26日 没 / 享年73歳詳細ページ

プロ野球 巨人、東映、中日の各球団監督を歴任し、誇り高き勇将として名声を博した。巨人監督時代に8度のリーグ優勝、4度の日本一に輝き、勝負の魔術師と呼ばれた。1977年に野球殿堂入りを果たした。肝不全のため死去した。

水原弘写真

★ 水原 弘 さん1978年 (昭和53年) 7月5日 没 / 享年42歳詳細ページ

「黒い花びら」や「君こそわが命」などのヒット曲で、独特の甘い低音で一世を風靡し一躍スターの座についた。デビュー曲「黒い花びら」は大ヒットし、第1回日本レコード大賞を受賞した。宿泊先で吐血し救急搬送されたが、その後、肝硬変のため死去した。

美空ひばり写真

★ 美空 ひばり さん1989年 (平成元年) 6月24日 没 / 享年52歳詳細ページ

昭和の歌謡界を代表する大スターとして「歌謡界の女王」と称されファンを魅了した。銀幕スターとしても数多くの映画に出演し人気を誇った。女性として初の国民栄誉賞を受賞した。間質性肺炎による呼吸不全のため東京都文京区の順天堂医院で死去した。

美ち奴写真

★ 美ち奴 さん1996年 (平成8年) 5月29日 没 / 享年78歳詳細ページ

芸者歌手として「うちの女房にゃ髭がある」や「炭坑節」などの お座敷ソングで人気を博した。爆発的な大ヒットとなった「あゝそれなのに」は代表曲となり人気を不動のものとした。晩年は東京都内の特別養護老人ホームに入所。大腸がんのため死去した。

ミッキー安川写真

★ ミッキー 安川 さん2010年 (平成22年) 1月18日 没 / 享年76歳詳細ページ

TV番組「TVフォーカス」など、事件現場へ直行し取材する名物リポーターとして「取材のミッキー」と呼ばれ人気を博した。昨年12月23日に体調を崩して救急搬送され重篤な肺炎と診断されていた。肺炎のため入院先の横浜市内の病院で死去した。

光本幸子死去

★ 光本 幸子 さん2013年 (平成25年) 2月22日 没 / 享年69歳詳細ページ

1965年(昭和40年)のNHK連続テレビ小説「たまゆら」で人気を集め、水谷良重、波乃久里子とともに新派の三人娘と呼ばれた。また、映画「男はつらいよ」シリーズの第1作で初代マドンナ役に抜擢された。食道がんのため東京都台東区内の病院で死去した。

三ツ矢歌子写真

★ 三ツ矢 歌子 さん2004年(平成16年)03月24日 没 / 享年67歳詳細ページ

1956年(昭和31年)に映画「君ひとすじに」でデビュー。清純派女優として人気を博した。その後、「愛の劇場シリーズ」など、お昼のTVドラマに多数出演し「昼メロの女王」と呼ばれた。間質性肺炎のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

南風洋子写真

★ 南風 洋子 さん2007年 (平成19年) 8月19日 没 / 享年77歳詳細ページ

宝塚歌劇団を経て、退団後は女優として劇団民芸の舞台などで活躍した。夫は映画監督で演出家の若杉光夫さん。長女は女優の若杉民さん。今年7月の山田太一作「林の中のナポリ」が最後の舞台となった。膵臓がんのため横浜市内の病院で死去した。

南方英二写真

★ 南方 英二 さん2010年 (平成22年) 2月26日 没 / 享年77歳詳細ページ

お笑いグループ「チャンバラトリオ」の頭(かしら)として知られた。時代劇風のチャンバラを主題としたネタを披露し、ハリセン役で人気を博した。同日午前、知人宅で「苦しい」と言いながら突然倒れ救急搬送された。肝硬変のため大阪府内の病院で死去した。

皆川ヨ子写真

★ 皆川 ヨ子 さん2007年 (平成19年) 8月13日 没 / 享年114歳詳細ページ

2007年(平成19年)1月28日に114歳で世界最高齢者としてギネスブックに認定され話題となった。福岡県柳川市生まれ。40代で夫を亡くし、行商をしながら5人の子供を育てた。老衰のため、入所中の福岡県福智町の特別養護老人ホームで死去した。

三波伸介写真

★ 三波 伸介 さん1982年 (昭和57年) 12月08日 没 / 享年52歳詳細ページ

お笑いトリオ「てんぷくトリオ」のメンバーで、テレビ番組「笑点」の三代目司会者も務めた。多くのレギュラー番組を抱え、順風満帆の芸能生活を送っていた矢先の死であった。自宅の居間で倒れているのを家族が発見した。解離性大動脈瘤破裂のため死去した。

南田洋子写真

★ 南田 洋子 さん2009年 (平成21年) 10月21日 没 / 享年76歳詳細ページ

多くの映画やドラマで活躍し、夫の長門裕之さんとの「おしどり夫婦」で注目された。晩年に認知症を患い、長門裕之さんが看病する場面が伝えられ話題になった。今月17日にくも膜下出血で倒れ緊急入院し手術を受けたが危篤状態が続いていた。

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★ 南 利明 さん1995年 (平成7年) 1月13日 没 / 享年70歳詳細ページ

1956年(昭和31年)に脱線トリオを結成、浅草を中心にドタバタ喜劇の女形の役柄で活躍した。藤田まこと主演の「てなもんや三度笠」では、軽妙な名古屋弁を喋る鼠小僧役で人気を博した。「スナックカレー」のCMでも注目を集めた。肺がんのため死去した。

三波春夫写真

★ 三波 春夫 さん2001年 (平成13年) 4月14日 没 / 享年77歳詳細ページ

サービス精神旺盛な「お客様は神様です」の名台詞でお馴染みの歌手として知られた。東京五輪や大阪万博など高度成長時代の熱気と明るさを盛り上げた国民的歌手であった。1986年(昭和61年)に紫綬褒章を受賞。前立腺がんのため東京都内の病院で死去した。

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★ 峰岸 徹 さん2008年 (平成20年) 10月11日 没 / 享年65歳詳細ページ

渋みあふれる貴重なバイプレーヤーとして数多くの作品で活躍。映画では大林宣彦監督作品の常連俳優として個性的な名脇役を演じ人気を博した。今春、肺がんの告知を受け、出演予定の舞台を降板していた。肺がんのため東京都内の病院で死去した。

三橋達也写真

★ 三橋 達也 さん2004年 (平成16年) 5月15日 没 / 享年80歳詳細ページ

ダンディーな風貌と甘い二枚目の魅力で数多くの映画、テレビで注目を集めた。趣味のクレー射撃は、指導員の肩書を持ち、日本クレー射撃協会理事も務めた。急性心筋梗塞(こうそく)のため入院先の東京都中央区内の病院で死去した。

三橋美智也写真

★ 三橋 美智也 さん1996年 (平成8年) 1月8日 没 / 享年65歳詳細ページ

1955年(昭和30年)に「おんな船頭唄」で歌手デビュー。ミッチーの愛称で呼ばれ、歌謡曲黄金期を代表する歌手として注目を集めた。1983年(昭和58年)にレコードプレス枚数 1億枚突破を記録した。ゴルフの帰りに車中で意識を失い搬送先の病院で死去した。

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★ 三原 脩 さん1984年 (昭和59年) 2月6日 没 / 享年72歳詳細ページ

プロ野球 西鉄ライオンズ(現:埼玉西武ライオンズ)の初代監督を担い、3度の日本一に導き、その基礎を作りに貢献した。1958年(昭和33年)の日本シリーズでは、3連敗後、稲尾の連投で逆転日本一を勝ち取った。糖尿病悪化による心不全のため死去した。

三原さと志写真

★ 三原 さと志 さん2006年 (平成18年) 9月30日 没 / 享年71歳詳細ページ

「誰よりも君を愛す」などのヒット曲で知られる歌謡コーラスグループ「和田弘とマヒナスターズ」のメンバーとして活躍した。2003年(平成15年)7月に脳梗塞で倒れ、その後は復帰を目指しリハビリに励んでいた。呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。

三船敏郎写真

★ 三船 敏郎 さん1997年 (平成9年) 12月24日 没 / 享年76歳詳細ページ

ヴェネツィア国際映画祭男優賞を2度受賞し、世界のミフネと呼ばれ高い人気を誇った。映画「野良犬」や「羅生門」など一連の黒沢明監督作品に出演し、日本を代表する国際スターとして支持された。全機能不全のため東京都三鷹市内の病院で死去した。

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★ 三船 浩 さん2005年 (平成17年) 7月8日 没 / 享年75歳詳細ページ

1956年(昭和31年)に「男のブルース」で歌手デビュー。豊かな低音の魅力で人気を博した。生涯に526曲をレコーディングし、1995年(平成7年)まで日本歌手協会理事長も務めた。心筋梗塞(しんきん こうそく)のため東京都府中市内の病院で死去した。

三益愛子写真

★ 三益 愛子 さん1982年 (昭和57年) 1月18日 没 / 享年71歳詳細ページ

舞台「がめつい奴」で主役の「お鹿ばあさん」役を好演し注目を集めた。この演技で芸術祭賞、テアトロン賞を受賞した。1976年(昭和51年)に紫綬褒章を受章した。夫は作家の川口松太郎、長男に俳優の川口浩がいる。すい臓がんのため死去した。

三村敏之写真

★ 三村 敏之 さん2009年 (平成21年) 11月03日 没 / 享年61歳詳細ページ

プロ野球広島東洋カープの選手として活躍し監督も務めた。その後、東北楽天ゴールデンイーグルスの編成部長に就任。5月に肝臓疾患で入院しその後、復帰を果たし10月末のドラフト会議には出席していた。心不全のため宮城県仙台市内の病院で死去した。

宮尾すすむ写真

★ 宮尾 すすむ さん2011年 (平成23年) 7月12日 没 / 享年77歳詳細ページ

軽妙な語り口のテレビリポーターやバラエティ番組の司会など、マルチタレントとして活躍し人気を集めた。今年6月に飲み込みが悪くなり、検査の結果、食道がんが見つかっていた。食道がんによる肺炎のため入院先の東京都内の病院で死去した。

宮尾登美子写真

★ 宮尾 登美子 さん2014年 (平成26年) 12月30日 没 / 享年88歳詳細ページ

小説「天璋院篤姫」や「鬼龍院花子の生涯」など、逆境を生き抜く女性たちの生涯をテーマに多彩な作品を手掛け、「一絃の琴」で1979年に直木賞、2009年には文化功労者に選定された。また、徳川13代将軍 家定に嫁いだ篤姫の人生を描いた「天璋院篤姫」はNHK大河ドラマの原作にもなった。

宮川泰写真

★ 宮川 泰 さん2006年 (平成18年) 3月21日 没 / 享年75歳詳細ページ

ザ・ピーナッツのヒット曲「恋のバカンス」や「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌などの作曲で知られた。和製ポップスの開拓者の一人として日本ポップス界に大きな足跡を残した。虚血性心不全のため東京都世田谷区上馬の自宅で死去した。

宮城けんじ写真

★ 宮城 けんじ さん2005年 (平成17年) 10月19日 没 / 享年81歳詳細ページ

人気漫才コンビ「Wけんじ」の一人で、お笑い界のスターとして人気を博した。1999年(平成11年)に相方の東けんじさんが死去し、その後は漫談家として活動していた。昨年11月に肺がんが見つかり入退院を繰り返していたが 本人に病名は告知されていなかったという。

宮城千賀子写真

★ 宮城 千賀子 さん1996年 (平成8年) 8月7日 没 / 享年73歳詳細ページ

宝塚少女歌劇を経て「宮本武蔵」の「お通」役に抜擢され華々しく映画デビューした。テレビのバラエティ番組「独占!女の60分」では司会者としても活躍した。4年前に脳出血で倒れ、出身地の岩手県盛岡市で療養生活を送っていた。

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★ 宮口 精二 さん1985年 (昭和60年) 4月12日 没 / 享年71歳詳細ページ

1944年(昭和19年)、黒澤明監督「続 姿三四郎」で映画デビュー、文学座の主力俳優として活躍した。黒澤監督作品「七人の侍」では寡黙な剣客を好演し、毎日映画コンクール助演男優賞を受賞した。肺がんのため東京都目黒区の東京医療センターで死去した。

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★ 三宅 久之 さん2012年 (平成24年) 11月15日 没 / 享年82歳詳細ページ

毎日新聞社退社後にフリーの政治評論家として活躍し注目を集めた。テレビ番組「ビートたけしのTVタックル」や「たかじんのそこまで言って委員会」などでのコメントは人気を博した。同日朝に東京都目黒区内の自宅で倒れ救急搬送された。

ミヤコ蝶々写真

★ ミヤコ 蝶々 さん2000年 (平成12年) 10月12日 没 / 享年80歳詳細ページ

漫才、舞台にと活躍し、上方漫才、喜劇界を先導し全国的な人気を誇った。1955年(昭和30年)に始まった「夫婦善哉」は、ラジオからテレビへと移り、20年にわたる長寿番組となった。春ごろから持病の腎臓病が悪化し入院療養生活を続けていた。

宮崎総子写真

★ 宮崎 総子 さん2015年(平成27年)2月24日 没 / 享年71歳詳細ページ

1966年(昭和41年)にアナウンサーとしてフジテレビに入社。退職後フリーになり、1972年(昭和47年)から13年間にわたりTBS系のワイドショー「モーニングジャンボ奥さま8時半です」の司会を担当した。また、仲代達矢さんが主宰する無名塾のプロデューサーとしても活躍した。

宮澤喜一写真

★ 宮沢 喜一 さん2007年 (平成19年) 6月28日 没 / 享年87歳詳細ページ

1953年(昭和28年)に参議院議員選挙に広島県選挙区で初当選を果たした。以後、衆参通算 14期を務めた。1991年(平成3年)11月、第78代内閣総理大臣に就任した。老衰のため東京都渋谷区の自宅で死去した。国会議員在職合計49年0ヶ月であった。

宮史郎写真

★ 宮 史郎 さん2012年 (平成24年) 11月19日 没 / 享年69歳詳細ページ

「ぴんからトリオ」のボーカルとして多くのヒットを飛ばし人気を博した。兄の故 宮五郎さん、故 並木ひろしさんと「ぴんからトリオ」を結成し「女のみち」や「女のねがい」、「女のゆめ」などのヒット曲を連発した。多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。

宮田輝写真

★ 宮田 輝 さん1990年 (平成2年) 7月15日 没 / 享年68歳詳細ページ

NHK紅白歌合戦で通算15回にわたり司会を担当し、放送史の一時代を担った。地方派遣番組「ふるさとの歌まつり」を企画、司会を担当し第15回菊池寛賞を受賞した。1974年(昭和49年)の参議院選挙で初当選し、3期を務め議員現職のまま癌により死去した。

宮脇俊三写真

★ 宮脇 俊三 さん2003年 (平成15年) 2月26日 没 / 享年76歳詳細ページ

鉄道をテーマにしたノンフィクション作品やエッセーなどの著書で知られた。国鉄全線に乗車した体験をつづった「時刻表2万キロ」はベストセラーになり、日本ノンフィクション賞、新評論賞を受賞した。肺炎のため入院先の東京都港区内の病院で死去した。

三輪壽雪写真

★ 三輪 壽雪 さん2012年 (平成24年) 12月11日 没 / 享年102歳詳細ページ

萩焼の代表的な陶芸家で、1983年(昭和58年)に国指定重要文化財萩焼保持者(人間国宝)に認定された。常に個性的でダイナミックな作品を発表し、茶陶の世界に新風を吹き込み 大きな足跡を残した。老衰のため山口県萩市椿東の自宅で死去した。

向田邦子写真

★ 向田 邦子 さん1981年 (昭和56年) 8月22日 没 / 享年51歳詳細ページ

1980年(昭和55年)に小説「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で第83回直木賞を受賞した。取材先の台湾で、同日午後10時過ぎ、台湾 遠東航空ボーイング737型機が突如空中分解し墜落。日本人18名を含む乗員乗客110名全員が死亡した。搭乗客の一人であった。

牟田悌三写真

★ 牟田 悌三 さん2009年 (平成21年) 1月8日 没 / 享年80歳詳細ページ

TVドラマ「ケンちゃん」シリーズの父親役を好演するなど、脇役俳優として親しまれた。ボランティア協会理事長を16年間務めるなどボランティア活動にも熱心だった。同日夕方、世田谷区の自宅で入浴中に倒れ、虚血性心不全のため搬送先の病院で死去した。

棟方志功写真

★ 棟方 志功 さん1975年 (昭和50年) 9月13日 没 / 享年72歳詳細ページ

20世紀の美術界を代表する世界的巨匠の一人で、国際的にも高い評価を受けた。彼は版画を「板画」と呼び、極度な近視の為に木板に顔を近づけ軍艦マーチを口ずさみながら板画を彫った。肝臓がんのため東京都杉並区の自宅で死去した。

村田英雄写真

★ 村田 英雄 さん2002年 (平成14年) 6月13日 没 / 享年73歳詳細ページ

ヒット曲「王将」や「人生劇場」など 男の世界を豪快に歌い歌謡界をリードした。35歳で糖尿病を発症、合併症から、心臓バイパス手術、両足切断など大手術を繰り返し病魔と闘い続けた。肺炎のため大阪市都島区の大阪市立総合医療センターで死去した。

村山実写真

★ 村山 実 さん1998年(平成10年)8月22日 没 / 享年61歳詳細ページ

プロ野球 阪神タイガースの投手として活躍し、後に監督としても活躍した。闘志むき出しで全身を使ったダイナミックな投法でプロ野球ファンを魅了した。背番号「11」、ミスターガイガースと呼ばれ人気を集めた。直腸がんのため死去した。

室田日出男写真

★ 室田 日出男 さん2002年 (平成14年) 6月15日 没 / 享年64歳詳細ページ

深作欣二監督作品のヤクザ映画「仁義なき戦い」シリーズなどで敵役を好演し好評を得た。テレビドラマ「キイハンター」で23回のゲスト出演をし、渋く深みのある個性派俳優として注目を集めた。肺がんのため東京都新宿区の東京女子医大病院で死去した。

メイ牛山写真

★ メイ 牛山 さん2007年 (平成19年) 12月13日 没 / 享年37歳詳細ページ

1939年(昭和14年)、ハリウッド化粧品の創業者 牛山清人氏と結婚。以来、欧米の最新技術を取り入れながら日本の美容界発展の一翼を担った。ハリウッド美容専門学校の学長も務めた。心不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

望月三起也写真

★ 望月 三起也 さん2016年(平成28年)4月3日 没 / 享年77歳詳細ページ

高校卒業後、会社勤めを経て、1960年(昭和35年)に「特ダネを追え」で漫画家デビュー。1964年に、日本版「007」ともいうべき「秘密探偵JA」が『少年キング』に連載され、ヒットした。1969年に同誌で連載がスタートした「ワイルド7」が大ヒット、連載が10年も続く代表作となった。

元永定正写真

★ 元永 定正 さん2011年 (平成23年) 10月03日 没 / 享年88歳詳細ページ

強烈な色彩の抽象画の画家として知られ、前衛美術家集団「具体美術協会」の中心メンバーとして活躍した。1991年(平成3年)に前衛画家では初の紫綬褒章を受章した。前立腺がんのため入院先の兵庫県宝塚市の病院で死去した。

百井盛写真

★ 百井 盛 さん2015年(平成27年)7月5日 没 / 享年112歳詳細ページ

福島県出身。約60年前から現在のさいたま市に在住。1903(明治36年)年2月5日生まれ。東京大学農学部卒業後、高等学校化学教諭として赴任。その後、現:福島県立塙工業高校、埼玉県立与野高校の校長を務めた。2014年8月20日、世界最高齢者男性としてギネス世界記録に認定された。

森浩一死去

★ 森 浩一 さん2013年(平成25年)8月6日 没 / 享年85歳詳細ページ

日本を代表する考古学者で古代史ブームを先導し「お茶の間考古学」の草分け的存在として知られた。著作に「渡来人」や「検証 古代日本と百済」「巨大古墳」「僕が歩いた古代史への道」など多数がある。急性心不全のため京都市内の病院で死去した。

森繁久弥写真

★ 森繁 久弥 さん2009年 (平成21年) 11月10日 没 / 享年96歳詳細ページ

日本を代表する俳優として広く親しまれ、大衆芸能の分野では初の文化勲章を受章した。映画「夫婦善哉」や、テレビドラマ「七人の孫」など 多方面にわたり活躍した。老衰のため入院先の東京都内の病院で死去した。没後、国民栄誉賞が追贈された。

森聖二写真

★ 森 聖二 さん2009年 (平成21年) 10月18日 没 / 享年70歳詳細ページ

ムード歌謡グループ「ロス・プリモス」のニ代目リーダーとして活躍した。ムード歌謡界をけん引し、ヒット曲「雨の銀座」や「たそがれの銀座」など銀座シリーズで人気を博した。心不全のため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

盛田昭夫写真

★ 盛田 昭夫 さん1999年 (平成11年) 10月03日 没 / 享年78歳詳細ページ

ソニー創業者の一人として知られ、1946年(昭和21年)に井深大さんらと、ソニーの前身である東京通信工業株式会社を設立し世界有数のエレクトロニクス企業に育てた。肺炎のため入院先の東京都港区の東京都済生会中央病院で死去した。

森田和郎写真

★ 森田 和郎 さん2012年 (24年) 7月27日 没 / 享年57歳詳細ページ

コンピューター将棋ソフトの開発者として知られた。「森田将棋」シリーズはヒット商品になった。また、「ミネルバトンサーガ」や「ジャストブリード」、「ダンジョンランド」などの開発も手がけた。死去の知らせは、一年後の「週刊将棋」「将棋世界」で報じられた。

盛田幸妃写真

★ 盛田 幸妃 さん2015年(平成27年)10月16日 没 / 享年45歳詳細ページ

北海道茅部郡鹿部町出身。1987年(昭和62年)、ドラフト1位で大洋(現:DeNA)に入団。1992年には最優秀防御率を獲得した。1997年に近鉄に移籍。1998年9月に脳腫瘍の手術を受け、2001年6月13日にダイエー戦で1082日ぶりに勝利を挙げ、同年カムバック賞を受賞。「奇跡のリリーバー」と呼ばれた。

森田芳光写真

★ 森田 芳光 さん2011年 (平成23年) 12月20日 没 / 享年61歳詳細ページ

映画「家族ゲーム」や「失楽園」など 数々のヒット作を手がけた映画監督として知られた。シリアスなドラマから 喜劇、恋愛、ホラーと幅広いテーマに意欲的に取り組んだ。C型肝炎による急性肝不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

森光子写真

★ 森 光子 さん2012年 (平成24年) 11月10日 没 / 享年92歳詳細ページ

舞台「放浪記」で通算2017回にわたる主演の記録を達成し話題を呼んだ。舞台、テレビ、映画、CMなどで幅広く活躍し親しまれた。2009年(平成21年)に俳優では初の生前授与となる国民栄誉賞を受賞した。肺炎による心不全のため東京都内の病院で死去した。

森 稔写真

★ 森 稔 さん2012年 (平成24年) 3月8日 没 / 享年77歳詳細ページ

六本木ヒルズなど都心の再開発事業を手掛け都市空間の高度利用に貢献した。1959年(昭和34年)、父親の故 泰吉郎氏と森ビルを設立し、2003年(平成15年)には六本木ヒルズを開業した。心不全のため入院先の東京都内の病院で死去した。

森村桂写真

★ 森村 桂 さん2004年 (平成16年) 9月27日 没 / 享年64歳詳細ページ

自身の体験的な小説を多数発表し「天国にいちばん近い島」はベストセラーとなった。鬱病(うつびょう)を患い、1997年(平成9年)ごろから入退院を繰り返していた。入院先の長野県内の病院で死去した。長野県警は自殺とみて調べている。

森本哲郎写真

★ 森本 哲郎 さん2014年 (平成26年) 1月5日 没 / 享年88歳詳細ページ

世界各国を歴訪し、評論家として旅行記や文明批評などの分野で活躍し、日本の文明批評の第一人者として知られた。1980年にはTBS「海外取材ニッポンの実力」のキャスターを務め、実弟でNHKアナウンサーだった森本毅郎さんとテレビ界初の「兄弟キャスター」として話題になった。

諸井誠写真

★ 諸井 誠 さん2013年 (平成25年) 9月2日 没 / 享年82歳詳細ページ

現代音楽において 新境地日本の現代音楽を先導し日本作曲界の重鎮として知られた。日本初の電子音楽に挑み、尺八などの邦楽器を大胆に採り入れるなど 独自の作風で高い評価を受けた。間質性肺炎のため神奈川県鎌倉市内の病院で死去した。

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