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Record of the memory. (想い出の記録)

戦後、亡くなられた 約1. 000名の方々を掲載!!
在りし日の面影を偲び、謹んで哀悼の誠を捧げます。   合掌

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柳生真吾写真

★ 柳生 真吾 さん2015年(平成27年)5月2日 没 / 享年47歳詳細ページ

玉川大学農学部卒業。2000年(平成12年)から8年間、NHK「趣味の園芸」のキャスターを務め、若い世代にも園芸の魅力を伝えた。八ケ岳の麓にレストラン併設のアートギャラリー「八ケ岳倶楽部」を開設して園芸家として活動していた。30代後半にがんを患い、治療と並行して仕事を続けていた。

やしきたかじん写真

★ やしき たかじん さん2014年 (平成26年) 1月3日 没 / 享年64歳詳細ページ

テレビやラジオのパーソナリティーとして、機転の速さと、歯に衣(きぬ)きせぬ発言から注目を集め、レギュラー番組が高視聴率を誇ることから「浪速(関西)の視聴率男」と呼ばれていた。2012年(平成24年)1月末に食道がんのため芸能活動を休止し、同4月に内視鏡手術を受けていた。

安井昌二写真

★ 安井 昌二 さん2014年 (平成26年) 3月3日 没 / 享年85歳詳細ページ

1955年(昭和30年)、日活映画の専属俳優として映画デビュー。翌年、市川崑監督の映画「ビルマの竪琴」の主役・水島上等兵を演じ一躍注目を集めた。また、テレビドラマでは、妻と二人の娘 四方正美、四方晴美と共演した「チャコちゃん」などでお茶の間においても人気者となった。

安岡章太郎写真

★ 安岡 章太郎 さん2013年 (平成25年) 1月26日 没 / 享年92歳詳細ページ

戦後の日本文学を代表する作家の一人として知られ、文壇では吉行淳之介、遠藤周作らとともに「第三の新人」と呼ばれた。1953年(昭和28年)に「陰気な愉しみ」「悪い仲間」で芥川賞を受賞した。老衰のため東京都世田谷区内の自宅で死去した。

安岡力也写真

★ 安岡 力也 さん2012年(平成24年)4月8日 没 / 享年64歳詳細ページ

歌手、俳優として活躍し、バラエティー番組に「ホタテマン」として登場し注目を集めた。2006年(平成18年)に難病のギラン・バレー症候群を発症し闘病生活を続けていた。2010年(平成22年)8月に長男の提供による生体肝移植手術を受けていた。

矢田耕司写真

★ 矢田 耕司 さん2014年 (平成26年) 5月1日 没 / 享年81歳詳細ページ

人気アニメ「ONE PIECE」のゼフ役のほか、「ドラゴンボールZ」のDr.ゲロ役、デスラー総統の側近 タラン役など、数多くの人気アニメで活躍。また、テレビのナレーションのほか、洋画「007 ゴールドフィンガー」や「トランスポーター」などの吹替えでも活躍した。

柳ジョージ写真

★ 柳 ジョージ さん2011年 (平成23年) 10月10日 没 / 享年63歳詳細ページ

ロック歌手として知られ、ハスキーな歌声と 味わい深いギターで人気を集めた。1978年(昭和53年)に「柳ジョージ&レイニーウッド」を結成し「雨に泣いてる」などのヒット曲で人気を博した。腎不全のため入院先の神奈川県横浜市内の病院で死去した。

柳原尋美写真

★ 柳原 尋美 さん1999年 (平成11年) 7月16日 没 / 享年19歳詳細ページ

女性3人組の新ユニット「カントリー娘」のデビューを目前に控えていた。北海道で車を運転中に事故を起こし、車外に放り出されて車の下敷きになった。デビューを23日に控え、観光牧場「花畑牧場」へ振り付けの練習に行く途中だった。

柳原良平写真

★ 柳原 良平 さん2015年(平成27年)8月17日 没 / 享年84歳詳細ページ

京都市立美術大(現:京都市立芸術大)卒業後、寿屋(現:サントリー)に入社。同社のPR誌「洋酒天国」で表紙のデザインなどを担当した。1958年(昭和33年)に生み出した「アンクルトリス」は、新聞広告やテレビコマーシャルで人気を呼んだ。船舶の愛好家としても知られた。

柳家金語楼写真

★ 柳家 金語楼 さん1972年 (昭和47年) 10月22日 没 / 享年71歳詳細ページ

戦前、戦後を通し数多くの喜劇映画で主演を務め、吉本の五大スターと称された。体育の「赤白帽」や爪楊枝の頭の切り込みのアイデアなど、発明家としても著名であった。胃がんが見つかり、他臓器への転移も判明し入院からわずか1週間で死去した。

柳家小せん写真

★ 柳家 小せん さん2006年 (平成18年) 10月10日 没 / 享年83歳詳細ページ

1961年(昭和36年)、真打ち昇進とともに4代目柳家小せんを襲名した。ひょうひょうとしたキャラクターと芸風で親しまれ、フジテレビ「お笑いタッグマッチ」などのテレビ演芸番組などでも活躍した。肺炎のため入院先の東京都足立区内の病院で死去した。

やなせたかし写真

★ やなせ たかし さん2013年 (平成25年) 10月13日 没 / 享年94歳詳細ページ

漫画界の最長老で、国民的な人気アニメ「アンパンマン」の生みの親として知られた。正義の味方アンパンマンが繰り広げる物語は幼児から大人まで幅広い年齢層に受け入れられた。いずみたくさん作曲の「手のひらを太陽に」の作詞でも知られた。

山内賢写真

★ 山内 賢 さん2011年 (平成23年) 9月24日 没 / 享年67歳詳細ページ

テレビドラマ「あばれはっちゃく」の先生役や、和泉雅子とのデュエット曲「二人の銀座」や」東京ナイト」などで人気を博した。2003年(平成15年)に左肺腺がんを発症し闘病生活を送っていた。肺炎のため東京新宿区の東京女子医大病院で死去した。

山岡久乃写真

★ 山岡 久乃 さん1999年 (平成11年) 2月15日 没 / 享年72歳詳細ページ

理想の母親役を演じ、「日本のお母さん」女優として 絶大な人気を誇った。水前寺清子と共演したテレビドラマ「ありがとう」は、視聴率50%を突破し怪物ドラマと呼ばれた。胆管がんによる心不全のため入院先の神奈川県川崎市内の病院で死去した。

山口美江写真

★ 山口 美江 さん2012年 (平成24年) 3月8日 没 / 享年51歳詳細ページ

ニュース番組の元キャスターで、辛口のコメントなどで人気を博した。同日午前、連絡が取れなくなったことから不安に思い 親族が自宅を訪れ発見された。警察は事件性はなく病死とみている。体調不良を訴え通院治療を受けていたという。

山口洋子写真

★ 山口 洋子 さん2014年 (平成26年) 9月6日 没 / 享年77歳詳細ページ

1957年(昭和32年)、東映ニューフェイス4期生として女優デビュー。その後、東京・銀座でクラブ「姫」を開店し、経営に手腕を発揮した。その傍ら作詞を始め、「噂の女」や「よこはま・たそがれ」など多数のヒット作を連発。また、著作活動も始め、第92回直木賞を受賞。多彩な顔を持つ才女として知られた。

山口淑子写真

★ 山口 淑子 さん2014年 (平成26年) 9月7日 没 / 享年94歳詳細ページ

李 香蘭(り - こうらん)の名前で、国際的女優として歌や映画で活躍し、1946年(昭和21年)に帰国後、山口淑子として数多くの映画でヒロイン役を熱演した。その後、ワイドショーの司会者なども務め、1974年(昭和49年)には参議院議員選挙に立候補して初当選。3期18年を務めた。

山崎豊子写真

★ 山崎 豊子 さん2013年 (平成25年) 9月29日 没 / 享年88歳詳細ページ

社会性のあるテーマに切り込んだスケールの大きな作風でベストセラー小説を書き続けた。「白い巨塔」や「華麗なる一族」「不毛地帯」「大地の子」「沈まぬ太陽」など、社会問題に鋭く切り込んだ作品は、その多くが映画、ドラマ化され社会的な反響を呼んだ。

山下清写真

★ 山下 清 さん1971年(昭和46年)7月12日 没 / 享年49歳詳細ページ

放浪の画家として知られた。3歳の頃に重い消化不良で命の危険に陥り、軽い言語障害、知的障害の後遺症を患う。 晩年に「東海道五十三次」の制作を志してスケッチ旅行に出掛け、約5年の歳月をかけて55枚の作品を遺した。脳出血のため死去した。

山口小夜子写真

★ 山口 小夜子 さん2007年 (平成19年) 8月14日 没 / 享年57歳詳細ページ

おかっぱ髪に切れ長の目という東洋的容姿で、世界のトップモデルとして注目を集めた。1972年(昭和47年)にパリ・コレクションでデビューし、東洋的容姿で日本人モデルブームを起こした。急性肺炎のため東京都内の自宅マンションで死去した。

山口仙ニ死去

★ 山口 仙ニ さん2013年(平成25年)7月6日 没 / 享年82歳詳細ページ

長崎原爆被災者協議会会長を務めたほか、被団協の代表委員を29年間にわたり務めた。14歳の時、長崎原爆で被爆し、語り部活動や核兵器廃絶運動に尽力した。ニューヨークで開かれた第2回国連軍縮特別総会で被爆者代表として初めて演説した。

山口富士夫死去

★ 山口 富士夫 さん2013年(平成25年)8月14日 没 / 享年64歳詳細ページ

ロックバンド「村八分」や「裸のラリーズ」などでギタリストとして活躍した。「ザ・ダイナマイツ」のギタリストでデビュー。1969年に「村八分」を結成し日本語のロックで注目された。先月14日深夜、路上で男に突き飛ばされて急性硬膜下血腫と診断され入院していた。

山下敬二郎写真

★ 山下 敬二郎 さん2011年 (平成23年) 1月5日 没 / 享年71歳詳細ページ

平尾昌晃、ミッキー・カーチスらとともに「ロカビリー三人男」と呼ばれ一世を風靡した。昨年11月下旬、体調不良を訴えて末期の胆管がんと診断されていた。死の10日前にはディナーショーに出演し、車いすから「ダイアナ」など4曲を熱唱した。

山下徳夫写真

★ 山下 徳夫 さん2014年 (平成26年) 1月1日 没 / 享年94歳詳細ページ

1969年(昭和44年)、旧佐賀県全県区から第32回衆議院議員総選挙に立候補し、初当選を果たした。以降、10期を務め、第2次中曽根内閣で運輸相として初入閣し、国鉄民営化や日航ジャンボ機墜落事故(1985年)の対応に当たった。また、第1次海部内閣では官房長官、宮沢内閣で厚相を務めた。

山城新伍写真

★ 山城 新伍 さん2009年 (平成21年) 8月12日 没 / 享年70歳詳細ページ

テレビのバラエティー番組の司会者や、映画「仁義なき戦い」シリーズなどで活躍した。誤嚥(ごえん)性肺炎のため東京都町田市の特別養護老人ホームで死去した。糖尿病で車イスの生活を余儀なくされ、昨年からは同ホームに入所していた。

山田五十鈴写真

★ 山田 五十鈴 さん2012年 (平成24年) 7月9日 没 / 享年95歳詳細ページ

70年以上にわたり映画、舞台で活躍し人気を博した。2000年(平成12年)に女優として初の文化勲章を受章した。黒澤明監督ら巨匠の映画に数多く出演し、ドラマ「必殺仕事人」でも注目を集めた。多臓器不全のため東京都稲城市内の病院で死去した。

山田吾一写真

★ 山田 吾一 さん2012年 (平成24年) 10月13日 没 / 享年79歳詳細ページ

NHKの人気ドラマ「事件記者」で正義感あふれる新聞記者役で人気を博した。同作は映画でも人気シリーズとなり「ガンさん」の愛称で呼ばれ親しまれた。長女で元NHKアナウンサーの亜樹さんにより 自宅で倒れているところを発見された。

山田耕筰写真

★ 山田 耕筰 さん1965年 (昭和40年) 12月29日 没 / 享年79歳詳細ページ

童謡「赤とんぼ」や「ペチカ」などの作曲家として知られ、1956年(昭和31年)に文化勲章を受章した。日本初の管弦楽団を結成するなど、日本において西洋音楽の普及に貢献した。心筋梗塞のため東京都世田谷区の自宅で死去した。

山田辰夫写真

★ 山田 辰夫 さん2009年 (平成21年) 7月26日 没 / 享年53歳詳細ページ

映画「狂い咲きサンダーロード」に主演し、日本アカデミー賞などを受賞した。2005年(平成17年)に胃がんのため全摘出手術を受け、その後は入退院を繰り返していた。胃がんのため入院先の東京都あきる野市内の病院で死去した。

山田康雄写真

★ 山田 康雄 さん1995年 (平成7年) 3月19日 没 / 享年62歳詳細ページ

人気アニメ「ルパン三世」シリーズの主人公、ルパン三世の声で広く知られた。1971年(昭和46年)にルパン三世役に抜擢され、以来、24年間にわたり担当し注目を集めた。今年2月17日に脳内出血のため倒れ意識不明のまま救急搬送されていた。

山根赤鬼写真

★ 山根 赤鬼 さん2003年 (平成15年) 6月24日 没 / 享年67歳詳細ページ

少年誌に連載された漫画「よたろうくん」など、生活感のあるユーモラスな作風で注目された。ほかの代表作に「かばどんとなおみちゃん」などの作品がある。同業の山根青鬼さんは双子の兄である。大腸がんのため入院先の東京都内の病院で死去した。

山根伸介写真

★ 山根 伸介 さん2015年(平成27年)11月14日 没 / 享年78歳詳細ページ

1963年(昭和38年)、南方英二(2010年2月没)、伊吹太郎の三人で、お笑いグループ「チャンバラトリオ」を結成。時代劇風のチャンバラを主題としたコントで笑いを取り、ハリセンでボケ役の顔や頭をたたくハリセンチョップで一世を風靡(ふうび)。舞台だけでなく、多くのテレビ番組でも親しまれた。

山村聰写真

★ 山村 聰 さん2000年 (平成12年) 5月26日 没 / 享年90歳詳細ページ

映画、テレビ、舞台などで幅広い役柄を演じ、昭和の名優として知られた。映画「蟹工船」など6本の社会派作品を自らが監督する一方、テレビドラマ「ただいま11人」の父親役でも注目を浴びた。急性心筋梗塞のため東京都中野区内の病院で死去した。

山本邦山写真

★ 山本 邦山 さん2014年 (平成26年) 2月10日 没 / 享年76歳詳細ページ

都山流尺八奏者で、2002年(平成14年)、重要無形文化財「尺八」保持者(人間国宝)の認定を受けた。伝統的な邦楽はもちろん、ジャスとの共演など、従来の尺八の枠を超えた幅広い活動により「尺八ルネッサンス」と呼ばれる尺八ブームを巻き起こした。名実共に現代の尺八界の第一人者であった。

山本兼一写真

★ 山本 兼一 さん2014年 (平成26年) 2月13日 没 / 享年57歳詳細ページ

「火天の城」「利休にたずねよ」など骨太の歴史小説で知られた。2004年(平成16年)、「火天の城」で松本清張賞を受賞。2009年(平成21年)、千利休の美意識と死の真相に迫った「利休にたずねよ」で第140回直木賞を受賞。同作は2013年(平成25年)に市川海老蔵さん主演で映画化された。

山本孝史写真

★ 山本 孝史 さん2007年 (平成19年) 12月22日 没 / 享年58歳詳細ページ

大阪府選挙区選出の民主党参院議員として 癌対策基本法の成立に尽力した。参院本会議で癌の罹患を公表し、癌対策基本法案の早期成立を訴えた。公表後も酸素吸入器などを装着しながら国会登院し最後まで政治活動を続けていた。

山本小鉄写真

★ 山本 小鉄 さん2010年 (平成22年) 8月28日 没 / 享年68歳詳細ページ

1963年(昭和38年)に日本プロレスに入門し日米を舞台に活躍した。引退後は後進の育成に当たり、厳しい指導の「鬼軍曹」として多くの名選手を輩出した。家族旅行先の軽井沢で意識不明に陥り、低酸素性脳症のため死去した。

山本丈晴写真

★ 山本 丈晴 さん2011年 (平成23年) 9月7日 没 / 享年86歳詳細ページ

作曲家として古賀政男に師事し、ギター演奏などで古賀メロディの普及に貢献した。女優の山本富士子さんの夫としても知られ、1962年(昭和37年)に婿養子となり山本姓を名乗った。肺炎のため入院先の東京都渋谷区内の病院で死去した。

山本直純写真

★ 山本 直純 さん2002年 (平成14年) 6月18日 没 / 享年69歳詳細ページ

日本を代表する指揮者の一人として知られ 口ひげと黒縁メガネのトレードマークで知られた。テレビ番組「オーケストラがやって来た」の企画、音楽監督を担当し、自らレギュラー出演し注目を集めた。急性心不全のため東京都港区内の病院で死去した。

山本文郎写真

★ 山本 文郎 さん2014年 (平成26年) 2月26日 没 / 享年79歳詳細ページ

親しみやすい語り口で、ワイドショー「モーニングEye」の司会を長年にわたり務めたほか、年末の「輝く!日本レコード大賞」の司会も担当。TBSを退職後はフリーアナウンサーとして活躍し、「ブンさん」の愛称で親しまれた。また、2008年に30歳差の「芸能界最高齢再婚」が大きな話題になった。

山本真純写真

★ 山本 真純 さん2010年 (平成22年) 7月27日 没 / 享年34歳詳細ページ

1999年(平成11年)、日本テレビに入社後、女性アナウンサーとして報道や情報番組で活躍した。2009年3月に結婚し、今年、年明け頃より産休に入り育児休暇中だった。飛び降り自殺したとみられ、仙台市青葉区のタワーマンション前で発見された。

山本美香写真

★ 山本 美香 さん2012年 (平成24年) 8月20日 没 / 享年45歳詳細ページ

独立系通信社ジャパンプレスの女性ジャーナリストとして、戦闘が続くシリア北部アレッポでシリアの内戦を取材中だった。移動中に迷彩服姿の男たちにいきなり銃撃を受け巻き込まれたという。トルコの警察当局が詳しい死因を調べている。

湯川秀樹写真

★ 湯川 秀樹 さん1981年 (昭和56年) 9月8日 没 / 享年86歳詳細ページ

理論物理学者で、1949年(昭和24年)日本人として初のノーベル物理学賞を受賞した。このニュースは敗戦、占領下で自信を失っていた日本国民に大きな力を与えた。肺炎による心不全のため京都市左京区の自宅で死去した。

夢路いとし写真

★ 夢路 いとし さん2003年 (平成15年) 9月25日 没 / 享年78歳詳細ページ

上方漫才の第一人者として50年余の長きにわたり第一線で活躍し高い人気を誇った。1940年(昭和15年)に兄弟コンビ「夢路いとし・喜味こいし」としてデビューし人気を博した。喜味こいしは、2歳下の弟である。 肺炎のため神戸市内の病院で死去した。

由利徹写真

★ 由利 徹 さん1999年 (平成11年) 5月20日 没 / 享年78歳詳細ページ

プロボクサーからお笑いタレントに転向し、50年以上にわたり喜劇一筋で活躍した。1956年(昭和31年)に南利明、八波むと志らとともに「脱線トリオ」を結成し人気を集めた。テレビドラマ「時間ですよ」などのレギラーとしても活躍した。肝臓がんのため死去した。

横井庄一写真

★ 横井 庄一 さん1997年 (平成9年) 9月22日 没 / 享年82歳詳細ページ

戦後、終戦を知らないまま、米国領グアム島の山中で孤独な生活を続けていた。戦後から18年目の1972年(昭和47年)1月24日、地元の猟師に発見され、帰国時に羽田空港で発した第一声「恥ずかしながら帰って参りました」は、その年の流行語となった。

横沢彪写真

★ 横沢 彪 さん2011年 (平成23年) 1月8日 没 / 享年73歳詳細ページ

フジTVの名物プロデューサーとして「笑っていいとも!」などの人気番組を手がけた。1992年(平成4年)、フジテレビを退社後は吉本興業東京支社長や専務取締役を歴任した。悪性リンパ腫を患い治療を続けていた。 肺炎のため東京都内の病院で死去した。

横溝正史写真

★ 横溝 正史 さん1981年 (昭和56年) 12月28日 没 / 享年79歳詳細ページ

探偵小説「金田一耕助」の生みの親として知られ、金田一耕助を探偵役とする一連の探偵小説などで 一挙に江戸川乱歩に替わる日本探偵小説界のエース的存在となった。結腸がんのため入院先の東京都新宿区内の病院で死去した。

横山エンタツ写真

★ 横山 エンタツ さん1971年 (昭和46年) 3月21日 没 / 享年74歳詳細ページ

大正、昭和期の漫才師、喜劇俳優として活躍。漫才、喜劇の興隆に貢献した。吉本に入社後、花菱アチャコと漫才コンビを結成。近代漫才の基礎となり現在の漫才スタイルの元祖といわれた。また、漫才「早慶戦」は爆発的なヒットとなった。脳軟化症ため死去した。

横山ノック写真

★ 横山 ノック さん2007年 (平成19年) 5月3日 没 / 享年75歳詳細ページ

お笑いタレント、漫才師、参議院議員、大阪府知事として名を馳せ、メディヤを賑わした。昨年春にがんの告知を受け、放射線治療を続け入退院を繰り返していた。咽頭癌(いんとうがん)のため入院先の兵庫県西宮市内の病院で死去した。

横山まさみち写真

★ 横山 まさみち さん2003年 (平成15年) 10月14日 没 / 享年73歳詳細ページ

漫画家として コミカルで美しい叙情性を織り込んだ作風で知られ、根強い人気を誇った。代表作に「あぁ青春」や「太平記」、「やる気まんまん」などがある。日刊ゲンダイに「それいけ大将」を連載中だった。前立腺がんのため東京都中野区内の病院で死去した。

横山光輝写真

★ 横山 光輝 さん2004年 (平成16年) 4月15日 没 / 享年69歳詳細ページ

漫画界の巨匠の一人として知られ幅広いジャンルで作品を生み出した。代表作に「鉄人28号」や「魔法使いサリー」、「コメットさん」、「三国志」など多数がある。同日朝方、東京都豊島区内の自宅火災で全身やけどを負い意識不明の重体となっていた。

横山やすし写真

★ 横山 やすし さん1996年 (平成8年) 1月21日 没 / 享年51歳詳細ページ

西川きよしとの「やすきよ」漫才で人気を集め、「やっさん」の愛称で親しまれた。漫才ブーム到来と共に記録的な人気を博し、天才漫才師と呼ばれるまでになった。自宅で寝たまま意識を失い救急搬送されたが、アルコール性肝硬変のため死去した。

横山隆一写真

★ 横山 隆一 さん2001年 (平成13年) 11月08日 没 / 享年92歳詳細ページ

代表作の漫画「フクちゃん」は早稲田大学のマスコットキャラクターとしても有名であった。笑いに重きを置くナンセンス漫画を確立し、今日の漫画界の基礎を築いた。脳梗塞(のうこうそく)のため入院先の神奈川県鎌倉市内の病院で死去した。

与謝野馨写真

★ 与謝野 馨 さん2017年(平成29年)5月21日 没 / 享年78歳詳細ページ

明治・大正期の歌人、与謝野鉄幹、晶子夫妻の孫。1976年(昭和51年)12月の衆議院選挙で初当選し、通算10回当選。1994年、村山内閣で文部大臣として初入閣。以降、内閣官房長官、財務大臣など要職を歴任した。2012年9月5日、病気療養を理由に政界引退を表明していた。

吉岡治写真

★ 吉岡 治 さん2010年 (平成22年) 5月17日 没 / 享年76歳詳細ページ

美空ひばりの「真赤な太陽」をはじめ、作詞家として多くのヒット曲で知られた。2003年(平成15年)に紫綬褒章を受章。最期まで創作意欲を燃やし続けていた。数年前から筋肉が萎縮する病気で入退院を繰り返し、11日からは急性甲状腺炎のため入院していた。

吉川英治写真

★ 吉川 英治 さん1962年 (昭和37年) 9月7日 没 / 享年70歳詳細ページ

1935年(昭和10年)から朝日新聞連載の「宮本武蔵」は広範囲な読者を獲得し、大衆小説の代表的な作品となった。戦後は「新・平家物語」などの作品で国民文学の可能性を追求し続けた。肺がんのため東京都中央区の築地国立がんセンターで死去した。

吉田茂写真

★ 吉田 茂 さん1967年 (昭和42年) 10月20日 没 / 享年89歳詳細ページ

1946年(昭和21年)5月、第45代内閣総理大臣に就任した。以後、第48代~51代まで通算5度の首班指名を受けた。在任期間は通算2616日におよんだ。1967年(昭和42年)8月末に心筋梗塞を発症し、その2ヵ月後、神奈川県大磯町の自邸で死去した。

吉田昌郎死去

★ 吉田 昌郎 さん2013年(平成25年)7月9日 没 / 享年58歳詳細ページ

東京電力福島第1原子量発電所の元所長で 事故の復旧作業を陣頭指揮した。2011年3月、東日本大震災直後から原子力発電所事故の収束作業を指揮したことで知られた。人間ドックで食道がんが発見され、2011年11月24日から療養のために入院していた。

吉田義夫写真

★ 吉田 義夫 さん1986年 (昭和61年) 12月22日 没 / 享年75歳詳細ページ

高校の美術講師から役者に転向し、テレビ放映開始の草創期から活躍した。その風貌から時代劇や刑事ドラマでは ヤクザの親分など悪役を多く演じ人気を博した。晩年は自宅で趣味の油絵三昧の生活を送っていた。急性心不全のため死去した。

吉永祐介死去

★ 吉永 祐介 さん2013年(平成25年)6月23日 没 / 享年81歳詳細ページ

戦後史に残る重大事件を多数手がけ「ミスター検察」や「捜査の神様」などの異名を取った。1976年(昭和51年)のロッキード事件では、主任検事として部下を指揮し受託収賄罪で田中角栄元首相を起訴した。肺炎のため東京都内の病院で死去した。

吉野弘写真

★ 吉野 弘 さん2014年 (平成26年) 1月15日 没 / 享年87歳詳細ページ

「祝婚歌」や、国語の教科書にも掲載された「夕焼け」などの詩で 多くの人に親しまれた。「二人が睦(むつ)まじくいるためには/愚かでいるほうがいい/立派すぎないほうがいい」で始まる「祝婚歌」は結婚式のスピーチでよく読まれてきた。国語の教科書に掲載された作品も多い。

吉本隆明写真

★ 吉本 隆明 さん2012年 (平成24年) 3月16日 没 / 享年87歳詳細ページ

戦後日本の思想界に大きな影響を与えた思想家として知られ「知の巨人」と称された。晩年まで独自の思考を重ね、日本と世界の状況に鋭いまなざしを向け続けた。次女は作家のよしもとばななさん。肺炎のため東京都文京区の日本医大付属病院で死去した。

吉行あぐり写真

★ 吉行 あぐり さん2015年(平成27年)1月5日 没 / 享年107歳詳細ページ

都内に美容院を構え、美容家の草分けとして活躍。自叙伝「梅桃(ゆすらうめ)が実るとき」を発表。1997年(平成9年)、これを基にしたNHKの連続テレビ小説「あぐり」が放送され、注目を集めた。長男の故 吉行淳之介さん、次女の故 理恵さんはともに芥川賞作家。女優の吉行和子さんは長女である。

吉行淳之介写真

★ 吉行 淳之介 さん1994年(平成6年)7月26日 没 / 享年70歳詳細ページ

1954年(昭和29年)、「驟雨」で第31回芥川賞を受賞した。対談やエッセイの名手としても知られ、同世代の作家、遠藤周作、安岡章太郎、三浦朱門、近藤啓太郎らとともに「第三の新人」と呼ばれた。肝臓がんのため東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。

吉行理恵写真

★ 吉行 理恵 さん2006年 (平成18年) 5月4日 没 / 享年66歳詳細ページ

1981年(昭和56年)、小説「小さな貴婦人」で第85回芥川賞を受賞した。兄妹で芥川賞を受賞した最初の事例として話題を呼んだ。父は作家の吉行エイスケ、兄は作家の吉行淳之介、姉は女優の吉行和子である。甲状腺がんのため東京都内の病院で死去した。

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★ 淀川 長治 さん1998年 (平成10年) 11月11日 没 / 享年89歳詳細ページ

映画評論家の先駆者の一人であった。「日曜洋画劇場」の解説者としても広く知られ「サヨナラ、サヨナラ・・・」の名台詞と、シンボルマークの黒縁メガネに太い眉毛を動かし、熱心に語る解説は人気を集めた。腹部大動脈瘤破裂に伴う心不全のため死去した。

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★ 与那嶺 要 さん2011年 (平成23年) 2月28日 没 / 享年85歳詳細ページ

プロ野球巨人、中日でプレー後、中日監督を務めリーグ優勝を果たした。ハワイ移民日系二世で米国流の激しいプレーで日本の野球に一石を投じる一方、その温和な性格は多くの野球人に愛された。前立腺がんのためホノルルのシニアホームで死去した。

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★ 米倉 斉加年 さん2014年 (平成26年) 8月26日 没 / 享年80歳詳細ページ

劇団民芸の「ゴドーを待ちながら」などで宇野重吉さんの相手役などを務め、劇団の中心俳優、演出家として活躍した。また、舞台「放浪記」では、森光子さん演じる林芙美子の友人役を長年にわたり演じた。一方、絵本作家、絵師としても知られ、1981年には郵政省(当時)の記念切手に採用された。

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★ 米長 邦雄 さん2012年 (平成24年) 12月18日 没 / 享年69歳詳細ページ

1973年(昭和48年)に初タイトルの棋聖を獲得。日本将棋連盟会長で永世棋聖で知られた。4歳年下の中原誠16世名人と名勝負を繰り広げ「米長・中原時代」を築いた。前立腺がんのため東京都新宿区の東京女子医科大学病院で死去した。

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★ 米森 麻美 さん2001年 (平成13年) 9月16日 没 / 享年34歳詳細ページ

日本テレビの元人気アナウンサーで、1994年(平成6年)結婚を機に退社後はフリーで活躍した。今年8月に第一子となる長男を出産し、その約3週間後に急逝が発表された。死亡日時や死因などの詳細に関しては家族の意向で公表されていない。

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★ 頼近 美津子 さん2009年 (平成21年) 5月17日 没 / 享年53歳詳細ページ

フジテレビの元アナウンサーで、1984年(昭和59年)に同社の副社長だった鹿内春雄氏と結婚。2児をもうけるも、わずか4年後に春雄氏は43歳の若さで病死した。2007年に食道がんの診断を受けていた。今年4月13日に体調を崩し入院治療を受けていた。

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★ 萬屋 錦之介 さん1997年 (平成9年) 3月10日 没 / 享年64歳詳細ページ

歌舞伎界から転身し 東映時代劇映画の看板スターとして脚光を浴び日本映画界の全盛期を支えた。若い頃の芸名は歌舞伎名跡の中村錦之助である。私生活では、さまざまな災難に巻き込まれた。前年に咽頭がんが見つかっていた。

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